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星神教のお告げ

「閣下! この税率はどういうことでしょうか!?」



 夏の終わりを告げる熱く乾いた風が窓から吹き寄せる居城の会議室にて家臣の一人――グロリオサ・フォン・オーク伯爵が声を荒げて今年の税率の草案が書かれた羊皮紙を突きつけて来る。

 会議の円滑化のために先立って諸侯には税率の草案を送り付けてあったのだが、それが裏目に出てしまったようだ。



「はぁ。オーク伯。で、何か問題でもあるのか?」

「問題ですとも! 確かにオルク王国は現在、ウルクラビュリントの失陥により未曾有の国難に直面しているため軍備増強を目的とした増税はやむなしと心得ております。しかし此度の増税は常軌を逸しているとしか言えません。人頭税に租税は去年の五割増し! 水車の使用税に竈税(かまどぜい)や水引税といった民の生活に欠かせぬ物の税率も軒並み三割増しにするなど言語道断! このままでは民は秋の実りの半数以上を奪われて冬を越せぬ者も出ることでしょう。そのような状況でありながら今年は戦争税も導入しており、民の生活は圧迫されるばかりです。その上、新たに教会税の布告など民に死ねと言っているようなものではありませんか!!」



 まったく……。一々うるさいやつだ。

 戦争税の導入の時も他の諸侯と一悶着あったが、その時は口うるさいやつに物理的に消えてもらったおかげで二度と政務に口出しする厄介者はもう出ないと思っていただけに残念で仕方ない。

 やはりどこにでも文句を言ってくる輩はいるものだな。



「聞いておられるのですか!? 閣下!」

「余さず聞いておる」

「……ならば閣下。今こそ英断が必要なのではりませんか?」

「ほぅ。英断とは?」

「民のためにもこの草案の改訂を。確かにウルクラビュリントの奪還は我らの悲願であり、そのための戦争税の導入は頷けます。されどこの教会税というのは承服できません。この税は国庫に納められるのではなく教会に納めるという話ではありませんか。これほどオルク王国にとって無益な税が他にありますでしょうか? また、聞くところによれば教会税の導入はリーベルタースからやってきた人間族からの要請とか。そのような甘言に惑わされて増税を行うなどもってのほか! これも全てオークの力を削ぐための人間の謀略ではないでしょうか?」



 教会税の導入はオーク伯が言う通りナイ殿からの要請あってのことだ。

 今後、領内はもとより魔族国全土に星神教を布教の要たる教会を建立するための資金が必要であり、収穫の十分の一を教会に納めるよう新税を制定してくれと要請を受けていた。



「あまつさえ閣下は諸侯の統治する各町に異教の(やしろ)を建設し、改宗するよう勅を出されましたが、かような異教の神を崇めるなど魔族国五大種族の一雄たるオークのすることではないと言えましょう。その上、教会の建設費を諸侯が負担するなど我ら家臣に与えられた自治権の侵害であり到底容認することなどできません。このままでは閣下と我ら家臣団――大公閣下と民とも深い溝を作ることになり、これの是正なくオルク王国再建は叶わぬことでしょう!!」



 自分の言いたいことは全て言ったとオーク伯が満足げに口元を緩めている。それに頭の傷がズキズキと警告するような痛みを訴えて来るが、それが爆発する前に会議室の扉が突然開かれた。

 そこには黒い法衣に身を包んだナイ殿が巻物を手に立っていた。 

 突然の闖入者に議場の誰もが押し黙っていると彼女は淀みなく流麗に腰を折るや流れるように挨拶を口ずさむ。その演劇のような完璧な仕草に思わず胸が高鳴ってしまった。



「オルクスルーエ教会の司祭、ナイにございます。オルク王国諸侯の皆様におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」

「……に、人間!? 人間が何用だ? ここは貴様のような部外者が顔を出せる場ではないのだぞ!? それ相応の罰を――」

「ヌーヴォラビラント――旧ウルクラビュリントの教会から火急の報せが届いたのですが、会議を中座していただいてこの便りを読んでもよろしいでしょうか?」

「な!? 不敬であろう!! 貴様のような人間の言など誰が――」

「許します。ナイ殿。それを読んでくだされ」



 「閣下!?」 と声が荒げられるものの、安息日の礼拝の度に澄んだ声で聴衆を引きつけるナイ殿の声をかき消せるものではなかった。



「では皆様お忙しいようですから内容をかいつまんでお話しいたします。これはヌーヴォラビラント教会のフランシスコ司教からわたし宛に出された書簡なのですが、冒険者ギルドが近々ヌーヴォラビラントとここ――オルクスルーエの中間地点に砦を建設するという計画を立てていると書かれております。それに併せて冒険者を募って周囲の掃討作戦を今一度実施し、ヌーヴォラビラントを完全に人間の支配領域に置こうとしているとも。掃討の実施時期は冬明け。砦の建設は早くて春先に開始し、夏までには竣工させるとのことです」



 「わたしからは以上です」と彼女は表情を変えることなく一礼するが、それを見やる諸侯は目玉が落ちそうなほど目を見開き、口をあんぐりと開けてナイ殿を見ていた。

 もはや人間族への嫌悪や突然の闖入者に怒るでなくただ驚いている。

 それは先ほどの烈火のごとき舌戦が嘘のようだ。そんな中、玉座から立ち上がり、ナイ殿のもとに近づいて彼女が手にしていた羊皮紙を受け取る。



「確かにその旨書かれているな。聡明な諸侯であればこの新たな砦の建設が意味することを言わずとも察しているであろうが、あえて口にしよう。これはオルクスルーエを攻め滅ぼすための足掛かりとして整備されるだろう、と」



 まぁオルクスルーエへの人間族の侵攻はかねがね予想はしていた。

 そりゃ連中は俺達オーク――いや、魔族の討伐を悲願としているのだからいつかはこの時がくると思っていた。



「諸君。もし一兵でもこのオルクスルーエに人間が踏み込んでくるようなことがあればオルク王国は崩壊するだろう! それだけは断じて阻止せねばならない。

 よって冒険者による掃討戦が実施される前に猿獣人共に痛打を与え、侵略拠点の築城を諦めさせる必要がある。だが諸侯は先のウルクラビュリント奪還戦において我々が多大な消耗を強いられた悪夢を生々しく覚えている者も多いと思う。されどその消耗した戦力を立て直すべく民から吸い上げた血税によって俺は戦力の充実を図ってきた。その甲斐あって一定以上の戦力を集められたのだとここに断言する!! その上で百戦錬磨の諸侯等残存兵力を合した我らの全力を投入すれば自ずと勝利は達成されることだろう!!

 今、ここにオークロードの名においてガリア王国に対して戦を宣するものである!! 我らに星々の恩寵があらんことをッ!!」



 オークロードの名においてとはつまりオルク王国の勅令として命令しているので拒否権はない。まぁ勅令の乱発は諸侯から根に持たれてしまうので発令するにはそれなりの理由が必要だが、これは十分な理由となることだろう。



「また、このような国家存亡――いや、種族存亡の危機を知らせてくれた教会に対し、種族の長として並々ならぬ感謝を捧げると共に相応の褒美を取らせねばならぬと考える。だが種族が栄えるか滅亡するかのような大事に対していくら金貨を支払っても事足りぬのは明白。よって教会にオルク王国内における徴税権を授ける。その上で戦を仕掛けるにあたり、傭兵の雇用や武器や糧秣の仕入れ等諸侯は入り用になると思われる。そのため先に示していた増税案を現時点で大公の名の下に施行することを宣言しよう」

「お、お待ちください閣下!」

「またオーク伯か。重要な案件なのだろうな? でないと俺は伯になにをするかわからんぞ?」

「そ、それは――!? で、ですがその、真なのでしょうか? 本当に人間共は砦を作ろうとしているのですか? その者の虚言では? もしくは我々を釣り出す嘘という可能性も考えられます」



 こいつはなにを言っているのだ? 『聖人君子』から手足が生えたようなナイ殿に向かって嘘つき呼ばわりだと? どうやら死にたいらしいな。

 ぶっ殺して――。

 その時、サッとナイ殿が俺を遮るように前に出た。



「ご懸念はもっともです。確かに人間族であるわたしを警戒されるのは無理ありません。しかしわたしはリーベルタース人であり、星々の下僕であります。それはフランシスコ司教とて同じであり、十二分に信頼できる情報です。何よりカレン様は熱心な星神教徒であり、教皇猊下もその信仰心を評されるほどです。その上、皆様も快く所領に教会を建立してくださるというではありませんか! そのような信心深いお歴々を教会は誉めこそすれ、裏切るような真似など決していたしません! なぜなら我々の目的は終末の黙示録が訪れるその日まで一人でも多くの方々を目覚めさせることにあるのですから……!」



 胸の前で五芒星を切るナイ殿にならい、俺も簡易礼拝の所作を執り行う。それに諸侯はまだ戸惑いを隠しきれず、互いに顔を見合わせてヒソヒソとなにか話している。

 そんな中、パンと叔父上が手を叩いた。



「カレン。どうだろう? 突然のことで諸侯も混乱している。一時休息を挟むとするのは」

「分かりました。これよりしばし休息とする。会議の再開は追って使者を出すのでそれまでゆるりと過ごせ」



 諸侯を見渡し、会議室を出るとどっと疲れが押し寄せてきた。だが休む暇もなく背後から扉が開き、叔父上が姿を現す。



「カレン。貴様仕込んでいたな?」

「はて? なんのことやら」

「……まぁいい。お前の執務室に行っても良いか?」

「えぇ、かまいません」



 そのまま三人で執務室に入り、パタリと扉が閉まると叔父上が口火を切った。



「あー。お嬢さん――」

「ナイです。ユルフェ様」

「あ、あぁ。ナイさん。その手紙を拝見しても?」



 ナイ殿が差し出した手紙を叔父上が一読し、再度それを読み直し、顔をあげる。



「本当に信用に足るのか? このフランシスコという者と面識は?」

「フランシスコ司教はわたしの上司です。教区長をしており、とても厚い信仰心をもたれているお方で、信頼のできるお方です」



 星神教の教会は司祭が管理しているのだが、そうした教会を地域ごとに取りまとめる上位組織が教区と呼ばれるもので司教が監督するという仕組みになっているそうだ。

 そのためナイ殿の直接の上司にあたるのが彼の御仁らしい。

 どうも元々はピオニブール教区長をされていたようだが、猿獣人の支配下に入ってしまったウルクラビュリントに連中が教会を建てたのを切掛に教区が再編されてそちらに居を移されたようだ。



「ですが、お年もお年なので中央にいれば司教から大司教に出世された上で枢機卿団に入っていてもおかしくないお方なのですが、とある枢機卿猊下と派閥が合わずにガリア王国に飛ばされてしまったそうで……。その上、ピオニブールでの布教が思うように進まぬためリーベルタースに返り咲くことなく骨をガリアに埋めるしかないと嘆いておられました」



 若干ナイ殿の顔に影が差している。元上司を心配しているのだろう。

 なんとナイ殿はお優しいことか。



「それで、そのフランシスコ司教はどうしてこんな手紙を?」

「先ほども申し上げた通り、教会の使命は一人でも多くの方々を救うことです。これが答えでは不満ですか?」



 もっとも叔父上はその言葉に満足していないようだ。



「叔父上。すでに手の内の者をウルクラビュリントに向かわせて事実を確認させております。俺はナイ殿の説明で納得していますが、諸侯を説き伏せるために真偽を定かにしておく必要はあるかと思って」

「やはり仕組んでおったのだな? だが良い判断だ、カレン。確かにその通りだな。この状況で真偽の判断はできん。だが最悪の事態を考えて準備を始めねばすぐに秋がやってきてしまうしな」



 そして短い秋が終わればすぐに冬が来る。そうなれば軍事行動の一切がとれなくなってしまう。

 それは敵も同じだが、その間に砦の建設のための資材や冒険者を集められてはいよいよ取り返しがつかなくなる。



「ではわたしはこれで。カレン様が建立してくださった教会で市民の方々に法話を行う約束をしておりますので」

「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。また俺も近々教会に顔を出しますので」

「ご無理をなされぬように。では皆様に星々の深き恩寵があらんことを」



 ナイ殿が簡易礼拝をして執務室を出て行くと叔父上が醜い口元をゆがめてため息をつく。



「ったく。喰えねぇ嬢ちゃんだ」

「――?」

「なに、あれは脅しだよ。領内での布教――恐らく布施が集まらないことだろう――が上手くいかなければ同じ種族だろうが平気で他国に売り飛ばす。あいつは信者である限り教会は裏切らないといってるが、裏を返せば布教が上手くいかなけりゃ同じ人間族でも手のひらを返すって訳だ。清貧を謳ってる割に即物的なことで」



 そうなの? 確かにそう見れなくもないけど、ちょっと邪推しすぎじゃない?



「今回はたまたまわし等に味方したが、教会の意に背けば今度はわしらが人間の番になりかねないな」

「ならば問題ありませんな」

「どうしてだ?」

「このオルク王国もいずれ街にとどまらず各町村にまで教会を建立し、全ての民を改宗させるのですから」



 すると叔父上がいつになく不安そうな瞳を向けてくるのであった。

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