失くしたもの まだ在るもの
「・・・・・」
抜け道を通って城からかなり離れた小高い丘に出てきたのは今しがただった。
丘からは城が一望でき、ヘレナ様とはたまにピクニックとして赴いたことがあった。
ここからは豊かな緑に囲まれたウェズノリフィ城が見えていたはずなのに、今やその面影は皆無
周りの緑はやき尽くされて黒くなり、城は火に囲まれている。
「・・・」
真っ赤に燃える城がぐしゃりと崩れ落ちる。
静かに涙が流れた。
穏やかな時間を過ごしたのが嘘だったみたいに目の前で崩れ、、いや、壊されてゆく。失われていく。
城の周りには濃い緑の布をベースに背中合わせの獅子が描かれた旗がいくつも掲げられていたのがいやでも目に入った。
見たくないのに、涙を流しているのに何故だか鮮明に見えた。
オルスフェア神聖国を亡きものにするかの国に怒りが込み上がる。
民を殺し、貴族を、王族を殺し全てを破壊した奴らに混み上がるのは果てしない怒りのみ
もし、神に願いが聞き届けられるのなら奴らが滅べばいいと思わずにはいられない。
「あぅあ」
「!」
腕の中から声が上がりビクッとなる。
布に包まれた彼女は小さな手で私の指をぎゅっと握る。そして生まれたてのしわくちゃな顔でへらりと笑った。
その瞳は国王陛下の金色でも、ヘレナ様の菫色でも無くただただ深い海の色と快晴な空が交わったような青緑色であった。
「あーうー」
小さなこの子の声が心の緊張を解す。
さっきまでとは違った涙が溢れて止まない。
握られた指が熱を帯びる。
優しい温かな熱
失くしたものは二度と戻らない。だけどまだ全て失くしたわけじゃない
ヘレナ様に誓ったんだ。リディアノール様を必ず助け、育てると…
ここで2人でお茶をした時に冗談半分で話していた内容が思い起こされる。
泣くな。今はまだこの手の中に希望があるのだから…
「—ッッ!!」
乱暴に涙をぬぐい、唇を噛みしめる。そうでもしなければ嗚咽が漏れ出てしまいそうだった。
そうして城に背を向け歩き出す。
一番安全で人気の少ない国境付近の神殿を目指して歩く。これが今の私に出来る主人からの最後の命令だから・・・