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再会と死者達

 春の優しい日差しが降り注ぐオルク王国の王都オルクスルーエの居城は復活祭を終えて静まりかえっていた。

 だが静謐な回廊は未だ冬を思わせるかじかんだ空気が滞留しており、鼻先が痛んでくる。そんな回廊をコツコツと二つの足音が響く。



「それで一体なに用なのでしょうか、オルク閣下」



 背中から響く声とともに目的の部屋にたどり着く。くるりと振り返れば不満そうな黄金色の瞳が俺を射抜いてきた。春の日差しに浮かんだその翡翠色の髪と赤い軍服の眩い組み合わせのエルフはまさに完璧に近い美しさを持つ生物だろうことを思わせた。



「入ればわかります。おい、エルザス公国元首、ハルジオン・エルルフェルスト・フォン・エルザス様の入室だ」



 そう告げて扉を開けると中には壮麗な宗教画よろしく美男美女揃いのエルフ達がつめており、彼らは姿を現したエルザスの正当統治者たるハルジオンの姿に固まる。

 それにハルジオンもまた身を堅くし、信じられないというようにその場を見渡した。



「うそ……! み、みな……!」

「は、ハルジオン様!」

「本当にハルジオン様だ!!」

「よくぞご無事で!」



 そこにいるのは旧エルザス公爵家の家臣達であった。彼らは七十年前に国が人間に滅ぼされた後、散り散りになっていたのをエルサス皇帝家が集めてくれたのだ。



「皆、ローズマリー様が手配してくださいました」

「叔母様が?」

「はい。ガリアやリーベルタース、エルシスにヘルベチア……。方々に散ったエルザス家臣団をローズマリー様はお集めになられ、我が国が誇る新式軍制によってエルフ主体の部隊を編成できるよう手配してくださったのです。その部隊名は義勇戦闘団”エルフ”」



 規模としてはまだ大隊――八百名ほどでしかないが、ゆくゆくは連隊もしくは旅団規模の二千五百から四千人ほどまでに規模を拡充する予定だ。

 もっとも純粋なエルザス公国出身者を集めるのは容易なことでない(長命なエルフでも七十年前に国が滅びているので離散が激しく、エルザスのエルフだけで兵員をまかないきれないのだ)。そのため兵の多くはエルサス=ベースティア二重帝国出身のエルフだが、エルザス家復興の夢を抱いた者をガリアやリーベルタース、ヘルベチア等から義勇兵として集めており、民衆から傭兵まで身分にとらわれないエルフがオルクスルーエに集い始めていた。



「みな……。ありがとう、ありがとう……!」



 ぼろぼろと涙をこぼすハルジオンの背中を押し、暖かく彼女を迎える家臣団に引き渡す。

 これから家臣であった者達には促成ではあるが士官教育を受けてもらい、部隊指揮官として着任してもらわねばならないので団欒が許される時間もそう多くはない。

 ここはスマートに退室し、あとの事は後々にやってくる士官学校の指導官に投げようとした時だった。

 涙を浮かべたハルジオンが向き直り、深々と頭を下げてきた。それに倣い、他のエルフも頭を下げて来ることに戸惑ってしまう。



「閣下のご温情に感謝いたします」

「いや、気にせずに。後の事は教官がくるのでその者に従って下され。それまでしばしご歓談に興じていると良いでしょう。俺は所用で席を外しますので。ではこれにてご免」



 なんとなくの気まずさと共に城を抜けだし、馬車に乗り込むや今度はオルクスルーエ近郊に広がるオルクカンプ演習場へと向かう。

 そこには昨年から導入を始めた新式野戦砲――一〇三ミリ野戦砲を取り囲んだ特火教導隊が新兵教育を行っており、それを視察する。

 もっとも時間をかけて閲兵するようなことはせず、頑張ってくれと激励をしてすぐに去ることにした。

 ただでさえ慣れぬ軍隊生活を送る新兵の邪魔をするのは悪いからね。


 それからオルクカンプ演習場を練り歩いていると今度は新設されたばかりの法兵科が訓練に当たっているところに出会った。

 まだ教導隊しか編成されていない法兵科は特火に並ぶ戦力として期待されており、設立にあたってエルシスから現役のマジックキャスターを軍事顧問として招くことができたのはこの上ない僥倖だった。



「これは軍務伯閣下!」



 その法兵教導隊を率いる年若いエルフ(に見えるが実年齢は四十と俺より二周りも年上だ)が俺に気づくや握り拳を側頭部に押し当てるオルク式の敬礼をしてくれた。もっともエルフといってもハルジオンのような色白エルフではなく、浅黒い肌をした彼はどちらかというとダークエルフという種族だろう(ただエルシスにダークエルフという種族はなく、ただ黒エルフと呼ばれているそうだ)。

 それに答礼しつつ近づくと車座になって瞑想していた兵達もにわかに立ち上がろうとするが、それを制して訓練を続けさせる。



「これは?」

「互いの魔力を感じ取る訓練です。魔力感知なくして同時詠唱は不可能ですから」

「ふむ、基礎課程が終わるのは当分先のようだな」

「帝国は一日でならじ、です。ものになるにはあと一、二年は必要ですね。ただ皆熱心で驚きます。もっともオークよりあれの方が筋は良いというのは、なんとも複雑ですが」



 そういって彼が指さした先には土気色の肌の集団がいた。全部で三十人ほどいそうなその集団はウルクラビュリント奪還戦とオース会戦などのこれまでの戦闘によって得た元人間達だ。



「リッチというのでしたか? 魔法適性のある上位アンデッドなだけあって飲み込みが早いです」

「元々魔力の多い存在がアンデッド化するとリッチとなる、か。何か問題はないか?」

「臭い以外は問題なく。もし問題があればすぐ死霊術教導隊の方を呼べるのでとくには」



 オルクカンプ演習場にはオルクスルーエの住民を徴兵した第一銃兵連隊を主に特火、法兵、工兵、死霊術教導隊といった研究部隊が揃っているので問題が起きてもすぐに解決できるのだろう。

 もっとも兵科を増やしたため演習場が手狭になってしまっているのは問題だ。新しい演習場の整備をしなければな。



「ほかに問題は?」

「強いて言うなら特火教導隊(ドワーフ)共が我々の邪魔をしてくること、でしょうか? この間も演習場の使用権を巡って妨害が……」



 ふーむ。困ったな。

 でも特火の気持ちもわかる。だって法兵って特火と同等の火力を発揮できる上に馬を使えば段違いの機動力を誇るのだ。これは騎馬砲兵どころの問題ではない。むしろ火力支援の面から見れば砲兵というより攻撃ヘリコプターやガンシップに近い性質を有している。ぶっちゃけ法兵は特火の上位互換といっても過言ではない。

 だからこそ自分達のポジションを守ろうとして法兵に妨害を働く。つまりは嫉妬だ。



「特火にはよくいっておく。他になにかあるか?」

「ございません。よろしくお願いいたします」



 まぁ出る杭は打たれるな。でもそれを守るのも俺の仕事だからね。

 そう思いながら今度は死霊術教導隊に足を向けるとほどなくわいわいと騒ぎ声が聞こえてきた。

 そこは数少ないオルク家の保有する騎兵大隊(といっても規模は五十人弱しかいないので儀仗隊のようなものだが)の馬術場であり、どうやら死霊術教導隊と何かやっているらしい。

 そこに近づくと獣臭さと死臭に辟易してしまうが、それを我慢して見物に加わると幾本もの案山子が並んだコースを一騎の首なし騎士が爆走しているところだった。

 それもただ走っているのではなく、セントール達が好む反りの入った片刃剣を手にした首なし騎士が案山子を通り抜けざまに斬りつけていく。それも狙い違わず案山子の首を切り落とす腕を披露しており、観衆を沸かせていた。



「これは閣下!」



 その様を見ていると騎乗したオークが駆け寄ってくるや素早く馬から降り、敬礼してくる。彼は騎兵大隊の大隊長の……誰だったか。確かオーク伯爵の次男だったはずだけど……。



「ご苦労。これは?」

「はい、死霊術教導隊との合同訓練です。いやはや、あの者――。さすがは剣聖といったところです。死してなお見事な腕前で」



 的を切り終わり、コースを駆け抜けたその首なし騎士――元白銀の悪魔こと剣聖エトワール・ド・ダルジアンは首のない体を馬上にさらし、まるでスイッチが切られたようにぴくりとも動かないでいた。



「アンデッドを元にした騎兵戦力という閣下の構想には驚くばかりですが、これを見ていると不思議と成功を確信するばかりです」

「それはよいが、一体では話にならん」

「おっしゃる通りです。しかしあちらを」



 そう彼が指し示した先には騎乗した首なし騎士が……十体ほど揃っていた。

 どうやら量産化には成功しつつある、のか?

 そもそもの話だが、アンデッドというものは魔素(マナ)が蓄積した死体が起き上がる自然現象であり、その中でより魔素(マナ)を蓄えた個体が特別なアンデッドとなるという。

 逆説的にいえば死体に魔素(マナ)を溜めればアンデッドになるのだ(その原理を応用したのがネクロマンシーである)。

 ならば人工的により多くの魔素(マナ)を死体に溜めることができれば人為的に特別なアンデッドを量産することができる、はず。

 折しもリーベルタースで拾った不死術研究修道会とエルザスから派遣されたエルフがそろい、魔法研究に適した人材が集まっている。

 そこで共同の研究が行われだしたのだが……。



「十でも話にならんぞ。せめて五百はないと戦術単位として用をなさん」

「数に関してはいささか難しいことかと。そもそも軍馬がまるで足りおりません」



 ほんと、それなー!

 昔はオルク家お抱えの騎兵もいたのだが、第一次ウルクラビュリント奪還戦で消耗しちゃったからなぁ。それ以来、即戦力の銃兵と特火兵の整備ばかり力を入れて来たから碌な騎兵戦力を持っていないのよね。予算も有限だし。

 それに軍馬を欲する兵科は何も騎兵だけではない。特火兵や輜重兵といった重量物を運搬する兵科にとって軍馬は必要不可欠な存在だ。

 つまり需要に対して供給が追い付いていないし、良馬を購入する資金を捻出するのも難しい。

 だからこれまではセントールの軍権を借りて運用していたのだが、やはりセントールの優秀さを見るに自前の騎兵が欲しくなってしまう。……お金ないけど。



「騎手だけ揃って肝心の馬がおらんのでは話にならぬ、か。で、あれは?」



 その首なし騎士達の隣には騎乗したスケルトンがいるのだが、そのスケルトンが乗っているの、どう見ても馬の骨格標本なんだけど……。



「死霊術教導隊の連中が試しに馬の死骸にネクロマンシーを施したとか。一応成功しているようですが、戦闘まではまだのようです」

「……だが面白い考えだな」



 あれが戦えるようになれば面白い。

 そうすれば騎兵を消耗品と割り切って使えるし、何より敵の死体を利用できるのでコスパに優れそうだ。これは早速予算をつけて研究部隊を創らなくては。はぁ。ナリンキー殿からまた借りられるかな? もしくは何か売れるものがないか探すか。

 そんなことを思案していると「大公様!」と騎乗したオークが駆け寄ってきた。だいぶ急いできたらしく、馬も騎手も息を切らせている。一体なんの急報だ?



「どうした? まさか人間が攻めて来たか?」

「いえ、客人がお見えです。なんでも奥方様がブリタニアへ留学されていた頃のご友人だとか。ぜひ大公様に挨拶がしたいとのことです」



 プルメリアの友人? なんにも聞いていないんだけど。

 だが妻の友人を待たせておくわけにはいかない。



「分かった。城に戻ろう。お前は先に戻り、客人を丁重にもてなすよう侍従に伝えよ」

「ハイッ!」



 こりゃおちおちしてられん。俺も早く戻ろう。

令和になったので初投稿です。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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