コンピエニュの戦い・1
前日とは打って変わり、澄み渡った空が広がるコンピエニュ。
夏らしいギラギラとした陽光が降り注ぐ中、閲兵を終えたプルメリアが北部軍司令部に戻ってきた。
するとすかさず従兵が彼女の汗をぬぐい、ワインの入ったグラスを差し出してくる。
「ありがとう。それで、敵情は? ファルコ、説明してくれるか?」
「はい、閣下。有翼人による偵察の結果、やはり敵は丘の反対斜面にその主力を置いていることがわかりました」
ガリア王国軍の戦力は事前の航空偵察で判明した通り二万ほど。対して北部軍先鋒は三個師団の二万五千。その上、後詰として後方四十キロの地点に三個師団が存在しており、北部軍全てを合わせれば二十万もの大兵力を有していた。
「ほぅ。寡兵でありながら逃げずに立ち向かってくるか。中々どうして人間はしぶとい」
「おっしゃる通りかと。ただ、敵は残存の鷲獅子を集結させて航空優勢を確保しているため、緻密な偵察は叶いませんでした。恐らく敵もこの場を決戦の地と選び、温存していた航空戦力の全力を投入しているものと推察いたします」
「間もなく航空支援の第一波が来るであろうな。航空参謀。急ぎ有翼人を上げ、警戒を促すと共に地上支援よりも制空任務を第一にするよう伝達してくれ」
「御意にございます」
さて、とプルメリアは地図に視線を落とす。
彼我の戦力差や布陣の状況からガリアが打って出て来る可能性は低いだろう。もし攻撃をしてきたとしても少数の一撃離脱が精々のはずだ。
(ガリアには後がない。例えここで勝利を得たとしても我らに後詰が控えていることをすでに知っているだろうし、なればこそ連中にとって勝利とは戦力を保持した上で我ら先鋒を撃破する以外にない。ならば無暗に打って出て来るのではなく地の利を生かして防戦に徹し、我らを消耗させてから反転攻勢に出る。そんなあたりだろう)
午前中は攻撃を控えていた北部軍に斥候以外の接触はなく、未だ前衛拠点の普請に心血を注いでいるのがその証拠だ、とプルメリアは結論づける。
つまるところ、ガリアは後の先を狙っており、北部軍に戦闘の主導権を譲っているということだ。
敵の思惑にのる形になるが、その主導権というアドバンテージは捨てがたい。なにより豊富な予備戦力がプルメリアに積極的な決断を行わせていた。
「敵はしぶといが、その命運も今日までだ。方針を示す。まず我が軍は敵の右翼もしくは左翼に点在する敵前衛拠点のどちらかに対して陽動攻撃を仕掛ける」
攻撃側の持つ最大のアドバンテージは好きなタイミングで好きな場所を好きなように攻撃することができるという点につきる。自ら思い描く選択肢を直接選べるのだからさもありなん。
とはいえ、制空権無き現状、敵情を見極め、戦線の重心となる地を割り出すのは困難を極める。
そのためプルメリアは無理矢理重心を作ろうとしていた。
「敵はコソコソと丘に隠れたままで、何を企んでいるか知れたものではない。引きずり出す必要がある。よって陽動で敵をおびき寄せ、これを拘束。その間に軍主力を以って中央突破し、丘を制圧する。高所さえ奪取できれば特火と我が軍の大兵力を以って敵を鏖殺できよう。方針は以上だ」
プルメリアは周囲を見渡し、異論がないことを確かめる。
周囲から無言の肯定を得ると、彼女は濃い髭を蓄えたノームの特火参謀に問うた。
「地面の状況は? 特火兵の運用に支障はないか?」
「はい、ほぼほぼ乾いたかと。ただ、特火兵として警告がございます」
「ほぅ。申してみよ」
「はい。敵の布陣ですが、厄介極まりません。今朝気づいたのですが、敵はご覧の通り丘の反対斜面に布陣しており、直接この目で確認できません。つまり、射弾が敵に命中しているのか、否かを直接観測できないということです。これは弾の当てようがありません」
これは輪投げの要領と同じで、どのような投げ方で、どのくらいの力で輪がどのように飛ぶのかを観測し、次の手番ではそれを加味した力加減で輪を投げて的に当てていくことに似ている。
だが輪を投げる際に目を瞑っていてはどこに飛んだのか分からないので加減のしようがない。
つまるところ特火兵の視界をふさぐように立ちはだかる丘のせいで弾着の直接的な観測ができず、命中を期待することはできないのだ。
もっとも有翼人などを使って空中から弾着を確認させ、間接的に観測を行うこともできよう。
だが問題として空中から地上へ有効な連絡手段が存在しない。有翼人やワイバーン乗りが使う風の通信魔法では通話範囲が限られる上、魔法に適性がなければ送受信もままならない。
非魔法的な通信としては観測データを記した紙を通信筒にいれて投下することもできるが、如何せんデータを送るまでに時差が生じてしまう。
固定目標の攻城戦であるならいざ知らず、常時流動的な会戦ではその時間差が命取りになりかねない。
これは謂わば技術力の限界が露呈してしまっているといえよう。
「――以上の状況を鑑み、敵は観測による死角を見越し、特火戦力を封殺するために丘の影を利用しているのではないでしょうか? だとすると敵には相当な知恵者がいると思われ、警戒する必要があるかと」
「ふむ……」
そこまで計算して布陣しているのか? だとしたらなんと狡猾な。世界に先駆けて本格的に火器を運用し、そのノウハウを手にしている魔族国軍ですら気づかなかった弱点を即座に見抜いてきたことになる。
いや、丘の影に潜んでいるのは数的不利を悟られないためだ。それが偶然、特火の視線を遮っているに過ぎない。だがガリアにはこの世界とは違う進歩的な技術を得ているとしか思えないこともあったではないか。
そうプルメリアの中で思索が渦巻くが、即座に考えても無意味だと思考を打ち切る。
「敵の賢しさか、天のもたらした偶然なのかは問題ではなかろう。なんにせよすることは変わらん。命中は期待せず、敵正面に火力を投射してもらう。さすれば敵は震えあがってくれるものと思うが?」
「おっしゃる通りです。では攻撃の計画を策定いたします」
「頼んだぞ。あぁ、本日は弾薬の使用制限はつけない。よろしく頼む」
「何よりであります!」
喜々と命令を伝えるノームに微笑ましいものを感じているとオークの参謀長が立ち上がった。
「献策いたします」
「許可しよう」
「陽動攻撃ですが、左翼のコンピエニュ離宮を攻撃してはいかがでしょうか? 右翼の小村に比べて防備は堅いでしょうが、司令部からコンピエニュ離宮を一望でき、囮としての指示を出しやすいかと」
コンピエニュ離宮は王族などが狩猟の際に立ち寄る別邸であり、母屋や礼拝堂、厩舎など小さいながらに数棟の建物と侵入者や獣除けの石垣と柵があるだけの簡素な作りをしていた。
また、周辺は庭園が並び、視界も開けている。
それに対し、小村にはより無数の家々が並び、周囲には果樹園など視界を遮るものがおおく、自ずと接近戦が主体になることが予想される地形をしていた。
如何に身体能力で人間より勝る魔族とはいえ、その内実は徴兵された市民ばかりで接近戦が行えるような者は一握りくらいしかいない。
ならば燧発銃による射撃戦も行える開けたコンピエニュ離宮を攻撃すべきであろう。
「採用しよう。と、なると左翼に展開しているのはコボルテンベルクだな」
その言葉と共にビクリと狼耳を震わせ、尻尾を丸める男がいた。コボルテンベルク王国第四師団を率いるジギタリス・コボルトロード・フォン・コボルテンベルクだ。
すると彼は声を裏返しながら立ち上がった。
「は、はひ!」
「そうびくびくするではない。さて、貴官は麾下の戦力を以ってコンピエニュ離宮を攻撃してくれ」
「お、お任せください! このジギタリス! 御身の命に従い、必ずやコンピエニュ離宮を奪取いたしますッ!!」
そこまで力まずともよい、と苦笑しながらプルメリアは続いてオークの将を見やる。
オーク、と聞かされてはいたが、美の女神に愛されたかのような造形はどちらかといえばエルフを思わせていた。
「エルヴ殿。中央突破を命じる。まずは中央の大農場を攻略し、橋頭保を確保してくれ。その後、全力をあげて丘へ斬り込むように」
「お任せあれ!」
「頼んだぞ。義兄上。シュヴァルベ殿共々武運を祈っておる」
すると航空参謀としてこの場にいた有翼人は顔を朱に染めながら口をパクパクとさせる。それにエルヴ・フォン・オルクは爽やかな笑顔を貼りつけ、深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せ。喜べシュヴァルベ。戦功が転がり込んできたぞ。楽しみにしていてくれ!」
あうあうと恥ずかしさに身をもだえる有翼人の婦人を見ながらプルメリアは思わず同じオークだというのにどうして夫の笑顔とはこうも違うのかと首をひねるばかりだった。
「さて、プルーサ第五師団は総予備とし、右翼を警戒――。特に常に西方に向け斥候を放ちブリタニア連合王国軍の動きを注視してくれ。同盟関係ではあるが、いつ寝首を掻かれるかわからん」
今まで黙していたゴブリンの将が恭しく返事をするが、その醜い顔にはどこか安堵が浮かんでいた。
と、いうのもプルーサ王国第五師団は星字軍結成に伴って根こそぎ動員で作られた急造の二線級の部隊であり、練度で劣るといわざるをえなかった(今まではガリアとの小競り合い程度の争いしかなかったので実力不足が露呈することはなかったが)。
「司令部直轄の騎兵連隊については現状待機を命じる。航空参謀、最後に航空戦力の説明を」
「はい、失礼いたします。作戦騎六十騎が待機中です。間もなく第一波二十騎が飛来するものと思われます。展開中のドラグ大公国第一、第六航空師団からは日没まで防空及び対地支援攻撃を実施するとのこと。また、ハピュゼン王国所属の第五〇〇航空猟兵大隊が急行中であり、戦場到着は午後の半ばと思われます」
よろしい、とプルメリアは手を打ち鳴らす。
「いよいよ最後の決戦である。我らが魔皇陛下に、そして星々に我らは勝利を捧げん! 神は我らと共に!」
◇
「オドル! 待ってオドル! ねぇ!」
丘のふもとから続く道を早足で進むオドルの背にマリアが駆け寄ってくる。その青い瞳から涙をこぼしながら、彼女は乱暴にオドルの手を取った。
「止まって! 話を聞いて」
「……なに? もう時間がない」
「えぇ、そうね。早くしないと魔族の攻撃が始まってしまうでしょうね。だったらすぐに、農園に戻って、死守命令を撤回して!!」
ガリアが抱える前衛拠点のうち、中央に置かれたオドル指揮下の解放者に彼が下達した命令がそれだった。
だがそれは通常の軍事的な指標としての命令ではない。
解放者はオドルの奴隷達によって構成されたパーティーであり、その首には命令者の命令に違反すれば罰則を与える奴隷の首輪がついている。
「貴方の命令がどういう意味を持っているのか、分からないはずないでしょ。死守なんて命令を与えたらあの子たち――」
「死ぬまで農園を守ることになるだろうね」
「っ! わ、分かった、上で――!」
怒りに震えるマリアにオドルはただ冷たく「他に手がない」とそっけなく返し、手を振り払って獣道に似たそこを登っていく。
「……あの子たちは、そのために奴隷になったとは思ってないわ。みんな、貴方に希望を見出していたのに、この仕打ちなんて――」
「それじゃどうすればいいんだ! この状況で、こんな状況で他に勝つ術があるのなら、教えてもらいたいものだね、マリアッ!」
マリアは反論に口を開きかけ、代わりに頬に熱いものが零れ落ちた。
一瞬、彼女は他の部隊を農園に配置することを考え、酷い自己嫌悪に襲われた。
例え別の傭兵や国民衛兵隊を配したとしても本質が変わるわけではなく、ただ自分の親しい人を贔屓しているに過ぎない。だから彼女の口からは空気しかもれなかった。
「なにも策がないなら黙っていてくれ」
オドルはそんなマリアを無視するようにズンズンと歩いていく。
その遠くなる背中に彼女は自分の無力さを噛みしめるしかなかった。
◇
「ジギタリス閣下、攻撃準備が整いました」
コボルテンベルク王国第四師団を預かるジギタリスは陰鬱な視線を幕僚達に投げかけながら首肯する。
彼が率いる第四師団は六千と概ね定数通りの戦力を保持していた。そのうち、師団が保有する八門の砲と先遣隊として二個大隊八百が抽出され、命令を待っていた。
「攻撃開始」
「ハッ! 攻撃開始!」
命令が復唱され、甲高いラッパがそれを隷下の部隊に伝えるや、師団特火中隊が誇る一〇三ミリ野戦砲六門と一六五ミリ曲射砲二門が前進していく。
泥に砲車を絡めとられながらも、懸命にコンピエニュ離宮へと迫った砲は俄然と火力を投射していく。
すると煉瓦と漆喰を組み合わせて作られた離宮の壁はすぐに穴ぼこだらけになり、噴煙が巻きあがった。
そのままなぶり殺しのように一方的な制圧射撃を見守っていた第四師団司令部では緊張に染まっていた顔が徐々に呆けだす。
「マジックキャスターの反撃があるものと思っておりましたが、まったく抵抗がないとは拍子抜けですな」
「軽口はいらん。さっさと離宮を奪取するのだ」
ジギタリスの低く唸るような声に家臣達はあぁ我らの主は変わってしまった、と思いながら己の職務に取り掛かる。
元々、優れた領主ではなかった。むしろ凡庸な領主であり、日和見主義だったといえよう。だが三年前の出来事で全てが変わってしまった。
その日和見のせいで魔王位継承戦争においてオルク王国と敵対したコボルテンベルクは狂信的なオークに文字通り蹂躙され、それを目の当たりにした彼は恐怖というものがどのようなものか理解し、心を病んでしまった。
(命令に、命令に従わなくては……! さもなくば、あのオークに……! あぁかみさま――!)
ガタガタと震えながらも、彼は必死の形相で前進を始めた二個大隊を見やる(ジギタリスは師団による総攻撃命令を発する勢いだったが、幕僚がそれをなんとか留めて先遣の二個大隊に攻撃命令が出たのだ)。
必ず離宮を奪う。必ず――。
そうしなければ、あの狂相をいただくオークが現れてしまう。そう怯えながら彼は勝利を祈るのであった。
ご意見、ご感想をお待ちしております。




