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アルテミシア

 冬の気配も色濃くなったオルクスルーエ。

 馬車から降りると除雪されたばかりの石畳に足をつける。視線をあげればオルクスルーエ教会の尖塔に雪が積もっているのが見て取れ、口をあければ白い息が漏れた。

 分厚いウールの外套の首元をきつくしめてもその寒さは変わらず、仕方なく足早に教会に入ると熱気が出迎えてくれた。



「すごい賑わいだな……」



 礼拝堂には身分の貴賤なく多くの民衆がつめかけ、星ルーナの生誕祭を祝う厳かな讃美歌を響かせていた。

 いやぁ星神教もだいぶ普及したな。この教会を建立した頃は信者なんて俺くらいだったのに今では立ち見も含めて数百人もの星神教信者がいる。ま、そういう勅を出したり、各駐屯地に週一で聖職者が法話を行ったりと普及活動を後押ししたという理由もあるだろうが。



「それでも嬉しいな。おっと、それより急がねば」



 それを横目にいつもの告解室に苦労して入り込む。今日は珍しいことにナイ殿から告解室に来てほしいというお誘いをうけており、どうして呼び出されたのかと内心ドキドキしていた。



「失礼いたします。ナイ殿。おられますか?」

「はい、カレン様。この度はご足労いただきありがとうございます」

「いえいえ。それにしても此度はどうされたのです?」



 考えらえられるケースとしては新たな寄付の話か、それともプルメリアのお腹に宿った新しい命の洗礼話か。

 まぁこのタイミングなら後者かな? オークの子は他の種族に比べて妊娠期間が半年程度と短い。故に妊娠三か月を迎え、彼女のお腹もふくらみを見せてくれていた。雇った産婆の話だと春前くらいが出産予定日とのことだ。

 もうここ最近はプルメリアと共に幸せと不安の折り混ざった日々を送りながらまだ見ぬ我が子の名前を考え、その靴下や手袋を編んで過ごしていた(仕事? 政務? 手につくわけないじゃん)。



「折り入ってカレン様の御力を貸していただきたいのです」

「なにを水臭い事を。ナイ殿に救っていただいたこの命です。お役に立てるのならぜひに」

「ありがとうございます。それでですが、ガリアで異端信仰が蔓延しているのはご存知ですか? 実は教皇庁が異端討伐に乗り出すことになりまして、その軍団指揮官に推挙されたのです」

「ほぉ。指揮官に――。ん?」



 今日の夕飯は肉を食べるか魚かを食べるか迷いますよねというようなトーンに話を流しそうになったが、それってつまり星字軍遠征じゃん。

 なに? 教皇庁はついにガリアと敵対することになるの?



「まだ内示ではありますが、わたしが星字軍遠征の軍団長として大司教に昇進する運びになったのです。つきましてはカレン様に――。いえ、軍務伯閣下にまずはお話を通そうかと」

「それは、なんとも喜ばしいことか!」



 つまり教皇庁がガリア侵攻をバックアップしてくれるってことでしょ。なにこれ、ご褒美? 生誕祭祝いのプレゼントなの?

 それにナイ殿は先の大司教選挙に落選されておられたが、再び彼女に機会を与えて下さるなど、やはり天は見るべきものを見ているのだな。主よ、ナイ殿の昇進を彼女に代わり感謝いたします!



「正式な通達は年が明けるくらいになるかと思いますが、教皇庁はガリアの異端討伐のために各国の参集を呼び掛け始めたようです。東はエルシス=ベースティア二重帝国、西はイスパニア王国に南のリーベルタース王国。そして――」

「我らが魔族国、と?」



 名だたる列強の参陣か。ブリタニア連合王国がいないのはかの国が最近、教皇庁と決別を宣言してブリタニア国教会を設立してしまったからだろう。



「はい。しかし各国の動向は芳しくないと思われます。エルシスはオストル帝国の政変が予断を許さない状況のため出兵に消極的ですし、イスパニア王国は国内の再征服が完了したばかりで国力に余裕がないとのこと。その上ガリアの異端に触発された低湿地同盟国はこの機にイスパニア系エルシス家からの独立を画策しているとか。それにブリタニア連合王国と教皇庁の対立は未だ続いておりますし……」

「主戦力となるのは魔族国、ということですか」



 星字軍遠征に乗り気でない周辺国か……。なんと不信心な。

 だが考えようによっては新式軍制の導入が進んでいないもの達と歩調を合わせずにすむので用兵の自由度が高くなるともいえる。それに今の魔族国は総動員をかければ八十万以上の戦力を捻出できる一大軍国でもあるから別段戦力が不足しているということもない。



「もちろん各国の事情は厳しいところはありますが、義勇兵を募ることは確かです。しかし此度の星字軍遠征の主力は魔族国となるのは間違いありません。その負担は計り知れないものでしょう。教皇猊下もそのことを憂いておられます」

「いやいや、なんの! ガリアを掃滅するのは魔族国の悲願! 必ずや教皇猊下の、そして主の御心にかなう結果をお見せいたしましょう」



 すると壁の向こうからクスリと笑い声と共に「そうおっしゃって下さると思っておりました」と安堵するようなため息が漏れた。

 そりゃナイ殿に命を拾われてこの方ずっとガリアを掃滅することを考えて来たんだ。ここで首を横に振るのは俺のアイデンティティの喪失になってしまうことになるし、なによりナイ殿に助けていただいた恩をあだで返すようなものだ。断る理由がない。



「魔族国の深い信仰心にはいつも心を打たれますし、それを感じているのはなにもわたしだけではなく教皇猊下も同様であるかと」

「教皇猊下も? それは、なんとも嬉しい限りです」

「えぇ。そのため猊下は魔族国のこれまでの信仰への寄与を鑑み、法の守護者として魔王陛下に新たな帝冠を授ける、と」

「て、帝冠!?」



 つまり魔王陛下が皇帝になるってこと? それってこの世の唯一無二の帝国だった旧エール帝国の後継者として教皇庁はリーリエ陛下を認めるってことか?

 いや、それは同じ帝国であるエルシス家が黙って――。いやいや、そのエルシス家からリーリエ陛下の婿をとることになっているのだ。それにお相手のヒュアツィンテ様はエルシスの皇太子殿下でもあらせられるのだから次代の皇帝でもある。

 つまり東西両国に分断されていた帝冠を一つにする機会でもあるし、そうなればエール帝国旧領であるガリア地方の支配を正当なものにできる。それって戦争目的の正統化でもある!



「教皇猊下の御恩情に感謝いたします!」

「これも全ては星々の教えを守るため。どうかご協力をよろしくお願いいたします」

「はい、このカレンデュラ・オークロード・フォン・オルク、主の御名を守らんが為、身命を賭して剣をとる所存であります」



 「お話は以上です」と告解室からの退室の気配を感じ取り、もぞもぞと狭い告解室の扉をあける。そこには今までの密談が嘘のように星ルーナの誕生を祝う讃美歌が響いていた。

 それをしばらくナイ殿と見守っていると「こら、先生に御挨拶なさい」という声をきいた。そこに目を向ければまだ十にも満たぬ男の子を連れ添った親と思わしきオークがいた。



「だって、ナイ先生不気味なんだもん」

「こらッ! 先生すいません」

「いえいえ。子供はそれくらいの方が可愛いものですよ」



 ナイ殿はその親子と二、三会話して二人を見送る。それを不思議そうに眺めていると「教会学校の生徒さんですよ」と補足してくれた。

 なんでも安息日に宗教教育を旨とする学校を開いたのだとか。そこでは身分の貴賤を問わずに星書の読み書きを教えているらしい。



「もっとも生活に余裕のある方くらいしか来られませんが、子供に読み書きを習わせたいという親御さんは多いもので。最近では印刷によって比較的安価な写本が出回っているので子供達に読ませる星書に事欠きません。良い時代になりました」

「ほぉ……」



 ナイ殿の話だと木版印刷の技術を対オストル星字軍遠征で手に入れてからはリーベルタースの工房で星書の量産が行われているらしい。だが木製の原版では耐久性に問題があり、昨今では新たな方法での印刷方法が模索されているのだとか。

 これは、これは色々使えるのでは?



「ナイ殿。その教会学校に出資するのでぜひ魔族国全土でそれを行うよう手配していただきたいのですが」

「大変ありがたい申し出ですが、その対価をお聞きしても?」

「半日でも良いので時間をいただきたく」

「時間ですか?」

「はい。その時間を使って教育にあてたいのです。未来のための」



 そう、その半日を使って例えば愛国教育をする、軍事教練をする。そうなればオルク王国――。いや、魔族国の未来は安泰だ。

 今までのような封建的な領主や貴族に盲目的に従う民ではなく、自ら国家を愛し、国家を守るための民――国民を育むにはやはり教育が必要だ。この日曜学校の制度はそれに利用できる。それに徴兵前に軍事教練を行うことで兵士の質的向上が見込めるはずだ。



「でもよろしいのですか? オルク王国の懐事情は芳しくないとお噂を耳に挟みましたが」

「確かに昨今の冷害で打撃を受けましたが、エルシスやリーベルタースだけではなくブリタニアにイスパニアへも銃砲売買でそれを補って余りある利を得る事ができまして。浄財として教会の働きに寄付がてらに時間を買い付けたいのです」

「なるほど。では生誕祭が落ち着きましたら調整の場を設けましょう。その際はよろしくお願いいたします」

「えぇ。こちらこそ」



 ま、未来の子供が立派な国民となるためにも、まずは魔族国の未来を勝ち取らねばならない。それにはやはりガリアは邪魔だ。

 主の敵に落ち果ててまで俺の前に立ちはだかってくれるとは嬉しい事か。

 草一本残さず焦土にしてくれる、く、フハハ!!


 ◇


 寒さもゆるみだしたある日の明け方。オルクスルーエ城は慌ただしい雰囲気に犯されていた。

 ことの発端は昨夜。お腹の大きくなったプルメリアと床につこうとした時、彼女が破水したのだ。それに促されるように陣痛が始まり、急いで産婆を呼びつけて出産を見守ろうとしたのだが、産婆や侍女に追い出されてしまった……。

 居間でその時を待っていたのだが、落ち着かずにイライラしたりドキドキしていると今度は報せを受けたユルフェ叔父夫婦や親戚に家臣まで集まれるだけ集まってきたためその相手をしていたら薄明を迎えていた。


 居間から客間に場所を変えて白む世界を見ていると庭園にプルメリアが栽培を提案した芥子の花がチラホラと咲いているのが目に入った。

 まだ早咲きのものだが、その小さい花弁を見ているとポンと背中を叩かれ、思わず飛び退いてしまった。



「お、叔父上!? 驚かさないでくださいよ」

「お前こそ何をそんなに――。その見かけによらぬ小胆さは相変わらずか」



 余計なお世話だと口を尖らせながら老いを色濃く見せ始めた叔父上を睨むとその隣にいた柔和な叔母上が「あらあら」と皺をみせる頬に手をついた。



「あなた、カレンちゃんは初めてのことで緊張しているのよ。それをからかっちゃダメでしょ。それにあなただってエルヴ(エルちゃん)の時にすごい顔をしていたって侍従長が――」

「待て、もうやめてくれ」



 いつまで経っても仲むつまじい二人に先ほどまで張りつめていた心がゆるむのがわかる。

 叔父上もこう言っているが、俺の緊張をほぐそうとしてくれているのだろうなぁ。



「あら、きれいなお花ね。ちょっと行ってみましょうか」

「やめておけ。まだ外は冷えておるぞ」

「意地悪ねぇ。でもこのお城も殿下がこられてから良くなったと思わない? あなた、花とか興味なかったから」

「悪かったな、無骨な城で……」



 二人の冗談に思わずクスリとしていると「あら」と叔母上が庭に何かを見つけたらしい。

 それから叔母上は花畑からある一輪をとってきてほしいと頼んできた。それに承諾して庭にでると刺すような冷気が身を襲ってくる。

 それに耐えながら小走りに芥子畑に向かうと、その中に一輪だけ黄色に輝く花をみつけ、それを摘んで客間に帰る。



「お待たせしました。なんとも、植えた記憶はないのですが、風で種が舞い込んだのでしょうかね?」

「ありがとうね、カレンちゃん」



 俺の手に握られているのは太陽のようにまぶしく輝くキンセンカであった。



「これね、カレンちゃんが生まれた頃によく咲いていたわ。御方様がお好きな花だったのよ」

「母上が?」



 そうなのか、知らなかったな。

 いや、そこに居るのが当たり前過ぎて何が好きなのか、聞いたこともなかった……。



「もっと話をしておけば良かった……」



 父上から領主としての振る舞いを習いたかったし、母上と他愛ない話をしたかった。

 せめて孫の顔を見せてあげたかったなぁ。



「失礼いたしますッ!!」



 ノックもせずに開け放たれた扉を見やると血相を変えた侍女が口をパクパクさせている。

 その鬼気迫る形相に客たちを押しのけて「どうした!?」と問えば侍女がやっと言葉を紡いだ。



「お、お生まれになられました! 元気な男の子にございますッ!!」



 気がつくと侍女を押しのけて駆けだしていた。床が抜けるのではと思うほど力強く廊下を駆け、風の如き速さで寝室にたどり着くと扉の向こうから産声が聞こえてきた。



「ぷ、ぷぷぷ!?」



 舌が、舌が上手く回らん!

 焦って言葉も紡げないでいると無言でノブが回り、扉が開けられると産婆がまず俺を出迎えてくれた。



「閣下、お静かに。殿下もお疲れの――」

「メリアッ!!」



 思わず産婆を押しのけてベッドに近づくと額に汗を浮かべたプルメリアが弱々と微笑んでくれた。



「足音だけでカレンが来たことがわかったぞ」

「メリアッ!! こ、こここ――」



 すっと彼女の細指が持ち上がり、部屋の隅を指し示す。するとそこには柔らかそうなタオルケットにくるまれた者を大切に抱く侍女がいた。

 その侍女が苦笑を浮かべながらソレを差し出してくるが、体がワナワナと震えて受け取れない。



「カレン、大丈夫だ」

「しかし――」

「大丈夫」



 妻の言葉にうながされ、そのタオルケットを抱くとズッシリと見かけ以上の重みを感じた。

 そこに居たのは柔らかそうな灰緑色の肌を持つオークの赤ちゃんだった。



「俺の形質が出てしまったようですね」

「残念か?」

「いえ……。いえ――ッ」



 まさに、まさに俺の子だ。

 瞼から熱いものがあふれ、止めどなく頬を伝う。

 その感動を抱きながらベッドへ横になった妻の隣にそっと彼を寝かせ、その枕元に握りっぱなしになっていたキンセンカを添える。



「元気な子供をありがとう、メリア。ありがとう」

「産んで、良かったと思う。例え短命の業を背負わせてしまっても、それでも生まれてきてくれて良かったと、思う」



 そしてプルメリアは生まれたばかりの命を見ながら「良かった」とつぶやいた。



「カレンと共に生きると決めて、本当に良かった」



 プルメリアは「抱かせてくれ」と手を出してくる。ふと、背後を振り返ると突き飛ばしてしまった産婆が憮然としながらもうなずいてくれた。

 それに頷き返しつつプルメリアの体を起こしあげ、二人で新たな命を抱く。



「”アルテミシア”。お前の名前はアルテミシアだ。お前の母さんと、お、お父さん? が名付けたんだぞ」



 アルテミシアとは平和を意味する花の名だ。その名は星書の黙示録にもでてくる星のことでもあり、彼の星が地上に舞い降りた時、世界の水の三分の一が苦くなって飲めなくなるという。そのことから困難と裁きの星と呼ばれている。

 他種族婚によって生まれた子は病弱で短命の業を背負うことになるといわれているし、この子の未来は困難と決断の連続だろう。

 そんな困難に負けぬような子になってほしい。そんな願いを込めて”アルテミシア”という名前をつけることにしたのだ。



「出来るだけ困難から助けてあげよう。例え困難に打ち勝てずに心が折れても、その心が癒されるまで、彼を助けてあげよう。()()のように」



 親父は――。前世の親父は俺が引きこもっても、黙ってそれを受け入れてくれた。俺はその優しさに甘えて、家を燃やすという仇で返してしまったが……。

 願わくばそんな親父のように息子を愛し、見守ってあげたい。



「カレンの御父上は優しい方だったのか?」

「……いえ、()()は、厳格なおかたでしたよ。しかし、返しきれないほどの愛情を注いでくださいました。俺もまた、アルテミシアにそうしたい」

「そうだな。誰よりも愛情を注いであげよう」



 その時、その小さな瞼が開いた。



「この怜悧な目はプルメリアそっくりだな。アルテミシアは俺に似ずに美男子になってほしいな」

「いや、アルテミシアの目はカレンのように優しい目だよ。でも怒り性は似ないでほしいね」



 その柔肌をつついてやると急にアルテミシアは決壊するように泣き出してしまった。



「わッ!? ど、どうしたのアルテミシア? お腹が減ったの? それともおしめか?」

「お、おい、どうすれば良いのだ?」



 あわあわと三人で騒ぐこの時がたまらなく胸のうちを埋めてくれた。

 この充足感を守りたい。

 そのためにはガリアから魔の手から戦わなくてはならない。

 もう俺は負けられないな。


 ◇


 ひとしきりアルテミシアの泣き顔と格闘したのち、彼が眠りにつくとプルメリアも疲労があるからと寝所を追い出された。



「かわいかったな……」



 瞼を閉じればなんとも愛らしい顔が思い浮かぶ。あれが俺の子供か……。

 そう口の中に広がる幸福をかみしめているとその幸せとは真反対の顔をした死人の少女が廊下の端を横切った。

 そしてふと、ほんとうにふとだが、イヤな、それでも十分現実足りえる凶事が頭を横切った。

 きっと死を纏ったアイツを見てしまったが故に変な妄想が頭をよぎったのだろう。だが……。

 そう思うと口が「イトスギ!」とその名を呼び、足が小走りになって彼女を追っていた。



「ん? な、なに?」



 相変わらず幸薄そうな顔に景気の悪い表情をしている。

 だが、どこか晴れやかな雰囲気をもっているせいか、前よりも活きがよさそうに見えた。



「あ、生まれたんだって? おめでとう?」

「それは……。どうも。そうだ、会っていくか? かわいいぞ!」

「うーん。どんな顔をしているのか興味はあるけど、会うのはよしとくよ。病気になっちゃわるいから」



 肩をすくめるアンデッドは腐っても(防腐済みだけど)死体だ。感染症のリスクがないとはいえないし、抵抗力の弱い赤ん坊に触れさせるのはやめたほうがいいか。



「確かに……。だがあんなに愛らしい存在を見れないとは、お前も不幸な奴だな」

「はいはい不幸不幸。でもそんなにかわいいとか愛らしいとかっていうのならプルメリア様に似たんだ。良かったね」



 突然わき起こったピリピリとした空気に互いに臨戦態勢になり、瞬きもできぬほどの緊張感が満ちる。

 しかしその構えをやめてやるとイトスギは拍子抜けしたようにきょとんと俺をガラス玉のような目で見返してきた。



「一つ訊ねたい。アンデッドには寿命というものはあるのか?」

「なに藪から棒に……。まぁ理論的には魔素(マナ)と肉体がある限り永続的に活動するっていうのが定説だけど? まぁ身体が腐る前に取り替えないといけないから、そういう意味では身体の全てを取り替えてしまったら元来の人格の死というのは成り立つのか――」

「そういう思考実験がしたいのではない。だが、そうなのだな。少なくとも俺よりかは生きるのだな? いや、この際だ。活動できるのだな?」



 するとイトスギは目を白黒させながら頷く。もっともその瞳の奥にいいようのない不安が宿っているようにも思えた。

 それが引鉄になったのか、今になって俺がする提案がなんとも残酷なものではないかという疑問が頭をよぎった。

 だが俺の懸念事項を減らすにはイトスギには不幸になってもらわねばならない。



「イトスギ。将来、俺は絶対死ぬ。それが寿命なのか、戦なのか、病なのかはわからんが、なんにせよ俺は死ぬ。死んで星々の御許に赴く。これは絶対だ」

「そ、そりゃ生きてればいつか死ぬだろうけど、突然なに? なんの話をしてるの?」

「俺が死んだら、アルテミシアのことがどうしても気がかりだ」



 アルテミシアが幼いからということもあるが、異種族婚の子は病弱で、短命の業を背負うという。

 そんなアルテミシアの生を見守るには俺の寿命は短いと言わざるを得ない。

 しかしイトスギなら、不死者であるイトスギならそれを見守ることができるのではないか?



「待った! 待って! そういう意味の疑問だったのか! その願いはダメだって! 私たちにそんな呪いの言葉をかけられたら死ねなくなる! だから絶対ヤダ!」

「いいや、ダメだ。聞いてもらうぞ! 俺が死んだらアルテミシアの――」

「イヤだ! 聞きたくない! 聞きたく――」

「アルテミシアのことを、頼む」



 ギリギリと恨めしそうに奥歯を噛みしめる死人の少女に初めて罪悪感というものを覚えた。

 今思えばさんざん酷いことをやってしまった気はするが、こんな気持ちになるのは初めてだ。



「すまない。生きる目的を探そうとしていたお前に、生きる目的を強制してしまって……。だがお前にしか頼めないんだ。俺が、プルメリアが死んだ後もアルテミシアのことを任せられるのはお前しかいない。どうか、どうか頼む!」

「……はぁ。こんな横暴なオークに拾われるなんて、リーベルタースで教会に捕まった時は思わなかった」



 イトスギは苦々しげにそう吐き捨てたが、大きなため息と共に「いいよ」と小さく、風に溶け込んでしまいそうなほど小さくそういってくれた。



「か、勘違いしないでよ! 私たちが死ぬまでの間なんだから。それまでは、まぁ面倒見てあげる。それでいいでしょ?」

「あぁ! あぁ!! ありがとう!」

「はぁ。おちおち死んでもいられないなんて、この世はまさに生き地獄だね……。でも、そうか。生の探求以外にも、誰かのために生きるという生き方も、この世界にはあるんだね」



 そして死人の少女は苦笑を浮かべるのであった。


アルテミシアとはヨモギ属の学名で、ギリシャ神話の女神アルテミスが由来となっております。

本作では特にニガヨモギを指し、花言葉は平和や過酷となっております。

また、新約聖書のヨハネの黙示録八章十節に苦よもぎという大きな星が落ちてきて地上の三分の一の水を苦くし、そのせいで多くの人が死んだという旨の記述があります。

ちなみにニガヨモギに相当するウクライナ語はチョルノーブィリ。そうチェルノブイリ原発のアレです(厳密には近縁の別のヨモギらしいですが)。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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