ガリアの銃兵
ガリア王国の王都パリシィ。その郊外に集まったガリアの諸侯はこれから始まる演習を前にそれぞれの派閥でまとまり、ひそひそ話をしていた。
好奇の視線を浴びながら準備を進めていたオドルは居並ぶ諸侯や冒険者ギルドの幹部などそうそうたるメンツに心臓の鼓動を早めていた。
「大丈夫よ、オドル」
そう声をかけてくれたのは光の束を集めたような黄金色の髪を盛夏の風になびかせる第三王姫――マリア・ド・ガリアであった。
彼女の勇気づけるような暖かい微笑にオドルもうなずき返し、彼が育て上げた”銃兵”に命令を下す。
「前へ進め!」
その命令に従うのは騎士でも傭兵でも、また冒険者でもなかった。
彼女達は雑多な種族の集団であり、すべて奴隷であった。
猫耳にしなやかな体躯を有する猫人族。狼耳に引き締まった肉体を有するワーウルフ族。ピンと尖った耳を有するエルフ族……。
人間とは若干異なる特徴を有する五十人の少女達はまるで種族の見本市のようであった。
そんな奴隷達は一様に肩に棒状の武器――燧発銃を担ぎ、運動会の行進よろしく諸侯の眼前を通過していく。
「止まれ! 右向け右!」
オドルの号令に合わせ、三列縦隊を作っていた奴隷達が一斉にその向きを変える。その視線の先には五十メートルほど離れた地点にたたずむ鎧を着せられた案山子を捉えていた。
その案山子たちはこれから打ち寄せる苦難を案じてか、風に揺られた鎧をカタカタと軋ませる。そんな鎧を見据える少女たちの顔には自信が灯っており、静かにオドルの命令を待っていた。
「第一列! 構え! 放て!」
乾いた銃声が一斉に轟き、それと共に前面に展開していた少女達が即座に最後列へ入れ替わると共に後列達が一歩前に出る。
「第二列! 構え! 放て!」
再度の斉射。それと共に新たに前列になった列が最後列へと移動し、残りの者達が再度一歩踏み出す。
その間、射撃を終えた列は再装填に取りかかり、自分達の順番が巡ってくるや再度の射撃を展開する。そうした流れるような動作によって絶え間なく吼え続ける銃声と滞留する白煙に騎士達は驚嘆を露わにした
その様をオドルは満足げに見守り、それを見物する騎士に向き直る。
「これが三段撃ちです。本来、マスケットは装填に時間がかかり、連続で射撃できません。ですがその弱点をこの陣形で補います」
これぞ素晴らしき現代知識とオドルは満足を覚えていた。
もっとも彼が開発を望んだ銃は前装銃などではなく自動小銃――過酷な環境でも信頼性の高いAK-47であったが、如何に鍛治のプロフェッショナルなドワーフでもその再現は不可能であった(そもそも構造自体をオドルが理解していなかったという点もあるが)。
「魔族は基本的に横隊を組で一斉射撃を行った後に突撃という戦術をとっていますが、この陣形なら敵が突撃をしてくる間も連続した射撃が出来るので奴らを倒すことができます」
その説明に諸侯から「おぉ」と期待をよせる感嘆がわき起こる。
ガリアの貴族としてもこれまでの戦訓から銃に興味を惹かれており、オドルの先進的な知識と相まってその導入に積極的であった。
――一部の貴族を除いては、だが。
「そんなものこけおどしだ! 見よ! 的にほとんど当たっていないではないか!!」
「はぁ、ガリヌス公爵……」
そう、特にオドルと正面から対立するディーオチ・ド・ガリヌスはその急先鋒であり、ガリア一の大貴族とだけあってその声は宮廷に大きく響いてしまう。
その上、たちが悪いことに実際に銃を装備した魔族と戦ったとあってその意見には一定数の賛同者があらわれてしまう始末だ。
「皆! 騙されてはならん! 所詮は奴隷遊びではないか。真の戦の帰趨を制するは騎士だけである。皆もそうは思わぬか?」
そうだ、そうだというヤジにオドルは負けることなく「その騎士が負けて戻ってきたのはどう説明するの?」と問えば、ディーオチは顔を赤くして聞くに堪えない罵声をわめき散らす。
その様にオドルが苦言を呈しようとした時、別の騎士が歩み寄ってきた。
「オドル殿の知識を見下すわけではないのだが、燧発銃の射程は五十メートルほどで、第二射を準備するまでに三十秒も時間を使うのだろう? だが風の魔法を付与した長弓ならその射程は五百メートルに迫る上に五秒程度で次の矢を射ることができる。あぁ、もちろん射程は最大射程だから狙って当てるのは至難であろうが、総じて弓のほうが勝っているように思えるのだが……」
どこかばつの悪そうな騎士にオドルは想定内の質問だとうなずく。
「確かに射程や連射力でいえば銃――燧発銃は弓に劣るでしょう。ですが銃は弓よりも遙かに早く習熟することができます。その証拠にこの銃兵達は一ヶ月前までは奴隷商で売られていた者達ばかりでした。それも、戦闘向けの奴隷ではなく家事専用の者もおりますが、こうして問題なく銃を扱うことができるようになりました。それに対し、弓は訓練だけで数年かかります。銃の利点は誰でもすぐに扱える点にあり、先のウルクラビュリントを巡る戦いで消耗した北部諸侯の軍の立て直しにきっと役立つと思います」
「なるほど。だったら、うちはすぐにはいらないかな」
え――。と空気が漏れるような音と共に騎士は周囲の騎士に振り返る。
「オドル殿の言を裏返せば我らの召し抱える弓兵は魔族の新兵器に引けを取らぬということではないかな? 補助戦力としてなら銃兵を雇うか一考に値するが、弓兵を代替する訳でもない連中を今、雇うのはな……。むしろ問題はそれよりも魔族共が使う銃への対策ではなかろうか? そう、例えば兵に盾を持たせるとか、より強靱な鎧を作るなど、そうしたことを考えるべきではなかろうか?」
そんな、というオドルの叫びを無視するように集った騎士達は頷きあう。
そもそもオドルが言うとおり弓兵の育成には莫大な年月と金がかかる。むしろ現在進行形で金がかかっている。特にウルクラビュリントを巡る一連の戦いに不参加だった南部の貴族達にとってはこれまで多額の投資をしてきた弓兵を銃兵に改編しようというのはもったいないと思っていた。
「いや、銃の威力は弓兵のそれも越えますし、僕の世界では銃によって弓兵は廃れ――」
「オドル殿、ここは我らの世界ですよ。そうなると限った話ではないでしょう。それに燧発銃を検分したが、戦場で扱うには重すぎると思うのだが」
そもそも彼らの扱うメインウェポンである剣の倍以上の重量があるのだからそれを軽いということはできない上、戦場ではただでさえ鎧という重量物を身につけているため余計な重りを持ちたくないというのが騎士の――職業軍人の本音であった。
「見たところ、マスケットは飛道具であろう? 魔族に接近されれば為すすべがないだろうし、それなら長槍の護衛がいる。そうなれば新たに兵を雇わねばならぬし、小貴族の懐事情からすると燧発銃の導入は難しいと言わざるを得ませんな」
そう、まずもって金なのだ。
新しい武器を買うにも、兵を雇うのにも金はかかる。
王室の協力を受けられるオドル達とは違い、有限の財源しか持たぬ貴族――特に小貴族にとって軍備の増強は苦しい支出以外のなにものでもない。それが魔族との国境を接しない南部の者となれば顕著だ。
故にそれまで金を注いできた弓兵があるのなら無理に新兵を雇う必要はないと結論づけられてしまった。
そんな現実に少年はただ大人の無理解を内心で罵るばかりだ。
そこに勝ち誇ったディーオチの笑みも憎しみに拍車をかけたが、その手が再度優しく握られた。
それにオドルは一息をつき、諸侯を見渡す。
「ならば射程を延長できれば銃を採用していただける、ということですよね?」
「それは……。と、いっても十や二十メートルほど射程を延長できた程度では――」
「二百五十メートル」
「え?」
「二百五十メートルまで射程を延長した燧発銃を作ります。名前はライフル」
弾丸に回転を加えることで弾丸の射程を延長できること。
それにはライフリングと呼ばれる溝を銃身に施せばよいこと。
それらを伝えられた貴族達は互いに顔を見合わせ驚愕する。
それが確かなら魔族が攻撃してくる前に三段撃ちと併せて敵を殲滅できるという期待が膨らむ。
「き、机上の空論だ! 口だけではなんとでもいえるぞ!」
「ガリヌス公爵。確かに口だけならなんとでもいえます。ですから僕はそれを実証しようと思います。できるだけ速やかに工房で試作を作り、お披露目する機会を設けさせていただきますのでお楽しみに」
顔を青ざめさせるディーオチに胸のすいたオドルは次のデモンストレーションに移る。
銃兵達を下げ、今度は巨大な鉄筒を乗せた台車を奴隷やリーベルタースからやってきた商人が引っ張ってくる。
「これは大砲という武器です。リーベルタースのナリンキー商会さんがどうしても紹介したいと……」
燧発銃の購入元であるナリンキー商会から派遣された人のよさそうな三十代ほどの人間族の男が手もみをしながらペコペコと貴族に頭を下げる。
その横では他の商会員がテキパキと操砲し、初弾を装填するや拉縄を引く。
すると先ほどの銃声とは比べものにならない轟音が世界を包み込んだ。
その耳を潰すような音に騎士達が動揺を浮かべていると商会員が営業スマイルを浮かべて説明に入った。
「本日はこのような機会を与えて下さった皆様に厚い感謝を申し上げます。さて、こちらの八十四ミリ野戦砲の威力、いかがでしょうか?」
一粒弾の着弾したクレーターに貴族達は興奮を隠そうとせず、わいわいと大砲に興味を寄せる。
それに気を良くした商会員は饒舌に大砲のスペックをそらんじていく。
「再装填に二、三分ほどお時間をいただきますが、有効射程は五百メートルほど。個人詠唱の魔法を完全に凌駕する攻撃能力を有しており、次世代の攻城兵器として有用であると思い、リーベルタースからお持ちいたしました」
その説明に「これはすごいな」「魔法を代替できるのなら、我が家はぜひ買うぞ」「うちも買おう!」と打って変わって肯定的な意見が噴出する。
しかしその中でディーオチは「これは魔族の兵器ではないか!」と怒りを露わにしていた。
「これはそのまま魔族が使っていたものではないか! それがここにあるということは、魔族と内通しているからではないか!! どう申し開きするつもりだ!」
「ご、誤解です! こちらのお品はナリンキー商会へ正規の手続きを経て卸されたもので、エルシス=ベースティア二重帝国様やブリタニア連合王国様、イスパニア王国様へも輸出している商品です。決して魔族国との内通によって得られたものではない、と断言することができます」
にこやかな営業スマイルを浮かべる商人は間違ったことは言っていないと自説に頷く。もっともディーオチの問いの答えになっていないのは明らかであるが。
「いや、確かにこれは魔族のものだ! それを扱っているのならば間諜以外にいない! そうであろう!!」
とはいえ実際にどこで大砲が仕入れられたかなどディーオチにとっても些末な問題だった。それよりもオドルを攻撃できる材料があるのならなんでもよかったのだ。
そんな無益な応酬にオドルが辟易していると「……ちょっと良い?」と会話を遮られた。
「誰だ? 今はこのガリヌスが話して――」
その声の主は橙の髪に魔女帽を目深にかぶった女性がいた。マジックキャスターらしいゆったりとした濃紺のローブに身の丈ほどもある杖をつく彼女はゆっくりと帽子をあげ、そのメガネの奥の知的な水色の瞳をディーオチとオドルに向けた。
「だ、第二王女殿下!?」
ディーオチの悲鳴に似た叫びに女性は黙ってコクりと頷く。
その人こそガリア王国第二王姫にして王立魔法研究所に席を置くシャルロット・ド・ガリアであった。
「姉様!? どうしてこちらに?」
「ん。新兵器のお披露目会。興味があった」
言葉少なに妹――マリアの前を通り過ぎ、商会員達が操砲していた大砲に歩みよったシャルロットは興味深そうにそれを検分し、オドルに向き直る。
「これの導入、待ってほしい」
「え? どうして?」
「ここでは話せない。場所変えてから」
シャルロットに誘われ、オドル、マリア、そして商会員のまとめ役の三人が貴族達のそばを離れてしばし。
そこでシャルロットはイチイの木より削りだされた長大な杖を掲げ、呪文を紡ぐ。するとオドルの耳元を風が横切るや、貴族達の話し声や鳥のさえずり、風のざわめきさえかき消えてしまった。
「風の結界を張った。ここでの会話は外に聞こえないし、外の会話も聞こえない」
これが噂の“ガリアの魔女”かと商会員は舌を巻く。
齢二十とは思えぬ童顔でありながらすでにガリアの魔法界を牽引する才能の塊。そうリーベルタースまで名が届く才女は商会員に目をくれることもなくオドルに「タイホーはダメ」と告げ、ローブの下から書状を取り出す。
「父上から勅許を賜っている」
その書状にはガリア王の名において大砲の輸入及び製造を禁止するという旨が記されていた。
それに商会員は顔を青くし、自分達の商機がふいになってしまったことを嘆くしかなかった。
「姉さま。これは? どうして大砲が?」
「危険だから」
ガリアの秩序は魔法によって保たれているといってもよい。特に同時詠唱の技術を独占する貴族は軍事的にもガリアを支える重要な存在であり、国防の要でもあるが、それは対外的な安全保障のためにだけに存在するわけではない。
「ヌーヴォラビラントやオース会戦の詳報を読んだ。同時詠唱と同等の威力をタイホーは持っていると書いてあった。そんな代物がガリアに入ればガリアの秩序は崩壊する」
ガリアが危惧するのはスキル持ちによる内乱である。
特に冒険者のような戦闘慣れした者が徒党を組み、王国に反旗を翻して街を占領するような事案が発生した場合、並の戦力では対処することができない。
だが今まではそうした不心得者に対して同時詠唱という抑止力を握ってきたが故にガリアは国内治安を保ってこれた。
しかし大砲という攻城兵器が野に放たれた場合、そうした不心得者が同時詠唱と同等の戦力を入手する可能性も否めない。他にもこれまでに同時詠唱の技術を失った貴族の中から大砲を買い求めることで既存のパワーバランスを崩そうとする者もでるやもしれない。
「父上はそうした危険を懸念している」
それに商会員は顔を青くし、このまま契約が流れてはまずいと説得を試みようとするが、その手に握られた勅許状に閉口してしまう。
それに対し、オドルもマリアも当然というようにそれに頷いた。
「それ、父様だけの判断ではないのでしょ? 姉さま」
「ん。肯定する。魔法研究所の所長から動きがあったよう」
もっともらしい言い訳をしているが、要はこれまでガリアが培ってきた同時詠唱という技術――魔法そのものの価値が揺らぐのではないかという不安からガリアの魔法界の雄が動いたというわけだ。
そんな内輪の利権争いにマリアは眉を顰めるが、その顔にはどこか想定通りという納得が現れていた。
「マリアの言ったとおりになったね」
「うれしくない予想だったけど……」
「――? 妨害にあっているのに、それでいいの?」
シャルロットとしては表情にこそ現れていないものの、この悲報を届けることを快く思っていなかった。もっとも自身も王立魔法研究所に属しているため表立って抗議も出来ず、忸怩たる思いをしていた。
「あー。なんというか、大砲は魔法の下位互換のようなものだから積極的に導入しようとは思えなくてさ。確かに威力はあるけど、扱うのに同時詠唱の倍以上の人員が必要だし、騎乗したマジックキャスターによる同時詠唱の方が圧倒的な機動力をもっているし、それに――」
オドルの批判にこれまで空気となってしまっていた商会員の顔が青から赤みを帯び出した時、シャルロットは「とにかく」と彼の会話を遮る。
「ガリアでも導入は絶望的。そこの商人の方には悪いけど、この話はなかったことに」
「……仰せのままに。では別の機会によろしくお願いいたしましょう。ナリンキー商会ではいつでもお客様の御要望にお応えする準備がありますので」
それにシャルロットは頷くと杖を一振りして風の結界を解く。
すると今まで気にしていなかった風のざわめきや鳥のさえずりが耳のすぐそばにやってきた。
「姉様、それにしてもその勅を賜るのは早いのでは? まだ大砲の試験中よ」
「ん。父上は近頃の治安悪化を気にしている」
「治安の悪化? 魔族の活動のこと?」
「それもある。あと西海岸全域がきな臭い」
宗教改革の嵐が吹き荒れるガリアの宗教界の大勢はケラスス率いる改革派が占めているが、それに反発する教会も少数だが存在する。
そうした小規模な対立に端を発したいさかいが国内治安をかき乱しており、それに便乗するように反社会集団の活動が活発化しはじめていた。
特に外洋に面する西海岸では海賊が跋扈するようになり、人身売買や麻薬の密輸など深刻な問題を生み出していた。
「貴族の息がかかっている海賊もいて、他領を荒らしたりしているらしい。だからタイホーを導入して貴族が力を持つことはよろしくない」
「姉様もいろいろ考えているのね」
「ん。マリアももう少し考えて行動してほしい」
「ひどーい!」という悲鳴にシャルロットは若干口角を緩める。そして彼女は個人的な探求心から大砲へと歩み寄るのだった。
ご意見、ご感想をお待ちしております。