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守る者、攻める者

 魔族の一斉渡河が行われた翌日。エルザスの中心地にしてガリアの東方支配の要であるピオニブールは避難民でごった返していた。

 富ある者は戦火を逃れんと馬車に家財道具一式を積んで縁類を頼りに逃げ出し、貧者は防備の乏しい村落から街へ逃げ込もうと殺到する有様だ。そのどちらも顔に苦悩と疲労、そして不安を張り付けて己が道を歩んでいく。

 そんな避難民の往来が激しい城門で不安そうな顔を隠さないオドルとマリアは街の外からやってきた集団を見つけた。



「ギルドマスター! ――ッ!?」



 息を飲んだオドルの視線の先にはまさに敗軍の列が出来ていた。

 誰しもが負傷し、汚れと疲労の色濃い者達の足取りはまるでアンデッドのように重いものだった。

 その中、ただ一人で敗走する冒険者を叱咤する者がいた。



「あんたら! もうすぐピオニブールだよ! よく頑張ったねぇ!」

「ギルドマスター!」

「ん? オドルじゃないかい。みんな! 先に行って身体を休めてな! まずはしっかり休むんだよ!!」



 這う這うの体でよたよたと城に戻る冒険者に声をかけた後、ガーベラは「なにしに来たんだい?」と若干だが、煩わしそうにオドルに問うた。



「いや、なにって援軍に――」

「へぇ。気が利くねぇ。で、()()()連れてきたのさね?」



 え? という間の抜けた返答にガーベラは肩をすくめて言った。



「馬鹿だねぇ。あんたら二人来ってどうにもならないだろに」

「でも――」

「いいかい? 魔族の迎撃に出た六千もの手練れの冒険者が今や三千もいないよ。でもね、ピオニブールは堅城だから次は負けないわよ。それに今度はあんたの考案した星形要塞の出番さね」



 現在のピオニブールを空から俯瞰した場合、その眼下には新たに造成された五つの台地によって抽象化した星を思わせるデザインをしていることだろう。

 これはオドルが考案した新式築城を基に造られたもので、実戦に即して作られた要塞であるピオニブールの堅牢さと相まってガーベラは期待を寄せていた。



「確かにこれまでの防御施設に比べれば星形要塞は無類の堅さでしょうけど……」



 既存の石を出来るだけ高く積んだ城壁では魔族の火砲に対しあまりにも貧弱過ぎた。もっともガリア自身が補修したヌーヴォラビラントでの攻防戦でその貧弱性が証明されたからではない。

 ガリアはこれまでのリーベルタース等の周辺国との小競り合いで同時詠唱などの魔法技術の進歩が歯止めなく魔法の威力を増大させていることに気づき、いずれ既存の城壁が魔法攻撃に耐えらなくなることを予測していた。

 そうした戦訓や異世界の先進的な知識を有するオドルの助言を得た結果、五メートルあった城壁の一部を切り崩し、高さを三メートルに落としつつその内側に崩した城壁の残骸や空堀の採掘によって得た土砂を使って埋め立てることで低く、厚い城壁を作り上げることにした。

 これにより横方面からの攻撃を城壁の厚さで吸収できるようになり、魔法や火砲への抗堪性を向上させることに成功した。

 だが巨大なピオニブールをそれで覆うには時間も資金も足りなかった。その上、被弾した時の被害を抑えるために城壁を低くしてしまったのでむしろ既存のものより歩兵の侵入を許しやすくなったといえる。

 そのためオドルの提言により、城壁から突出し、角ばった稜堡を等間隔で配することで死角を減じると共に稜堡同士が相互を援護できるよう星の形のように配したのが星形要塞だ。



「でも、稜堡を援護するための外郭の防衛設備は未完成ですし、斜堤も――」

「ま、そこはなんとかなるさね! それよりあんたはすぐにそこのお姫様を連れて陛下に援軍の手配をしてくるんだよ。こっちは百年でも二百年でも籠城するつもりだけど、あんまり悠長なのは勘弁しておくれ。わかったね?」



 唇を噛みしめたオドルは母のように笑うガーベラに頷く。彼女はおや? 少し前までは若々しい我がままを口にする子だったが、聞き訳が良くなったものだと感心する。

 男の子というのは成長が早いものだと思っているとオドルはすっと城門を指さした。



「王都の工房から届いた四十丁の銃と火薬を持ってきています。さっき騎士の人に頼んで城の方に運んでもらっています」

「そりゃありがたいね」



 魔族から鹵獲した燧発銃(ゲベール)やリーベルタース王国から細々と輸入した物を王都パリシィでコピー生産し、やっとまとまった先行量産品がオドルの手元に届いた。それを彼はまとめて渦中のピオニブールへと届けにきたのだ。



「それとマリア」

「えぇ。これを使ってください」



 それはガリア王国第三王姫マリア・ド・ガリアの名の書かれた手形であった。

 それも十枚、二十枚などではなく百枚以上の枚数が容易されていた。これはリーベルタースから伝わってきた木版印刷によって大量に刷られたものであり、そこにマリアが署名を施して量産化したのだ。



「おや? いつの間にこんなに気が利くようになったんだい?」

「今必要なのは武器だけじゃなくて、これじゃないかと思っただけです」



 暴走攻勢(スタンピード)の兆候が確認されてよりピオニブールでは物資の備蓄を開始していたが、その影響でエルザスを中心に様々な物の品薄とインフレーションを巻き起こしていた。

 特に麦は刈り入れ直前とあって値が暴騰しているのが現状だ。

 そんなところに王族の名で手形が得られることにガーベラは何よりの贈り物だとオドルを抱きしめた。



「分かっているじゃないかい」

「ま、まぁ。僕のいた国で、城兵が武器を買うために兵糧を売り払ってしまったことがあって、そのせいで籠城の際に食糧が不足して餓死者が出たっていう戦があったんです。それで気になってマリアに頼んだだけですよ」

「間抜けな連中もいたもんだねぇ。でも安心おし。それのおかげでその轍は踏まなくてすみそうだよ」



 闊達に笑う姿から敗走してきたというのが冗談なのでないかとオドルの口元が緩んだ時、どこからともなく「ワイバーンだ!」と悲鳴があがった。

 視線を上にスライドすれば水色に霞んだ空にいくつもの黒点が映り、空襲警報を告げる鐘がピオニブールに鳴り響く。

 しかし邀撃に上がるグリフォンの姿はない。

 すでにグリフォン達は甚大な損害を被っていた上、爆装したワイバーンによって離着陸場や畜舎を爆撃されたため、安全圏であるヴォジュ男爵領まで後退せざるを得なかったのだ。

 そのためガリア側はピンポイントな防空作戦を展開することができなくなっていた。



「慌てることないよ! その場に伏せな!!」



 突如の攻撃に避難民が恐慌状態になり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うが、城内から脱出する者と城内へ避難する者とでもみ合いへし合いになる。

 それを諫めようと警備に当たっていた騎士が仲裁にはいるが、パニックに陥った住民を鎮静化させることはできなかった。

 そうこうしているうちについにワイバーンがピオニブール上空に侵入し、投弾コースに入る。



「伏せろ!!」



 オドルも喉が裂けんばかりの大声で警告を発し、地面に倒れ伏す。しかし訪れたのは爆風などではなく、風に舞うビラだった。



「ん? なんだこれ?」



 ひらりひらりと落ちて来るそれを拾うと、そこにはガリアで疫病のように異端が蔓延しているので正しき教え――正法が歪められてしまっている。それを治すため魔族がピオニブールを解放しにやってくる。正しき教えに帰依している者は怯える必要がない。異端に染まってしまった者も今からでも遅くはないので罪を悔いよ、さすれば教皇庁は保護を確約する。審判の時は近い。清貧に生きよ。それがイラスト混じりに記されていた。

 どれも単色の地味なものだが、それでもイラストによって文盲の者でも分かりやすいものになっていた。



「は? なにが清貧にだよ。教会税や免罪状で私腹を肥やしていたのはどこの誰だよ……」

「オドル! これマズイわ! 早く回収しないと!!」

「え? なにが?」

「ピオニブールを攻撃するって名指ししてるのよ。より混乱が生まれるわ」



 今頃、街の各所でばらまかれた伝単を拾った市民が新たなパニックを生もうとしていることだろう。

 そのことに暗澹たる気持ちを湧き起こすオドルだが、ガーベラが「大丈夫だよ」とその肩を叩く。」



「ピオニブールのことは任せておきな。それよりあんた達は――」

「援軍を連れて来る、ですね。任せてください。必ず万もの援軍を連れてきます」

「頼りにしているよ!」



 しっかりと頷く少年にガーベラはやはり子供の成長は早いものだと一抹の寂しさを覚えるのであった。


 ◇


「架橋作業は順調のようだな」



 南部軍司令部のおかれた小高い陣地からライーヌ河を見下ろせば風に乗って槌を振るう軽快なリズムが響いてきた。

 すでに橋脚が打ちこまれ、切り出されたばかりの丸太を並べて主桁が河の半分までを覆っていた。

 その作業工程に満足していると一つ目の巨人(サイクロプス)が指をさした。



「河をあらかじめ凍結させておりましたので作業の進捗状況は極めて好調です。三日ほどかかる予定でしたが、この分では明日までに架橋が完了するかと」

「上々。工兵と法兵に特別配給として酒を届けさせよう」

「さすがは司令官閣下。兵達が喜びます」



 現状、攻勢をスタートさせたばかりのため補給線が短く、物資に余裕がある。モチベーションを上げられる時にあげておけば多少の無理も通りやすくなることだろう。

 それに頑張っている者に褒美を与えるのは君主の務めだよね。そう思いつつ「輜重参謀」とゴブリンを呼びつける。元リーベルタースのやり手商会――ナリンキー商会の会計士であった彼はすぐに手配いたしますと一番欲しい言葉を返してくれた。



「よくよく頼む。輜重の状況は?」

「大きな問題はありません。すでにこちら側に集積した物資のうち、弾薬を中心に向こう岸へ移送を始めております」

「馬車が渡れたのか?」

「はい、いいえ。こちら岸で荷を下ろして、あとは人力で運ばせております」



 と、その時だった。河から唐突に響いた悲鳴が耳朶をうつ。反射的に視線がそちらを向くと氷による架橋が一部崩壊し、何人かの()()が急流に呑まれるところが視界に映ってしまった。

 どうやら上昇する気温と流水に氷が解け始めているようだ。チラリとエルフの法兵参謀を見やると「すぐに復旧いたします」とサイクロプスの工兵参謀と共に視察団から離れていく。



「も、申し訳ありません! 閣下の奴隷が――! 捜索し、回収させます!」

「いや、かまわん。猿獣人など使い潰して良いとすでに命じたはずだ。まぁ流れた輜重品は惜しいが、捜索に出た者が二次災害にあう可能性もあるし、なにより奴隷は替えがきく」



 ピオニブールを落とせばまた奴隷は手に入るのだ。むしろここで調整しておかないと逆に管理が大変になりそうだし、何より捜索に人手が割かれることで物資の搬入が遅延するのは好ましくない。

 だから奴隷は使い捨てと割り切り、死んだら死んだでスケルトンにリサイクルするまでだ。あ、スケルトンで思い出したが……。



「そう言えば特別輜重具(スケルトン)の調子はどうだ?」

「はい、馬に比べ馬力も速度も落ちますが、飼い葉を必要としませんし、休息も要らないのでその点では重宝しております。現場からも薄気味悪いという評を除いて好意的なものが寄せられているとか」



 今までスケルトンは燧発銃(ゲベール)を持たせて肉壁(肉ないけど)に使うか、爆弾を持たせて自爆させるくらいしか使い道がなかったが、昨今では慢性的な軍馬不足を補うため特別輜重具と名打ってスケルトン達に馬車を牽かせていた。

 もっとも一からアンデッドを作成できるネクロマンサーは総じて魔法への適正能力も高く、今では法兵科への転科が進んでいるため輜重兵科に回す余裕がない。そのため輜重兵に簡易的なネクロマンシーを仕込み、スケルトンのコントロールだけを習得してもらった。

 つまり専門のネクロマンサーがアンデッドを作成した後は輜重兵がその操作をするだけと、死霊術の教育課程を大きく省いて実戦投入することにしたのだ。

 そのため社畜もびっくりな二十四時間無休憩で働くことができるようになったので輸送量が飛躍的に向上した(輜重兵は交代で休みながらスケルトンをコントロールするので負担はあまり増えていないはず)。



「奴隷もスケルトンも替えはきく。使い潰しても心が痛まない消耗品だ。だが兵は違う。それは補助兵科と呼ばれ、軽んじられる輜重とて同じだ。兵站線の確保あってこそ軍は十全な作戦行動をとれる。くれぐれもよろしく頼むぞ」

「はいッ! 閣下の御心のままに」



 ゴブリンはまるで王にかしづく家臣のように膝を付き、三角帽子(トリコーン)をわきに抱えて首を垂れる。

 そんな畏まらないでいいのに。

 そう思っていると小丘をゆったりとした歩調で登って来るセントールがおり、彼は俺を見つけるとニヤリと口元に笑みをうかべて近づいてきた。



「セントリオ伯! 偵察からの帰りか?」

「はい。対岸の周辺五キロに渡って偵察を行いましたが……。ここで説明を行ってもよろしいので?」

「ここで良い。で、敵状は?」

「五キロ圏内に敗残兵を除いて敵の姿は見当たりません。遠巻きにですが、ピオニブールまで偵察に出た隊によると城外に避難民が溢れている有様で、反撃の兆しはありませんでした。なお、一つだけでしたが、村を発見しましたが、すでにもぬけの殻でした」

「ほぅ。逃げ足の早いことで……。なにか徴発できる物資はあったか?」

「それが連中、逃げる際に家畜も麦も持って行ってしまったようです。畑もあらかた刈り取られたあとで。まぁ井戸と家屋敷は残っていましたが、逆にそれだけです」



 まだ収穫には少し早いだろうに。青田刈りをされたか……。

 いや、当たり前か。攻城戦となった場合、基本的には攻囲側の方が不利を強いられる。それは城壁に守られた敵を攻撃するからではなく、物資をどちらが先に集められるかで、絶対的に後手にならざるを得ないからだ。

 守備側は攻囲軍に先んじて周辺地域から兵糧を徴発できるのに対し、後手の攻囲側はその徴発し終った場所で兵糧を確保しなければならないが、ファンタジー世界と違って物資が自然と湧きだす(ポップ)することはない(ファンタジー世界だけど)。

 ならば兵糧を輸送せねばならないのだが、それは軍の行動を縛る重い枷となる。だがこれを軽視すれば待っているのは餓島か、インパールしかない。

 だから連中は集められない食糧を敵に渡さぬよう、焦土作戦に似た行いをやってくるのだ。むしろ俺も敵側だったらやる。なんならもっと徹底的にやって、何一つ残さないようにしてやる。



「それでも井戸はあるのだな? ならば水場を確保出来たことを喜ぼう。すでにその村は確保されているのだろうな?」

「はい。一個驃騎兵(セントール)大隊を防備に当てております」

「すぐに増援を向かわせよう。おい、参謀長。第三師団のゾンネンブルーメ様に兵を派遣するよう作戦を立案してくれ」



 オーガの国であるデモナスで編制された第三師団から一個大隊ほどを村に回しておけば良いだろう。

 オーガはオークを凌ぐ頑健な肉体と、その首領が頑迷なほどの忠誠心を持っているのでそう簡単にはやられないはずだ。

 そして渡河が完了すればいよいよエルザス攻めだ。ここからは時間との勝負でもある。

 あぁ早く、早く猿獣人共に俺の味わった怒りと悲しみを、主の御名を汚す異端者に制裁を与えねば!

 やはり堕落した悪徳の都は炎と硫黄の雨がお似合いだろう。


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