表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/101

過去と未来

【ナイ視点】



 これは夢だ。わたしは夢を見ている。

 だってわたしは大司教選挙のためにリーベルタースを訪れ、その落選を抱えて帰路についているはずだったのに今は薄暗い客席にただ一人座り、舞台を眺めているのだから。

 その舞台の幕が開けると共にそこには窓の外を一心に見つめる肌の浅黒い女性が出てきた。

 あれは母だ。二十とは思えぬ白が混じった髪に小じわの染みついた横顔は間違いなく母だった。

 そんな母の下に一人の幼女が歩み寄ってきたが、母の視線は窓の外に広がる蒼穹からぴくりとも動かない。そんな母に娘は言った。



「ねぇ、母さん。どうしてわたしの肌の色はみんなと違うの?」



 貧民街の子供達から“色違い”と区別されることに耐えきれず、どんなに肌をこすっても白くならない自分を不思議に思った娘の疑問に、母は黙って娘をぶつだけで何も答えてくれなかった。

 それでも娘は母に構ってもらいたくてかまわずに質問を投げかける。



「母さんはいつもお空を見ているけど、どうしてお空ばかり見ているの?」



 やはりというか、母は何も答えてくれず、ただ憎々しげに娘をぶつのであった。

 今にして思えば母はリーベルタースのあか抜けた空ではなく生まれ故郷であるオストルへと続く空を見ていたのだろう。


 そんな事を思っていると場面が暗転したかと思うと今度は裸の母がベッドで見知らぬ男と一夜を共にしている幕に移った。

 オストル生まれのオストル育ちだった母にとってリーベルタースは異国以外のなにものでもなく、そこで暮らす人種も、食事も風習も言葉も、そして崇める神さえも違っていた。そんな女が生きていくには身体を売るほかなく、母は毎夜毎夜違う男と寝ては生活費を稼いでいた。

 その時、舞台の端に光が集まる。そこには汚れ一つない漆黒の法衣を着込んだ男がいた。精悍な顔つきの男は当時ヨハネスと自分の事を名乗り、わたしに字の読み書きを教えてくれたこともあった。



「今日はここまでにしよう。君は少し外に行っていなさい。良いと言うまで家に入っちゃいけない」

「はーい。でも遊ぶ友達もいないし、どうしよう。そうだ! さっき習った字を地面に書いていよう! 文字を覚えられればお店に奉公にいけるだろうし、そうなればお金を稼ぐことが出来る!」



 そうそう、男と母の事情が終わるまで延々と地面に覚えたばかりの言葉を記していたものだ。書いては消して、書いては消してと幾度も幾度も、男が帰るまでそれを続けていた。

 そして男は決まって大金を残し、どこかへと去っていくのだった。



「これが今月の分だ。とっておき給え」



 受け取った金銭はわたしと母が優に一月は暮らせるほどの額をもらっていたようだが、母はその全てを床下に隠していた壺にしまい込み、一ゴールドも使ったところを見たことがなかった。

 あれはきっと自分が故郷に帰るための旅費にするつもりだったのだろう。もしくはヨハネスから受け取った金を使いたくなかったのか……。

 なんにせよわたしが外に出ている間に強盗に押し入れられ、壺ごと母の命も奪われてしまったがために全て無駄なことではあったが。



「お母さん! お母さん!」



 舞台が再度暗転したかと思うと棺に向かって大粒の涙をながす子供と、その背後に立つヨハネスが現れた。



「これからお前は孤児院に来てもらう」



 そうして彼の言葉によってわたしの家が変わった。

 教会が運営する孤児院に入り、わたしは貧民街にあった飢えと寒さから解放された上、母と共にあっては得られなかった様々な知識というものを得る事が出来た。


 また舞台が暗転。今度は壮麗な聖堂の裏手のセットが並んでいた。

 あれは多分、神学校の聖堂だ。その裏手は人通りが少なく、悪さをするにはうってつけの場所だ。

 そこに四人の少女に取り囲まれた女の子が一人。



「あんたが試験で落第するから連帯責任で同じ班のうちらも罰則を受けるのよ! これだから貧民街生まれは!」

「異教徒で娼婦の娘のせいで私達がどれだけ迷惑を被っているのかわかる? ねぇわかるかって聞いているのよ!」

「気持ち悪いオストル人! さっさと地の底に戻りなさい!」



 そう、一応読み書きが出来たのでわたしは神学校へ進学することになった。その日一日を喘いで暮らす貧民街で暮らしていた頃には思いも及ばなかった勉学と研鑽だけの日々に驚いたものだ。もっとも周囲がわたしに向ける視線は貧民街暮らしの時とまったく変わらなかったのにも驚いた。いや、絶望したのかもしれない。



「本当に主の教えを学ぶ気があるの? この学舎に異教徒は不要よ!」



 その言葉に思わず顔をあげると眼前には生真面目そうにコムラサキ色の前髪をパッツンに切ったメガネの少女――ケラススが出てきた。

 観客だったはずなのにわたしはどうして舞台に? いや、これはわたしの半生(はなし)なのだから、わたし以上の役者はいないのだ。



「わ、わたしは異教徒じゃ――。文字が難しくて、そのせいで落第してしまったのは謝ります。今度はもっと頑張って良い点を取りますから――」

「全知全能の主が創られた世界に貴女のような異教徒(できそない)は必要ないの。そもそも星字軍遠征がどうして行われるか知っている? 異教徒がそれ以上の悪さをしないように魂を浄化するためよ。つまり貴女のような異教徒は生きているだけで罪なの。とっとと消えなさい。それが貴女のためなのよ」



 ピシャリと頬が叩かれ、思わず反論が止まる。それを合図にしたように他の子も殴ったり蹴ったりとやりたい放題に暴力を振るってくる。

 誰もが心の中に異教徒の娘だから殴っても良い。主に仇なす不浄の血だから蹴ってもかまわない。むしろ星々に仇名す異教徒を退治している自分達は正義なのだと思っているに違いない。


 いや、ただ単に誰かをいじめの標的にしたくて、それがたまたま肌の色が違うわたしを選んだだけなのだろう。

 そして彼女達が満足を覚えて去っていくとただ一人、役者も観客もいない舞台にただわたしだけ取り残されてしまった。

 ふと口元を流れるゆるい液体の存在に気づいてそれを拭うと手の甲一杯に鼻血がついていた。それはどこまでの赤く、不浄の血のはずなのに、それはどこまでも他の子が流す血の色と同じに思えた。



「あぁ、かみさま……ッ! どうして……! どうしてなのですッ!?」



 わたしがなにをした?

 好きで肌の色が違うのではない。好きで貧民街に生まれたのではない。好きでオストル人の娘になった訳ではない。

 全知全能の星々がこの世界を創られたはずなのに、どうして世界はこうも欠陥(ぜつぼう)が多いのか。

 もういっそのこと全てを終わらせる自殺をしようか。いや、だめだ。わたしの身体を流れる血はみんなと同じ血だ。ならばわたしの身体も心も作ってくれたのは天の星々に違いない。なら主が与えたもうたこの命を投げ出すような、冒涜的なことはできない。



「くす……。もう死んでしまいたいのに、それも許されないなんて」



 わたしは気づくと母のように澄んだ青空を見つめていた。主が創られた空は果てしなく広く、それが落ちてこないのは主の創造が完璧だからだろうと思えた。



「そうか……。世界は完璧なんだ。だってかみさまが全てを“良し”とされたのだから――」



 そうとしか思えなかった。全知全能の神が創った世界に欠陥があるはずない。

 つまりわたしの肌の色も、わたしを愛さなかった母も、腫れ物を扱うようなヨハネス(ちち)も、わたしを区別する学友達も。

 みんなみんな、みんな主が斯くあるべしとお創りになられたに相違ない。



「くす、くすくす。あぁ、かみさま! あなたはなんと! なんと――ッ!!」


 ◇

【カレンデュラ視点】



 ガタリと馬車がゆれる。それとともに眼前でうつらうつらとしていた少女がパチリと目をさました。いや、糸目だから目がさめているのか寝ているのか微妙なラインだが。



「ナイ殿、お目覚めですか?」

「……カレン様。これは失礼いたしました。眠りこけてしまうとは」

「そんなことはありません! それよりも、良き夢でも見ておられましたか? うなされていたので起こそうとしたのですが、その後、お笑いになられておりましたよ」

「笑って、おりましたか? そうですか……」



 もっともナイ殿はいつも微笑という無表情からぴくりとも表情筋が動かないのでその喜怒哀楽を推し量るのは難しいところがあるが、二年も共に過ごしているとその機微もわかるというものだ。今なら表情ソムリエとして俺にかなう者はいないだろう。



「それにしても大司教選挙は残念でしたね。俺としてはナイ殿以上の適任者はいないと思うのですが」

「くすくす。ありがとうございます。ですがこれも主の導きです。きっと今ではないとおっしゃられているのだと思いますよ」



 ゆるく弧を描く口元になんともいえない口惜しさを覚える。

 こちらとしてはリーベルタース王国、エルサス=ベースティア二重帝国との同盟があいなり、新たな関税協定による貿易の活発化、軍事協約による相互交流と様々な分野で喜ばしい成果を生み出していた。

 だというのにただ一点、ナイ殿の落選だけが悔やまれてしまう……。

 この判断に教皇庁へ抗議をいれてやろうと思っていたのだが、当の本人が「これも主の御導きでしょう」というので折れることにした。うーん……、もやもやしちゃう。


 あ、ちなみに俺も叙任を受けることができた。要約すればいつも寄付をありがとうと教皇猊下からお褒めにあずかり、名誉司教位を授けてもらったのだ。これで俺の肩書は”オルク大公””軍務伯”そして”名誉司教”だ。いやぁなんか嬉しいな。

 いや、でもやっぱりナイ殿の一件は喉に刺さった魚の骨のようだ。全ての成果を手放して喜べないというのはなぁ。



「くすくす。ご配慮痛み入ります。ですがわたしのような出来損ないがそう易々と大司教になれるようにはなっていないのですよ」

「で、出来損ない? なにを仰せなのです? ナイ殿が出来損ないな訳ありません。主は六日で世界をお創りになられ、よしとされたのです。ならば不出来なものなどないはずです」

「………………」

「――? あの、なにか?」



 するとくすくすと忍び笑いが漏れるとともに首が横にふられる。

 なに? なになに? また失言しちゃった? やっぱり根が童貞だから女の子とサシで会話するのいやになっちゃう。



「いえ、カレン様に慰められる日が来るとは、感慨深いものです」

「初めてお会いした時は、許されざる暴言を口にしてしまいましたな。不出来な弟子で申し訳ないです」

「そんな弟子も司教です。鼻が高いですよ」



 妙な縁もあったものだと昔話に花を咲かせていると突然、嘶きが轟くとともに馬車が急停車した。

 何事かと御者に問うと車列の先頭で何かあったという。

 もうすぐリーベルタースとの国境だというのに何事だ? この車列にはリーリエ陛下座乗の馬車もあるというのに、それを止めるとは万死に値する。

 イライラが募るとともにオドルという餓鬼につけられた頭の傷が疼き出した時、馬車の扉が叩かれる。車窓にはリーベルタース王国が護衛に貸し出してくれたエルフの騎士だ。一体なにようだろうと思って扉をあけるとどこか嗅いだことのあるすえた臭いが漂ってきた。



「何事だ?」

「そ、その、なんと申してよいのか判断しかねるのですが、それが閣下にお会いしたいと二、三十人ばかりの者達が街道をふさいでおりまして」

「俺に? 何者だ?」

「我々も存じ上げていないのですが、連中は自分達のことを不死術研究修道会と名乗っており、先触れの掲げていた旗印からオルク王国大公閣下がおられるだろうからと、目通りを願っております。検めたところ武器の所持は見受けられなかったのですが、アンデッドが混ざっておりまして……。どういたしましょうか?」



 なにそれ。アンデッドに知り合いなんかいねーぞ。……いや、いるわ。

 アンデッド絡みなら十中八九イトスギの関係者だろ? 何にせよ襲ってくる気がないのなら、会ってみるか?



「一人だけ会おう」

「畏まりました。他の馬車に伝令をだし、状況をお知らせしても?」

「よろしく頼む」



 そして待つことしばし。

 馬車の前に現れたのは色白を通り越し土気色の肌をしたアンデッドの男だった。

 黒い不吉なローブに頭ははげ上がり、痛々しい縫い傷が顔面を縦に這うそれは間違いなく特別なアンデッド――リッチだろう。



「なにようか? 我が国の車列を止めた罪は重いぞ。事と次第では万死に値する」



 言っといてなんだけどもう死んでるじゃん。



「我らは不死術研究修道会。閣下の庇護を求め、参りました」

「庇護?」

「我らネクロマンサーは教会から禁呪の誹りを受け、地下活動にその場を移しました。しかし教皇庁の新たな訓令により一部ではありますが、ネクロマンシーが許されるようになりました」



 あぁ、新しい訓令って教会が異教徒に対してネクロマンシーの使用を認めたことか。

 それが拡大解釈されてネクロマンサーに一定の人権が認められるようになったとは聞いていたが、それがどうしたのだろう?



「我ら学究のともがらである不死術研究修道会の目的は主のお創りになられた生命の神秘を解読し、寿命という原罪を背負った衆生の救済にあります。しかし教皇庁は我らの宗派を異端と決めつけ、リーベルタース内での活動を禁じられておるのです。このままでは生きとし生ける者全ての救済の芽が潰えてしまいます。ですでのどうか我々を庇護していただきたく」

「つまりは亡命希望ということか。だがそれはいささか虫が良すぎるのではないか? それに庇護を受けたいのなら俺ではなく他の領主でもよかろう。今ならネクロマンサーを求める者は少なくないと思うのだが?」

「閣下でなければなりません! 閣下は我らの至宝、完成に最も近い人工生命体――エルダー・リッチを保有されているというではありませんか! その神秘を解明すれば死を克服することも容易い。その研究のためなら我らは閣下にこれまでの研究の全てを捧げる所存です! どうか、我らを閣下の配下にお加えください!」



 エルダー・リッチってもしかしてイトスギのこと? あいつってそんなすごい奴なの?

 厭世家で生意気な継ぎ接ぎ娘だよ? そんな大層な事が出来るやつとは思えないんだけどなぁ。

 それにどちらにしろこいつ等が俺を利用したいだけじゃん。そんな不公平なレートを受け入れることができるか! てか名誉司教に叙された俺が異端者を許しておくか。まさかの時にイスパニア宗教裁判だ!



「もちろん閣下が望むのなら再度、我らは星神教に帰依し、その上でネクロマンシーを閣下の矛として振るう所存です! どうか、どうか!」

「本当か? ならあいわかった。そこまで言うのなら庇護を与えよう。ちなみに何人いるのだ?」

「はい、三十人です。うち人間は二十五人です」

「よろしい。まとめて面倒をみよう。だが貴様等がなにを研究しようと勝手だが、俺の庇護下にいるうちは俺の命令が絶対だ。それが破られるのなら四肢をバラバラにして地中深くに埋めてやる」

「――! 閣下の御慈悲に深く感謝いたします!」



 まぁ今のところウルクラビュリント奪還戦によって生じた躯が多すぎてネクロマンサー不足になっていたから純粋なネクロマンサーの増員はうれしいところだ。

 それに専門的な知識を有しているようだし、これまでイトスギ一人に任せていた教導の任を分散することが期待できる。

 それにエルサス=ベースティア二重帝国から同時詠唱をマスターした顧問団を招聘することが決まっているのでこれからはマジックキャスターの育成が急務になっていた。そこに魔法適性のありそうなネクロマンサー達が転がり込んでくるのは正直ありがたい。

 うまくいけば彼らを主軸にした魔法使い兵――法兵を編制し、それを特火の代わりに運用できれば……。うわ、夢が広がる。

 同時詠唱と火砲を合わせればガリアの猿共など鎧袖一触。これはオルク王国――。いや、魔族国の未来は明るいな!


 そうと決まればまずはこの事態を陛下にお伝えせねば。それに国境を越えるにあたって増えたネクロマンサーを通過させるための処置も必要だな。あぁ忙しい、忙しい。

遅くなってしまい申し訳ありません。うたたねしてたらこんな時間に……。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=964189366&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ