勝者と敗者
「発、北部軍司令部。宛、南部軍司令部。我、ブリュセル突破に成功す。損害軽微。低湿地同盟国における諸占領政策をイスパニア王国軍に引き継ぎ、さらなる戦果拡張に邁進する所存なり。魔皇陛下万歳。以上です」
伝令の竜騎兵の言葉に南部軍司令部は「大勝利ではないか!」「予定より二日は早いか!?」「神星魔族帝国万歳!!」と喝采に沸く。
まぁかくいう俺も難所を突破したことに安堵をおぼえていた。
これでガリアまでの扉がすべて開通したも同然。あとは二十万の戦力にまかせて猿獣人をぶんなぐれば勝利だ。
「さて、諸君。朗報を喜ぶのも良いが、そろそろ爾後の作戦方針を決めるとしよう」
今日の議題はピオニブール攻略後の南部軍の行動方針策定についてがテーマだ。
もっとも未だピオニブールは包囲に留めているため捕らぬ狸の皮算用という誹りを受ける覚悟はできているが。
「伝令、返事は後でしたためる故、しばらく休んでいろ。さて、参謀長。状況を整理したい。現在の状況とそれに即した作戦案を提示してくれ」
「はい。では現状についてですが、我らはピオニブールを包囲すると共に敵解囲軍三万を撃破。解囲軍は百キロほど西方にあるエピナル市に向け撤退中のようです。空中偵察によればその残存兵力は一万ほどと見積もられております。また、この際の戦闘において我が軍はデモナス王国第三師団を中心に損害が出ており、戦死者約五千、負傷者約一万五千という有様です。なお、損害を多かったデモナス第三師団は一個連隊を残し、本国に帰還。代わりにオルク王国及びゴブリシュタット公国より増援を受けたため損害の補填は完了しております」
当初四万の大軍勢であった南部軍であるが、すでに三万八千までに戦力を回復していた。
対してガリア側は貴族(とそれに雇われた傭兵)が主体であり、当の貴族は国民の一割もいないのだから戦死したら補充などできない。恐らく今次大戦中に再編は不可能だろう。
だが魔族国は国民の九割以上を占める民衆を兵士に仕立て上げる新式軍制を使っているので損害が出てもその穴埋めは容易い。
それを考えるにウルクラビュリントを巡る戦いから此度のピオニブール攻略戦においてガリア側は主要な兵力をほぼ失ったも同然であろう。
「次に今後の作戦案についてですが、二案を提示します。まず第一案として所定の作戦に従ってピオニブール包囲を継続し、野戦陣地を強化して敵の再来襲に備える。第二案として早急にピオニブールを攻略し、さらなる戦果拡張を求めると共に北部軍の進撃に呼応してパリシィへ進撃する。現状、作戦方針はこのどちらかに帰結するものと考えますが、如何でしょうか?」
周囲を見渡せば異論を抱く者はいないようだ。
まぁここにきて作戦方針の転換を迫られているのは先の会戦における勝利の余韻が残っているからだろう。
「星字軍遠征軍団として進言いたします」
そういって挙手をしたのは柔らかな表情を称えるトマス・デ・トルケマダ大司教だった。
副軍団長のその隣に控えるナイ殿は相変わらず薄い笑みをたたえたままで一言も発さないが、まぁ実質教皇庁側の意思表明といったところか?
「どうぞ」
「星字軍遠征軍団としては第二案を強く押します。我々の目的としてはガリアにはまだまだ異端に苦しむ無辜の民がおります。それを救済するため我らはガリアに赴いたのであり、侵略しにきたのではありません。南部軍司令部のお歴々には賢明なご判断を願います」
それなー。
教皇庁の目的を考えればより多くの地域へ進出し、信仰秩序の回復に励みたいところだろうね。
そう思っているとおずおずと今度は翡翠色の髪の少女(に見える)エルフが挙手をした。
「ハルジオン様もなにか?」
「個人というよりもエルザス公国としても第二案に賛同です。ガリアへの遠征はともかく早急に旧エルザス公国領を再征服し、占領政策を実施するべきです。エルザスを安定化させられれば各種物資の現地徴発が可能となり、兵站への負担を和らげることもできるかと」
わかるー。
ハルジオン様をはじめとしたエルシス=ベースティア系の義勇兵はエルザス公国復興のために出兵をしているので忌々しいが彼女の言葉はエルフの総意と受け取った方がいい。
まぁ兵站云々は建前で、本音はエルザス公国の独立を宣言し、既成事実を作っておきたいというあたりだろう。そのために従軍しているようなものだし、その点では文句をいえないな。
――とはいえ、俺にも立場というものがあるからね。
「えー。では南部軍司令官から。現状、我々としては当初の作戦に従ってピオニブールを包囲に留め、持久戦態勢の確立を目指すべきであると考えます」
とはいえ南部軍司令部においても実は第二案のような積極策を押す者は少なくないし、俺も早々にピオニブールを攻略して人間共に故郷が焼かれるということがどういうことか教えてやりたいと常々思っている。
しかしゴブリンの輜重参謀が俺の言葉(建前)を後押すように立ち上がった。
「輜重参謀から申し上げます。兵站線の維持に関してですが、エルザス領内であれば問題はありません。ですがそれよりもガリア国内へ侵攻した場合、兵站に関して責任を負いかねることになります。そもそも当初の『黄色』作戦において南部軍の主目的は敵野戦軍の誘引であり、ガリア国内への本格的な侵攻は想定されておりません。よって攻勢に際して物資の備蓄不十分である上、輸送用の荷駄が不足しており、補給線が伸びればたちまち物資不足が蔓延することになることが予想されます。何より大前提としてピオニブールの攻略なく攻勢作戦の計画など、時期尚早であるといわざるを得ません。以上です」
当たり前だが、魔族国とガリアは国交がないため両国間に主要街道が整備されていない。
一応、ガリア側は道路を整備していたが、冒険者用のもののため道も狭く、大軍の通行に向いていないし、その始点は全てピオニブールになっている。
つまりピオニブールはまさに栓であり、これを抜かねばガリア国内への侵攻は現実的ではない。まぁ皮算用ばかりしてないで現実を見ましょうねってとこだ。
あと、これね。南部軍が直面している問題はなにも補給線だけじゃない。
ぶっちゃけ南部軍と星字軍遠征軍団の指揮系統が曖昧なのも問題だ。
そもそも星字軍遠征軍団とは教皇庁をトップにした多国籍軍であるため本来なら南部軍――神星魔族帝国軍はこれの指揮下に入ることになる。
しかし星字軍遠征軍団のトップであるナイ殿は魔族国軍が誇る革新的な用兵術が既存のそれとは一線を画することを知っており、それを十全に機能させるために俺に軍の指揮権を与えてくれていた。
もっともその柔軟さを弱腰と見る者もいるようで、指揮系統が曖昧なまま今日に至ってしまっていた。
「まぁまずはしっかりとピオニブール攻略という下地を作りましょう。これなくては足元をすくわれかねません」
「なるほど。確かに。ではピオニブール攻略に関しては南部軍に一任しましょう」
「御理解ありがとうございます、トルケマダ様。城攻めは我らの得意とするところ。星字軍遠征軍の方々は城門を開け次第、改宗に臨んでいただきたいところです」
「しかし我らとて座しているばかりにもおりますまい。大規模な攻勢は無理でしょうが、少数の遊撃隊を派遣するくらいなら、できるのでは?」
うーん、遊撃隊ねぇ……。ちらりと兵站参謀をうかがうと難しい表情をしながら「規模にもよりますが」と言った。
まぁ大兵力の運用は厳しいよね。でも星字軍参加の各騎士団だけで好き勝手やられると、へんな既成事実を作られかねない。出来るなら手綱を持っていたいが、あんまりオルク王国軍がでしゃばるのも……。
そう考えていると、ふとハルジオン様と視線が交わった。
「ではこうしましょう。ピオニブール周辺及びエルザス全域の掌握並びに残敵の掃討のため、星字軍遠征軍団並びに義勇猟兵旅団“エルフ”から戦力を抽出した戦闘団を以て威力偵察を行う、というのは?」
うーむ。我ながら良いアイディアなのでは?
威力偵察として指揮官にある程度の自由裁量権を与えてやれば貴族的な自尊心も満たせるだろうし、攻勢作戦ほど大規模な準備がいらない。
それにエルフを出せばハルジオン様も満足するし、損害が出てもエルフが傷つくだけでオークは無関係だ。
「なるほど。良案ですな。軍団長殿。如何でしょう?」
「裁可いたします。星字軍遠征軍団としてはトルケマダ様に部隊の抽出並びにその指揮をとっていただきましょう」
お、話が早いな。期待のこもった瞳でハルジオン様をうかがうと彼女も深く頷いた。
よし! 決まりだ!!
「では作戦の詳細については後ほど南部軍司令部にて検討し、下令いたしま――」
これでみんな幸せになれる作戦が思い付いてハッピーエンドを迎えるはずだったが、それを邪魔するように「会議中に失礼いたします」としどろもどろな言葉と共にオークが現れた。
そのオークは軍大学長としてプルーサ王国に赴任したグロリオサ・フォン・オーク伯の後任であり、オーク伯家の傍系出身の第一師団長であった。
「今は重要な会議の場であるぞ。用事ならあとに――」
「無礼をお許しください! し、しかし、その、隷下の銃兵連隊よりもたらされた事案なのですが、師団司令部では判断出来かねる案件のため南部軍司令部に緊急のご報告に参りました」
え? なに? 師団司令部で決断できないってことは戦略上問題が起こったということ?
もしかしてガリアの逆襲? ピオニブールからの致命的な攻撃?
いや、そんな戦闘が起こっているのならこんな静かなわけがない。じゃ、一体……?
周囲に時間をいただけるか確認をとって改めて尋ねると、まったく予想外の答えが返ってきてしまった。
「事の発端は第一銃兵連隊隷下の大隊が一人の使者を拘束したことからなのですが、その使者が自分はガリア王国貴族ガリヌス公爵家の使いであり、こちらの書状を星字軍遠征軍団に、と。その上、ガリヌス家は星字軍遠征への参加を熱望しているとの旨のことを言っていて……」
差し出された羊皮紙はすでに封が解かれていたが、その中身の半分は熱烈に異端とガリアの現体制批判が記されていた。
つまり、ガリアの離反者ってこと? まぁ……。なるほど。うーん。こりゃ師団司令部では判断できないな。いや、それを持ってこられた連隊本部でも、大隊本部でもそうだろう。
こうしてまとまりかけた会議は紛糾の体を見せ、夜遅くまで議論が続けられるのだった。
くそ、ガリア人め! 余計な手間をかけさせおってからに!!
◇
ピオニブールから撤退中の解囲軍は道すがら落伍者を出しながらヴォジュ男爵領の領都エピナルへの撤退を続け、エピナルまであと一日という地点で野営に取りかかっていた。
たき火に照らされた兵士達の横顔にかつて王家と王都守備の栄誉に輝く近衛の面影はない。ただそこには精魂尽き果てた敗残兵達がいるだけだ。
そんな兵士達の間を歩くマリアは解放者の宿営地に向かうとテント群の裏から「お願い! ヤメテ! たすけてぇ!! イヤァ!」と甲高い悲鳴が夜空に突き抜けるのを聞いた。
小さなため息と共にマリアは足早に悲鳴のあがったテントの裏に顔を出すと、そこには奴隷少女達が一人のウサギ耳の少女を取り囲んでいた。
「お、お願い! 一生に一度のお願いだから! みんなやめて! 本当にやめてッ!!」
「ヴロニカ……。でも魔族に撃たれたその腕、もう腐っているわ。切らないと毒がまわって死んじゃうんだよ」
「でも――! 不具の奴隷なんてご主人様に捨てられちゃう! そんなの死んだ方がマシよ!!」
「……生きてさえいれば良いことくらいあるわよ。猿ぐつわを」
誰かの言葉に奴隷達は仲間であるウサギ耳の少女――ヴェロニカに猿ぐつわを噛ませ、四肢にしがみつく。
周囲の奴隷達は手際よくヴェロニカの腕に巻かれていた血膿に染まった包帯を剥がすとどす黒く変色をきたした腕を露わにする。そこへ大降りの小刀――武器として持ち込まれたものだろう――を持ったハーフエルフの少女がそれを大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろす。
声にならぬ悲鳴が暮れゆく空に響き、それと共に奴隷達は無感動に残った腕の止血を始めた。
(あぁ治療をしていたのか……。可哀想に)
満足な治療が受けられずに腐った腕が壊疽を起こしたのだろう。
壊疽を起こした部位を放置すればそこから全身に毒素が周り、やがて死に至る。
そのため早急な治療が求められるのだが、治癒魔法をかけても壊死した組織を蘇らせることはできないため、外科的切除以外に治療方法がない。
もちろん受傷時にすぐ治癒魔法をかければ壊疽のリスクは下がる。だが激戦が繰り広げられた結果、多くの負傷者が発生したため治癒魔法が行える星職者が足りず、貴族の治療が優先されたこともあって奴隷や傭兵の多くが包帯を巻く程度の治療しか行えないでいた。
その結果、撤退の道すがら手足を切断して延命を図る者や落伍者が相次いだ(腹部の受傷はそもそも手の施しようがないため治療はされていない)。
もっとも治癒魔法をかけられた貴族といえど、衛生的とは言い難い撤退の道すがらに感染症に罹患し、命を落とす始末だが……。
「あ、マリア殿下!」
「そのまま……。お疲れさま。彼女の快復を祈っているわ」
マリアに気がついたハーフエルフの少女――アネモネは形式的にも礼を行おうとするが、他の大部分の奴隷はそれに続こうとはしない。
マリアがフレンドリーだからではなく、礼を示すほどの体力を有していないからだ。
それをマリアも理解しているからこそ形式的に礼を断り、心にもない祈りを捧げる。壊疽した部位を切断したとしても、その生存率は高いとはいえないだから――。
「ありがとうございます。それと、非常に聞きにくいことではありますが、我々の補給はどうなっているのでしょうか? もうとっくに手持ちの食料も尽きていますし、せめて負傷者の分だけでも……」
「撤退のごたごたでどこも手が回らないのよ。明日にはエピナルだから辛抱して」
撤退の混乱によって数多くの物資が闇に消えていった。追撃を恐れて打ち捨てられたものもあるが、中には貴族がそれを横領するようなこともあるという。
この敗北――。いや、敗戦が迫る中、今や国を心配するよりも自分の領地を守るため少しでも多くの資金を集め傭兵を集めるか、魔族や教会へそれを渡すことで生きながらえようと必死なのだ。
「分かりました……。それと、ご主人様のご容体は?」
「怪我の方は、もう大丈夫。ケラススさんが癒してくれたから……」
でも――。とマリアは言葉を続けそうになった。
そう、傷自体はすでに血も止まってかさぶたになっている。だが精神作用の源たる脳を損傷したせいか、その心は別人のようになってしまっていた。
しかしここで話すことではないと口をつぐみ、アネモネと二、三言葉を交わしてから本営へ足を向けた。
その道中、露営の各所からうめき声や悲鳴が響き、夜空へと消えていく。そこに王家守備の大任を受けた近衛の姿はなかった。
そして闇夜でも松明の輝く本営に入るとそこには通夜のような顔色の第一王子ルイ・ド・ガリアやその近習、そして異世界から招かれた少年であるオドルが会していた。
「マリアか。兵の様子は?」
「限界が近いと思う。それに兄さまも顔色がひどいわ。少しは休まないと」
「そうも言っていられないさ。それより問題は魔族の侵攻阻止だ。このままではヴォジュが危ない。だが……」
すでにガリア国内の戦力は干上がっているといっていい。
王都近辺で動かせる兵力はピオニブール解囲軍の予備戦力となっていた一万の兵団しか存在せず、対して低湿地同盟国を侵した魔族は二十万という。その上、ピオニブールを包囲する魔族は四万と圧倒的な戦力差を誇っており、これが本格的攻勢に出た場合、ガリアはこれの前進を阻止する戦力を持ち合わせていなかった。
「ガリヌス公爵に援軍を出すよう文を送ったが、まだ使者が返ってこなくてな……。ガリヌス家の資金力をもってすれば相応の傭兵を雇えるだろう。そうなれば魔族の撃退は無理でも、遅滞防御くらいはできるはずだ。その間に戦力を立て直して【勇者】と共に低湿地同盟国を侵した魔族を撃退し、返す刀でヴォジュの魔族を叩ければ――」
鬼気迫る口調で作戦を語るルイだが、マリアにとってそれは妄想に等しいと思えて仕方なかった。そんな心中を察したのか、乾いた笑いがルイの言葉を遮った。
「オドル? どうした。予に変わる妙案でも思いついたか?」
「いや、例えガリヌスが戦力を捻出したとしても、魔族は止められないさ。いや、もう真っ向から戦っても魔族には勝てない。ガリアはお終いさ」
鬱屈とした表情を見せるオドルは口元を卑屈に歪めながら、そういった。
この笑み――。そうマリアは唇を強く噛みしめ、思わずその悪相から目をそらす。先の戦いでエトワールに頭部を斬られて以来、彼はこんな邪悪な笑みを浮かべるようになってしまった。それが彼女は怖かった。まるで別人のような彼が――。
「手厳しいな。王子の前でそれをいうか? そんなにいうのなら、異世界の良き作戦の一つでも教授してほしいものだな」
「そうだね。なら、ヴォジュを焼くっていうのは?」
「………………なに?」
その据わった目から何かしらの冗談ではないことを悟ったルイは動揺を浮かべながら問い返す。
しかしオドルは興味なさげに淡々と言葉を返した。
「もう正攻法で戦っても魔族には勝てない。今のガリアじゃ対抗できない。だからヴォジュだけじゃない。王都までの撤退の道すがら、街という街、橋という橋、井戸という井戸を破壊していこう。焦土作戦だよ。この世界でも過去に行われた例があるでしょ。そうすれば魔族の補給は滞る。侵攻阻止は出来ないけど、南部諸侯が来るまでの時間を稼げると思う」
「本気で言っているのか? そんな外道な作戦、取れる訳ないだろ。冗談にしてももっと気の利いたものを――」
「冗談? それこそ冗談だろ。現実を見ろよ。野戦はおろか籠城しても魔族には勝てない。だからといって普通に戦っては損害だけ被る。どうせ勝てないなら、出来るだけ多くの損害を魔族に与えながら負けるべきだ。つまり奴らに一片の食糧も水も、街も与えずに撤退するほかない」
魔族とて生物である以上、飲食をせねば生きてはいけない。だからこそ一欠けらの物資さえも焼尽に帰せば魔族の進撃は鈍る。
莫大な兵力を有する魔族はただでさえ兵站への負荷が大きく、焦土作戦となれば致命的な一撃になりかねない。
「だが、それでは戦のあとはどうなる? 勝ったとしても民の生活再建のためにガリアは莫大な負債をかかえることになる! 民が心安らかに暮らせない国に未来などない! 待っているのは亡国だ!」
「それが? なら別の場所に村なり街なり再建すればいいじゃん。僕の国はそれをやったよ。それも何度も」
正気じゃない。マリアは本当に彼が変わってしまったことを実感し、空虚感を覚えていた。
彼女の愛するオドルは身分の貴賤や種族に関わることなく誰にも優しく、常に笑みをたたえていた。
だが今の彼に宿る笑みは嗜虐的なものしかない。
(どうしてこうなってしまったの……)
どこで間違ってしまったのかと自問しても答えは返ってこない。
そもそもオドルをこの世界に呼んだことが間違いだったのだろうか?
「……悪魔に魂を売れというわけか」
「ルイが決断できないのならぼくがやるけど? 解放者の予備戦力をエピナルから回収しつつ周辺を襲う。徹底的にね」
「いや、分かった。第一王子として命じる。オドル――」
「はいはい。やっとか」
その三日後、ピオニブール周辺を哨戒飛行中の竜騎兵が天高く舞い上がる黒煙に気づき、魔族国軍はガリア軍のエピナルの完全破壊を知ることになる。
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