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チャイムの音。
三時限目の授業が終わりノートを机にしまおうとした時、前の席の雨田が振り返る。
「わりぃ、青空。ノート書き忘れたからノート貸してくんね」
雨田は返事を聞くまでもなく俺からノートを奪い取った。
「か、返せよっ!」
慌ててノートを取り返そうとした……。だがそれはかなわなかった。
「いいじゃん。減るもんでもないし」
雨田は何事もなかったようにノートを開いた。そして見られてしまった……。
「ぶっはははは! 何だよこれ? ヒーローになりたいって!? お前馬鹿じゃねえの? いい歳こいてさぁ。あっそっか〜、だいちくんはしょうらいヒーローになるんでちゅね〜」
『みなさ〜ん! 聞いてくださ〜い。なんとここにいる青空大地君は将来ヒーローになるらしいで〜す。拍手〜』
雨田の声はクラス内に響きわたる。そして、雨田の声を聞いたクラスメイト全員が一斉に笑い出した。
俺は居ても立っても居られなかった……。俺は流れ始めた涙を手の甲で拭って教室を飛び出した。
階段を駆け上り、屋上の扉を開けた……。
俺はコンクリートの床に寝そべった。
視界を覆い尽くす青空。流れる雲。
この広大な空を見ているとさっきまで出来事が嘘だったように思えてくる。
雨田が言った言葉。
ノートに綴った言葉。
『ヒーローになりたい』
俺はなんでヒーローになりたいなんて思ったのだろうか……。
確かに特撮オタクの俺はよく特撮ヒーロー系の作品を好んでよく見る。
だけどそれが起因ではないと思っている……。
もっと何か強い意志が心の奥底にあるような気がした。
思考をフルに使って思いだそうとしてみるものの、一向に記憶が戻る気配はない……。
俺は何を忘れているのだろうか……。
心にぽっかりと大きな穴が空いているような感覚。とても大切な何か……、とても大事なことを忘れているような気がした……。
チャイムが鳴る。
四時限目が終わるチャイムの音。
俺は身体を起こしてジャージに付いた埃をはらった……。
教室に戻るとクラスメイト達の視線が俺に向いた。そしてあいつが俺のもとへと歩み寄ってきた……。
「あれあれ〜? ヒーロー大地君、いいご身分だね〜。やっぱりヒーロー目指してる奴は授業も無断で欠席しちゃうんだ〜。俺もヒーロー目指しちゃっおうかな〜」
太田の声を聞いたクラスメイト達が笑い出す。
「あ、ヒーロー大地君、悪いんだけどさ俺達の昼飯買ってきてくれねっ? いやヒーローに頼むのは悪いと思うんだけどさ僕達昼飯なくて困ってるんだよね〜。やっぱりヒーローはさ困ってる人を見捨てないじゃん? 慈善活動だよ、慈善活動。田中さん達は喉が渇いたって。買ってくるものわかったヒーロー大地君? 俺達の昼飯と人数分のジュースね? 言うこと聞かなかったらどうなるかわかってるよね? はい、よ〜い、ドンッ!」
太田は俺の背を蹴り押した。
俺は体勢を崩すと廊下の床に突っ伏した。俺はゆっくり床から立ち上がった……。
「早くしてよねヒーロー大地君。ククク……」
太田の卑屈な笑いが耳に入る。怒りが込み上げる。握り締めた拳に力が入る……。大丈夫だ。今日を耐え抜けば……、今日を耐え抜けば、明日は終業式……。明日まで耐えれば少しは楽になる……。
俺は振り返らず廊下を歩き始めた……。