【玩具】
幼い頃より、教えられてきました。
逆らってはいけないと、命令には従わなければならないと。
背けば罰せられます。従えば褒められます。
母はいません。
小さなアパート、暗い部屋、父の住むここだけがワタシの居場所。
父がいなければ、ワタシは生きていけません。
父が言うことは、絶対なのです。
だから、従うしかないのです。
命令は絶対です。
痣の隠れる長い服しか着てはいけない。
機嫌を損ねることをしてはいけない。
父からの愛は喜んで受け取らねばならない。
勝手に寝てはいけない。
泣いてはいけない。
嫌がってはいけない。
命令は絶対です。
たとえそれが嫌なことであっても、罰せられる痛みのほうが苦しい。
命令に従う以外のことを教えては貰えなかった。
命令に従うことのみが、ワタシに許される行動だった。
だから、従うしかないのです。
命令は絶対です。
従わなければならないのです。
そこにワタシの意志はいりません。
ワタシの意志は邪魔でした。
命令に従わなければ、ワタシは生きていけません。
父は全て命令してくれます。
食べるタイミング。
喋る事。
関わる人。
学校の登校日。
着る服。
お風呂に入る時間。
寝てよい時間。
出す声。
全て命令してくれます。
ワタシは考える必要が無いのです。
助けてください。
ワタシの意志はいらないのです。
だから、ワタシは考えることをやめました。
命令の邪魔になるから。
必要ないから。
苦しいだけだから。
逃げ出そうと言っています。
誰が言っているのかはわかりませんが、逃げ出したいと、強く、ずっと、言っています。
ならこれは命令なのでしょう。
だから、父が酒に酔って寝ている時に逃げました。
ワタシは悪くありません。
だって、命令には背いてはいけないと、従わなければならないとしか、教えられていないのですから。
ワタシは命令に従っただけ。
命令に従うしかないから。
雲隠れの闇に姿は溶けました。
酒と夜は父を深い夢に閉じていました。
逃げれば、もう叩く人はいません。
ワタシを使う人も、いません。
……命令をしてくれる人も。
どうやって、生きていけばいいのですか?