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コンピエニュの戦い・7

ストーリーの都合によりルイのパートを改編いたしました。

 暑い風が吹き渡る戦野で、ガリア王国第二王姫シャルロット・ド・ガリヌスは浪々と魔法の詠唱をしていた。



「【炎の槍よ、全てを貫け、炎槍(フレイムランス)】」



 その一撃は通常の炎槍をランスとするならば、彼女のそれはバリスタから放たれるそれだった。

 その卓越した威力は個人詠唱だというのに五人からなる魔法陣を使った同時詠唱に匹敵する火力を見せている。



「さすが“ガリアの魔女”!」

「我々も殿下に後れを取るな!」

「続け! 続けぇ!!」



 喝采に沸く魔法騎士達を他所にシャルロットは次の詠唱を始める。

 その時――。



「危ない!!」



 臓腑を抉るような風切り音と共に悲鳴が響くと、彼女達の背後のぬかるみに黒い球体がめり込んだ。

 それは白い煙を少しばかり吐いたかと思うと、そのまま沈黙した。



「お、驚かせやがって……」



 胸をなで下ろす魔法騎士を余所にシャルロットは粛々と次の詠唱を開始する。

 それと共に頭の中ではこの原理についてどのような力学が働いているのかと思索にふけっていた。

 元々、彼女が魔法の道を志したのもその貪欲な探求心に突き動かされてのことだ。

 その探求心を天賦の才が後押ししたのは言うまでもない。



「【炎槍(フレイムランス)】」



 彼女は戦塵に煙る視界の中、盛大な白煙を吐き出す師団特火中隊へ狙いを修正した一撃を放った。

 その炎塊は緩い放物線を描いて飛翔し、一門の一六五ミリ曲射砲に直撃した。

 それと共に装填作業中だったそれの装薬と石榴弾を誘爆させた。

 刹那の瞬間に閃光と爆風が周囲を叩き、赤く、脂っぽい雨が周囲に降り注ぐ。

 それを浴びながら中隊長のノームはいよいよ自分の番か巡ってきたかとほくそ笑む。

 とはいえすでに中隊が保有する八門の火砲のうち三門が破壊されているというのに、師団特火中隊の戦意は衰えていなかった。

 誰もが傷つき、誰かの返り血に染まる中、懸命に再装填作業に取り掛かっている。それは作業に没頭することで迫りくる死の恐怖から目をそらし、心の均衡を取ろうとするためであるといえた。



「敵のマジックキャスターは!? 打撃を与えたか!?」



 そう問うと、梯子という僅かな高所に登っていた観測手が声を張り上げた。



「我が射弾不発! 方位よし、下げちょい!」



 思わず地団駄を踏みそうになるのを堪えた中隊長は即座に修正値を告げる。

 部下のノーム達は外気の暑さと、内からこみ上げる恐怖による冷や汗に濡れ、半裸になりながらその任務を完遂しようとしている。



「装填よろしい!」



 導火線を封入した木製の信管の長さを調整したものを石榴弾に木槌で叩き込んだ装填手は即座にそれを砲へと押し込むと共に報告をする。

 すると間髪入れずに寸胴な砲身をよじって狙いを正す。



「我が砲、敵を指向した!」

「撃てぇ!」



 命令一下、射手が復唱と共に拉縄(りゅうじょう)を引くと撃鉄が落ち、火皿の点火薬に火花が散る。すると火門を通じて薬室の装薬に火が灯ると瞬時に爆轟した。

 圧倒的なエネルギーに押し出された砲弾はあっという間に空中に投げ出され、発砲の際に火のついた信管が燃え尽きると共に内部の炸薬を燃え上がらせる。



「シャルロット様!!」



 勘の良い魔法騎士が詠唱中のシャルロットに覆い被さると共に炸裂した石榴弾から無数の破片が周囲に降り注ぎ、濃緑豊かな大地に極彩色の赤くて生臭いものがぶちまけられた。



「ッ」



 シャルロットはふと足下を見ると、そこには乗馬ブーツを貫通した鉄片があった。

 脈拍と同時に吹き出る鮮血を見ていると、眼前の騎士が倒れかかってきた。



「ん、おも――。あ……」



 騎士が身を挺して自分を庇ってくれたことに気づくと共に、彼の命の息吹が吐き出されてしまったことを知るのは同時だった。



「まだ、お礼もしていないのに」



 周囲を見渡すと、誰もが血を流してうめき声をあげている。

 それでも王国の未来は自分達の双肩にかかっているのだと、気高い意志に支えられながら応射を放とうとしていた。



「まだ、やれる……!」



 シャルロットは魔力を練りながら立ち上がると、足下の躯を一瞥する。

 研究一筋で、それ以外に興味を持たなかった彼女は自分を守ってくれた騎士の名さえ知らなかった。



「この世界には、知らないことが多すぎる」



 自然の成り立ちや世界の法則ばかりではない。どのような人間が生き、どのように死ぬのかさえ知らないことばかりだ。

 その未知を一片でも多く知りたい。

 故に自分は戦うのだと彼女は力強く詠唱を行う。



「【炎槍(フレイムランス)】!!」



 彼女の槍は白煙を吹き出す魔族の特火中隊に突き刺さり、火柱をあげる。

 それに少しの満足感を得つつ、ふと夏の濃い空を見上げると、そこに黒点が浮かんでいた。

 彼女の槍が突き刺さる直前に撃ち出された石榴弾は信管が燃え尽きると共に死の花を咲かせる。

 視界一杯に広がるそれが、彼女が最後に見た光景となった。


 この魔法と砲弾の飛び交う打撃戦の結果、魔法騎士団はオルク王国第二師団直属の師団特火中隊を壊滅させることができた。

 もっともそれと引き替えに対アンデッド用の切り札でもあった魔法騎士団もここに壊滅し、運の良かった数人だけがかろうじて丘へ逃げることができたのみだった。


 ◇ 


 戦況の推移は、明らかに魔族優勢へと傾いていた。

 ガリア王国軍右翼のコンピエニュ離宮は陥落し、中央部も魔族の援軍によって半包囲状態にある。

 そして――。



「ご報告申し上げます! ブリタニア連合王国軍は敗走中の様子!」



 本営にもたらされた報告に居残った将達がどよめく。

 当初は圧倒的なステータス差によってゴブリンを圧倒していた低地人連隊(ディープランダーズ)だったが、軍特火大隊による火力支援と戦線後方から文字通り飛んできた第五百航空猟兵(ハーピーイェーガー)大隊の増援を受け、陸空の挟撃で半魚人を撃退することに成功していた。

 その後のブリタニアは敗残兵をかき集めて再編作業中とのことで、今後の協力は宛にできないのが現状だった。



「……最早、これまでか」



 ガリア王ルイ十三世の重々しい言葉に誰もが息をのむ。

 彼らは一欠片の希望に縋って絶望的な戦をしてきただけあって、それが潰えたことに思考が止まってしまっていた。

 そんな中、彼の息子であるルイだけは顔を赤くして立ち上がった。



「まだ! まだです父上!! 我らには予備の兵がまだおります! 包囲されつつある主軍の解囲に必要な戦力はあるのです!! ここで諦めれば全てが無駄になってしまいます!!」

「ルイよ。例え、予備の兵を用いて魔族を退けたとして、その次を退ける戦力はもうないではないか。ならば無益な殺生は王国の未来になんら寄与せん」



 当初の計画である前衛陣地で敵を消耗させ、主軍の損害を押さえて敵の第二波に備えるという戦略はすでに瓦解したも同然だ。



「しかしこのまま敗北すればどのような講和条件をつきつけられるか。せめて一矢報いてからでなければ――」

「すでに放つ矢にも事欠く。ルイ、終わったのだ」



 ここにきて臆病風にふかれてたまるかとルイは怒気をはらんだ瞳を父に向ける。

 だが父はそれを若さ故の万能感がもたらす焦燥だと知っていた。

 経験という視界が狭いから自分の頭で考えた理想がそのまま実現できると勘違いをしているのだ。



「よく聞きなさい。まだ次の戦に備えられる力があれば、諸外国も我らの底力を認めて譲歩した和平案を示すやもしれんかった。だが我らはもう空っぽだ。全てを使い切ったのだ。そんな張り子の龍に譲歩する国はあるまい」



 例えガリアが強気な態度を示しても、それを一蹴する力を魔族や教皇庁は持っている。

 むしろガリアが継戦を望むのなら星神教世界を守るためとリーベルタースやイスパニア等の周辺各国も王国を蚕食しようと本土侵攻を画策する可能性もある。

 だがそれを防ぐ戦力をガリアは使い果たしてしまった。



「終わったのだ、ルイ」

「いえ! 認められません!!」



 それでもルイは食い下がり、怒りと共に机を叩いた。

 父はいつもこれだ。肝心な時に決断を渋り、安楽な道へと逃げる。

 そんな父王の姿を、ルイは軽蔑していた。むしろ自分の手腕であればガリアを一大強国にし、周辺国を隷属させることも不可能ではないと思っていた。

 だがその夢も潰えた今、彼は自分に出来ることはガリアと共に滅ぶことだと、考えていた。



「ガリアは、人間族はお終いだ。人間族が弱小種であることが証明され、未来はより高ステータスの種族の植民地となる。生き残った人間種も、他種族の奴隷となることでしょう。そんな王国に未来はない。今こそ我らは残った戦力を結集し、人間族最後の意地と共に散華するほかない!!」



 血走った瞳で絶望を吐き出す息子の決意は固いを見たルイ十三世は思わず苦笑を浮かべていた。

 慎重さという名の優柔不断を抱いてきた自分とは違い、鋼のような堅い意思を持つルイであれば強い指導者として国を牽引することができるだろう。惜しむらくは経験の足らなさか、現実を直視できないところか。

 彼は未来へ期待を抱きながら王冠を脱いだ。



「皆、よく戦ってくれた。ガリアの王として命じる。全軍はパリシィへ退却せよ」

「父上!」

「これからは堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、永遠に続く未来のために平和な世を切り開いてくれることを信じる」



 後半は息子の言葉を無視し、ルイ十三世は深々と己の不徳を家臣に詫びる。

 こうしてガリア王国軍の組織的な抵抗は終焉を迎えた。

 だがガリア王ルイ十三世は愚王として責をとろうと、煌びやかな鎧を脱ぎ、戦野へと向かうのだった。



 ◇


 オークや死人達が屯する中、ガリア王国第三王姫マリア・ド・ガリアは元婚約者であるディーオチに連れられ、無理矢理粗末な天幕に連れ込まれた。



「放して! 放しなさい!」

「おやおや。連れないな、我が妻マリア」

「っ! 次にそういう風に呼んだら只じゃおかないわ!」

「……はぁ。どうやら冒険にうつつを抜かす日々で脳が退化してしまわれたようだな」



 嘆かわしいと首を横にふるディーオチをマリアはキッと睨み、呪うようにいった。



「この裏切り者! 売国奴! それでもガリア一の大貴族なの!?」

「なにを言うかと思えば。売国奴? いや、違う。私こそ、いや朕こそガリアの救世主なのだ」

「きゅうせい、しゅ?」



 ディーオチの言葉にマリアは怒りが吹き飛んでしまった。



「そうだ。今の王国の荒廃は見るに耐えない。すでに王家の威信は地に落ちた。ここで新たな王を迎えねば王国は分解してしまうだろう」

「……それで、貴方が王になると? ふん、とんだお笑い草ね」

「それはどうかな? 我が家は王家の血も流れるガリア一の大貴族だ。王に代わりとしては申し分ない出自であろう?」

「それは――。いえ、なにより魔族や教皇庁がその新しい王を認める保証もないわ。それに諸侯だって貴方を王と認める訳が――」

「おっと、すでに北ガリア諸侯の皆は私を新たな王と認めてくれているし、教皇庁とは国体護持と教皇庁派の新王即位を含んだ終戦協定を結んでいる。これもすべてあの顔の厳ついオークが仲介してくれたおかげでな。こうしてガリアに平和を取り戻すという功も得た。とはいえ、南部諸侯を説得する材料としては、少々乏しい。そこでマリア、君との婚姻が必要なのだ」



 共に王国の未来を築こう。そう微笑むディーオチにマリアは反吐がでそうだった。

 今も戦場では王国を守ろうと勇士が命を燃やしているというのに、魔族や教皇庁に迎合したこの男が国を乗っ取ろうとする。

 絶対にこのような卑劣漢に屈しなどしない。そう決意を新たにするが――。



「そう意地をはることはない。すでに勝敗は決した。今考えるは戦後についてだ。ここで王家が滅亡すれば、王国は魔族と教皇庁に蚕食され、民は農奴となって海向こうの蛮地に送られるか、魔族の奴隷になるか、だ。民の未来を守るためにも英断を下して欲しい」

「民? 貴方の口から民を憂う言葉が聞けるなんて、今日は槍の雨が降るわね」

「ふぅ。これだから餓鬼は嫌いなのだが」

「っな、にを――?」

「まったく、いつまでも夢見がちな子供のままでは困るぞ、我が妻よ」



 ディーオチは唾を吐きかけ、玉のような肌を叩き、肩を怒らせながら天幕を出て行った。

 一人取り残されたマリアは、ディーオチの一線を越えた行為に自分の信じていた世界が音をたてて崩れていくのを感じた。

 今まで王家という出自のしがらみに嫌気がさして冒険者となったのに、いざ、自分が王姫の扱いを受けなくなった現実に、彼女は立っていることができなくなってしまった。



「わたくし、こんなに弱かったんだ……。こんなにも、王族であることを寄る辺にしてたなんて……」



 彼女の頬をボロボロと涙がこぼれ落ちていく。

 剣を振るえば【剣聖】や【勇者】に及ばないまでも、人並み以上に戦え、オークやゴブリンをひた倒してきたB級冒険者だったのに。

 それがこうも無力だ。



「でも、今はそれに縋るしかない……」



 認めがたいことだが、すでに戦って未来を切り開く力をガリアは失っている。

 ならば自分に出来ることは――。



「オドル……。ごめんなさい」



 マリアは絶望的な屈辱と忸怩たる思いを抱きながらそっと自分のお腹をさする。


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[一言] あ、既に犯られた後でしたかマリアさん
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