2話 ラスボスと戦いました
気が付くと、俺は大きな建物の中にいた。
広い部屋だ。どこかの外国の宮殿だろうか……でもずいぶん暗い雰囲気だ。
俺は部屋の隅に居て、中央の奥には玉座がある。正直、趣味が良いとは言えないデザインだ。
玉座の前に背の高い人物が立っている。
鬼のような仮面に悪魔のような角、派手だが暗い色が基調の立派な服を着ている。しかしこれもあまり趣味が良くない。
その人物が喋り出した。声色からすると高齢の男性のようだ。
「そろそろとどめを刺すとするか。勇者パーティと言うからもっと歯ごたえがあると思ったが、この程度じゃお遊びにもならん」
男の前には、三人の人が倒れている。三人とも大怪我をしているようだ。
そのうちの一人が叫ぶ。
「くっ……魔王ディスビスノス!お前がたとえ私達を倒しても、第二第三の勇者が必ずお前を必ず倒すぞ!」
白銀の鎧を着て、長めの銀髪、細く端正な顔をしている。しかし額からは血が流れ、片膝をついている。
その姿から三人の中で彼が勇者なのだろうか。RPGなどのゲームの知識からなんとなく思っただけだが。
「ユーノス……逃げて……」
もう一人の、紺色のローブを着た女性がうつぶせのまま苦しそうにうめく。彼女は魔法使いだろうか?
あと一人、がっしりした体つきの重そうな鎧の男が倒れているが、彼はもう意識が無いようだ。
魔王がほくそ笑んだように見える。
「言い残すことはそれだけか。では、さらばだ」
「待て」
俺は魔王ディスなんとかの前に進み出た。
「な、なんだお前、いつ入ってきた!?」
「ついさっきだ。それよりお前は、その三人を殺すのか?」
「当然だ。その三人は私を倒しに来たのだからな」
「本当か?」
俺はユーノスと呼ばれた人物と倒れている女性に尋ねた。
「そ、そうだ……その魔王ディスビスノスは、多くの街を襲い、大勢の人を殺した悪なる存在だからな……」
「そうよ……ユーノスの言う通りよ。あなたはディスビスノスを知らないの?」
「知らん」
魔王ディスなんとかは不機嫌な様子だ。
「我を知らんだと?見るのは初めてだろうが、我の名すら知らんとはどこか別の世界にでも居たのか」
「ああ、そうだよ」
「戯言を……お前も一緒に死ね!」
魔王が過去に何をやったのかは知らないが、少なくとも魔王が三人を傷つけたこと、そして今俺を殺そうとしているのは確かだ。
倒されても、仕方ないな。
魔王が俺を指さして叫んだ。
「これでも食らえ!炎の妖魔よ、我が指先に集いかの敵を焼き尽くせ!ファイザーン!」
魔王の指先から激しい炎がほとばしる!
俺はつぶやいた。
「壁、出て来て」
俺の目の前に透明な壁がパッと現れた。
「あ、ほんとに出た」
倒れている女性が驚きの声をあげる。
「絶対防御魔法……無詠唱で瞬時に!?魔王ですら魔法の発動には略式詠唱を要するのに!」
ごおおおおお!!
炎が凄い音をあげるが、壁が炎の濁流を完全に阻止している。
「なんだと……我が最強の炎魔法が全く通用しないだと!?」
魔王は焦燥感にかられているようだ。
俺は魔王に向かって言った。
「消えてくれ」
……何も起きない。
さすがに無理か。
全知全能の存在とやらに言われたように、この世界の魔法で実現可能な範囲で言わないとダメなようだ。
「じゃあ、燃え尽きて」
ブボボワッ!!
魔王の体が炎に包まれる。
魔王が悲痛な叫び声をあげた。
「あ、熱い!!これはどうしたことだ。我が、人間ごときに、こ、この、ただでは済まさんぞ」
「あ、動きは止まっててね」
「……う、動けん!だ、誰か、助けてくれ!!う、うぎゃあああああ!!」
「魔王に対して低位魔法の拘束をかけられるなんて……どれだけ桁外れな魔力なのよ!」
この女の人は解説してくれるので助かる。俺は自分が使っている魔法が何なのかわからないので。
炎はさらに勢いを増し、魔王の立派な服を焦がし、その躯を焼き尽くした。
しばらくすると焦げた塊が残り、火は自然と消えた。
ユーノスは茫然としている。
「……か、勝ったのか?なんてあっけないんだ……」
女性の方はもう意識を失っているようだ。
「サ、サーラとクラークにはやく手当をしないと……」
「あ、俺が治すよ。二人とも、治って。そうだ、ユーノスだっけ?あんたの傷も消えて」
俺がそう言うと、三人の傷が消えた。
サーラとクラークと呼ばれた二人が目を覚まし、おずおずと立ち上がった。
完全に傷が治っている自分の体をしげしげと眺めている。
「まるで魔法みたい……って魔法使いの私が言うのも変だけど」
「私は司祭ゆえ治癒魔法が使えますが……あの怪我をすぐにここまで回復するなんて、信じられません」
ユーノスたちが俺に自己紹介をする。
「申し遅れた、私は准勇者1位のユーノスと申す者だ。こちらの女性は准魔導11位のサーラ、男性は准司祭4位のクラークだ」
「よろしくね。あなたの魔法、凄く興味あるわ」
「よろしくお願いします。司祭なれど、戦場ゆえこのような武骨な姿で失礼致します」
准ってなんだろ?あ、俺も挨拶しないと。
「俺は弱井土呂夫です。こことは違う世界にいて、よくわからん暗闇の声に言われてこの世界に送られました」
三人は驚いている。そりゃそうだな。
「こことは違う世界……!?」
「そんなの信じられないけど、あの力を見ると、本当に異世界人なのかも……」
「トロオ殿はどこか遠くから来られたのでしょうか」
ユーノスが提案する。
「ともかく魔王は倒された。その証となる物を回収して、帰途につこう」
俺たちは魔王の遺品をいくつか拾い集めてから、この玉座の間?の入口の扉に向かった。
扉を開けると……。
コウモリの羽根が生えた猿みたいな奴らが何十匹もいる。
ユーノスたちの表情に焦りの色が浮かぶ。
「ガーゴイルだ!まだ残党がこんなに居たか……」
「あれだけ倒したのに、魔王と戦っているうちに集まってきたんだわ」
「これだけの数となると、無事に帰るのは困難ですな」
大変そうだな。手伝ってやろう。
「みんな、眠れ」
バタバタバタバタバタ……。
ガーゴイルは皆倒れて眠ってしまった。
ユーノスたちは喜ぶより呆れているようだ。
「な、なんなんだ、その力……」
「これだけの数の敵を瞬時に催眠魔法で眠らすなんて、あんたってどんだけ規格外なのよっ!」
やりすぎちゃったのかな……この人たちにも花を持たせないとだめなのか。
「あ、じゃあ俺はあとは見てるんで、寝てるそいつらをやっつけちゃってください」
「もう、いいわよっ!さっさと帰りましょ」
その後は迷路のような通路を進みながら、モンスターが出ては俺が手伝ったりユーノスたちが倒したりしつつ、今いる建物の中から出られた。
振り返ると俺たちは真っ黒で巨大な城の中にいたことがわかった。やっぱり悪趣味だ……あの魔王、もっとセンスを磨いた方が良かったな。
「トロオ殿、我々はこのままマヨネリア王国の王都マヨンヘイムに戻り、王に魔王討伐の報告をする。今回の勝利の立役者の君も是非来てくれないだろうか」
「あ、はい。いいですよ」
サーラはまだ呆れているようだ。
「あの魔王を一人で瞬殺した大英雄にしては、なんとも気の抜けた返事ね……」
「サーラ殿、トロオ殿に失礼ですぞ。この方がいなかったら、我々は全滅してたのです。真っ先にやられた私が一番ふがいないですが」
「あなたはいつも前衛で壁になってるからしかたないわよ。なにしろ『壁の司祭』だからね」
「『真紅の魔弾』の貴公に比べれば地味な通り名ですよ」
「それ言わないでよね……はずかしいわ」
と、自身の赤い髪をいじりながらサーラが自嘲する。
気になったのでユーノスに聞いてみた。
「あのー、みんなそういう通り名があるんですか?」
「ああ……我が王は配下にそう言ったニックネームをつけるのが何よりも好きなのでね」
「ユーノスさんは?」
「私は……し、『白薔薇の騎士』だ……」
「いいじゃないですか、なんか華やかで」
「……君も陛下に謁見したら、通り名を渾名して頂けると思うぞ」
「そうなのかー。楽しみだなぁ」
俺たちはマヨンヘイムに向けた帰路についた。