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リーベの休日・2

 リーリエ陛下が消えて一夜が明けてしまった。

 ことの重大性から諸外国にこの事実を報せることもできず、少数の従者のみが夜通しリーリエ陛下の行方を追ったがまるで霞のように手がかりがつかめない。

 そんな状況にいつも感じる頭痛とは別の痛みを感じつつ、窓を見やればすがすがしい朝焼けが目を貫く。



「ここは、仕方ない」



 客間のソファにどっかりと重そうな腹をおろしたホテンズィエ・フォン・ニーズヘック侯爵の言葉にハピュゼン様と視線を交錯させる。

 今日は同盟締結のための交渉――という名の事前交渉で決まった各種約定の再確認とその署名が行われるのだが、そのサインを入れるリーリエ陛下がおられないのだからやりようがない。



「リーリエ陛下は慣れぬ外遊によって病に伏せられた。これでいくしかあるまい」

「致し方ありませんな……。しかし……」



 チラリと二人の視線が俺を射抜く。え? なに?



「オークロード卿、頼んだぞ」

「はい……?」

「こっちは長耳と国境策定交渉をせねばならんのだ。本交渉には出席できん」

「なら宰相閣下は?」

「わしは外交団ではない故、権限がない。真に耐え難いことであるが」



 ……え? え?



「頼んだぞ、オークロード卿」

「くれぐれも無礼のないように」



 え、ええええッ……!?


 ◇


「お、可愛いじゃん」



 リーベの服飾屋の試着室から出てきたリーリエは昨夜の清楚なドレスから地味な灰色のワンピースに少しくたびれたエプロン姿という野暮ったい姿に変身していた。

 リーリエ自身も着たことがない衣装にくるり、くるりと舞うように揺れ動くワンピースの裾に目を輝かせる。



「どう? 似合っているでしょ」



 先ほどまでさんざんリーリエを着せ替え人形にしていたマリアが得意げに現れる。彼女も王族ではあるが、オドルと旅に出る前から街にお忍びで出かけていたため庶民的なセンスも心得ているのだ。



「あぁ、すごく似合っている」

「ほんと? ありがとう。あ、でもお金が――」

「それくらい気にするなよ。子供は金のことなんて気にしちゃいけないんだ。それにお金には困っていないから気にしないで」



 まだ子供の領域であるオドルであるが、よく整えられたリーリエの髪を梳いて遠慮を遮る。

 もっとも現在Bランク冒険者であるオドルは倒したモンスターの売買によって成人男性の平均年収を上回る額の稼ぎを得ており、金銭的に困っていないというのは嘘ではなかった。



「それじゃ、とりあえず市場にでも行こうか」



 オドルの言葉に賛成が返るや、三人の足が店をでる。

 するとすぐに市場の喧噪が彼らを出迎えてくれた。

 客を呼び込もうとする露店には内海の温暖な日差しを蓄えたオレンジや洋ナシが並び、また海を越えてやってきた色とりどりの香辛料が並べられている。その一つ一つをリーリエは物珍しそうに眺め、時にオドルがそれを買って食べさせれば目を見開いてその味に驚いていた。



「――! これ! つめたくておいしい!!」



 数ある屋台の中でリーリエの琴線に触れたのは牛の乳にすり潰した桃のコンポートを合わせて凍らせた菓子だった。



「確かに美味いな。てかこれジェラートだろ」

「カッサータって書いてあるわよ。それよりこんな寒いのに氷菓を食べるなんて――」

「ならマリアの分も食べちゃおうかな」

「た、食べないなんていってないんだから!」



 陽気な笑い声が市場に混じり、甘い氷菓を溶かしていく。それから三人は古代エール帝国の遺跡である円形闘技場を横目にジェラート屋の店主から聞いた次の目的地に向かっていた。その行き先はリーリエたっての希望で市場からほど近いサンタ・テッラ・イン・コスメディン星堂と呼ばれる教会だった。



「でも良かったの? もう少し歩けば星神教の総本山のステルラ教会があるのに」

「み、見つかっちゃうかもしれないから……」

「あー。お城に近いし、それもそうね」

「それにね! どこで拝むかよりもね、何を拝むのかが大切なんだって! ナイがね、教えてくれたの!」



 目を輝かせて喋るリーリエにオドルは言葉を失ってしまった。

 彼自身宗教というのは詐欺まがいの胡散臭い集団というイメージもあるが、それよりもガリアで起こった宗教改革によって星神教会の汚点を目の当たりにするようになり、その思いを強くしていた。

 いや、それだけではなくヌーヴォラビラントを巡る戦いにおいて教会が魔族に加担したという事実も教会への不信につながっているといえよう。



(たぶん……。親が熱心な教徒で、リーリエちゃんも神を信じるのが当たり前だと思っているんだろうな。かわいそうに)



 子は親を選べないというが、まさにそのとおりだとオドルは先ほどまでの陽気な気持ちがかき消えてしまう。

 だがそれに反してリーリエは舌足らずな言葉で熱心に星神教の事を二人に話してくれた。

 そんな幼い少女にオドルやマリアはなんとか笑顔の形を作っていると、お目当てのサンタ・テッラ・イン・コスメディン星堂の鐘楼が見えてきた。

 七層からなる鐘楼が地上を睥睨する煉瓦造りのそこは建設されてからおよそ千年もリーベの街並みを見守ってきた星堂だ。そのためガリアのルブル宮と同じく幾たびもの増改築をしてきたためか、複雑な輪郭を作り出している。



「はやくいこう!」



 強く手を引かれて星堂に入ろうとすると、壁に何か円形のオブジェクトが立てかけられていることにオドルは気がつく。

 それは人の顔を模した石の彫刻であり、ぽっかりとあいた目と鼻と口が不気味な闇を孕んでいる不気味なデザインをしていた。

 そこへたまたま通りかかった助祭が「何かごようでしょうか?」と声をかけてくる。



「あー。この子が中を見たいと。ちなみにあれはなんですか?」

「あれは二、三百年ほど前に別の教会から引き取ったもので古の異教の海神をかたどったものと聞いておりますが、定かではないですね。なにかの蓋だとは思うんですが、どう使われていたのかも伝わっていないもので。ただ偽りの心がある者が手を口にいれると手を噛み千切られるという伝説がありますので、よければ試してみてください。では」



 ニッコリと人のよさそうな笑みを浮かべて去っていく助祭の背中を見送るとマリアが面白そうにその口へ「えい!」と手をいれる。



「ふふ、どうやらわたくしは正直者のようね」

「はいはい。リーリエちゃんもやる?」

「え……」



 先ほどまでの好奇心旺盛な瞳から一転し、不安に染め上がった瞳にオドルは彼女が年相応に怖がるのかと安堵を覚えた。

 いや、先ほどまで宗教の難しい話をしていた彼女もまた年端のいかぬ少女なのだ。それは子供が親に必死に自分の好きなモノについて語るのと同じであり、それがたまたま宗教だったというだけだったのだ。



「それじゃ、僕が」



 オドルの手がそろりそろりと口の中に消えて行く。それを固唾をのんで見守るリーリエ。そんな彼女にオドルがふっと微笑んだ瞬間、その顔色が反転し、強張ったものになる。



「うああああッ!?」

「え――!? え――!?」



 突然の悲鳴にリーリエもマリアも固まる。そしてオドルが無理矢理手を引き抜くと手首から先がなくなっていた。



「きゃああああ」



 半狂乱になった幼い悲鳴に顔を強ばらせていたオドルがニッコリと笑い、服の袖から「コンニチハ」と手首を突き出す。

 それに今度は涙目になった幼い少女がポカポカとオドルを殴り始めた。



「もう、性が悪いわよ。子供相手にそんなことして」

「いや、ちょっと驚かそうと思ってさ。あぁ、ごめんって」

「でもわたくしはオドルのことだから本当に手を噛み千切られたのかと思ったわ」

「ひどいなぁ……」



 そんな会話をしていると聖堂の奥から「ここは神の家ですよ、お静かに!」と注意の声が飛んでくる。

 それに三人は顔を見合わせ、石像に見送られるように薄暗い奥へと進んでいくのであった。


 ◇


「……ひどい目にあった」



 息苦しい会議が終わり、諸侯が三々五々に会議室を退室していく。

 三国による関税協定とはいえ、どの国も仲良くしましょうね、では終わらずに少しでも優位な条項を加えようと攻防は続いた。魔王様が病欠されたため昨日に引き続き約定の確認作業を行うということになっていたが、この調子で本当に同盟が結べるの……?



「カレンデュラ様は慣れぬ外交でお疲れか?」

「これはローズマリー様! いえ、そのようなことは」



 柔らかな笑みに心の臓が飛び跳ねそうになってしまう。精神的には童貞のままだからその笑みはよく効いてしまってよろしくない。



「リーリエ陛下のご容体はいかがでしょう? よろしければエルフ謹製のお薬を献上するつもりなのだけれど……」

「お、お心遣いに感謝いたします。ですが陛下は快方に向かわれていると聞き及んでおります故、そのお気持ちだけ陛下に奏上したく思います」



 そうか、という言葉に冬だというのに汗が止まらない。この会議中にもリーリエ陛下のお見舞いに伺いたいという申し出がリーベルタースよりあり、その応答にも神経をすり減らしていたのもあって俺の神経もくたくたである。

 もっともそれを見透かすようなローズマリー様の瞳が怖い……。



「ではお任せするわ。ですが、リーリエ陛下のご健康は我が国の望みでもあります。陛下は未来の皇太子妃でもあらせられるのですから。ですので陛下の御容態は他人ごとではありませんの」



 ……これ、リーリエ陛下の行方不明がばれていない? 気のせいだといいんだけど。てか陛下の捜索はどうなってんだよ。まったく続報がないところを見るにまだ保護できていないってことだよな?

 なんて間抜けばかりなんだ。くそくそくそ。



「ところで今宵の晩餐会は出席されるの?」

「いえ、残念ながら。陛下のご容体も完治とはまいりませんし、陛下が闘病中に臣が饗応を受けるわけにはまいりません」

「あら、残念。でしたら一緒に街へ出ません? 良い店を知っているの」

「しかし――」

「大事なお話があるのです」



 あ、これ断れないやつだ。

 てか大事な話っていったいなんだろう? 食事を共にするのなら別に私室でもいいだろうに。



「分かりました。ちなみにご用件はどのような――」

「ふふ、野暮な聞き方ね」

「………………」



 熟れた果実のように全てを知るような妖艶な笑みにゴクリと生唾を飲み下す。

 プルメリアにはない酸いも甘いも噛みしめてきた大人な香りにくらくらと脳を揺さぶられ――。

 いや、待て。俺は主にプルメリアを愛すると誓ったのだ。これは悪魔のささやきに違いない。立ち去れ淫魔!



「……分かりました」

「そう警戒しないで。あとで使者を送るのでまた」

「はい、お待ちしております」



 知らず知らずのうちにガチガチになった俺と大人な香りをかもしだすローズマリー様はその後、二言三言ほど言葉を交わし(なにを言ったか覚えてない)、分かれることになった。

 その後、一度リーリエ陛下の寝所を訪れたが、捜索の指揮をとられているホテンズィエ侯爵がいるばかりで変わりはなかった。



「戻ったか。で、首尾は?」

「首尾も何も予定調和な会議が終わっただけです。そちらは……。見ての通りですか?」

「残念ながらな」



 このドラゴニュートはなんでこうも泰然としているのだろう? 陛下がいなくなったのだからもっとこう、焦るとかないの?

 いや、焦ってどうこうなる問題でもないか。それにプルメリアも戦において作戦を一度発令させればその後は泰然としていると南部諸侯総軍の幕僚から聞いたことがある。

 そういう血なのだろうか?



「だがな、門番を買収して確認したところ昨夜令嬢と思わしき赤髪の子供が二人組の人間に連れられて出門したことがわかった」

「――!? まことですかッ! では誘拐ですか!?」

「声が大きい! まぁ、その通りだ。その上で聞くが、今日はなにかあったか? リーベルタースから何かあったのではないか?」

「……今思えばいやに陛下のご容体に関しての質問がありました。それにローズマリー様からエルフ謹製の薬を渡したい、と」

「やはり露見しておるようだな。賊は門番を昏倒させて逃げ出したとあってリーベルタースも独自に動き出しておるようだ。先に陛下を保護された場合、交渉が難しくなるな。」



 思わずげんなりしてしまう。ただでさえ醜い利権争いが加速するのは耐えられないし、交渉の主導権争いから魔族国が締め出されてしまうのはまずい。

 俺としては各国との交易で国を豊かにし、それを元手に軍備を増強してガリアを攻め滅ぼしたいだけなのに……。それが叶わないのは許し難いことだ。

 ――とは言え、ホテンズィエ侯爵やプルメリアに倣うのなら俺が今怒ってもなにもならないのが現状か。



「あとローズマリー様から個人的に食事を誘われまして」

「ほぉ。あの女狐とか。化かされるでないぞ」

「も、もももちろんです! 俺はプルメリア一筋であり、浮気など」

「お、おうそうか。祖父として孫娘を溺愛してくれるソナタを嬉しく思うぞ?」



 なんで疑問系なんでしょうか?



「とにかく、だ。陛下のことはしらを切れ。陛下のことだけではないぞ。何事においても言質をとられるな」

「はい、そのように」



 そして自室に戻るとそこにはワインレッドを基調としたドレスに身を包んだエルフが待っていた。



「おぉ、解呪は無事に終わったようですな」

「はい、オークロード閣下」



 どこか怯えを見せる美に愛された少女――ハルジオン・エルルフェルスト・フォン・エルザスの言葉に鷹揚に頷く。てか、少女じゃないな。エルザス公家が途絶えて七十年も経っているのだからよくよく考えればコイツは俺よりも年上になる。



「これで晴れて奴隷身分からの解放です。ご気分は?」

「閣下のご尽力に感謝するばかりです」



 ……ふむ、ファーストコンタクトが最悪だっただけあって分厚い壁があるな。

 ま、俺も仲良くする気は毛頭ないけど。

 そして静かな時間を持て余しているとローズマリー様の使者というエルフがやってきた。すでに馬車を待たせているという。

 そして使者に連れられて馬車に向かおうとするが、使者はハルジオンもどうぞという。居て困るものでもないしと彼女も連れて馬車に向かい、その豪奢な馬車に乗り込むとすでにローズマリー様がそこにおられた。



「お待たせしたようで」

「いえ、そんなことは。では参りましょう」

「……して、どちらに?」

「冬の船上パーティーというのも格別なものなのよ」



 そして向かった先はリーベ市を貫く大河であるティベリス川の畔。それもリーベ城からほど近い橋のたもとに作られた野外会場だった。

 その会場は河畔に船を固定し、甲板を舞台に幾人もの男女が互いに手を取り合い、楽団の奏でる演奏に身を任せて踊りに興じていた。



「なるほど。中々雅な催しですな」

「えぇ。あちらを見て」



 ローズマリー様のなめらかな指先が指す方向には闇に浮かんだステルラ教会のシルエットがあり、その頭上に瞬きだした星々が重なり、荘厳な絵画を作り出していた。

 それに思わず五芒星を胸の前に切り、この世を創造された主の御業に敬服していると、ポンと背中が叩かれた。



「もう、せっかくの誘いをしたというのに」

「こ、これは失礼いたしました!」



 すぐに給仕を呼びつけて酒を用意させると甘い湯気を吹き出すホットワインが運ばれてきた。

 優しいシナモンに香ばしいクローブと香辛料を贅沢に使われたホットワインのカップを二人で打ち鳴らし、喉に流し込めば冬の川面を流れる冷気で凍えた体を優しく愛撫してくれた。

 特にワインとともに煮られたであろう柑橘の爽やかさと砂糖の甘さが身にしみる。



「あぁ……。これは格別ですな」

「えぇ。この一杯を共有できて嬉しいわ。これからも、そういう仲でありたいわね」

「………………。……あ、あの、閣下。お、俺はその、確かに閣下との仲に不満はございませんが、それでも間違いがあってはならぬと――」

「あら? もしかして何か、勘違いされてる?」



 ふぇ!? 勘違い? 何を勘違いすると?



「リーベのお城ではどこで聞かれているか分からないので、お呼びたてしたのだけど」

「――なんの話でしたか?」

「エルザスのことに関してよ。もう、やはり貴方は外交に向いておられないのね」



 エルザス? あ、あぁエルザスね、エルザス。べ、べべべ別に何も勘違いしてねーし。

 それに今まで人形然と言葉を発さなかったハルジオンが「エルザス!?」と声をあげる。



「そうよ。我が国としてはオルク王国を通して軍事的、魔法的、経済的支援をエルザスに約束するわ。その代わり、オルク王国はエルザス公――。ハルジオンを正当な公位継承者と認めると共にエルザス公国の独立と自治権を認めること。これが条件。異存は?」

「おぉ! さすがはローズマリー様。異存などありません」



 ………………。……ん? 待てよ。

 エルシスはオルク王国(うち)を通してエルザスを支援するということ?

 これってつまりバックアップはするけど、面倒なことは全てオルク王国がやれってこと?

 いや、まさかそんな――。



「ありがとう。では早速その旨本国に伝えさせていただきます。書記官」



 言うが早いや、近くでダンスを興じていた一組のカップルが突然踊りを止めるや、素早く駆け寄って来る。それに気づけばローズマリー様が手配した御者がトランクを抱えて現れるや、その中からから羊皮紙やインク壷など筆記に必要な道具を次々と取り出していく。

 そして有無をいわさぬ行動の早さに目を見開いているとサッと羊皮紙が広げられた。



「これに間違いはなくて?」

「いや、そんな性急なことをされても――」

「でもしかと異存はないと聞いたわ。ね?」



 美魔女のウィンクに書記官二人と御者は頷き、再度羊皮紙を突きつけてくる。その上、ハルジオンも「アタシも聞いたわ!」と声を張り上げる。

 く、くそ、忌々しい長耳め! また俺を苦しめるのか! 今度はその邪魔な耳を切り落として塩漬けに――。

 はぁ……。ごめんなさいホテンズィエ侯爵。言質を取られちゃいました……。



「なんと強引な……。非礼ではありませんか?」

「ごめんなさいね。でもオルク王国は――。貴方ならエルフの魔法が気にならなくて?」

「………………」

「この密約を認めてくださるのならエルシスは魔族国に対しての魔法技術に関する支援とは別にオルク王国へ我が国へのマジックキャスターの留学及び軍事顧問を派遣し、同時詠唱による強力な術式を伝授することを確約するわ」

「こちらも貴国から軍事留学生を受け入れる上、新式軍制に精通した者を顧問として派遣するつもりでしたが?」

「その上でこちらはエルザス解放に関わる戦費に関しても一部を補填する用意があるわ。それにマジックキャスターを含む義勇軍をオルク王国軍に貸し出す用意があるの。確かに同時詠唱といった高度な魔法技術を学ぶのはもちろんだけど、即戦力があることにこしたことはないでしょ?」



 ……どうなんだ、これ? 利益の天秤は今どちらに傾いてる?

 確かに先のオース会戦――。いや、ウルクラビュリント奪還戦において特火とマジックキャスターの激闘は新たな戦訓を生んだ。

 その上で考えれば同時詠唱という特火に勝るとも劣らない戦力は欲しい。それもすぐに。

 とはいえ、だ。だからといってエルシスの手先になるのはどうなんだ?


 うーん。うーん……。


 いや、待て。国益とか難しく考えずとも俺の最大目標はガリアの殲滅であり、その手助けとなる申し出を断る必要があるだろうか? いや、ない。



「分かりました。申し出を受けさせていただきます」

「それは嬉しいわ。即断即決できるのは良い男の証よ。では心起きなくパーティーが楽しめそうね。ただ、踊るには歳をとりすぎて恥ずかしいわ。どう、ハルジオンと踊ってきたら?」

「何を仰せなのです? 閣下は十分お美しいではありませんか」



 顔だけはな! 心はまさに女狐だよ! それに忌々しい長耳と踊れるか!



「あら、嬉しい。ふふ、ふふふ」

「く、フハハ。ハハハッ。ハハ――」



 笑うしかないよチキショウめッ!!

 そしてひとしきり笑っていると視界の端に映った人物に氷付けになった。

 そこには燃えるような赤髪の幼女――リーリエ陛下に透き通るような金髪の美少女、そして黒髪の少年がいた。

 間違いない。あの日、全てを失ったあの日。俺の頭を槍で切り裂いたあの餓鬼だ!!



「ん? あれはまさかリーリエ陛下――。か、カレンデュラ様?」

「――うそ、そんな、いや……!」



 頭の傷がズキリと熱を帯びる。世界の全てが赤く見える中、ちょうどよく通りかかった給仕が運んでいたワインボトルを奪い取る。



「だ、旦那様? そ、それは別の旦那様がご注文に――。い、いえなんでもございません!!」



 一歩、一歩と甲板を踏みしめる度に怒りで体が震えてくる。

 その時、ハッと気がついたリーリエ陛下と視線が交錯した。すると陛下のお顔から一切の血の気が引くと共に後ずさられてしまった。その様子に二人の猿獣人が気づくと何かをささやきあいながら不敬にも陛下の前に立ちはだかる。

 そうか、コイツ等か! このクソ共が陛下をさらった賊どもであったか。これは行幸。陛下をお助けすると共にあの日の復讐ができるのだから天の星々の粋な計らいをしてくださるものだ。



「殺す、殺してやる……!」

「――ッ!どうしてオークがここに!? リーリエちゃん、下がっていて! マリア! 援護!」

「分かってるわ」

「ま、まって! あれはね――」



 船上に悲鳴が響き、客が逃げ出していく。あぁ主よ! どうか俺をお見守りください!!


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