ピオニブールの戦い・5
ガリア軍を統べる第一王子ルイ・ド・ガリアの瞳には左翼へと来襲する敵の援軍が映っていた。
すでに延べ一万五千ものガリア軍を用い、【勇者】さえ投入して強襲をしかけているというのに突破の糸口さえつかめないことに彼は焦りを覚えていた。
「くっ。まだ突破できないのか……! 兵の損害はどうなっている?」
「大よそですが、二千弱でしょう。自軍の損害というものは案外と多く見えるものです」
本当にそうか? そう疑問を抱く瞳を年老いた従士に向けるが、当の本人は素知らぬ顔で「損害はまだまだ許容値です。増援を送りましょう」とのたまう始末だ。
(だが、本当にそれで良いのか?)
ルイはこのまま左翼に拘泥し、いたずらに戦力を消耗してしまってよいのか判断がつかなかった。
それを見透かしたように従士は咳払いをして説得にかかることにした。彼は中途半端な軍事行動がなにも生まないことを知っていたのだ。
「敵が予備戦力を投じてきたということは突破される危険があると考えているからに相違ありません。ここで敵の予備戦力を粉砕出来れば敵も瓦解するというもの。なにより他の選択肢がありません」
「……戦力を左翼に割きすぎではないか? それにジャンヌは左翼を警戒していたが、罠があるのではないか?」
「とはいえ、我らは三度の強襲をしかけたというのに罠が発動する気配はございません。敵の将であれば突破の危険が生じた時点で罠を発動し、戦線の安定化をはかるというもの。だというのに突破の危険にあいながら予備戦力を投入するくらいしかしてこないというのなら罠をはっている可能性は低いものと推察いたします。恐らくですが、【勇者】殿がおっしゃられていたのは敵の堅固な陣地による消耗を危惧された啓示なのではありませんか?」
確かにとルイは視線を眼下の戦野に向ける。戦場を一望できる高地から左翼を観察すると敵味方入り混じった泥沼のような混戦が続いている。
だがそれだけだ。敵がなにかを準備しているようには見えない。ただただ肉を投げ合う消耗戦が続いているようにしか見えないのだ。
それにルイが敵の指揮官になったとして、幾たびもの危険な圧迫を受けることが起これば躊躇わずに奥の手なり、罠を発動させる。
それがないということは杞憂なのかもしれない。
「なるほど……。そうだな。だが、啓示の存在を抜きに左翼へ増援を送ったらこの丘の兵が手薄になってしまうのではないか? そこを敵が強襲してきたらどうする?」
「右翼にはオドル殿がいらっしゃるではありませんか。本人もBランク冒険者の上、魔族共に対抗できる策を打っているようですし、なにより高地に陣を敷いているため守備に徹すれば数的な不利を幾分も緩和できるものと考えます」
右翼で遅滞防御が行われているうちに左翼が敵を突破し、包囲する。例え敵が攻勢に出たとしてもその絵図はまだ生きていると従士は確信していた。
それを受け、ルイも決断の時が迫っているのを悟った。
すでに左翼の犠牲は看過しがたく、このまま消耗戦に持ち込まれたら寡兵のガリア王国軍に勝ち目がなくなってしまう。敵の戦線を突破し、敵を撃滅する決定的な攻撃が必要なのだ。
「左翼へ総攻撃をしかける。動かせる戦力は?」
「一万ほどになるかと」
「すぐに準備させよ。それが完了次第、打って出るのだ! 決着をつけるぞッ!!」
そう次なる攻撃の準備が行われている最中、ガリア軍右翼ではオドル旗下の銃兵隊――解放者には戦場とは思えぬ穏やかな空気が漂っていた。
そこにはオドルが考案し、支給した緑を基に茶色や黒などのまだら模様の描かれた服を身にまとった奴隷の少女たちがスコップを振るい、防御陣地たる塹壕の掘削に励んでいた。励んで――。
「ねぇ御主人様! 攻撃はまだですか!?」
「そうだぜ、御主人! こんな穴掘りしてないで魔族を倒しに行こうぜ」
「御主人様のくださったこのマスケット銃さえあればどんな敵もやっつけられますよ!」
黄色い声に包まれるオドルは頬をかきながらそれを諫め、手を動かすよう注意をうながす。だが彼女達はすぐに手を休め、オドルにちょっかいを出す有様だった。
その様を遠くで見ていたマリアと、その隣の褐色肌のハーフエルフの少女がため息をもらした。
「もう、あの子たちったら……。申し訳ありません、マリア殿下」
「仕方ないわ。あの子たちの身の上を考えれば、ね」
解放者の構成員は転売された中古奴隷や売れ残りなどの所謂訳アリ商品が多数を占めていた。
何かしらの理由で資産価値の落ちてしまった奴隷の末路といったらない。
オドルはそのような行き場のない者達を銃兵として迎え入れ、職を与えていた。だからこそ後のない奴隷達は御主人様に捨てられない様にと必死に黄色い声をあげているのだ。
そのような者達がいることをオドルとの旅で知ったマリアは、それ故に彼女の愛する者に侍ろうとする奴隷を叱咤することができなくなっていた。
「オドルは優しいし、そういう人を見かけたら放っておけないのよ」
「御主人様の厚遇には深く感謝しております。奴隷になって、こんな生活ができるなんて思わなくて……」
「あの訓練漬けの日々が?」
「はい。あの頃に比べれば……」
意味深な言葉にマリアは言葉に詰まるが、ハーフエルフの少女はそれに気づかぬフリをしてオドルと戯れる同僚達に「こら!」と拳を振り上げながら注意に走る。
それにしても――。そうマリアはオドルが掘る塹壕を見て首をひねる。
彼女の知る会戦とは盤上遊戯のように駒の運動能力を適切に采配することで決着がつくものという常識があった。
相手の駒が動けばそれに応じてこちらも駒を指し、やがて敵を飲み込む。それが理想の戦闘であり、それの達成が不可能な場合は自軍の駒を少しでも多く保持しながら撤退する。
しかしオドルの指示している野戦築城は戦力をその場に拘束することになり、下手をすれば遊兵になりかねない。
攻城戦ならば敵の攻撃を防ぐために野戦築城が行われるが、これは駒の運動が意味をなさないからだ。
だからこそマリアは――いや、この場に派遣された傭兵を含め塹壕の価値を見出していなかった。
「おいおい、若いのに良い御身分だな」
「やめとけ、あれで男爵様だぞ」
「でもよぉ。昼間っから女を侍らせて……。あやかりたいものだぜ」
「亜人もいける口かよ、守備範囲広いな。獣のようで気味が悪くて勃つものも勃たたないぞ」
下卑た笑い声は左翼から響く必死の銃声に負けずに響き、それは塹壕で作業する者達にもしっかりと届いていた。
それにムッとする奴隷もいるが、彼女達が反論の口火を切る前に丘のふもとから雷鳴に似た轟音が響く。
その音色はマリアの耳にあまりにも懐かしく、ピオニブールで起こった破壊の情景をありありとフラッシュバックさせた。
そして恐怖の風切り音が迫る中、マリアは叫んだ。
「みんな伏せてッ!!」
反射的に大地に倒れたマリアの声は大地を抉り取る大音響にかき消され、大量の土砂が空へと舞いあげられたかと思うと、それらの雨が襲ってくる。
それからほどなく第二、第三の砲声が轟くと丘は削られ、木々はなぎ倒されとまるで黙示録の世界がやってきたようであった。
そんな神の如き偉業を行う軍直轄第一〇〇特火大隊を筆頭とした集成特火連隊が誇る四十門もの火砲が一斉に火を噴き、鉄と硫黄の雨を降らす。
そんな猛射に耐えかねた丘を守備するオドル旗下の解放者は先ほどまで掘削していた塹壕の中に悲鳴と共に隠れ(先ほどバカにしていた傭兵も飛び込んでいた)、この災厄を凌ごうとするが、この騒乱に紛れて丘を駆けのぼる一隊があった。
騎乗したそれらの一隊は硝煙が立ち込める世界でも鮮やかな深紅の軍服をまとっているが、その大半は軍服とは裏腹に土気色の肌をしていた。
そんな一団はオドル達の拵えた陣地の五百メートルほど手前で次々と下馬し、指揮官たるエルフが死者達に円陣を組ませていく。
そう、彼等第四四四法兵大隊は同時詠唱と共に乗馬も習得させていた(臨時に組み込まれた護衛の銃兵を除く)。
これは高火力なマジックキャスターが的確に火力支援を行えるよう機動力を付与するというエルシスの戦術思想を引き継いだためだ。
「各小隊整列! 長距離魔法戦用意!」
エルフの大隊長の命令に五人組で作られた各小隊から「よし」の返答が寄せられる。それに満足したエルフはもう少しイキの良い部下であればと思いながら「攻撃目標、丘上の敵陣地線の撲滅!」と宣言するが、意気軒高な復唱ではなく、生気のない事務的な復唱ばかり返ってくる。
と、言うのも第四四四法兵大隊の大半はエルシス=ベースティア二重帝国から派遣されたエルフなのだが、残りは元冒険者の死体――リッチという有様だからだ(オークよりもリッチの方が魔法への適性が高いため)。
これは張り合いがないとエルフは思いつつも本国から託された重要な任務なのだと首をふり、命令を下す。
「方向正面、距離五百! 法種、火炎爆裂魔法。第一射、詠唱始め!」
それに従い、各地から集められた元冒険者達が一斉に魔法を発動する。
五人ひと組になったモノ達を起点に魔方陣が輝き、ストックを魔法杖に使われるイチイの木から削りだされたものに換装した燧発銃を掲げ、その筒先に火球が生じたかと思うとそれは予備動作なく飛翔して丘に突き刺さるや火柱を上げる。
そこに絶え間なく集成特火連隊の攻撃が降り注ぐのだからこの世の地獄といえる光景が生まれていた。
そんな猛射にさらされたオドル旗下の解放者はただ黙って厄災を受け入れるのではなく、反撃を試みていた。
「ライフルを使う! 射手は各個に攻撃!!」
ガリア国内で製造の始まった燧発銃のうち、ドワーフ達の不眠不休の努力で作られたそれを手にした解放者のメンバーが射撃位置につく(とは言え試作品の域を出ない代物の上、数も五丁しかないが)。
見かけ上、燧発銃と大した違いはないが、その銃身には八条の施条が刻まれており、少女奴隷達は苦労しながら弾丸を込めていく(施条に弾丸を噛ませなければ回転が生まれないため、弾丸サイズがタイトな上にフェルトのパッチで弾丸をくるんで銃身に密着させているので押し込むのに力がいるのだ)。
「放て!」
爆風の合間を縫うように少女達は五百メートル以遠の標的――魔法戦用の燧発銃を掲げる死人たちをハッキリと視認しながらトリガーを引く。
ぐらりと揺れる銃先から吐き出された球状弾丸はライフリングによって与えられた旋回運動を維持しながら飛翔し、腐乱した肉に突き刺さる。
「やった!」
それを放ったハーフエルフの少女の歓喜が口から溢れるが、当のリッチは穴の開いた己の体をしばし見やった後、何もなかったかのように同時詠唱を続ける。
そもそも物理攻撃に耐性を持つアンデッドにとって己の体に鉛弾が食い込んだ程度ではダメージ足りえず、血も流れていないため失血死もしない。
そのため虎の子の新兵器は相性悪く、華々しい初陣を飾ることはできなかった。
そんな右翼の急変に浮足立ったのはガリア軍の本営であった。
丘の頂から戦場を俯瞰していたルイは苛立たしげな視線を従士になげた。
「ッ!? 丘が手薄になったことに気付かれたようだぞ。それにこれは同時詠唱による魔法攻撃ではないか。どうして魔族共が秘法を知っている?」
「わ、わかりかねます。しかしこちらもすぐに総攻撃に兵を送り出します。まもなく攻撃準備が整う旨の報告がくるはずですが……」
そう、すでに賽は投げられてしまっていた。下達された命令に従い、ガリア王国軍主力一万がすでに左翼へ急行中であり、丘に残った戦力は乏しいと言わざるを得ない。
もし主力を引き返させたとして、混乱は避けられないだろう。ならばこのまま事前の作戦通りに左翼の突破を敢行させ、右翼で徹底的な遅滞戦闘を執り行うほかない。
そび結論にルイがたどり着いたとき「伝令! 伝令!」と丘の後方から一騎のきらびやかな騎士が駆け寄ってきた。どこの部隊が寄こした伝令かと彼が思っていると伝令兵は馬から飛び降りるや、封蝋の施された羊皮紙を差し出してきた。
「ルイ殿下! 国王陛下より勅書を賜りました。この場にてお検めください」
「父上が?」
緊迫する戦況の中、ルイが封を切ろうとしている折に丘のふもとに接近する新たな魔族国軍の姿があった。
たっぷりと準備砲撃を終えた特火兵と法兵が退避を始めると、それと入れ替わるように新たな死者の軍勢が蹄の音も高らかに進軍を始めたのだ。
彼等胸甲騎兵連隊は一切の恐怖なく丘を目指し、次々にサーベルを抜刀する。
その頃、準備砲撃にさらされた塹壕線では突然の静寂に恐々と頭を出して周囲を見渡す一人の奴隷が金切り声のような悲鳴をあげた。
「ご主人様! 丘の下からなにか来ます!」
「今度は騎兵か……!」
それにつられてオドルも土埃を払いながら立ち上がると、ちょうど眼下に八百もの騎兵が迫り来るのがよく見えた。
彼は手にしていた愛槍を握りしめ「攻撃用意!」と命令を発する。
俄に戦闘の機運が高まる塹壕に詰め込まれた奴隷達はこれまでの訓練を思い出しながら弾薬盒から油紙で作られたカートリッジを取り出し、それを噛みちぎって点火薬を火皿に乗せる。
それから銃口に残った火薬を流し込むのだが、皆緊張からか指先が震えて黒い粉が周囲にこぼれ落ちてしまう。
それからたどたどしい手つきで込め矢を抜き、懸命に火薬と弾薬を突き固めるが、あまりに遅々としていた。
「早く!」
「ま、待ってくださいご主人様――」
「男爵様! 傭兵組はどうしたらいい!? 早く指示をくれ!! このままじゃ騎兵に蹂躙されるぞ!!」
そう声をかけてきたのは顔中埃まみれの男だった。オドルはその男が傭兵隊長であることに気がつくと共に戦闘配置につくよう命じようとして、やめた。
この塹壕に傭兵を収容するには手狭すぎる。それに戦闘スタイルがまったく違う上に共同戦線をはれるほど連携がとれていない。
なにより傭兵というものはお金のために戦っているのでいざとなれば主人を容易く裏切るというイメージがあった。
そのため傭兵と共に戦うのはリスクがつきまとうのではという危惧が生まれた。
「え、えと……」
「どうすればいいです? 殿下より男爵の指揮下に入るよう命じられているのです。早くご命令を!」
「――ッ。こ、後方で待機!」
「はい? ありゃ騎兵ですよ。そちらの私兵はたったの五百ぽっちですし、飛び道具しか持っていないじゃないですか。こっちが槍衾を作るんで――」
「いや、ここは僕に任せてください。それより傭兵は後方で待機を」
「ッチ、どうなっても知りませんよ」
傭兵隊長は「もっと森の際まで下がれ! そこで方陣を組め! 騎兵が来るぞ!!」と命令をとばしながら去っていく。
その背中を見送るマリアがいいの? と無言で問うてきた。
「それより早く戦闘準備を整えて! 敵は?」
「お、およそ二百メートル!」
副官役のハーフエルフの言葉にオドルは固唾をのむ。
喉の奥がひりひりと痛むほどの乾きに包まれながらオドルは「撃ち方用意」の命令を下した。
それに奴隷達は撃鉄を完全に引き起こし、塹壕の縁に銃列を敷く。
すでに距離は百五十メートルほどか。だがオドルにはもっと近いような気がしていた。
「放て!」
甲高い銃声が響き、陣地線に沿って白煙が乱立する。それと共にオドルは再装填の命令を下すが、銃声の余韻にほとんどの奴隷がその命令を聞けずにいた。
「どう?」
「やったんじゃね!?」
「ねぇ、なにか命令されてない? 変な気分がする……」
オドルは奴隷の首輪の拘束を極限まで緩めているため命令を聞いた者も若干の不快感を覚える程度で、中々再装填が進まない。
特にライフルを所持する者はただでさえ装填に時間がかかるというのに、これまでの射撃で黒色火薬特有の燃えかすが銃身内にこびりついたため、より装填に時間をとられてしまっていた。
もっともオドルは銃撃によって敵の大多数を仕留められたものだと確信し、やはり銃が武士の時代を終わらせたのだと戦国時代の一戦に思いをはせていた。
しかし彼の希望とは裏腹に馬脚の音は弱まることはない。それに不吉なものを感じる者が出始めたころだった。
そして白いカーテンを突き破ってデュラハン達が躍り出た。
生者であれば轟く銃声と銃火、そして命を摘み取る弾丸に慄きを隠せなかったろう。しかし生きることをやめた死兵はその限りではない。
死への恐怖も、生への執着も存在しない亡者共は一切の怯懦も躊躇いなく塹壕陣地に肉薄し、巧みな馬術でそれを飛び越して後方の傭兵団へと襲いかかる。
もっとも一部は跳躍に失敗して塹壕に転がり込むことになるが、白兵戦の経験などない奴隷達は悲鳴をあげて後ずさるばかりだ。
そんな落伍した仲間を顧みることなく胸甲騎兵達は方陣を組みつつあった傭兵へ切り込む。
もちろん傭兵も指をくわえて攻撃を受けるのではなく、クロスボウや弓矢で迎撃にあたるが、あまりに貧弱な抵抗であった。
そんな果敢な抵抗を受けるも、臆することのないアンデッド達はただただ静かに凶刃を振り上げ、中途半端な槍衾に襲いかかる。その誰もが生きていればBランク冒険者以上の手練の者達ばかりであり、それらが死を厭わずに切りかかってくるのだからいかな傭兵も陣を維持することができなかった。
しかし突撃の効果を最も高める馬上槍ではなくサーベルを装備しているため衝撃力こそ落ちたが、敵中に飛び込んでの乱戦においては取り回しの良さを発揮するサーベルによって亡者共の戦果は着々と拡張されていっていた。
「きゃあッ! たすけ、たすけてッ」
そして残酷なことに塹壕に落ちた死者もまた命令に従って周囲の奴隷達を見とがめるや、攻撃を開始する。
そのうちの一体――ミスリルの胸甲鎧にフルフェイスの兜を装着したソレは鋭い一撃で背を向けて逃げようとした猫の耳を持つ少女を切り伏せた。
そのデュラハンは猫耳少女が悲鳴をあげるよりも早くそれを蹴り飛ばし、燧発銃を棍棒のようにふるおうとしていた狼耳の少女へ押し付ける。
それに戸惑いを浮かべた狼耳の少女の視線が一瞬だけそのデュラハンから外れたその時、彼女の手首が身体から離れた。
「え? うそ、て、手が!? あ、あたいの手が!?」
そんな悲鳴を無視するようにデュラハンがサーベルを振り上げた瞬間、ソレは何かに気づいたように素早く身を反らす。すると間髪置かずに燧発銃の銃声が響く。しかしデュラハンの持つ【見切り】スキルによってその弾丸を易々とかわしてしまった。
そのかわり空を切った弾丸が背後にいた仲間の肉を食い破り、新たな悲鳴を生む。
「そ、そんなはずじゃ――!? わ、私は悪く――」
デュラハンは脅威判定を変更し、塹壕で蹲る狼耳の少女を無視して燧発銃を放ったキツネ耳の少女へ切りかかる。
それを阻止しようと奴隷仲間が戦闘に加わろうとするが、幅の狭い即席の塹壕に押し込められてしまっているため戦いに介入することができず、数的優位を生かすことができない。
そんな一方的な殺戮に終止符を打ったのは異世界からやってきた少年だった。
「みんな下がって! 下がって!!」
オドルは愛槍――ロンギヌスを手に奴隷達を押しのけ、盾のように立ちふさがる。だが彼の持つロンギヌスは短槍と呼ばれるタイプの武器だが、それでも全長は一メートル五十センチもあり、それに対して塹壕の幅も同程度であるため凄まじい窮屈さを彼に与えていた。
対してデュラハンのサーベルの刃渡りは八十センチほどしかなく、リーチで劣るが閉所での取り回しに長けているといえよう。
(ただの騎兵じゃなかったのか。魔族がこんなものまで戦に投じるなんて)
苦々しい思いをしながら槍を構えるオドルに対し、デュラハンはサーベルを肩に担ぐように――オドルの知る言葉でいえば八相の構えに近いだろう――構える。
それと共に相手が放つ剣気に当てられ、鳥肌が立つと共に冷たい汗が流れおちた。
腸が千切れそうなほどの緊張の中、先に動いたのはデュラハンだった。と、言ってもオドルに切りかかったのではなく、無言で剣を逆さにし、その刃を握る。
厚手の革手袋をしているとはいえ、サーベルの刃を力強く握ることでたやすくそれは切れてしまうが、生者ではないデュラハンに痛みという躊躇いはない。
(あの構えは戦槌剣撃か!? 受け止めるのは厳しいぞ……!)
オドルが生唾を飲み下した瞬間、それは両手でしっかりと切っ先を握ると大上段に構え、素早い足さばきで肉薄してくる。
白刃が鋭利な弧を描いて振り下ろされると共にオドルは下からすくい上げるように槍を振るい、初太刀をいなした。
だが完全に受けきっていないというのにビリビリと手がしびれ、なんとか敵の二撃目に備えるだけで精一杯であった。
(う、受け流してこれか!? まともにあの一撃を受けていたら重さのあまりに動けなかった。これほどの手練れがその隙を見逃すはずがない。まさかエトワールとの訓練がこんな形で役立つとは……!)
普通の高校生であったオドルに戦い方を教えた【剣聖】エトワール・ド・ダルジアンは籠手で刃を握り、十字鍔で殴りつけるという戦槌剣撃という技をよく使ってきた。
これは剣を戦槌の如く振るうため鎧を着ていても致命的な衝撃を与えることができる上、十字鍔に相手の得物をひっかけて体勢を崩させることができるなど攻撃的な構えなのだ(おまけに体重の軽いエトワールでも重い一撃が振るえるとあって彼女はこの技を愛用していた)。
今回の相手はサーベルという護拳のついた鍔をしているため得物をひっかけることはできないので注意すべきは剣とは思えぬ重い一撃だけだろう。
「今度はこっちの番だ!!」
必殺の一撃を放ったデュラハンは初太刀を外したことで不利を悟り、槍の間合いから逃げようとするが、オドルはそれを許さずに振り上げた穂先を返してがら空きになった頭を狙って振り下ろす。しかし半身を反らすことでそれを簡単に避けられてしまう。
そこでオドルは今までにない違和感に苛まれた。まるで【剣聖】と模擬戦をしているような錯覚に陥るのだ。
息遣い、間合いの取り方、足運び――。
そのすべてが彼女に重なるという不安をぬぐうため、オドルは模擬戦と同様にさらに踏み込みながら刃を返して切り上げる。それはちょうど兜の死角から襲いかかる形になったためデュラハンの反応が遅れる。
だが死してなお手練れのデュラハンはスキル【見切り】により迫りくる殺気を敏感に感じ取って頭をそらす。
鈍い金属音と共に頬当てが宙を舞い、その中に隠されていた土気色の肌があらわになった。
「――ッ!? そ、そんな、うそ、だろ?」
虚ろな眼窩をいただくデュラハンはかつて白銀の悪魔と恐れられ、ガリアの剣として君臨した【剣聖】エトワール・ド・ダルジアンのそれであった。
今章はあと一話にて完結です。その後はいよいよ本格的本土決戦!!
ご意見、ご感想をお待ちしております。




