三国同盟・3
ガラス細工に蝋燭の明かりが乱反射するテュリーン城の舞踏の間。壁にも灯された明かりに彩られた豪華絢爛なそこに楽団が雅なバックミュージックを奏でてくれるそこで俺達は立食形式の晩餐会を楽しんでいた。
「いや、オルク卿! 今日の狩猟会では驚かされました」
「燧発銃に似た武器を星字軍遠征の折りにオストルが使っているのも見ましたが、卿のものは桁違いに洗練されておりましたな」
「燧発銃だけではなく、貴国の軍制にも興味がわきます。どうか娘を留学させてはくれまいか?」
いや、来客者の的になってちっとも動けないのであんまり楽しくない。
でもパーティーでご飯が食えるなんて夢想だ。基本は上司や得意先の顔色伺いで終わるもので、腹にいれられるのはビールくらいしかない。この世界ではビールじゃなくてワインや蒸留酒とかだけど、やってることは変わらないな。
「カレンデュラ様、よろしいですか」
「おや、ローズマリー様。なんでしょう」
「昼の狩りは見事であった」
「いや、失礼を申し上げたと恥じ入るばかりです」
あのあと賢者タイムに突入し、これって外交問題になるんじゃないかとずっと脂汗をかいていた。
だが改めて挨拶をしてこられたローズマリー様の顔は晴れ晴れとしているように見受ける。
「新秩序を作り出すとは大きくでたが、妾もそう思う。だがそれは燧発銃によってではなく、カレンデュラ様の考案された新式軍制によってこそもたらされるものであると確信している。妾は観戦武官としてウルクラビュリントでの戦をこの目で見て直感した」
「い、いらっしゃったのですか!? ご挨拶ができずに申し訳ありません」
「なに、カレンデュラ様は別作戦で本営を留守にしていたと聞き及んでいる。こちらこそ奥様に挨拶ができずに申し訳なかった」
二人して謝罪をし、笑みをこぼしているとウルクラビュリントの語を聞きつけたリーベルタース諸侯が集まってきて武勇を語ってほしいと迫られた。
それを面はゆく思いながら語ろうとしたとき、集まっていた諸侯が二つに割れていく。それは星人モーセが海を割るようであり、その先には無垢を思わせる純白のドレスをまとった赤髪の幼女――我らが魔王様であらせられるリーリエ・ドラゴンロード・フォン・エルルケーニッヒ・ドラゴ様が満面の笑みで駆け寄ってきた。
「カレン!」
「おぉ! 陛下! 走られては危のうございます」
タタタっと駆けてくる愛くるしい姿に膝をつき、受け止めると以前、前魔王様の葬儀の折りに抱いた時よりも成長の重みが感じられた。
健やかに御育ちになられて安心だ。
「これは、オルク殿。お久しゅう」
「さ、宰相閣下!? ど、どうしてリーベルタースに?」
「同盟とは別件で外遊をしておるところだよ。それよりも義理とはいえ親族の仲になったのだ。そう他人行儀に振る舞わないでくれ」
リーリエ陛下の後についてきたのは見事な腹を揺らすドラゴニュート――魔族国宰相であるホテンズィエ・フォン・ニーズヘッグ侯爵その人であった。
俺は同盟締結の外交団はハピュゼン様が全権を取り仕切ると聞いていたから宰相閣下は国に残るものだと思っていたんだけど……。
「それより老い先短い身なのだ。芥子も良いが早くひ孫の顔を拝ませておくれ」
「は、はぁ」
ワッハハと笑うその姿からはどう見てもあと百年くらい生きそうな予感がした……。てかなんで芥子畑を作ろうとしていることを知っているんだ?
……あ、プルメリアが報せたのか。元々彼女は俺の監視役という意味合いで嫁いできたのだし、俺のやることが宰相閣下に筒抜けになっているのも当然か。
「ではオルク殿。また後で。ささ、陛下。こちらへ」
元気な返事と共に貴賓席に向かう背中を見送っていると隣に控えていたローズマリー様がほほぉと唸る。
「魔王様は今年でおいくつになられるのであったか?」
「十一にございます」
ほぉそれは、と意味ありげに何かを納得するエルフに首をかしげていると一段とどよめきが大きくなる。その視線の先には――。
「あら、こられたようですね。あのお方こそエルシス帝国皇太子殿下であらせられるヒュアツィンテ・フォン・エルシス・エルルカイザー様です」
エルフらしい黄金色の髪。澄んだ青色の瞳。ツンと天をつくような耳。だがその体躯は肥満の限りをつくし、顔の造形も、その、芳しくない。
いや、顔に関してはとやかく言える立場ではないことを重々承知しているが、それでも思わず天を仰ぎ見たくなる面構えをしている。主よ、どうしてこのような者を御創りになられたのですか?
「あの、なにか?」
「い、いえ! 皇太子殿下の御尊顔を拝する栄誉にあずかり、恐悦至極に存じます」
どうやら俺には最低限のコミュ力はあるらしい。なんとか顔に出ていたものを誤魔化しきれた。
「殿下も今年で二十六。そろそろ身を固めなくてはならぬ御歳になられました。本当にちょうど良い機会です」
「……はい?」
ん? つまりどういうことだ?
そう思っているとエルシス殿下も貴賓席につかれ、主催のリーベルタース王へ挨拶をすると、今度はリーリエ陛下に向き直り、その手を取る。当のリーリエ陛下は困惑気味に後ろについている宰相閣下を見やっている。
え? まさかそういうことなの?
「おや? 聞き及んでいないのか? 殿下と魔王様の御婚姻の話を」
「――ッ!?」
え、いやだってリーリエ陛下はまだ十一歳で――。いや、でもそんなものか? 生まれてすぐ婚姻を結ぶケースもあったはずだし、適齢といえば適齢か? で、でもでも相手は十も上どころか俺より年上じゃん。これって犯罪――。って訳でもないか。二十も離れて結婚する場合もあるって聞いたことあるし、別段不自然ではないな。
それに同盟関係を強固にするにあたって婚姻という手はもっとも分かりやすく、そして力強い一手だろう。
これから魔族国とエルシスは切っても切れない関係にならなくてはならないのだから一つでも多くの枷がいる。ならばこれこそ最善の外交なのでは?
「いや、はや。これは目出度い。魔族国とエルシス。両国の友和はまさに新秩序を生むものでしょう」
「左様。もともとそちらの魔王位を表す“エルルケーニヒ”は榛の木の王を意味する古語で、森に住まう妖精の王――すなわちエルフの王を指しているといわれているわ。恐らく西と東に古代エール帝国が分裂した頃にその称号もまた二つに分かれたのでしょう。それが西エール帝国の没落と共に魔族国へ、そして東エール帝国を継承する我らがエルルカイザーを継承したのだと思われるの。つまり元をたどれば同じ王を我らは戴いていたことになるわ。エルシスとしてはその二つに分かれた称号を再び一つのものにしたいと考えているのだけど……」
まぁ魔王位の云われに関しては聞いたことがあるどころか諸説あってよく分からないのだが、ぶっちゃけエルシス皇帝家がそのエール帝国の末裔であるのかどうかはけっこう疑問だったりする。たぶん自称なんじゃないの?
でも政治にとって大事なのは大義名分だし、こちらとしても東西交易の中心として栄えを見せている(見せていた?)エルシスとの協同は望むところだ。
なるほど。それで宰相閣下も此度の式典に来ている訳ね。
「なるほど。素晴らしいお考えかと。星書にあるアーダムとエーヴァの故事にもある通り元々一つのモノだった二人が再度一つになるのは主の定められた必然。東のエルシスが誇る伝統の魔法技術。西の我が国が生み出した新鋭の軍事技術。その二つの統合がなれば、新しい地図が描けることでしょう」
「ふふ、世界の半分をエルフが、もう半分を魔族が支配する、ね。なかなかにその地図は美しいことでしょう」
まさかこんな形で『世界の半分をやろう』的な会話ができるとは思わなかった。てか、相手はエルフじゃん。むしろ逆ポジなのでは?
それにしても世界帝国か。夢が膨らむなぁ。きっとその世界には人間はいないのだろう。もしいても絶滅させてやる。
「く、フハハ」
「ふふ、ふふふ」
愉しげな笑い声が重なり、素晴らしいハーモニーを奏でていると上座からベルの音が響いてくる。
そこには満面の笑みを宿したハーフエルフの王――リーベルタース王がおり、彼はこの場に集まれた奇跡を主に感謝すると共に盟友の誕生を祝すると前置きする。
「そして、目出度きことに婚約の契りを交わした若人に祝福の拍手を」
盛大な拍手と共にリーベルタース王の隣に座るリーリエ陛下に、その隣の席のヒュアツィンテ殿下が何か耳打ちする。
遠目だが、陛下も殿下も照れていらっしゃるように見受けられる。お似合いの――。とは言い難いが、それでも良きことだ。
やはり宰相閣下は切れ者で、よく周りが見えていらっしゃるからこの婚姻も間違いないだろう。だって俺の時もなんやかんやで上手くいったし、きっと人を見る目があるからキューピッド(にしては老けて腹周りがだらしないが)になれるんだろうな。うん。
そう考えるとプルメリアを紹介してくれたことに正式なお返しをしなくてはならないな。なにがいいだろう?
「あぁ、そうだ。ローズマリー様。その、不躾な話となるのですが、今宵、お時間をいただけますか?」
「あら、カレンデュラ様は大の愛妻家と伺っておりましたが、妾を寝屋に連れ込むつもりで?」
「か、からかわないでください! そうではなく、会わせたい者がいるのです」
妾に? と妖艶に首を傾げる様に思わずドキリとするが、それと共に胸の中にプルメリアの横顔が思い浮かぶ。きっとこれは淫魔の誘いだ。俺の心を乱し、信仰心を試しているに違いない。負けるな、俺。
「では少しの間だけなら」
「かたじけない」
そしてパーティーもダンスを挟み(光栄にもローズマリー様と一曲踊れた)、小休止となった折りを見計らって彼女を俺にあてがわれた部屋に案内する。
「まずは貴女様のようなお方を男の部屋に招く無礼をお許しください」
「気にしていないわ。でも、誰と妾を会わせたいと――」
扉が開くと共にローズマリー様の顔色が変わる。そう、部屋の中にいたのは翡翠色のふわりとした髪のエルフがいた。
「ローズマリー伯母様?」
「まさか、そんな……!? でも――。あぁ、かみさま――!」
どうやら人目で彼女は相対するエルフが誰であるのか察したのだろう。いつもの怜悧な女性から一転、わなわなと震える姿は今にも崩れ落ちそうだった。
「ローズマリー様。この方こそ今はなきエルザス公国の――」
「ハルジオン、ハルジオンなのね!?」
「はい、伯母様! まさか再び伯母様にお会いできるなんて……」
そのエルフこそ元冒険者にしてエルザス公国の正当後継者――ハルジオン・エルルフェルスト・フォン・エルザスその人だ。
再会に暖かい涙をこぼすハルジオンに対し、ローズマリー様は愕然とした表情で変わり果てたハルジオンを力強く抱きしめる。
「一目で貴女と分かったわ。なにから、聞いていいのかしら……。とにかく、とにかく生きてくれてありがとう、ありがとう……!」
「伯母様……。苦しいです。それに、ちょっと痛いです」
三角巾で吊られた右腕に、カチャリと奴隷の首輪のこすれる音にローズマリー様がキッと俺を睨んでくるが、その口が開く前に弁明に入る。
「実は先のウルクラビュリント奪還戦の折り、ガリアの奴隷として戦われていたハルジオン様を保護いたしました。明日には御用商人のナリンキー商会にて奴隷の首輪の解呪を行う予定です」
「……その後は?」
未だ凍てつく視線に縛られ、思わず身じろぎしてしまう。
だが聞いた通りエルフというのは排他的な種族であると同時に強い仲間意識を有しているようだ。
だからこそ同族に降りかかる不幸を見過ごせない。
「彼女の思うままに」
「伯母様。アタシ、国を取り返したいのです。お父様とお母様が笑っていた、あのエルザスを取り戻したいのです」
「ハルジオン……」
どうか力を貸してほしいと懇願するハルジオンだが、ローズマリー様の首は縦には動かない。
そりゃすぐに頷ける案件ではないだろう。
「そろそろ会場に戻らなくては。つもる話はまた今度にでも」
「……そうね。死んでいたと思っていた姪が生きていただなんて、まるで止まっていた七十年が一気に動いたみたいで、目眩がするわ」
「伯母様……」
「ハルジオン。また、明日」
それに「はい」と涙ぐんだ返事が微かに響くと、俺達は部屋を後にした。他の賓客の姿がチラホラする廊下でローズマリー様は「あの子の望みは聞いたけど、貴方の望みは?」と訪ねてきた。
そうねぇ……。駆け引きとか苦手なんだよね。そういうのはハピュゼン様や宰相閣下の領分だし。やっぱりストレートにいくか。
「ガリアの不当な支配からエルザスの解放を」
「ふーん。人間共から身を守る盾が欲しいというわけね」
「……それもあります」
「正直な人。外交には向いていないわ」
「おっしゃる通りです。しかしこれは極めて感情的なものです。外交官による理路整然とした思考から導かれたものとはほど遠い。突き詰めて申し上げれば俺はただ――。ただ人間に復讐がしたい。それだけなのです」
利害の一致というわけね、という呟きに深く頷く。俺としては人間を一人でも多く殺すために、ハルジオンは国を取り戻すために戦う。
まぁ感情的故にローズマリー様は俺のことを信じられないのだろう。最初は善意で参加したボランティアが弁当や宿泊所をねだるようなものだ。感情は流れ移ろいでしまう不安定極まりないものなのだから。
「利害の一致だけではエルシスは動かないわよ」
「いえ、動かざるを得ないでしょう。エルフもまた感情的な種族なのですから」
エルシス家は政略結婚によって各国の王侯貴族と結びつき、遺領の相続(エルフの方が長命なため基本的に領主の方が先に亡くなる)によって国を広げてきただけでなく、エルフ同士のつながりによってエルシス家を頂点にした支配構造を確立して大帝国を築いてきた。
その肝はエルフ同士の同族意識だ。エルシスの血が流れる国が攻め込まれたのなら、その窮地に他国も立ち上がる。それがエルシス家――いや、エルフだ。
「虐げられるエルフがいるのなら必ず助ける。それがエルフだと思っております」
「偏見ね。オークは性欲が強く、見境ないと言われているのと同じよ」
おや、と思う。どうやら俺の評価は思っていたより高いらしい。
どうせ田舎オークだから女であれば誰とも交わると思われているだろうと思っていたが、そうではないと暗に言ってくれるのが嬉しい。
「……だけど、否定はできないわね。エルフを統べる者はエルフでなければならない。まして亜人の支配下になってよい訳がない」
「ならば――」
「でも感情で動くには国が大きくなりすぎたし、もう感情のみで戦ができる時代でもない。故に軽々しく頷くことはできないわ。それにその確約はオルク王国からの確約であって魔族国のそれではないのでしょ?」
まぁエルシスは北の帝政ルーシアに東のオストル帝国という仮想敵国を抱えていて身動きがとれないのが現状だ。おいそれと火種に飛び込むことはしないか。
「確かに今は俺との口約束でしかありません。しかし現実的な問題としてハルジオン様のエルザス公国復古の意志は堅いですし、オルク王国は隣人の苦しみに必ずや手を差し伸べる所存であります」
「………………」
まぁこれ以上は議論も堂々巡りか。なんにせよしがらみは多そうだし、この大事をここで結論できるものでもないだろう。
だが少なくともハルジオンをこちらが握っているという情報は与えた。それに血縁を重視するエルシス家ならエルザス公爵の血がオルク家に流れていることをすぐにつきとめるはずだ。
それすなわちオルク家にもエルザス公爵領の継承権がある――エルフの血を引いているので”エルフはエルフによってこそ統べられるべき”という考えに矛盾することなくエルザスをオルク王国に併合することがでいる。
たぶん俺にとってのベストはエルザスをオルク王国に併合してガリアとの緩衝地帯を作ることだが、俺も悪魔ではない。そこまでするつもりはないし、何よりそうなる前にきっとエルシスは動くはず(ま、その前に俺が動ければいいだけだが)。
「まぁエルザスの話はまた今度にでも――」
その時、オークロード卿と突然ハピュゼン様に呼び止められた。
「失礼」
「いえ、考えさせられる一時だったわ。ではまた」
優雅に去っていく背中に一礼し、不機嫌そうに「長耳め」とつぶやくハピュゼン様に向き直る。
「どうされました?」
「少しな。こっちにこい」
もうすぐ小休止が終わるというのに今度はテラスの片隅に連れ出される。がいがいと諸侯が星を見ながら語り合うそこの一角には宰相閣下もつめておられた。
「なにか?」
「よいな? 表情を変えるでないぞ。……リーリエ陛下がお消えになられた」
その時、俺がどんな表情をしていたのか、俺自身でさえ分からなかった。
感想返信、誤字修正は後程行いますのでご了承ください。
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