リーベの休日・1
華やかなメロディーを背にリーベ城の城門を目指すに不貞腐れた顔の人間が二人。再度ローズマリーと面会しようと舞踏の間を訪れたオドルとマリアだが、案の定衛兵に招待客でない者は通せないと頑なに拒まれて帰路につくところだった。
「少しの間だっていったのに通してくれないなんて……」
「当り前よ。ガリアはお呼びでないのだから。それに今のガリアとリーベルタースは一触即発の状態なのよ。そう簡単にいかなわいわよ」
「それじゃなんで僕達ここに来たんだよ」
「“万が一”があるかもしれないからよ」
あ、そうと気のない返事をするオドルが開け放たれた城門から小さな悲鳴に気づく。それはマリアも同じであったようで互いに顔を見合わせ、城門へと駆け寄る。
分厚い石造りのそこにつくとちょうど詰所の前で無駄に豪奢な鎧を身につけた二人の騎士と、その間に毛布を被った小さな影があった。
「コラ! 暴れるな!」
「大人しくしてください。おい、あんまり乱暴にするなよ、どこの令嬢かわからんのだから」
「いや! はなしてッ!」
そんな問答にオドルは咄嗟に門番の手をとる。
「おい、嫌がっているだろ」
「なんだ、貴様は? 放せ――。あ、あれ?」
少年とは思えぬ万力のような力で籠手を掴まれた騎士は思わず手を離し、戸惑った声を上げる。
「お、おねがい! たすけて!」
「え? やれやれ仕方ないな。ほらよっと!」
オドルは軽々と衛兵を背負い投げにするや、もう一人の衛兵にめがけて投げつける。高ステータスによる圧倒的な暴力に衛兵二人は耐えきれずに地面に投げ出され、その衝撃で昏倒してしまった。
「これでよし」
「よし、じゃないわよ! 衛兵に手を出すなんて……! 信じられないわ! オドルのバカ!」
「バカって、しょうがないだろ」
押し問答を繰り広げる二人に毛布を被った影はくすくすと笑いだす。それにオドルもマリアも顔を見合わせ、その幼い声の主に膝をついた。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「うん、へいき!」
「それはよかった」とオドルが小さな頭を撫でると怯えたようにビクリと震えが伝わるが、すぐに安心したようなため息がもれる。だがそんな安息な時は続かず、「門を閉めろ!」という叫びが聞こえてきた。
「おねがい! たすけて!」
「助けてって……。分かった。行こう!! 掴まって!」
「ちょっとオドル!? そんな訳も聞かずに――」
「追われているようだし、しょうがないだろ」
ほら、とオドルは彼女に背を向ける。その様子に小さな影は戸惑ったようにおどおどするばかりだ。
「あーもう……! こうするのよ」
マリアがオドルの背中に小さな影を背負わせるとすぐにオドルが立ち上がる。
「きゃ!?」
「しっかり掴まってて! とばすから! えと、名前は?」
「……リーリエ」
小さな影は頭から被っていた毛布を脱ぐ。城門にかけられた松明よりも赤い髪。幼くも気品ある顔には蛇を思わせる薄ピンクの鱗が何枚か張り付いている。そのドラゴニュートの特徴にオドルはヌーヴォラビラントを巡る戦いで行われたあの日の夜襲のことがフラッシュバックした。
銃声と剣戟が入り乱れたあの夜。鎧の隙間から止めどない鮮血が伝う剣聖。そして自分が見逃した――。見逃してしまったドラゴニュートの少女。
その少女によってもたらされた敵の援軍により、重傷を負った剣聖を囮に逃げるしかなかった自分達……。
眼前の幼女はまったく関係ないリザードマン(だろう)というのに、それだというのにオドルの中で黒い炎が揺れてしまう。あの時、あのドラゴニュートを――。
「――?」
「……リーリエちゃんね。それじゃ、いくよ!」
一瞬腰を落としたオドルは足をバネのように蹴り出し、一気に加速する。
それに「ちょっと待って!」とマリアが続く。冬の切り裂くような冷たさが頬を撫でていく中、オドルは人込みをくぐり抜け、あっという間に貴族達の邸宅が並ぶエリアを走破するや雑踏溢れる商業地帯に飛び込む。
「はぁ……。はぁ……。ここまで来れば大丈夫かな?」
「あ、ありがとう、ございます。え、えと……」
若干鼻先を赤らめたリーリエの言葉に「僕はオドル。オドル・ハトラク。もう一人のお姉さんはマリア」と答えながら自分が普通に笑えているか疑問であった。
いや、この子とあのドラゴニュートは違う。リザードマンのこの子を恨むなど筋違いだ。そう自分に言い聞かせていると後ろから「早すぎるでしょ!」とマリアの抗議が届く。
「はぁはぁ。ちょっとは加減してよね」
「あぁ、悪い、悪い」
「もう……。それで、その子はどうするの?」
うーん、とオドルが唸ると共にその背中からくぅと空腹を小さく主張する声が響く。
「取りあえず飯でも食おうか」
「………………。……そうね。さすがのリーベでも冷えるし、温かいものがいいわね」
そして三人は宿として確保していた酒場に向かうのだが、そこでリーリエの衣服が純白のドレスというあまりにも場違いなものであることに気づき、急いで部屋に戻るのであった。
「それじゃ何かご飯を取って来るわね。オドル、変な事しちゃダメよ」
「変なことって、お、おい!」
オドルの返事を待たずにマリアが部屋を出ていくと、外からの喧噪がより大きく聞こえるほどの静寂が訪れた。この間の悪さをどうしたものかとオドルが考えるが、リーリエの方は清潔とは言い難いツインベッドとクローゼットが二つ置かれただけのよくある間取りのそこを興味津々に眺めていた。
きっと良いとこの出自だから全てが見慣れぬものだろうとオドルが思っていると彼女がハッと彼に背筋を正した。
「このたびは予をたすけたことにかんしゃする。たいぎであった」
見かけとかけ離れた横柄な口調にオドルは苦笑しか浮かばなかったが、その天真爛漫な瞳に「お褒めにあずかり光栄です」と一礼する。そんなニコニコとしたリーリエの視線がオドルの背後に置かれた一本の槍に吸い込まれた。
「――? あぁ、これ? これは僕の愛槍――ロンギヌス」
「ろん……。星々の子――ルーナが死のじゅなんにあわれたさいの、あのロンギヌス?」
「ん? そう、かな? 僕もあんまり詳しい由来は知らないけど、確かそんな感じだったっけ? 折れた槍の先端を時のガリア王が手に入れて、それを短槍に仕立て直したとか。そんなんだっけ?」
するとリーリエは今までにないほど目を輝かせ、まじまじと槍を眺めている。そんな彼女にオドルは槍を持たせてあげると驚喜がその小さな口から漏れた。
「これがあの……! すごいです! すごいです!!」
「まぁ僕は借りているだけだけどね。でもこれのおかげで幾度も窮地をくぐり抜けてこれたな。ケルベロスと戦った時も、盗賊と戦った時も、小さな村をゴブリンから守った時も――」
「え……? ゴブリン?」
「そうそう。エルザスの東に位置する小さな村にゴブリンの大軍が攻めて来たんだ。それを他の冒険者と協力して守った事があってさ」
自慢げなオドルにリーリエは恐る恐ると「お兄さんもぼうけんしゃなの?」と問うた。
「そうさ。僕だけじゃなくてマリアも――。連れのあのお姉さんもそうだよ。今はリーベにいるけど、いつもはエルザスの平和を守るために魔族と戦っているんだ」
自慢げなオドルに対し、リーリエの顔は強ばり、青ざめてしまう。そう、魔族を統べる王と不倶戴天の敵である冒険者が出会ってしまったのだから仕方ない。
だがオドルはそんなことに気づかず愛槍を撫でると共にこれまでの決して楽とはいえない戦いを思い起こしていた。
そんなすれ違いをよそに今度は盆を抱えたマリアが部屋に戻ってきた。
そこには木をくり抜いて作られた器から湯気があふれ、香草をまぶして焼き上げられた串焼き肉が油を跳ねさせていた。
「今日は特別に奮発したわよ! って、どうしたの?」
「ん? 別になんでもないけど?」
とはいえさすがのオドルも顔色を変えたリーリエに気づき、何かあったのかとその顔をのぞき込むが、その途端に再びくぅという小さな悲鳴が響いた。
「とりあえず飯にしよう」
「……は、はい」
ベッドの縁に腰掛け、マリアが熱々の豆スープをリーリエに手渡す。それにオドルも盆から器を取り上げると間髪入れずに息を吹きかけて一口飲み込む。
「……あつ! でもいいな。干し肉の出汁が染みてて美味い」
「豆の甘みも、どこか懐かしい味になってていいわね」
口々に感想を言い合う二人にリーリエはぽかんと驚いたように目を見開く。そんな彼女にどうしたのかとオドルが訪ねれば「お祈りは?」と戸惑ったように問われた。
「天の星々にきょうのかてをえられたことをかんしゃするお祈りはしないの? それにスプーンは?」
「え? 別に僕は星神教徒じゃないし、直接飲めばいいじゃん」
「お行儀は悪いけど、ここは晩餐会でもなんでもないし、気にしなくていいのよ」
その言葉にリーリエは恥ずかしそうにごにょごにょと祈りを唱えて(それも手早く)スープに口をつける。
あちっあちっと小さな口に干し肉の塩気と豆の甘さがとけ込んだスープが消えていく。それに彼女は蕩々とした表情でため息をつく。
「おいしい……。いつも飲んでいるスープよりおいしい! ふしぎ!!」
「そうね。わたくしもそう思っていた時期があったわ。たぶん毒味とかのせいでお料理は冷めちゃうし、作法に気を使うばかりで味が分からないのよね」
「へー。さすが生まれが違うということが違うんだな」
雲上人の会話に一億総中流の申し子たるオドルがうなりながら盆に乗っていた串焼きをほうばり、ついで端っこに鎮座していた黒パンを千切ってスープにつける。
その食べ方もリーリエにいとっては新鮮であり、真似て彼女もパンを口にするが、その堅さに驚く。
「まったくお外慣れしていないようね」
「そういえば何があったんだ? よければ話してくれない?」
二人の視線が集まったことにリーリエはもごもごと恥ずかしそうに急いで口の中のものを飲み干す。
「……じいやがね、けっこんをするあいてをつれてきたって」
「は?」
オドルからすればリーリエの見かけはまだ十歳前後。彼の世界なら小学生だ。そんな幼女が結婚というのは早すぎるというのが彼の見解だ(もっともマリアは「あー」と得心したような顔をしていた)。
「あいてはね、えるふのこーたいしさまで……」
「エルフ?」
あの美形な一族にオドルはイケメンだから許されるという言葉を思い出し、眉根をよせる。もっともそれはマリアも同じ表情だが、その意味合いは違う。
「エルフの皇太子ってまさかエルサス家の? あの皇太子?」
「うん」
「そりゃまた、災難ね……」
「マリアは知っているのか?」
「まぁ……。ひどい醜男で、体はビール樽のようで、顔はエルフというよりオークに似ているって評判よ。それにわたくしの記憶が正しければ今年で二十六、七歳だったような」
「はぁ!?」
犯罪じゃん!! そりゃ逃げ出すなとオドルはリーリエに深い同情をした。
「それにエルザス家は政略結婚で勢力を増してきた家柄だし、有力貴族とあればなにをしても自分の家に取り込もうとするところよ」
「それは……。そりゃ逃げるか」
「でも、逃げただけじゃ解決しないでしょ」
その言葉はオドルにではなくリーリエに向けられた言葉だ。
マリアとて貴族の――。高貴なる家柄に生まれた宿命を熟知している。
その上、今でこそ斜陽の帝国と呼ばれるエルザスではあるが、その力は列国の中でも指折りの実力を有している名家中の名家だ。
そんな家の婚儀を断ればどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
「うぅ……」
「おい、マリア。そんな言い方はないだろ」
「……貴族の宿命は逃れられないけど、でも一日くらいはいいかしらね」
もっともマリアは王族としてのしがらみを知るが故にリーリエの気持ちが痛いほど分かっていた。誰も好んで見ず知らずの男と結ばれたくはない。特に彼女の場合、ディーオチ公爵という権力欲の塊との婚約に思うところがあり、そこに救世主の如き存在であるオドルと運命的に出会ってしまったのだからなおさらだ。
「か、勘違いしないでね! 何日も逃れられるものでもないでしょうし、一日だけよ。その時がきたら、こんな自由もなくなっちゃうんでしょうしね」
嘆息と共に吐き出された言葉にリーリエは破顔し、オドルに続いて串焼きにかぶりつくのであった。
感想返信滞と誤字修正が滞っていて申し訳ありません。
また、ローマの休日をパロった少し頭の緩い回が続きますが、あと三話くらいで今章をしめて次章から本格的ドンパチ大戦になる予定です。
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