栄光と裏切り、そして敗走
低湿地同盟国――それは神星魔族帝国、ガリア王国、ブリタニア連合王国との交易によって栄えた連邦共和国であり、イスパニア王国の植民地である。
その首都たるブリュセルは貿易によって生まれた巨万の富をもって整備された壮麗で先進的な都市であったのだが、戦争はそれを容易く破壊した。
丁寧に敷かれた石畳は剥がれ、壮麗な城門は生々しい弾痕に穿たれ、活気に満ちていた商店は怯えるように店を閉めていた。
そんな一種、空虚感の漂うブリュセルに太鼓の音が響いた。それに続くように笛が勇壮な行進曲を吹奏されれば一糸乱れぬ軍靴が拍子を刻む。
今、オルク王国軍第二師団を先頭にブリュセル包囲戦に参加していた神星魔族帝国軍北部軍隷下の先鋒三個師団がブリュセル入城を果たした。
その軍団はブリュセルに敷かれた大路をわが物顔で行進し、やがて市庁舎の前を横切る。
その市庁舎のバルコニーで閲兵していた副官のファルコ・ハーピーロード・フォン・ハピュゼンは脱力しそうな自分を叱咤し、答礼を送っていた。
(まったく、エルフだけは敵に回すなとあれほど言ったというのに、全ての努力が無に帰してしまったではないか……)
彼は文字通り各国を飛び回り、ガリアの孤立化と対ガリア戦役への協同を周辺国に呼び掛けてきた。
もっとも魔族国、リーベルタース王国、エルシス=ベースティア二重帝国による三国同盟とガリアで蔓延る異端の討伐を教皇庁が呼びかけたためそれほど難しい外交工作をしてきたわけではない。
しかし彼は強大な連帯力を誇るエルフの力を取り込むため彼の国との火種になるようなことを極力排除するつもりだったのだが、当の教皇庁がガリアを含め全面的な異端の討伐を宣言したことで世界情勢はがらりと変わってしまった。
この状況を聞いてもっとも狂喜乱舞したのは軍務伯カレンデュラ・オークロード・フォン・オルクだったのはいうまでもない。
「ファルコ。そう難しい顔をするな。兵達が見ているぞ」
「はい、失礼いたしました。プルメリア殿下」
ファルコの隣に立つ北部軍司令官――プルメリア・フォン・リンドブルム・オルクの小さな声に彼は強張っていた顔を撫で、憮然とした表情を作る。
「なんにせよまずは一勝です。お喜び申し上げます」
「ありがとう。だが、こうして勝利を得られたのもイスパニアの協力が取り付けられたからだ。それも其方が飛び回ってくれたおかげだろう? エルフとは禍根があるだろうによくやってくれた。重ねて感謝する」
「勿体なきお言葉にございます」
低湿地同盟国の宗主国たるイスパニア王国は教皇庁において出兵の可否が議論されるようになると素早く出兵派の急先鋒となり、強硬論を唱えて星字軍遠征の実施を熱望する立場をとっていた。
と、いうのも他国の介入を招くくらいなら植民地利権を守るため積極的な行動を起こして支配体制を盤石にしたいという思惑があったからだ。
そのため『赤色』作戦の実施において秘密協定が結ばれていた。
「プルメリア殿下! これは噂にたがわぬ勇壮な面構えの精兵ばかりですな。いやぁうらやましい」
ファルコやプルメリアの隣で閲兵していた禿頭の人間が含み笑いを浮かべながら讃辞を称する。潮風に焼かれた赤ら顔のこの男はイスパニア王国艦隊の司令官であるアルバロ・デ・バサン侯爵であり、父の代より海軍に籍をおいてイスパニア海軍の整備に尽力してきた海の男であった。
「なにをいう。かくいうバサン卿の艦隊も低湿地同盟国との海戦で大勝されたとか。その威容は“無敵艦隊”と称されるべきであろう。それに貴卿の新鋭船は今までの軍船を過去のものにした素晴らしい性能だと聞き及んでおる。実に乗船したいが、作戦が押していて時間が作れぬ。許されよ」
「殿下にはぜひ我が旗艦にお招きしたいところであったのですが、仕方ありますまい。殿下の御武運をお祈りいたします」
「かたじけない」
「なに、イスパニア王家とイスパニア異端審問所の威信にかけて低湿地同盟国の治安維持任務に励ましていただく故、後顧の憂いなく存分に暴れてこられるがいいでしょう」
『赤色』作戦に先立って結ばれた密約とは魔族国軍の全面的な通航権をイスパニアが保障するかわりに魔族国は低湿地同盟国における治安情勢へ干渉しないというものだった。
つまりイスパニアは一寸たりとも魔族国に低湿地同盟の利権を渡すつもりはないということであり、その条件提示にファルコを始め北部軍司令部は難色を示していた。
そもそも難局である国境地帯の要塞攻略を実施したのは他でもない魔族国であり、ブリュセル開城後に現れたイスパニアが全面的に占領政策を引き継ぐというのだから面白くない。
(とはいえ戦の本分を見失うわけにはいかぬ、か)
少なくとも低湿地同盟国の治安維持に使用する兵力を魔族国は捻出しなくてすむのだから対ガリア戦を見据えれば戦力分散の愚をおかさずにすむのでむしろありがたい申し出であったといえよう。
その上、イスパニアは物資の海上輸送を支援する用意があるとし、兵站上の負担を軽減することが約されていた。
しかし裏を返せばそれ以外の支援を行う用意がないということであり、対ガリア戦役に不干渉を貫く構えを見せていた。
(教皇庁に媚びを売りたいし、低湿地同盟国の利権を保護したいが、ガリア王国へは介入したくない、か。なんと虫のいい話だ)
強大な海軍力を整備し始めたイスパニア王国だが、異教徒らを再征服したばかりの現状、列強と正面から殴り合いを演じる体力を有しているとは言い難い。だが戦勝国の仲間入りはしたい。
そのため魔族国を矢面に立たせておこうという魂胆が見え見えであった。
(美味いとこどりとは腹にすえかねるな。やはり長耳は信用できん。せめてガリア海軍と一戦交えるとかしてくれたら納得もできるが……)
そんな不満を飲み込みつつファルコは視線を眼下の兵にむけると、そこにはハピュゼン王国が誇る航空猟兵連隊が行進を行っていた。
「そういえば殿下はハーピーを使ってリエジュの要塞線を神速で攻略したとか」
「あぁ。ファルコの提言でな。空から城門を急襲したのだ」
北部軍の行く手を阻むリエジュ要塞とは工業で潤うリエジュの街を囲うように十二個の要塞を構築した複合的な要塞線であり、相互が相互を援護できる堅牢な築城がなされていた。
そこへ竜騎兵や鳥人族が奇襲攻撃をしかけ、防御施設の破壊と城門の占領を行ったのだ。
「鳥人族を使った奇襲というのは戦史にたびたび登場しますが、どれも失敗に終わっていましたな。それを成功させるとは殿下の名は史書に記されることでしょう」
「買いかぶりだ。ただ、鳥人族の奮闘とカレン――夫殿が作り出した兵器があってこその勝利なのだから」
鳥人族は魔法によって飛行する種族であるが、飛行に適した身体は軽く華奢に出来ていた。そのため白兵戦となれば人間に劣り、敵城に空から潜入して城門を開けるなどの奇襲攻撃をしたところで失敗例の方が多いくらいであった。
だが魔族国の鳥人族達は燧発銃や擲弾を装備することで身体能力の差を埋めた。
リエジュ攻略戦においては軍主力に先んじて要塞内に降下、突入した鳥人族の空中挺進隊は手持ちの火器で城門付近の敵を一掃するや、軍主力の突入までワイバーンによる近接航空支援や弾薬箱を吊ったパラシュート(木枠にリンネルを張ったもの。リーベルタースの発明家が近年発明した)の空中投下による補給を得ながら持久戦を展開したのだ。
「なるほど。技術の進歩がハーピーを強くしたと?」
「左様。それを申すなら貴国のキャラック船も然り。既存の船に並ぶことのない速力に積載量、そこに我が国の新鋭火器を搭載したとなればまさに無敵の軍船……。我が国でも注文したが、竣工するのが今から楽しみだ」
複数の帆を組み合わせることで柔軟に風を捕まえることができるキャラック船は波の荒い外洋に適した船だ。
特にその速度はこれまでの海戦の常識を覆す可能性を秘めており、莫大な積載量から戦争のみならず経済さえも大きな変革を迎えるのではという期待感もあった。
しかし此度の星字軍遠征によって神星魔族国は港湾施設の整備に充てられるはずの予算が戦費にあてがわれてしまったため、海洋進出の宛ては当分凍結されることになってしまったが……。
「ともに進歩の波に乗り遅れたくはありませんな」
「しかり。だが共に新しい風を受けても我々はまだ飛べるはずであろう?」
「そうですな。そうありたいものです」
後にイスパニア海軍の父と呼ばれるアロバロは深くその言葉に頷くのであった。
◇
時を少し遡り、オドル達がピオニブール救援のために出陣した頃のヴォジュ男爵領の北。そこにはガリア貴族界一の所領を有するガリヌス公爵家の広大なロタンギリア地方――通称ガリヌス公爵領が広がっていた。
その領都メスはかつてガリアの、人間族の生活圏の最前線拠点として整備された古都であった。
しかし北方にて低湿地同盟国の建国によって北部への開拓の道が断たれのと合わせ、エルザス地域を獲得したことによってメスの状況は一変した。
王国はエルザス開発のために冒険者の特権――剥ぎ取った魔族の素材の専売制や通行税の免除などをかかげたため、多くの冒険者がガリヌス公爵領からエルザスへと流れることになったのだ。
そうした人口流出により、ガリヌス公爵領は未だ魔族領域に接しているとはいえ、だいぶ寂しいものへとなってしまった(その変わり莫大な領地を封じることになり、辺境防衛の要として王族との婚儀も結ばれるなど名家としての地位を確固たるものにできたが)。
そんな古都の中心に位置する仰々しい細工の施された城館で領主――ディーオチ・ド・ガリヌスは苛立たし気に金の酒杯をテーブルに叩きつけた。
「ぐぅぅ! 腕が、腕が疼いて仕方ない! あの魔族共め、怪鳥め! よくも、よくもガリア一の大貴族であるこの私の腕を――ッ!! 腕をおぉおッ!!」
オース会戦において有翼人の爆撃を受け、失われた左腕の幻肢痛に苦しめられるディーオチはそれを紛らわそうと幾杯もの酒精を呷るのだが、痛みと絶望を払拭することはできないでいた。
「私は、ガリヌス家の長子、ディーオチであるぞ! 王族の血も流れる高貴なこの私が、魔族風情に腕を!! 腕を!! ふ、ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなッ!!」
忠君報国の証にして名誉の負傷と普段は喧伝しているが、己に青い血が流れると信じて疑わぬディーオチにとってこれほどの屈辱はなかった。
その上、思い出したように襲ってくる幻肢痛や大きな音――雷鳴はおろか扉の開閉音でさえあの忌々しい一日の惨状をフラッシュバックさせ、寝ても覚めても悪夢にうなされるような毎日を彼は送っており、眉目秀麗だった顔はやつれて狂相の体を見せていた。
「それに敗戦の責だと? 腕を失ってまで戦った者への仕打ちがこれか! ここまで王国に尽くしたのに領地までとられるとは――! こんな不条理が存在していいはずがない!!」
怒りの冷めやまないディーオチは手当たり次第に投げられる物を投げ、壊せるものを壊して鬱憤を晴らそうとするが、それでは収まらず乱暴な声でメイドを呼びつけた。
それに恐る恐ると入室したメイドにディーオチは巷で流行りを見せる新薬であるローダナムを持ってくるよう命じる。
ブリタニアから伝来したハイ・ポーションとしてガリア沿岸で出回るそれをディーオチはいち早く入手するや、その効能故に愛飲していた。
「遅い!」
ただでさえ虫の居所の悪い主人にメイドは平身低頭しながら用意した盃にローダナムを注げば黒く、蠱惑的な臭いが部屋に広がった。
それを一気にあおったディーオチはそれでも怒りが収まらず、メイドの手から瓶を奪ってローダナムを飲み干す。
その危険な飲み方をメイドが諫めようとするが、瓶を投げだしたディーオチはメイドの細い手首をつかむやソファに押し倒して悲鳴をものともせずそのスカートの中をまさぐる。
しかし行為がなされる直前、部屋の扉が乱暴にたたかれた。
「――ひぃ!?」
その悲鳴はメイドのものではなかった。大きな音に今度はトラウマが蘇ったディーオチは童子のように飛び起き、ソファの陰に隠れてしまう。
メイドはその闖入者に深く感謝しながら扉に向かって駆け出してそれを開けると、悲鳴に困惑する老執事がそこにいた。もっともノックをした当の執事はメイドを助けるつもりなどまったくなく、ただの偶然であっただけだが――。
「失礼いたします、旦那様! だ、旦那様?」
「お、おまえか……。で、出て行け! 入室を許可した覚えはないぞ!!」
「しかし、低湿地同盟国に赴いていた御用商人から一大事の報せが!」
「一大事?」
ガリヌス家が懇意にしている商会はよく渡来品を買うために低湿地同盟国へ買い付けに赴いていた。
そこで手に入った品をガリヌス家が買い取り、ガリア内で売買することで利益をあげていたのだ。
「今はそのような気分ではない。あとで報せろ」
「いえ、それが魔族が低湿地同盟国に侵攻したと!」
「………………。……な、なに!?」
「ですから魔族です! 暴走攻勢が起こったのです!!」
敗戦の責を受け、実質的に政界を追われた身であるディーオチではあるが、それでも魔族がピオニブールを包囲しており、第一王子であるルイ・ド・ガリアが解囲のために軍団を引き連れて出陣したという話を聞いていた。
当然、辺境守護のため出兵を要請されたが、彼は騎士団の再編成中であることを理由にそれを拒否し、こうして怒りに身を任せて引きこもり生活をしていた訳だが……。
「低湿地同盟国にも暴走攻勢をしたというのか!? 誤報ではないか?」
「まず間違いないと。すでにリエジュからブリュセルに難民が押し寄せ、雲霞のごとく魔族が攻めよせてくると吹聴しているらしいです。その上、イスパニア艦隊も星字軍遠征の名の下に港を攻撃したとも……」
そこでローダナムの鎮痛作用が効いてきたのか、ディーオチは先ほどの荒んだ態度から一変して真剣な眼差しで周囲を見渡し、壁に飾っていた地図に視線を走らせる。
その変わりように執事もメイドも舌を巻くと共にガリア随一の大貴族として栄華を誇るガリヌス家の当主であることを再認識した。
「……低湿地同盟国はまず間違いなく陥落するだろう。いや、ガリアもこのままでは……」
魔族の力量を肌で感じたディーオチは魔族への侮蔑と共に骨の髄までその恐ろしさを理解してしまっていた。
それを抜いたとしてもイスパニア王国が介入するとなれば低湿地同盟国の未来は明るくない。
そして魔族の目的が低湿地同盟国を侵すだけでは留まらないことなど子供でもわかることだった。
「……いや、むしろ好機の到来か」
「はい?」
「すぐに戦支度を整えよ。ありとあらゆる手を用いて糧秣と荷馬車を集めろ。それと手紙だ。書状をしたためるから羊皮紙を用意せよ」
「は、はい。して、どちら宛てに? 国王陛下にですか? それとも解囲軍の指揮官であるルイ殿下ですか?」
するとディーオチはなんの躊躇いもなく言ってのけた。
「違う。魔族宛てだ」
「ま、魔族!? い、如何してですか!? どうして魔族に文を――」
「分らぬか、このうつけ! ガリヌスは魔族に、いや、教皇庁につく。それを魔族に伝えるのだ」
「そ、それはつまり御謀反を――」
「戯けッ!! 言葉を慎め。これは………。これは、そう! 義挙! 義挙だ! 今、ガリア王家は悪魔に唆されて、誤った道を歩んでいる。それを掣肘するのも家臣の務めというものだ。魔族に手紙を出して、それから教皇庁にも使いをやらねば。あと心付けも必要か。出し惜しみは返って心証を悪くするから――」
その手並みは有能と評してよいほど素早いものだったという。
◇
夢を見ていた。
見慣れた教室にいたはずが、世界が光に包まれたかと思うといつしか中世風の城の中おり、金髪碧眼の美少女が駆け寄りながら言った。
「異世界からやってこられた勇者様! どうかお力をお貸しください!」
ガリア王国第三王女――マリア・ド・ガリアに魔族の脅威にさらされている故国を助けてほしいと請われ、冒険者としての一歩を踏み出した。
その旅路は想像していたものより遥かに苛酷で、物語の主人公とはまるで違う生活に苦慮する毎日だった。
だが押し寄せるゴブリンから村を守り、四圃式農法を広めて多くの人から感謝された日々はかけがえのないものだった。
「オドル殿は飲み込みが早いですな。さすがは異世界から参られた勇者であります」
好敵手登場の嬉しそうに手をさしのばしてくる白銀の少女は【剣聖】エトワール・ド・ダルジアンだった。
オドルの【槍術】スキルの向上のために指南役となった彼女は厳しくも的確に彼に指導を施すと共にめきめきと実力をあげる彼に惹かれていた。
「御主人様は、どうしてそこまでして戦われるのです?」
少し陰のある翡翠色の髪をなびかせるのはエルフの奴隷であるハルジオンだった。
とある奴隷商で売られていた彼女を悪名轟くディーオチ・ド・ガリヌスが購入しようとしているところに出くわしたため、オドルはディーオチとの決闘を経て彼女を所有することになったのだ。
もっともいくら【剣聖】の指南を受けたといっても経験の足らぬオドルはディーオチに辛勝するに留まったが……。
だからこそどうして奴隷の、それも何度も払い下げられてきた一人のエルフのために戦うのかと問われ、オドルは「君が困っていただろうから」と答えた。
そう、オドルはこの世界で正しいことをしようとしていた。困った人々を助け、正義を行いたいと思って――。
そんな世界が暗転する。
悲しみで張り裂けそうなトカゲのような瞳をした赤髪の幼女がどうしてと叫ぶ。
だいきらいと慟哭を浮かべたエルフの少女が決別を露わにする。
無言で濁った瞳を向けてくる首無し騎士が躊躇いもなく穂先を向けていたオドルを切り伏せる。
かと思うと世界は急速にぼやけ、今度は少女達の心配そうな声が聞こえたような気がした。
それと共に体は凍えるように寒くて震えが止まらず、かと思えば燃えそうなほどの熱を感じ、意識が夢と現を彷徨う。
そして――。
「ここは、どこ?」
目を開けると澄み渡る夏の空が広がっていた。
それをながめていると「おど、る?」と声をかけられる。
ぼやけた視界一杯に映ったのは流れるように透きとおった金髪に吸い込まれそうなほど青い瞳をいただく美少女だった。
多少、土と硝煙に汚れているとはいえ、その美しさの色褪せないガリア王国第三王姫マリア・ド・ガリアの不安げな瞳にオドルはかすれた声で「ここは?」と尋ねた。
「馬車の中よ。今はボジュに撤退している最中なの。覚えている? オドル、頭を斬られちゃって――」
まとまりのない思考が急速に一つにまとまっていく。
突如、デュラハンに強襲された塹壕。そこで再会した【剣聖】エトワール・ド・ダルジアンの冷たい目。そしてもう一息で仕留められたはずの彼女を説得しようとして、彼女に斬られた自分――。
そんなことを思い出しつつ頭をなぞると包帯が巻かれているようで、それに触ると凄まじい激痛が頭を駆け抜けた。
「だめよ! ケラススに回復魔法をかけてもらったけど、骨まで斬られていたって――。もう、ダメかと思ったんだから……!」
オドルの胸に顔をうずめて泣き出すマリアに彼は呆けたようにされるがままになり、そしてふと解放者のみんなはどうなったのかと思い、それを訪ねた。
「……その、敵の追撃が激しくて、ほとんどが散り散りになっちゃって、今は百人もいないわ。解放者だけじゃない。解囲に参加したみんなも敵の追撃が激しくて半分くらいになっちゃったって」
そしてマリアの口から何があったのかと聞かされ、そして自分達が低湿地同盟国から侵入してくるであろう魔族に備えるため王都に向けた撤退中であることを彼は聞かされた。
しかしオドルの感想はただ一言。「そう」と言っただけだった。
「そう……って、オドル? どうしたの? 大丈夫?」
「まぁ頭を斬られたのが大丈夫の範疇なら大丈夫だよ」
皮肉気で、卑屈な笑みを浮かべるオドルにマリアは彼の変化を機敏に感じ取っていた。
誰にも手を差し伸べる彼がこんな言葉を口にする訳がない。だが、誰しもが精神的、肉体的に消耗してしまっているのだから攻撃的になっても仕方ないのでは?
彼女はそう結論づけると共に、自分もその範疇にいることに気がついた。
無気力そうなオドルを叱っても、失った仲間は帰ってこないのだから。
「幸い、敵の追撃はないみたいね、だからもう少し寝たほうがいいわ」
その言葉にオドルは頷き、再び瞳を閉じる。
そして敗軍は粛々と撤退していくのであった。
皆さまお待ちかねのオドル君生存ルートですw
天然ロボトミーされたオドル君の活躍にご期待ください!
さて、これより最終章スタートです! 最後までお付き合いの程よろしくお願いいたします。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




