表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

或るトラック運転手の嘆き

作者: 天秤 リアン

 やってしまった。……やってしまった。


 別に集中していなかった訳では無い。だが、耐えられなかった。

 常に気を張らねばならない仕事だった。

 物を運び、ひいては人の想いをも運ぶ職業。


 トラック運転手。それが私だ。



 しかし疲れが溜まっていたのか……私は遂に、人を轢いてしまった。


 それも信号無視で飛び出して来た少年を、だ。

 たとえルール違反をしたのが向こうであろうが、非があるのはこちら側。車両に乗っていた私だ。それは重々理解していたし、異論を唱えるつもりも無い。車という走る凶器を使うと決まった日から、当然の如く承知の上だ。


 フロントに何か重たい物がぶつかったのが分かった。免許を取り立ての頃は、何度か電柱にぶつけた事もあった。けれども、今回のは違う。

 確実に、温もりを感じる、無機物などではない肉々しい衝撃。

 寒気がした。

 身体から体温そのものが抜けていく様な、悍ましい心地。

 触覚が、聴覚が、視覚が。崩れ落ちるように消えていく。


 逃げてはいけない。辛うじてそんな思考が湧き、よろよろと車を降りて様子を見る。


 血。人間に無くてはならないもの。

 紅い濃さに、見ているだけで引き摺り込まれる。

 震える手で何とか、1、1、9と携帯電話のコールをする。


 ──事故を起こした、人を轢いてしまった。


 自分の声が、何処か遠くで響いている。


 ──その場を離れないで下さい。


 上の空で聞こえた電話の向こう側の声は、そう私に告げた。

 ギリギリ自らを繋ぎ止めていた加害者の義務を果たした私は、ぷっつりと糸が切れ、意識は闇に沈んだ。






 目が覚めると、そこは病院だった。

 医者から話を聞くに、私は精神ショックで三日ほど意識を失っていたのだとか。……やはり疲れもあったのか。事故の事に更に追い打ちとなったのかもしれない。

 しかし今はそれよりも確かめねばならないことがある。


「あの……私に轢かれた少年は、どうなったかご存知ですか」


「……“轢かれた”? 貴方は沿道の木にぶつかっただけで、あの大破は人を轢いたものでは無いのでは?」


「……は?」


「いやね、確かに通報の内容には『誰かを轢いた』と仰っていた様ですが、……言い辛いのですが、それは錯乱状態の中の幻覚だったのではないでしょうか。居合わせた救急隊員からも、その場で血痕は検出されなかったと聞いていますし」






 何が何やら。訳の分からぬままに、私はいつもの生活へと戻っていった。せめて器物破損に関しては保険で何とかなったのが、不幸中の幸いだろうか。



 あの日と同じように……否、少し違う。

 今まで以上に気を配り、素早く、然れども大切に、乗せられた荷物(想い)を運ぶ。


 今になってみると、あれは、あの少年は、私への戒めとして現れてくれたのではないかと思うのだ。

 何年もこの仕事を続け、最早始めた頃の情熱などとうに冷め切ってしまった。最初は一つ一つ慎重に、丁寧に不慣れな手順を熟していたというのに、今や私はその面持ちを仕舞い込んで、遠くへと置き去りにしていた。


『お前の仕事は決しておざなりにして良いものじゃない』


 少年の幻影は、そんな思念が見せた私への激励だったのかもしれない。


 私は充実した気分で日々の仕事に戻った。



 そうしてトラックを運転していると、ふと目に付くものがあった。


「……ん? ……!!」


 ……まさか。そんな。

 あり得ない。


 あの姿は。


 何故だ。何故だ。

 何故あんなにも元気そうなんだ。




「お? ……もしかしてあのトラックのおっさんか!」



 ──間違いない、あの少年だ。



 言葉に悪意など欠片も無さそうな少年は、私がトラックを止めると、近付いてきて開けた窓に体を寄せる。


 怖い。

 恐ろしい。


 決着が付いた筈の悪夢が、再び私を襲い来る。


 一体その口から、どの様な罵倒の言葉が吐かれるのか。

 私への断罪か、はたまた恨み辛みの籠もった怨嗟か。

 自然とハンドルを握る手に力が入る。

 その少年の口が開く。



「おっさん、ありがとうな!」



 ……拍子抜けする。

 意味が分からない。

 自分を殺した相手に向かって、よりによって『ありがとう』?

 閉じていた罪悪感の蓋が開きつつあり、疑念が体中に纏わり付く私に、少年はその理由を放った。




「おっさんのお陰で、異世界転生出来て、この世界に戻って来れたわ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 成る程と思うオチが面白かったです。 ラノベの脇役が主役なんてすてきな発想ですね。 ウーンやられた感満載です。
[良い点] 読了後一瞬ポカーンとして、その後笑いがこみ上げて来ました。だって前半凄い臨場感なんですもの。まさかこんなオチが準備されているなんて思いもしませんでした笑笑
[一言] おおう! 成る程、そうか! そう言う事か! 思わず膝を打って周りの人に言いたくなる結末と、そこに至る迄の経過は、ジャンル ホラーでも良いと思うのです。 素晴らしい作品をありがとうございま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ