コンピエニュの戦い・3
第一次総攻撃が失敗したオルク王国第二師団だが、師団長エルヴ・フォン・オークの巧みな手腕で再編成を完了させつつあった。
そんな彼に北部軍司令部から新たな命令書が届く。
「なるほど。我々は引き続き農園の奪取にあたらねばならぬようだ」
オークとは思えぬ整った顔に撫でながらエルヴは師団参謀長を見やる。彼の父――カレンの叔父にあたるユルフェにも仕えていた老オークの参謀長は難しい顔をしつつも「どうされます?」と若殿を試すように見返す。
「そうだな……。師団特火はもちろんだが、ダメ押しの一手としてスケルトンも使うか」
「ほぅ。確かにあれの自爆攻撃は凶悪ですからな。これまでも散々役立ちましたし」
スケルトンを始めとしたアンデッド系のモンスターは物理攻撃に耐性を持っている上、痛覚や出血死というものが存在しないため弓兵や銃兵からすると相性が悪い。
しかも近接戦闘で倒そうにも魔族のスケルトン達は相手に近づいた瞬間に自爆してしまう。その上、対抗可能なマジックキャスターでも自身めがけて駆け寄ってくる存在の未来位置を予想して攻撃せねばならないためやはり対処が困難だ。
そしてなによりスケルトン自身が誘導装置になるため砲撃や爆撃に比べてピンポイントで精密攻撃を行うこともできる。
「では早速計画を策定します」
「頼む。だが、輜重に影響はないか?」
慢性的な軍馬不足を補うためスケルトンが輜重車を牽くことで魔族達は長大な補給線を(辛うじて)維持してきた。
例えこの会戦で勝利したとしてもパリシィ占領を目指す北部軍にとって輜重具の喪失は避けたいところだ。
だが参謀長はニヤリと嫌な笑みを浮かべてそれに応じる。
「なに、スケルトンを失ったとしてもすぐに新鮮なのが補充できます。ガハハハ」
「それもそうか。だがスケルトンが有限な資源であること、敬意を表すべき死者であることを忘れるな」
「スケルトン、それも元冒険者に敬意などと。まったく、お優しくお育ちになられましたな、坊ちゃま。爺めは嬉しくあります」
「いつまでもお坊ちゃま扱いはよしてくれ、爺」
「そうですな。では作戦を策定にかかります」
老参謀長がパチンと分厚い手を打ち鳴らせば参謀達は己の職務に取り掛かる。
さすが老練なだけあって空気の入れ替えが上手い、とエルヴは参謀長に感謝を抱く。
そして――。
「坊ちゃま、いえ師団長閣下。農園への攻撃ですがまず師団特火による援護の下、スケルトンによる自爆攻撃を行い、敵の抵抗力を削ぎ落します。その後、一個連隊を以って農園を包囲し、一挙に叩きましょう。また、北部軍司令部に敵騎兵の襲撃に備え、友軍騎兵の支援を要請するのが肝要かと」
堅実な作戦にエルヴは笑みを浮かべながら頷く。
第一次総攻撃の時は超長射程燧発銃にしてやられたが、種が割れれば自ずと対処方法が分かるというものだ。
それに第二師団の戦力は未だ六千以上の大兵力を維持しており、そこから二千名の兵士を突入させようというのだから勝利に疑いはなかった。
「よろしい。では即座に攻撃開始、血路を開け!」
命令と共に軍靴が緑色の大地を踏みしめて行く。
もちろんだが、その動きは高所という戦略上の要衝を抑えるガリア王国軍には筒抜けだった。
大砲が展開する横で輜重兵達がスケルトンに擲弾や柘榴弾を括りつけて行く様を見た斥候は速やかにガリア王国軍本営に駆け込み、そのことを伝える。
「スケルトンか……」
「父上、マジックキャスターを出しましょう!」
「………………」
「父上!」
父の優柔不断が出てきたかとルイが口調を荒げてしまう。とはいえスケルトンに有効な【死者浄化】が使えるマジックキャスターは二百人しかいないのだ。投入するタイミングを間違えれば後のないガリア王国にとって致命的なミスになりかねない。
「父上ッ!」
「……わかった。マジックキャスター――いや、魔法騎士と呼ぶべきか――に出陣を命じる。ルイ、仔細を任せる」
「はい!」
息子が去るのを見やり、ルイ十三世は居並ぶ将に「ブリタニアの動きは?」と問う。
「我が軍左翼のさらに西に屯しているようですが、動きはありません」
「物見遊山でもあるまいに……。書状を出す。支度せよ」
「はい。して、なんと書かれるのです?」
「早急な参戦要請だ。連中め、カレをタダでもらえると思っているのなら教えねばならぬ」
傍仕えが紙とペンを持ってくると彼は即座に手紙をしたためる。
そして早く援軍を寄こせと心の中で毒づきながら書いた手紙を伝令に託すと、出陣を告げるラッパが遠くから響いて来るところだった。
◇
農園においても奴隷達がオークの第二波に対しての迎撃準備を整えていた。
集積された物資から弾薬が再分配される中、オークの砲撃が再開される。
うなりを上げる砲弾が陣地を強襲し、爆煙が憐れな奴隷達を包み込む。
「みんな! 頭を下げて! 絶対に頭をあげちゃ――。きゃああ」
先ほどの戦域全般に対して行われた漫然とした砲撃とは違いって集中射撃が農園を襲い、恐ろしいほど正確な着弾が塹壕の一角を抉り取る。
第二師団直轄の特火兵中隊はオルク王国が誇る第一〇〇特火大隊に次ぐ古参部隊であり、数々の実戦経験に裏打ちされた経験も相まって正確無比な射撃が叩きつけられた。
そんな攻撃にさらされた奴隷達だが、如何にオドルの作ったライフルの射程が優れていてもその射程以遠からの攻撃には無力だ。
まるで何も出来ない様はライフルの洗礼を受けたオークと重なるものがある。
彼女たちはただ塹壕の奥底にへばりつき、恐怖に震えることしかできない。そんな恐怖に押し負けたある奴隷は涙を浮かべ、銃を捨てて塹壕からはい出そうとする。
「ちょ!? なにしているの! 危ないわ」
「もういや! うんざりよ! こんなところに居られないわ! パパとママのところに逃げなくちゃ、ぐぁ」
塹壕からはい出た奴隷だが、すぐに苦悶の表情を浮かべると共に首輪を掴む。奴隷の首輪は精神に干渉する魔法であり、奴隷が命令違反を自覚した瞬間に定められた罰を与えるマジックアイテムだ。
その罰は主人によって決められ、軽ければ不快感を覚えるだけだが、効力を最大限に設定すれば苦痛で身動きがとれなくなってしまう。
その苦しさに進むことも戻ることも出来なくなってしまった彼女を上空で炸裂した柘榴弾の雨が降り注いだ。
確かにオークによる第一次総攻撃のように一方的な攻撃にさらされる解放者だが、違う点は文字通り逃げることが一切できないことだ。
「っ、ご主人様……!」
ひたすら敬愛するオドルの名を唱えていると、やっと鉄の応酬が収まった。
だが、見た目こそ派手な攻撃だったが、その効果は限定的だった。
と、いうのも超長射程燧発銃を警戒した特火兵はその射程外から攻撃を企図したため主力火砲である一〇三ミリ野戦砲の面制圧用のキャニスター弾では射程が足りず、一点攻撃用の一粒弾で攻撃していたので被害範囲が限定的となってしまった。
その上、一粒弾は地面にバウンドして運動エネルギーが続く限り転がりながら進路上の敵兵をなぎ倒すことができるのだが、前日の雨でぬかるんだ地面に着弾の衝撃を吸収されてしまっていた。
そんな不完全燃焼な準備砲撃だったが、それは攻撃が終わったことを意味しない。
「みんな! 敵が来るわ! 攻撃用意!」
ハーフエルフの奴隷少女の言葉に塹壕の仲間達は即座に応戦の準備を始めるが、濛々と立ち込める土煙に視界を奪われてしまう。爆音によって耳鳴りも止まず、相手がいつくるのかという緊張感に誰しもが吐き気を感じていた。
そして丘から吹き降ろされた風によって煙が去ると、そこには輜重兵の手を離れたスケルトン数十体が駆けだすところだった。
「あれはスケルトン? まさか――」
雑魚モンスターの代名詞であるスケルトンだが、御主人様から魔族はそれを悪魔の兵器に作り替えたという話を聞いていた彼女は脂汗を流しながら引鉄を絞る。
弾丸はライフリングの恩恵を受けて真っすぐに飛翔するや、過たずほの暗い眼窩を穿つ。
だがスケルトンは頭蓋骨が欠けようと意に介さず、凄まじい速さで迫ってくる。
「――ッ!? み、みんな撃って! 撃って!!」
「くッ、全然当たらない!?」
「ひぃ! あいつら早いよ! 装填が間に合わない……!」
第一次総攻撃のオーク達は遠距離であっても密集陣形を組んでいたためどこを狙っても当たる様な状況だった。その上、密集陣形を維持するため歩調を合わせた行進をしていたので迎撃に用いる時間が十分確保できた。
これは密集しなければ指揮官の命令が兵に伝達されず、統制が乱れてしまうからだ。
だがスケルトン達は統制のとれた攻撃をする必要がないため陣形などお構いなしに猛ダッシュしてくる。
五百メートルなどものの一分半で走破してしまうだろう。その上、遠方から押し寄せるライフル弾に恐怖も感じないのでスピードが落ちることも恐怖に負けて逃散することもない。
対してライフルの装填時間はおよそ三十秒。ほとんど迎撃に用いる時間がない。
「白兵戦に備えてッ!!」
悲鳴のような命令に少女達の顔が強張る。
事前にスケルトンが自爆することを聞いていた彼女達は白兵戦になった途端、どうなるか容易に想像がついた。
だが逃げる事は出来ない。もし希望があるとすればスケルトンが自爆する前に大ダメージを与えてアンデッドをただの死者に戻すしかないが、小銃一丁では心もとない。
だがそれでも他に方法がないため震える手で配布されたばかりの銃剣をとりつけにかかる。
これは魔族との戦闘で鹵獲したものを参考に急造されたもので、銃兵に白兵戦能力を付与することで戦力の底上げが期待できるとあってこの決戦を前に大量生産されたものだ。
もっとも急造品故に問題がないわけではなかった。
「なにこれ!? はまらないわ!」
「手が震えているからじゃないの?」
「ちが、本当に入らないの、どうしよう」
ある奴隷少女は必至に銃口にソケット式銃剣を取り付けようとするが、銃剣側の輪が小さいため着剣できないでいた。
と、いうのも一点ものであれば完璧に製造する職人も短期間に数百、数千の銃剣を納品しなければならないとなれば品質も落ちるというものだ。
その上、ガリア王国は大量の銃剣を揃えるため複数の工房、複数のギルドに銃剣の製造を命じたため、それぞれ独自の原器と治具を使って製造してしまった(そもそも治具等の道具の精度もたかが知れているが)。
その結果、彼女のように銃身に対して細すぎる個体や、逆に大きすぎてガタつく粗悪な銃剣が大量に配布されていた。
それに対して魔族――特にオルク王国は鉄砲寄合の結成を認め、銃器の製造を独占化したことによって品質や規格に価格まで統一することができた。
そのため全ての銃剣が戦地での小改造程度で銃へ装着できるようになっていた(もっとも寄合と軍の癒着や競合相手がいないことによる価格の高騰など問題がないわけではないが)。
「だ、だめ! はいらない!! いや、いやあああ」
涙で顔を歪めた奴隷の悲鳴が塹壕に響き渡り、ハーフエルフの奴隷少女もいよいよかと思ったその時、丘から再び馬脚の音が響いてきた。
振り返れば杖を手にした魔法騎士達の姿があり、その周囲には彼らを援護せんと騎士や傭兵などの騎兵が付き添っている。
その中に黒い髪の少年がいた。
「御主人様――ッ!」
喜色の浮かんだ声に士気喪失していた奴隷達が生き返る。それと共に魔法騎士の先頭を行く眼鏡をつけた女性が手綱を引いて馬を止める。
そしてガリア王国第二王姫シャルロット・ド・ガリアは清浄な声音で魔法を紡いだ。
「【亡者よ、正しき裁きを受けよ死者浄化】」
身の丈ほどの杖を振るえば聖なる光がスケルトン達を包み込み、ただの骸に変えていく。
それに第二師団のオーク――特に輜重兵に動揺が走った。彼らはスケルトンの操作こそネクロマンサーに手ほどきを受けていたが、訓練期間短縮のため死体からアンデッドを作る術は習っていなかった。
中には咄嗟にスケルトンを起爆させた輜重兵もいるが、どれもガリアに損害を与えられる距離ではなく、無意味だった。
「よし」
シャルロットは静かに満足そうに微笑むと共にオーク達の背後から迫る敵騎兵の存在に気がついた。
くるりと振り返ると彼女の後ろに付き添っていた異世界の少年と視線が交錯する。
「あれは任せた」
「分かっている。早く丘に」
「ん。あと」
無口な彼女にしては口数が多いなとオドルが思っているとシャルロットは「妹を悲しまさないで」とだけ告げ、馬首を返す。
「余計なお世話だって」
オドルは迫りくる敵騎兵を見やり、この世界で冒険に出た折りにガリア王から託された愛槍を握り直すのだった。
◇
ガリア王ルイ十三世の手紙を読んでいたクローバー八世はつまらなそうに手紙を地面に放り投げる。
その様に周囲の将達は顔を見合わせ、一人のドラゴニュートがおずおずと尋ねた。
「陛下、ガリアはなんと?」
「魔族を攻撃しろと、ね。さもなくば我が陣を攻撃すると書かれている。まったく、そんな兵力がどこにあるのやら」
「悠長に構え過ぎです。どうするのですか!? カレ港の割譲を条件にガリアには中立ないし共同出兵を申し出ておきんがら魔族国にも同じ条件を提示されるとは! どちらを取っても不興を買うことになるではありませんか!!」
「ははは。僕としてはガリアとは敵対したくないし、魔族とも一戦交えたくはない。だが、大陸への足掛かりと教皇庁との窓口は欲しいのさ」
怒り心頭の声にクローバーは苦笑しながら従士――いや、従兵にハンドサインを送り、エールを持ってこさせる。
木杯に注がれた芳醇な液体でクローバーは口の中を湿らすと、思い立ったように膝を叩いた。
「派兵しよう。戦況はどちらが優位なんだい?」
「……ガリアが優位かと。魔族は押され気味のようです」
「ならまずはガリアに援軍を送ろう」
「本当にそれでよいのですか……? 間諜によれば魔族にはまだ大兵力を抱えているとか。この戦にガリアが勝っても次はどうなるか」
クローバーは深く頷き、二口目のエールを楽しむ。フルーティーな味わいが舌を包み込むと共にぷくぷくと湧き出る泡が舌先に甘美な刺激を与えてくれる。
そんな刺激に彼女の思考はクリアになり、自身の思考が研ぎ澄まされていくのを感じた。
「ガリアはここで勝てたら戦を止めるだろう」
「なにか確信がおありで?」
「ガリアとて魔族の大兵力を熟知しているし、連戦連勝の奇跡がいつまでも続くとは思っていないだろう。それにルイ十三世は優柔不断――もとい慎重な性格で、この星字軍遠征の根本的な原因である新教派の布教こそ認めているが帰依はしていない。なら異端審問も受けないだろう。身の安全が約束されているのだからいつまでも国土を荒廃させる戦を続けるより一つの勝ちを手土産に教皇庁と和平するはずさ。あれはそういう人間だよ」
もっとも王子の方は勝利を信じて勝ち目のない賭けを続けるつもりだろうけど、とクローバーは内心に呟く。
「仮にガリアが和平を申し込んだとして魔族がそれを受けるでしょうか?」
「受け入れるさ。連中の継戦能力は限界に近い。その証拠にメリアはカレ港の攻略を画策していた。これは低湿地同盟国からの補給路が伸びきっているから新たな策源地を得ようとしていたからだろう。だというのにブリタニアに先を越されて、さぞ悔しかったろうな」
「なるほど。そのカレを握る我々次第で魔族は干上がってしまう訳ですから、長期的な消耗戦に固執することはない、ということですね」
プルメリアの聡明な頭脳なら自軍が置かれた補給上の危機に気づいているはず。だからこそブリタニアに貸しを作ることなくガリアとの戦を短期的に終わらせたいのだろうとクローバーは予想していた。
「なにより如何に強大な魔族の軍勢とて星字軍の一部でしかない現状、教皇庁が和平に応じればそれに逆らえない。星神教の敵は異教のオストル帝国で、星神教徒内で争うことではない。だから新教派の取り締まりと幾ばくかの賠償金をガリアに科せられれば和平に応じるだろう。その席に僕達も座りたいものだ。勝者の席に着いてしまえば後はどうとでもなる」
「しかし、それは前提条件としてガリアが勝利しなければなりませんが、出来るのでしょうか?」
「君、君? 勘違いしないでほしいのだけど、ガリアが勝とうが魔族が勝とうがどちらでもいいんだよ。最終的にブリタニアが勝利者のテーブルについていればね。だからまずはガリアに援軍を送る」
「………………」
「援軍にはそうだね。安い低地人を使おう」
すると途端に周囲の将達の顔色が曇る。
半魚人族や深き者と呼ばれるのはブリタニアの北辺に暮らす種族だ。
リアス式海岸に浸食された険しく貧しい土地は俗に低地地方と呼ばれ、海洋民族である半魚人族が古くから流入していたこともあってブリタニア南部とは種族的にも文化的にも一線を画する地だ。
その魚擬きは戦の神を信奉し、戦死すると戦乙女に迎えられて最終戦争のその日まで戦い続けると信じていた。
そんな戦闘に飢えた種族をブリタニアが統治したのもまた最近のことであった。
「連中が勝手に戦をけしかけた。なにか言われたらそう答えればいい」
「いやいやいや。誰もその説明で納得しないでしょう。国際問題になるかと」
重い溜息をつく将にクローバーは不思議そうに首をひねった。
「いかんか?」
その言葉に将達は再び重い溜息を吐き出すのであった。
ご意見、ご感想をお待ちしております。




