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ネクロマンサー

「保釈金を払おう」



 その言葉に司祭殿とネクロマンサーの顔に疑問符が浮かんだ。



「いや、それは――」

「――? 何か問題でもあるのか?」

「な、なんと言いますか、この者は教会に仇をなした不信心者で――」

「保釈金を支払えばその額の免罪状を罪人に与えるのであろう? それに教会は――。主は悔い改めた者を許してくださるのだろう?」



 過ちを認めれば誰にでも救いの手を差し伸べてくれる。

 主はなんと偉大ななお方なのだろう! そんな寛大なお心をお持ちなのだからネクロマンサーとて許してくれるに違いない。



「そ、その通りですが、支払えるのですか? この者は主の奇跡を模倣し、星々の恩寵厚き星字騎士団に手を上げたのですぞ。そのような者はまさに地の奥底に眠らせるのが相応しい。そのような者に許しを与えるなど最上級の免罪状くらいしかないでしょう。それを貴方は支払えるのですか? ナリンキー殿からかなりの額を借りていたようにお見受けしますが、それ以上の額をナリンキー殿が再度お貸しするとお思いで?」

「む、確かに……」



 司祭殿が言うようにナリンキー殿からは税収の六割近い額を借り受けている。それを再度となるとさすがに申し訳ないし、何より担保として出せるものがない。

 かと言って手持ちのものでネクロマンサーの罪を帳消しにできる価値のあるものがあるかと言えば――。

 ん? 待てよ。あるな。彼女の罪を消せるくらいの価値あるものが。

 だがそれを手放すのは惜しい。惜しすぎる。絶対に渡したくない。渡したくないけど――!



「………………ッう。………………お……」

「お? なんですか? はっきりと言ってください」

「お、俺の、免罪状を、この者に施しましょう」



 俺の免罪状はありとあらゆる罪を許すと記されている。

 惜しい。非常に惜しい!! 血涙が流れそうなほど惜しいッ!!

 だがナイ殿の下で怪我の療養をしていた時に読んだ星書には『与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう』と記されていた。

 これは人から受け取るばかりを期待するのではなく、まずは自分が相手に与える事が大切だと言う教えだ。ならば俺はこの免罪状を、(惜しいが)差し出そう。



「い、いいのですか!? あれは王侯貴族様でしか手の届かぬ額をしているのですぞ! それを出会ったばかりのネクロマンサーに譲るなど正気ですか!? ま、まさか貴方はネクロマンサーの一派だったのですか!?」

「いや、そもそもこの者とは初対面だ」

「ではなぜそこまでするのです?」

「一人でも多く主の御慈悲を受けるべきだ、とは思いませんか? 司祭殿」



 俺の言葉に絶句する司祭殿にどうして黙っているのかと問いたい。

 まぁ確かに惜しいが税が集まったらまた買い直せば良いだけだし、免罪状が逃げ出すわけではないのだから今回はこの者に施すとしよう。

 それに俺の復讐にはコイツが必要不可欠だ。そうした事を考えれば今の優先事項はネクロマンサーであり、残念ながら免罪状は諦めざるを得ない。

 それとも教会の決まりでネクロマンサーが免罪状を受け取るのは禁じられているのだろうか?

 だとすると困るな……。



「お、お見逸れいたしました。まさかそのようなご立派なお心をお持ちとは……。私もまだまだ修行が足りませんでした。貴方様を侮っていた御不敬をお許しください」



 え? あの余所余所しい態度は俺を侮っていたからなの? 確かに感じが悪かったけど、ぶっちゃけ黙ってればそこまで気にならなかったのに。それに俺、正直に言うとこの人の名前覚えていないんだよね。失礼な度合いでいえばどっこいどっこいなのに律儀に自分の非を認める方がすごいと思うけど……。



「それこそ気になされないでください。ではこれでよろしいですかな?」



 免罪状をネクロマンサーに差し出すと司祭殿は「はい」と慈悲に満ちた表情で頷く。

 これで一件落着――。



「あの、どうして私達にこれを?」



 きょとんとガラス玉のような瞳が俺を見返してくる。

 まぁいきなり現れたオークが高価な免罪状を差し出してきても状況に困るというものか。



「うむ、実はな――」



 待て。

 ここで復讐の話をして大丈夫だろうか? 教会にとってネクロマンシーは禁呪のようだ。まさかそれを使って復讐をしようだなんて司祭殿の前で言ったらまずいかもしれない。



「ほ、星々の慈悲はあまねく者に降り注ぐべきだ。たとえ、異端者であっても、な。そうでしょう。司祭殿?」



 話を振れば感極まった顔で頷かれる。だが当のネクロマンサーは「なに言ってんだこいつ?」という本心を見透かすような目をしている。



「ま、まぁそういうことだ。では司祭殿。この者の身柄を引き受けよう」

「分かりました。後の事はこちらにお任せください。万事、良きように計らいます。それでは彼の者とオルク殿に星々の恩寵があらんことを」



 胸の前で五芒星を切る司祭殿に頭を下げ、ネクロマンサーをむんずと抱え込む。



「ち、ちょちょちょ!? な、なにするの!?」

「暴れるな」



 ばたばたと手足を振って抵抗を見せてくるが、それが手に触れるごとに冷たいゴムのような感触がして気持ち悪いし、何より鼻にツンとくる刺激臭がある。

 風呂に入っているのか? いや、風呂に入っていない臭さとは違うな。薬品的な異臭だ。なんだこりゃ?



「は、放して!?」

「うるさい奴だな。助かるのだから文句はあるまい」



 無理矢理地下牢から連れだし、馬車へと戻る。

 その間、衆人環視の状態で少女の形をしたナニカを抱えて歩くものだから礼拝に訪れた者達が犯罪現場でも見るような目を向けてきた。

 だが関係ない。俺はそれよりコイツさえ手には入れば良いのだからどんな目を向けられても気にはしない。



「閣下!? そ、その者は一体……?」



 馬車に待たせていた御者がどん引きしている……。いや、関係ないね。別にやましい思いでネクロマンサーを連れ込んだ訳ではないのだから。



「国への土産だ。ほれ」



 馬車の中にネクロマンサーを放り込むと「ぎゃあ」と悲鳴があがるが無視。黙ってその隣に座る。



「再度、ナリンキー殿の店に向かってくれ。買い物を終わらせたら帰国するぞ」

「は、はぁ!? 予定ではもう数日逗留すると――」

「予定変更だ。何か意見でもあるのか?」

「い、いえ。ございません。では早急にナリンキー様の御店に向かいます」



 ペシャリという鞭の音と共に馬車が動き出す。

 そしてネクロマンサーを――そういえば名前を聞いていなかったな――見やれば恨めしそうな目でにらみ返してきた。

 死体のようだが、感情は豊かのようだな。



「貴様、名は?」

「……教団では便宜上、不死の木(イトスギ)と呼ばれていた」



 ぶっきらぼうな物言いだが、まぁいい。



「貴方は? どうして私達を助けたの? オークは女なら誰でも犯すって聞いたけど、もしかして死体ともヤるの?」

「いや、そんな特殊性癖は持ち合わせていない」



 リョナは好きだったけど死姦はキツイ。

 てかやっぱりこいつ――イトスギは死体なのか? いや、死体は喋らないか。だとしたらゾンビ?

 それに”私達”ってなんだ? なんで複数形なんだ?

 疑問は募るが、まぁいい。大事なことではないのだから。



「それよりだ。貴様、スケルトンを使役出来るのであったな? 聞いたぞ。騎士団を相手に大立ち回りをしたと」

「……肯定する」

「スケルトンは何体使役できるのだ? 百か? それとも二百?」



 するとイトスギは怪訝な顔をしつつ「十体」と呟いた。

 はぁ。なんだたったの十体か……。

 いや、気を落とすのは早いか。とにかく国に帰ったらネクロマンサーを増やす手だてを講じよう。そこでネクロマンサーを十人まで増やせば百体のスケルトンを操れるようになるし、そうなれば計画に支障はない。



「ところで貴方は何者なの? どうして私達を助けたの?」



 そうだ。言い忘れていた。



「おほん。俺はオルク王国大公――カレンデュラ・オークロード・フォン・オルク。俺の部下にネクロマンシーを教えるために貴様を助けた」

「ネクロマンシーを? どうして?」

「必要だからだ」



 俺の目標は猿獣人を絶滅させること。それを行うには大兵力が必要であるが、それを傭兵でまかなおうにも金が足りない。

 対して十体のスケルトンを操れるネクロマンサーを育成できれば経費は十分の一ですむ。なんと言っても死体に賃金を支払う必要はないからな。そうなれば大動員をかけても少ない金ですむ。



「……貴方は敬虔な星神教徒じゃないの?」

「もちろん星々には厚い信仰を抱いている」

「ならどうして教会が禁呪としているネクロマンシーを広めようとしているの? 教会にばれたら異端審問にかけられるよ」

「その時は告解し、免罪状を買う」



 その答えに納得していないのか、イトスギの目が点になる。

 ――? 何か間違っていただろうか?

 免罪状があればどのような罪も主は許してくださるのだから罪を犯した時に()()()()()()()()()()()だけではないか。



「主は慈悲深いからな。道を誤った者も必ずや手を差し伸べてくれる。だから罪を犯した時は免罪状を買って許してもらう」

「は、はぁ? 何を言っているの? もしかして狂ってる?」

「は?」

「まさかあんな紙切れで本当に天の国に行けると思っているの? 免罪状だなんて教会がお金ほしさにばらまいているだけの紙屑じゃないか――」



 気がつくと右手がイトスギの顎を掴み、締め上げていた。それと共にズキズキと頭の傷跡が疼く。どくどくと脈打つように熱がこもり、どうしようもない破壊衝動が俺を突き動かそうとする。



「んぐ!? ぐぐ――!?」

「貴様! なんと言った!? 主の代理人たる教会を愚弄するとは許せんッ!!」



 ぎちぎちと指が彼女の顎に食い込む。

 そこでやっと彼女も危機感を抱いたのか目を見開き、冷たくて弾力性を失った手が腕を引きはがそうとする。

 だがオークの中でも体躯に恵まれた豪腕をふりほどくことなど叶わず、むなしく指先が滑るだけだ。



「んー! んんッ!?」

「主を貶めた口は二度と使えぬようにした方が良いな?」



 指先が柔らかな皮膚を押しつぶし、硬質なものに直にあたる。だが彼女が死体故か血は出てこない。これは馬車も俺の服も汚れなくて助かる。



「んんッンウンン!! ンンン!!」

「なんだ? 弁解でもあるのか?」



 乱暴に顎から手を離すと反動でイトスギが馬車の壁に派手な音をたててぶつかる。それに彼女が顎を隠そうと手を伸ばすが、その間際に皮膚が破れてその下に広がる白いものが見て取れた。

 だが彼女の反抗的な目は衰えておらず、今にも主を罵倒しそうな勢いを感じる。

 こんな不信心者はやはり殺して――。いや、待て。殺すのはまずい。殺してしまってはネクロマンシー技術を手に入れられないのだから我慢しなくては。



「どうしたの? 殺さないの? 私達は元々死体から人為的に作られたエルダーリッチ。今更死なんて怖くはない。脅しも無意味だよ」

「ならば貴様が死なせてくれと泣いて懇願するような手立てを考えるまでだ」



 しばらくヒリヒリと毛穴を焦がすような殺気がぶつかりあう。

 だがすぐにイトスギが折れた。



「……本当に神を信じているの? どんなにありがたい説法を聞いても、どれほど高い布施をしても死んじゃえば体は腐って溶けて骨になるだけなのに……」



 それに反論しようとするが、その前に彼女は袖をまくり、見せつけてくる。その土気色の肌には継ぎ接ぎのような手術痕が生々しく浮き出ており、思わず言葉を失った。



「私達は教団からイトスギと呼ばれていたけど、本当の名前はアレッサンドロ、エミーネ、マリア、ベルトルド、チェザーレ・ボルジア、カリーナ、フィオレ、ヨランダ、ヴァネッサ、ファウスト、マフメト、イェリズ。()()はこれだけの人を継ぎ接ぎして作られている」



 ふと彼女の体の冷たさの理由を悟った。そして一人称が複数形である謎も解けてしまった。

 つまり死体を繋ぎ合わせ、一つの形にしてしまったというのか? なんと神をも恐れぬ所行だろう。

 まさか死体から生命を作るなど異端として断罪されるのも頷けるというものだ。



「主よ、彼の者をどうか許したまえ」



 思わず五芒星を切るが、イトスギはそんな俺を嘲笑するように鼻を鳴らした。



「こんな冒涜的なモノが作られる世界だよ。そんな残酷な世界に本当に神様が居るとでも思っているの? いや、神が居るというのなら私達のようなモノがどうして存在しているの? 私達だけじゃない。この世界には口に出すのもはばかられるおぞましい行為が横行している。そんな世界に、神がいると思っているの? いや、神なんていない。だからこそ私達は存在するんじゃないの? ねぇ!」

「――ッ」



 それは、その言葉は俺がかつてナイ殿に向けて叫んだ悲哀そのものだった。

 確かにイトスギに免罪状を与えたのは打算があったからだ。

 だが今、それは違うのだと自覚した。

 ナイ殿がかつての俺に手を差し伸べてくれたように、今度は俺がイトスギに手を差し伸べるために、俺は彼女に免罪状を渡したのだ。



「これも主のお導きか」

「――え?」

「この世に何故、冒涜的な行為が横行するのか、なぜ残酷なものが存在するのか、どうしてお前の存在が許されるのか。それは全て主がお認めになられているからだ」

「な、なにを言って――?」

「主を信じられないという気持ちは分かる。神は死んだと絶望したこともある。だからこそ言えるのだ。どんな冒涜的な行為も、ありとあらゆる残酷な出来事も、お前の存在も、その全てを主はお許しになられているからこそ、ここにあるのだと」



 まだなんと言おうか迷っている自分がいる。

 俺はまだ信仰に目覚めて日が浅いし、信仰のなんたるかを悟っているわけでもない。その上、教理にも疎い。

 もしナイ殿であればもっと気の利いた言葉をかけられるはずだ。

 それが悔しい。

 かつての自分が救われたように、俺も誰かを救いたいと思っているというのに手が届かないもどかしさが悔しい。



「そ、そんな邪悪な物事がまかり通るならそれは神ではなく悪魔が世界を創ったんじゃないの?」

「悪魔、か。だがそれは創造主に変わりはないのではないか? そもそも善悪自体も主観によるものだろう? 例えば人間がオークを討伐する。お前はどう思う?」

「え? そりゃオークは誰彼構わず女を犯すって有名だし、討伐されるべきじゃ?」

「だがそのオークは心のない化け物ではない。日々の糧を求めて畑を耕すし、パンも焼く。喧嘩もすれば互いに笑いあう。そんな俺達からすれば人間は――猿獣人はただの侵略者だ。この世に存在してはならぬ悪だ。ならば悪魔も見方をかえれば神なのではないか?」



 「それは屁理屈だ」と顔を背けるイトスギに自分も頷く。

 だが、オークが心のない化け物ではないのは確実なのだ。だからこそそんな俺達の暮らしを奪った猿獣人は絶滅させねばならない。



「まぁ、なんだ……。上手く言えんが、お前は許されている……。だから、お前も自分という存在を許してやれ。少なくとも俺はお前の存在を許す」



 これで良いのだろうか? なんだか言い足りない気がするが、これ以上の言葉が見つからない。

 あー。こんなことならもっと勉強しとくべきだったな。すげー後悔だ。



「……変なオーク」

「あ?」

「でも、ありがとう。教団じゃ物扱いだったから、私達を許すなんて始めて言われた」

「そうか? まぁ物扱いは変わらんがな」

「は?」

「お前の存在は許してやるが、お前を持ち帰る理由はそのネクロマンシー技術を教えるためにあるのだということを忘れるな」

「なにそれ!? 横暴すぎる」



 だが不思議と彼女のガラス玉のような瞳は笑っているように思えた。

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