ライーヌ河渡河戦
星神教の総本山である教皇庁よりガリア王の破門と星字軍遠征の発令という最後通告を受けたのが一月前。
その後、半月前ほどからリーベルタースが国境地帯の兵力の増強を行うなど緊張が高まり、王都パリシィでは有事に備えて第一王子ルイ・ド・ガリアが動員の準備をしている頃だった。
ピオニブールでは魔族領域の調査クエストを受けていた冒険者から暴走攻勢の兆候を確認したのだ。それも規模からして魔族がライーヌ河を越えるのは確実と思えるほどのものだった。
それに対し、エルザス辺境伯代理にして冒険者ギルドマスターであるガーベラ・ド・エルザス女史は即座に王都へ援軍の要請を送ると共にエルザス中の冒険者を招集し、ライーヌ河の岸辺にて迎撃の準備を整えていた。
「いいかいあんたら!」
山賊や盗賊の首領然としたどすの効いた声に土手の裏に隠れていた冒険者達の背筋が伸びる。
そんな荒くれ者ぞろいの冒険者さえ手玉に取るガーベラは御年五十とあり、白髪が目立つ頭に染みと皺の刻まれた頬と老齢を思わせる要素もあるが、シャンと伸びた背筋に堂々とした態度から十は若くみえた。
「今、エルザス騎士団は御上のごたごたで出陣できない。そんなエルザスで民草を守れるのはあんたら冒険者しかいないんだよ! わかっているねぇ!?」
魔族の渡河を阻止しようと集まった手勢は六千ほどの冒険者だけ。それに対して対岸の魔族の数は雲霞のごとくの有様であり、多くの冒険者はこんなクエスト受けなければよかったと後悔を覚えていた。
もっともエルザスを鎮護すべきエルザス騎士団はピオニブールでの待機が続いており、満足な警備行動もどれないでいた。
と、いうのも彼らの指揮権を有するエルザス辺境伯位の空位が未だに続いているからだ。
本来、平民上がりのジャン・ド・エルザスは冒険者として抜きんでた活躍を評価されたが故に当代限りの辺境伯位を授けられており、辺境伯の継承者は不在となっていた。
そんな彼の急逝によって継承を名乗り出たのは冒険者ギルドとガリア王国東北部に莫大な領地を持っていたガリヌス公爵家だった。
冒険者ギルドはエルザス開拓を担ってきた自負があるため、この機にエルザスを名実ともに支配したいという思惑があった。
それに対し、ガリヌス家は元々北方鎮護のために領地を得たガリアでも古参の家柄であり、エルザスが人魔入り乱れていた時代はその防波堤として武威を轟かせるとともに魔族からはぎ取った部位の売買で富を成していた。
つまりは金山としてのエルザスをガリヌス家は欲し、冒険者ギルドはそれを阻止してより強固な権力基盤を得ようと双方がエルザスの継承を叫び、そこに現国王の弱腰な態度が空位を呼んだのだ。
(騎士団が使えればねぇ。今言ってもしかたないけど)
ガーベラはエルザス辺境伯夫人として次の辺境伯位の継承者があらわれるまで臨時にその職責を代行しているのだが、ギルドマスターという立場上、冒険者贔屓の政策を行うのではないかとガリヌス家から猛抗議が起こっていた。
そのためエルザスの運営に必要最低限の政務以外が行えなくなり、最近では盗賊対策に騎士団を派遣することもできない有様であった。
(冒険者をやっていればどんな高ランク冒険者でも死ぬときは死ぬもんだけどね、冒険者を辞めたジャンが真っ先にいなくなっちまうなんて……)
左手をギュッと握るとミスリル製の籠手の中に隠された指輪の感触がありありと指に伝わる。辺境伯位に叙任されたと共に冒険者をやめたジャンがその日に贈ってきた品だ。
それに力を分けてくれと心の中で念じ、彼女は冒険者の棟梁として声を張り上げる。
「さぁエルザスを守るのはあんたら冒険者だよ! 気張んな!」
辺境伯夫人などではなく近所のおふくろ然とした叫びに冒険者達は尻をたたかれたように「応」と叫ぶ。
その時、対岸を見張っていた盗賊が空を指さしながら「ワイバーンだ!」と絶叫をあげた。
見上げれば五十ものワイバーンが空を覆っており、ガーベラは舌打ちでそれらを歓迎した。
「安心しな! こっちを攻撃するつもりはないようだ。それにピオニブールには北ガリア中のグリフォンを集めてあるんだよ、あんなトカゲはすぐに落ちちまうんだからそんなにビクビクするんじゃない。あんたら冒険者だろ!」
檄を飛ばしながらも彼女はこの分だとグリフォンでも厳しいと内心にこぼす。
それと同時に彼女の鼓膜に不吉な雷鳴が響くのだった。
◇
頭上をワイバーンの大編隊が横切る中、南部軍が有する全ての特火部隊が砲撃準備を整える。
本来、南部軍が指揮できる野戦特火は軍直轄の第一〇〇特火大隊だけ(攻城特火は後方待機中)なのだが、今回は参戦している三個師団がそれぞれ保有する師団特火中隊を合わせて臨時に特火大隊を編成し、これと第一〇〇特火大隊を合わせて総数五十六門もの火砲を有する集成独立特火連隊を編成していた。
「集成独立特火連隊に達する。攻撃を開始せよ」
南部軍司令部テントから澄み渡った初夏の空に歩みでて魔王様――魔皇様より下賜された元帥杖をふるえば軍という生命体が脈動を始める。
高らかに騎馬伝令が川岸に砲列を敷いていた特火に攻撃命令を伝えると素早く命令が反復し、勇壮な砲声が青空に吸い込まれた。
その中でも甲高い砲声を奏でる十四門の一六五ミリ曲射砲は十一キログラムもの柘榴弾を天高くに舞い上げ、発砲時の火炎で着火したそれを空中で炸裂させた。
「ふっ……ふつくしい……!」
それはまさに夏空に咲き誇る白い花のようだ。
もっとも多くは導火線の調整不足のせいか、対岸ではなく河の上で早爆しているようだし、不発も混じっていて初弾から効果を発揮したかといえばそうではないだろう。
だがそんなことが些細だと思えるほど、美しい光景に涙が頬を伝う。
「こんな心打つ景色が拝めるとは……!予算をかけ続けてよかった」
オルク王国の財政がいよいよ破綻を迎えようとする時でも投資を続けたかいがあったものだ。もっとも財政危機は各国に銃砲を輸出したことで緩和されつつあるので今まで通り教会に寄付が行えるほど懐が温かくなっている。
そして各砲が評定射撃を終え、効力射を二射、三射を放って対岸を耕すさまをうっとりと眺めていたが、いつまでもそうしている訳にはいかない。
「大変良い具合だ。参謀長、作戦を第二段階に。法兵に攻撃命令だ」
「お待ちください、閣下」
そう進言をしてきたのは憮然とあごひげをいじるノームの特火参謀であった。彼は恨めしそうな瞳をたたえながら「まだ準備砲撃が不十分かと」と進言してくる。
「はぁ……。特火参謀。貴様、盲目なのか? 見よ。対岸の猿共を。慌てふためいて戦どころではなくなっているぞ。渡河をするにはちょうどよかろう」
「それは――。しかし、あの川岸の堤の奥がどうなっているのか判断できません。ここは徹底的に叩くべきです」
「忠告は聞いておこう。だが貴様の意見は却下だ。それに砲弾も有限なのだぞ。節約できるところでせねば後で泣きを見ることになろう」
『黄色』作戦に先立って南部軍は定数の砲弾を受領したが、逆に言えば手元には定数の弾数しか存在しないのだ。もし補給が途絶えるようなことがあればその一発は兵士一人の命より重くなってしまう。
もちろん万全の補給線を構築しているが、爾後の諸作戦によって砲弾の消費量が供給量を上回ることが予想されているし、ワイバーンによる航空撃滅戦が失敗した場合、敵は我が軍の後方を容易に脅かす事が出来るようになってしまう。
ガリアの主力戦闘獣であるグリフォンは対地攻撃能力でワイバーンに劣るというが、地対空戦力を有しない我が軍にとってはアキレス腱になりかねない。
だからこそ砲弾の消費を出来るだけ抑えておきたい。
「参謀の貴様は司令官たる俺に助言をする権利があるが、その要不要を判断するのは俺だ。そして俺は判断を示した。おい、参謀長、なにをしている? さっさと法兵を出せ」
参謀長のドラゴニュートが「軍法兵に伝令!」と間髪入れずに命令を発してくれた。
すると砲煙に紛れるように顔色の悪い人間とエルフの集団が前進を始める。
その集団こそ軍直轄の第四四四法兵大隊だ。この大隊は定数一八〇名のマジックキャスターによって同時詠唱を行うことで強力な火力を発揮する支援部隊として編成される、はずだったのだが当のマジックキャスターの育成が間に合わず、要員は九十名弱。仕方ないので魔法の扱えぬ銃兵中隊を護衛として編入し、なんとか二百名ほどの大隊を形作っていた。
「龍の子のマジックキャスターなんだ。うまくいってくれよ……!」
「龍の子とは申しますが、ほとんどが訓練未了の学生とその教官ではありませんか! 実戦投入できるとは到底思えません」
そう、この第四四四法兵大隊の前身組織は法兵教導隊という純教育部隊であり、これに銃兵を無理やり組み込んで戦力化しているのが実情だ。
いや、冗談抜きでマジックキャスターが足りなすぎるんだって。
そもそも魔族国の外敵である人間に対し、基本的に魔族国の者達は胆力で勝っており、魔法を攻撃につかうという文化が定着していない(種族にもよるが魔素を魔力に変える適性が低く、魔法の使えぬものも珍しくない始末だ)。
そのため魔族国で使われる魔法の多くは薪に火をつけたりするなど生活に根ざしたものがほとんどだ。
そのため同時詠唱の教官として招聘したエルシスのエルフに匙を投げられそうになったこともあった。
「いや、今だ。今こそだ。それに特火がいくら釣瓶打ちしたところで河を渡らねば占領はできん」
そう、こちらは二百メートルもの川幅を誇るライーヌ河を渡河し、猿獣人の領地に踏み込まなければならない。
だが急流でところによっては七メートルも水深のあるライーヌ河を身一つで渡って橋頭堡を確保するのは不可能だ。もちろん渡河を阻止するためにガリア側も橋や川船を処分してしまっている。
だからこそマジックキャスターが必要なのだ。
「第四四四法兵大隊攻撃位置についた!」
見張りの張り上げた声とともにマジックキャスター達が五人一組の円陣を作り、特別製の燧発銃を掲げて呪文の詠唱を始める。
彼らの持つ燧発銃の銃床は本来の堅いクルミ材ではなく魔素を集めやすいといわれるイチイの木で作られており、マジックアイテム――魔法杖としての側面を持ち合わせていた。
そして彼らの魔法の詠唱が終わるとライーヌ河の川面が音をたてて凍り付き始め、みるみると急流を飲み込んでいく。
そう、渡河点がないなら川面を凍らせてそこを歩けばいいというのがこの作戦だった。
故にどうしてもマジックキャスターの頭数をそろえねばならず、魔法の適性があったネクロマンサーや教育部隊さえもかき集めざるをえなかった。
「だが、本当に渡れるのか? 氷が割れてしまったりしないのか?」
これはこの作戦が立案された頃からの疑問であり、不安でもあった。
そんな幾度も繰り返してきた問いに今度は一つ目の巨人(といっても俺より一回り小さいが)――プルーサ王国出身の少数種族であるサイクロプス族の工兵参謀がいつもと同じ調子で答えてくれた。
「氷の厚さは五十センチもありますし、橋脚を模した氷柱を定期的に発生されているので例えセントールでも小隊単位であれば渡河が行える強度を確保しております。沼を使った実証実験においても成功を治めておりますのでご安心を」
そう、この渡河作戦の正否が『黄色』作戦の正否を分けるといっても過言ではないため渡河を実施する南部軍司令部だけではなく参謀本部も巻き込んだ作戦会議が連続連夜行われ、最終的に結論づけられたのが凍らせた河を歩いて超えるという脳筋作戦だった。
「それはそうだが、やはり船橋のほうが良かったのではないか?」
筏を並べ、その上に板を敷いて架橋するというアイディアを押していた俺としてはこの決定に不服だったが、成功するなら速度とコスト面で船橋より勝っているのは明らかなので作戦の承認をしたのだが……。
いや、別に安全な上流で筏を組み立て、作戦開始とともに川下りをして船橋にしてはどうかと一夜城ならぬ一夜橋的なことをやりたかったとか、そういうんじゃないよ? 知識チートできなかったことを恨んだりはしてないよ? ほんとだよ?
「閣下の危惧ももっともですが、迅速さでは魔法にかなわないかと。しかし氷による臨時架橋では砲や輜重馬車などの重量物を渡すことは不可能です。よって橋頭堡確保後は閣下のご提案された船橋を早急に作成する予定にございます」
まぁそれが一番早くて確実な方法かと自分を納得させつつ再び元帥杖を振るう。
すると参謀長がラッパ手に命令を伝え、それが吹奏される。
今度の出番は深紅の軍服に身を包んだ銃兵だ。如何なる時代を――。いや、世界さえ越えて要地の占領を成しうるのは歩兵だけだ。
「攻撃準備が整いました!」
「よろしい。攻撃開始。橋頭保を確保せよ」
氷の強度から一時に渡河できる兵力は大隊規模とのことであり、まずは様子見として一個銃兵大隊が攻撃位置についた。それと共に攻撃を告げるラッパが吹奏され、赤い壁のようなオーク達が凍結したライーヌ河に突入していく。さぁ頼んだぞ!
◇
魔族の砲撃に耕された河原から堤の裏へと退避した冒険者達は地面に伏せてこの地獄が過ぎ去ることを祈っていた。
幸い堤の裏に飛び込んでくる砲弾はなく、多くの冒険者は恐怖に震える以外たいして損害を受けていなかった。
「あいつ等河を凍らせやがった!? あ、オークだ! オークがやってくるぞ!!」
悲鳴のような報告にガーベラは肝っ玉が小さいねぇとつぶやきながら遮蔽物となっていた堤の上に仁王立ちになる。
そこには茶色く汚れた氷の上を軍鼓の音で整えた整った歩調で行進してくる赤いオークの集団が見て取れた。八百はいるだろうか?
「へぇ。橋を作っちまうとは魔族のわりに考えたじゃない」
言葉ではそういうが、内心ガーベラは焦っていた。普通であれば泳ぐか、川船などで対岸に強襲上陸をしてくるだろうからそこを各個撃破しようとしていた彼女の計画を狂わせる。
その上、この大規模魔法が同時詠唱であることを悟った彼女はその技術が魔族に流れてしまっていることに驚愕していた。
しかし歴戦の元Sランク冒険者である彼女はそんなおそれを一切表情ににじませることなく「弓隊前へ!」と命じた。
冒険者の中でも弓使いや野伏といった遠距離職約三十名が堤の上にこわごわと並び立つ。
彼らの持つ弓は所謂短弓といわれる小型で取り回しのよいタイプの武器だ。これは長弓に比べ威力と射程で劣るが、一分間で三十射もできる速射性能と数十メートルという近距離でパーティーの前衛を支援できればよいという運用思想で冒険者が好んで使う弓である(弓自体も短いので取り回しが良く、障害物の多い森での運用に優れているという面もある)。
「まだ各個に狙う必要はないよ! ただ相手をひるませてやりな! 放てぇ!!」
短弓の最大射程はおよそ百メートル。しかしそれは矢をそこまで届けさせる距離であり、被害を見込むことはできない。
その上、河から堤までの距離も五十メートルほどもあり、まだ敵は渡河を始めたばかりとあって命中は期待できない。それでもガーベラは放てと命令を発した。
「じゃんじゃんやりな! 予備の矢はまだまだあるんだからね! 低ランク冒険者は矢の補給! 急ぎな!」
冒険者ギルドで買い上げた大量の矢を積んだ馬車と射手の間を新人冒険者達が駆け回る。
そんな絶え間ない矢の洗礼をうける銃兵大隊だが、威力の低い短弓ではストッピングパワーが不足しているといわざるをえなかった。
彼らは矢をものともせず凍った川面を歩きとおすが、距離が近くなるごとに弓の命中率は格段に上昇を見せ始めた。
特に熟練の射手は河を渡りきったオークの無防備な頭を狙撃できるほどの命中率を誇った。その上、友軍への誤射を恐れた特火が砲撃を中止したがために心理的にも冒険者達を勇気づけた。
だがその優位も長続きしない。
渡河を終えた銃兵大隊は不運な戦友を踏みこえ、二列横隊を組み上げ――。
「構え! 狙え! 撃てッ!!」
サーベルを振りかざした指揮官の号令一下、銃声、火花、白煙が銃口から迸る。
濃密な弾幕に絡みとられた弓兵がバタバタと五人ほど倒れ、いくつもの擦過音が耳朶を通り過ぎていった。
ガーベラもまた幸運に恵まれて無傷であったが、すぐに彼女は使い古した剣を引き抜く。
「怯むんじゃないよ! 弓隊は攻撃を続行! 続いてマジックキャスター隊! 攻撃開始!!」
その命令に従って二十名ほどのマジックキャスターが個人で詠唱を開始する。同時詠唱に遠く及ばないが、それでも莫大な魔力を消費することで上級魔法の射程は五十メートルにも迫る。
「【炎の矢】!」
「【風の刃】!!」
「【氷の嵐】!」
待機していたマジックキャスターが弓隊を援護するように次々と上級魔法を放つが、上級とはいえ、数が少ない上に攻撃が命中しても一、二匹のオークを倒せるかどうかという威力故に魔族の攻撃を止めるには些か力不足といわざるをえなかった。
だがマジックキャスター達は魔力を振り絞り、脂汗を浮かべながら次々と魔法を放つ。それに負けじとオークも応射をたたき込むが、次々と戦列が欠けてゆき、ついには氷の道へと潰走を始めた。
「やった!? やったぞッ!!」
冒険者達が割れんばかりの歓声を張り上げ、逃げ惑うオーク達をあざ笑う。
それは紛れもない勝利であり、冒険者達の士気が一気に上昇したのは言うまでもない。
(案外いけるんじゃないかい!?)
その後もガーベラの期待通り二度の攻撃を跳ね返した冒険者達だったが、所詮は寡兵。すでに弓隊は二十名に、マジックキャスターは戦死や魔力切れによって戦闘可能な要員は五人しか残っていない。
それでも馬鹿の一つ覚えのように氷の橋を渡ろうとする魔族に冒険者は己の勝利を強く感じていた。
そんな時に現れた新たなオークの一団はこれまでと一線を画する様相を呈していた。
深紅の軍服の上にはミスリルの胸甲鎧、頭には三角帽子に変わって黒い擲弾兵帽姿の屈強なオーク達――軍直轄第五〇一重擲弾兵大隊”オーク”は渡河作戦の進捗が思い通りにいかぬ怒りを爆発させた南部軍指揮官が投入を決定した決戦兵力だった。
「あれは……。ヤバそうだね。オークエリートか、ハイ・オークってやつかい?」
冒険者の勘が告げる警笛にガーベラの顔が初めてひきつる。これまでオークを撃退し続けた弓隊は最後の死力を振り絞って攻撃を開始するが、威力に欠ける短弓では板金で作られた胸甲鎧を貫通できず足止めにもならない。
胸甲鎧は防御範囲こそ狭いものの適切に急所を保護している上、機動性の面でも(コストの面でも)優れており、相手に接近して擲弾で攻撃するという擲弾兵を保護するにあたって適切な鎧であった。
そこに頼みの綱の魔法が着弾するが、数が減じている上に魔力不足のため足止めにもならない。
いや、矢や魔法によってオーク達も確実に死傷者を出しているが、彼らは隣を歩む戦友が吹き飛ばされようとそれをまったく意に介さず、渡河を終えると二列横隊を組み上げ、さらなる前進を始めた。
この第五〇一重擲弾兵大隊という部隊はウルクラビュリントを巡る一連の戦いであげた戦果を魔皇リーリエより評価され、感状と共に部隊号として種族名を冠することを許された文字通りのエリート部隊であり、胸甲鎧のような特別装備を与えられている上に経験に裏打ちされた士気の高さが他の兵の追随を許さぬ精兵の戦闘集団であった。
「ここが正念場だよ! 前衛隊! 逆襲に出るよ! 突撃!」
遠距離攻撃が効かないと分かるや、ガーベラは即座に今まで温存していた近接戦闘職の冒険者達の投入を決定する。
彼らは顔を引きつらせながらも蛮声をあげて斬り込みにかかる。それに対し、第五〇一装重擲弾兵大隊は攻撃を察知するや否やその場で立ち止まり、雑嚢から擲弾を取り出す。
それが指揮官の命令によって着火、投擲されるや、勇敢な冒険者達の真ん中で爆炎が立ち上った。そこへ第五〇一重擲弾兵大隊はすかさず一糸乱れぬ所作で銃撃を加える。
そして発砲煙が途切れぬ間に指揮官の号令一下、鈍色に輝く銃剣を人間共に向けて突撃を開始した。
火薬の力に浮き足立った冒険者達だが、歴戦の冒険者を中心に戦力を立て直すやオークと接近戦を繰り広げる。
鋭い斬撃でオークの巨腕を切り落とすBランク冒険者の女剣士。その剣士の死角から銃剣をわき腹に突き刺す農村出身のオーク。そのオークが嗜虐的な笑みを浮かべた瞬間、仲間と思わしき男が慟哭と共にバスターソードを振るって相手を両断する。
悲鳴と怒声、叫喚が木霊する麗しい世界。原初の闘争本能がむき出しになったそこで繰り広げられる退廃的な行いは当初冒険者が優勢であったが、徐々に赤い軍勢が劣勢を覆し始めた。
ただでさえ予備戦力に乏しい冒険者達はその貴重な戦力を河に沿って展開していたためすぐに消耗が露わとなってしまったのに対し、橋頭堡を得た魔族国軍は次々と後続の銃兵を渡河させ、すでに一個連隊二千ものオークがライーヌ河を越えていた。
ここに至って最早冒険者の抵抗も無意味となりつつある。
「ギルマス! ギルマス!! たいへんだ! 今度は東の方でオーガが渡河を始めた! 向こうも河を凍らせたって。オーガを抑えきれないって援軍を求めている! 助けてくれ!!」
「情けない声を出すんじゃないよ! それでも男かい!」
混戦の中、自ら剣を振るう老女の元に駆け寄ってきた冒険者の言葉にガーベラは苦いものを感じつつ、このままでは相手の数に呑まれて各個に包囲殲滅されることを悟った彼女は撤退を決意するのだった。
その後、魔族は新たに三カ所で渡河作戦を実施し、豊富な予備戦力を背景にそれぞれの橋頭を確保し、ガリア本土侵攻の足掛かりを得るのであった。
ご意見、ご感想をお待ちしております。




