お父さん!私、魔王の娘だけど、勇者と結婚することに決めました!
「お義父さん!どうか僕に娘さんを下さい!」
「お父さん!私、この人と結婚することに決めました!」
一人の父親として、いつかは来るだろうと思ってはいた。大切な一人娘が離れていく日が来ると。
だが娘よ……
「彼女を愛しているんです」
なぜ相手が勇者なのだ。
お前は魔王の娘なんだぞ?
◇◇◇
世界が聖と魔、2つに分かたれた時、本来1つであった1柱も聖と魔に別れた。私の意識はその時に生まれた。どれだけ昔のことか測ることすら出来ない、昔のことだ。悪神として生まれた私は、世界を迷わし、善事を害することだけが存在意義だった。
だから、生きとし生けるもの、その全てに『欲』を与えた。
するとどうだろう。木々は土を押しのけ、獣は血肉を求め草花を踏み潰しながら野を駆けた。『神』 が生み出した世界は、『悪神』 によって、理そのものを変質させられたのだ。
無論、私の手は残っていた『人』に向けられる。
神を模し作り上げた、神としての最高傑作。それに手を加えずしてなにが悪神か。そう思った私は人にも『欲』を与えたが、全てが上手くいくわけではなかった。
悪神が居れば、善神もいるということだ。
結果的に、木々は自然に彩りを持たし、獣は死後大地に還るとこになった。また、人は助け合うことで発展することが出来るようになった。
だが、そんなことは別にどうでもいい。
私が人間に恋をして、娘ができて、その娘が勇者と結婚するなどと言っていることがなによりも問題なのだ。
「……と、言うわけだ。長年私の右腕をしてきたお前から見てどう思う?あの男は」
「魔王様、本当にそのまま申し上げて宜しいのですか?」
「そうだテロス、お前の率直な意見を聞きたい」
「魔王様」
「ああ」
「そろそろ子離れしてください。良いじゃないですか、好きな人が出来るっていうのは大切なことですよ?」
「そうか、そうだよな。少なくともいい事だ。相手はともかく」
「……でも魔王様。あの勇者以上に良い男なんていますかね。少なくとも勇者の隣にいれば、姫は世界で2番目に安全な場所にいますよ」
グウの音も出なかった。勇者が世界で人としては最強の実力者だろう。
私と善神の次に強いことは分かる。善神の加護をその身に全て宿しているのだ。人外に達していることは間違いない。
これが魔王の考えだった。
「でも、父親としては納得し難いものであることに変わりないだろう?」
だからと言ってこの世界で善神に並んで同率一位の魔王からしてみれば『人外?だからなに?』なのである。若干、親目線の補正が入っていることは魔王自身否めないのではあるが。
(いやだぁぁぁぁぁぁ!可愛い私の娘が自分の元を離れていくなんて絶対にいやだぁぁぁぁぁぁ!)
内心ずっとこんな感じの魔王にテロスが言う。
「……魔王様。子離れ……しましょうか」
大広間に力無く響く声。何度も壁に反響してくるその声に、魔王はがっくりとうなだれた。
◇◇◇
魔王の娘と勇者。彼らの結婚式は晴天の中、厳かに、そして煌びやかに……あ、違った、禍々しく行われていた。
「「「「「ウォォォォォォ」」」」」
何百、何千と大地を埋め尽くす亡者が、亡霊が、怪物どもが姫の結婚を祝い、叫ぶ。
彼らが乗る車が、1つ進むたび、彼らは式場への道を開ける。
その様子を魔王城の頂上から見ている者がいた。
「チクショウォォォォ!」
ヤケ酒中の魔王である。
亡者よりも白い顔は真っ赤に染まり、酒気ムンムンとさせながら地上を見下ろしていた。だがそこに足を運んでくるものがいた。
「魔王様っ……魔王様っ」
「ちっ!なんだテロス!何の用だ」
「いえ、結婚式場に2人が到着する頃なので呼びにまいりました」
「……そうか」
それだけ聞いた魔王は、魔法で酒気を抜き服装を整える。
「状態異常全回復魔法の使い方がゼータクですねー」
「知らん。早く私を式場へ。無様な姿は見せられん」
「ハイ、魔王様」
テロスと魔王は転移魔法によって式場前まで転移する。
式場に近づいてくる自分の娘と勇者を見つけ、魔王は先に式場内に足を運んだ。その足取りは先ほどまで酒におぼれていた男には全く見えなかった。
結婚式が始まり、後ろで涙ぐんでいる魔王のことを横目に式は滞りなく進んでいく。
そして、結婚の誓いへ式は移る。
神父役として魔王軍参謀のウィリアムが間に立って新婦と新郎に尋ねた。
「汝、この者を幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓いますか」
「はい」
愛娘がそう答えた後、続いては勇者に……
「汝、この者を幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞操を守ることをここに誓いますか」
とウィリアムが問いかける。
「はい」
「では、夫婦の誓いを」
指輪の交換を終えた2人はお互いに手を取り合い、顔を寄せ合う。
だが……
(ノォォォォォォォォォォォォォォォォォ!)
魔王の内心は大荒れだった。この結婚式場丸ごと、いや世界丸ごと消し飛ばしてでも目の前で起こる惨劇を止めるべきだと信じて疑わなかった。
2つの唇が触れ合うその瞬間世界が……世界その物が、揺れた。
「「「「「グガァァァァァ」」」」」
悲鳴が辺りに木霊する。
「魔王様っ!」
外からテロスが駆け込んできて、「魔王様っ、ご乱心ですか!」などと言う訳でもなく……
「空が……空が割れています!」
と言い放った。
そして轟音、教会の天井が粉々に砕かれ吹き飛んで行く。
誰もが空を見上げ、言葉を失った。空が割れて、その狭間からナニカが地上を見下ろしていたのだ。
「……排除対象を確認。殲滅を開始します」
空を、地上を、地の底まで両断する一筋の光が駆けた。さも当然とばかりに全てを消し去る悪夢のような一撃は、教会にも迫る。
だが、止まる。全てを破壊し尽くすその一撃は魔王の張った障壁を貫くことが出来なかった。
「妨害を確認。出力の調整を行ったのち、再び殲滅を開始します」
……なんだあれは。空を見上げる全てのものがその無慈悲な一撃を放つソレに恐怖した。
その中でただ1人、口を開く者がいた。
「勇者さえ排除対象……か」
魔王だ。
「お義父さん、どういう事ですか?」
貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!と言いたかったが、緊急事態の為仕方なく説明を始める。
「あ゛あ゛?見てわからないのか?あれが、神だよ」
顔を真っ青にして、再び空を見上げる勇者。
「大方、呆れたんだろうよ。自分が加護を与えた者でさえ、結婚して、家族を求める『欲』があることにな。『欲』を与えた私がいうことでもないがな」
神は平等だ。魔王が少し話しているうちにも草木に、獣、人、世界の全てに等しくその力を振るう。
そう、神は平等だ。残酷すぎるほどに。また、光が大地に降り注いだ。
「裁きの着弾を確認。殲滅……出来ませんでした。再度、障壁の突破を試みます」
怒り込めた目で空を憎々しく見上げていた魔王は勇者の元に歩み寄る。
「なあ、勇者よぉ。お前はアレを敵に回すことになるとしても、俺の大切な娘を妻に貰っていきたいのか?
出来れば結婚式の前に聞いておきたかったが……勇者、お前は俺の娘のためにどこまで捧げられる?」
「全てを」
即答だった。
「あ、あはははは」
悲鳴が木霊する戦場の中で1つの笑い声が響き渡った。
「どうやらお前は本気で娘に惚れているらしいな。良いだろう。持ってい来やがれ」
そして一通り笑い終えたあと、魔王は自分の愛娘の元に足を運んだ。
「おい、そんな顔するな。笑え」
ポタリポタリと頬を流れる涙が地面に落ちる。彼女は泣いていた。
「だって、だって……お父さんこの後絶対『お前の大切な結婚式をぶち壊したアホは俺がぶっ飛ばしてくるから……』とか言い出すじゃん。私、分かってるんだからね」
さらに涙を溢れさせる娘に魔王は言った。
「そうだよ。これから、お前の大切な結婚式をぶち壊したアホは俺がぶっ飛ばしてくるから……勇者と幸せになれ。あいつは本気でお前のことが好きでたまらないらしい。俺が、保証する」
「うるさい。そんなこと私がいちばん分かってる」
「羨ましいことだ」
そのまま赤い絨毯の上にへたり込む彼女を一目見て、魔王は外へ向かった。
そして、叫ぶ。
「おい、勇者!娘は頼んだぞ!」
教会から1歩足を踏み出し、天を睨む魔王。その隣にはテロスの姿があった。
「ついてくる気か?」
「ハイ、私は魔王様の右腕にございますゆえ」
「そうか」
天が、空が、神が、無慈悲の権化が、2人を見つけた。
「排除対象を確認。『裁き』を……開始します」
数年後、天界に殴り込みをかけた魔王が、言葉通り善神をぶちのめした後、孫のことをこれ以上なく甘やかし、テロスが孫離れを勧めるのは、これまた別のお話。
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