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三国同盟・2

 中央海交易で賑わうリーベルタース王国。その王都たるリーベの王城の一室は国力を誇示するような贅のつくされたものだった。

 薄く、歪みのない窓ガラス。壁には星霊と星人の姿が描かれた色鮮やかな宗教画。それを収める額縁も黄金色に輝きを放っている。

 そして床には深紅のビロードの絨毯が敷かれ、アラベスク模様の掘られた異国情緒あるテーブルにはこれまた緻密な彫刻の施された銀のコップ逹が並び、給仕がそこに琥珀色の酒を注ぐ。



「ブリタニア産の蒸留酒です」



 エルフの侍女が恭しく頭をさげ、壁際に退いていく。

 さすがは商業国家のリーベルタースだけあり、酒はブリタニア、この銀食器はおそらく海向こうのオストル産のものだろうし、絨毯のビロードはドラグ大公国のものだろう。

 そんな多国籍な品があふれる一室で向き合うエルフの女性――エルシスの外交官であるローズマリー・フォン・エルル公爵は真綿のように白く、ほっそりとした指先でコップをなでる。

 その妖艶な手つきに思わずゴクリと喉がなるが、これでも俺のおよそ四倍――八十歳だと思うと複雑な思いがしてしまう。



「なにか?」

「い、いえ」



 金髪碧眼のお姉さん然とした口から出てきた言葉はなんとも剣呑なもので思わずドキリと心臓が飛び出しそうになる。

 いや、エルフは選民思想があり、遙か昔に中央海一帯を征服して統治したエール帝国の末裔だという自負がると話で聞いていたが、まさか一国の使者をゴミを見るような目で見てくるとは思わなかった。

 こんな視線、前世の両親にハロワに行くといってパチンコしてたのがバレた時以来だよ……。



「………………」

「………………」



 く、くうきぃいい! 重いよぉおぉおお!!

 新式軍制についての意見交換会と銘打って事前交渉を行うつもりだったけど話せる空気じゃないよ。

 思わず間をつなぐため蒸留酒にてをつけるが、案の定味がわからない。きっと庶民なら一杯で一家族が一ヶ月は遊んで暮らせるような額なんだろうけど、味がまったくしない。まるで水を飲んでいるようだ。

 どうしようとチラチラと童貞のようにローズマリー様を盗み見て、ふとその指にはめられた豪奢な指輪が目に留まった。



「失礼ながらその指輪、フロレンティアの巨匠ジュリアーノ・ヴェッキオ師のコレクションでは?」

「……それが?」

「とても、良いものだと思いまして。浅学ではあるのですが、ジュリアーノ師の作品は宝石を大胆にカットし、リングがその美しさに花を添えるものです。特に貴女のはめられている右手の人差し指のそれは“明晰”を意味するエメラルドにその輝きを増すよう金のリングを使っておりますね。その上で現実を導くための指である右手の人差し指に指輪を嵌めるというのは物事を達成したい時に力をくれるものといいます。恐らく人差し指専用のものでしょうし、ジュリアーノ師もそれを思ってその指輪を製作されたことでしょう。それだけで貴女がこの場に熱意をもって挑んでいてくれることが伺えます。その熱意に深い感謝を」



 話し終えて気づいたが、童貞らしくガッツキ過ぎただろ、俺。

 興味のない話を早口で聞かされるとか、ぜったいに気持ち悪い奴だと思われたに違いない。だって証拠に視線がゴミから稀少動物を見るようなそれになってるよ! もう貴婦人には珍獣なんだろうな。



「よくご存じなのですね」

「い、いえ。ただ妻の土産にしようかと思って、店で出された物のうん蓄をそらんじただけにすぎません。お耳汚しを――」

「あら、奥様に贈られるのならジュリアーノのコレクションより――」



 ん? と思っているとローズマリー様の宝石トークは止まることを知らず、次々と言葉が生み出されていく。

 ナリンキー殿から一通りのことは教わっていたが、それを上回る知識が飛び出してきて面食らってしまった。



「あ、あの! お待ちください!」

「――なにかしら?」



 あ、せっかく気持ちよく喋っていたところを止められたらそりゃ不機嫌になるよね。でも止めないわけにはいかないんだ。



「おい、そこの。紙とペンを。急げ」

「か、畏まりました!」



 壁際に控えていたエルフの侍女を呼びつけるとローズマリー様の顔に疑問が宿っていることに気がついた。

 なんだか恥ずかしいが、「お言葉をメモしようかと」というと彼女はカラカラとひとしきり笑い、膝を打った。



「ふふ、勤勉なのですね」

「いえ、物覚えが悪いだけです。妻は、俺には過ぎた妻なのでお礼に最上の品を贈りたいと思いまして。よろしければローズマリー様のお知恵をお貸しいただけたら幸いです」

「構いませんことよ。奥様のことは我らが帝都ウィンまで聞き及んでおりますわ」

「そ、そうなのですか?」

「えぇ。ではその奥様のことを詳しくお教えくださる?」

「喜んで。妻は長くブリタニアで過ごしておりまして――」



 そして本来の趣旨を忘れて宝石談義に興じていると、いつの間にか部屋の燭台に火が灯されていた。

 その頃には十年の知己の如く歓談する仲になっており、幾杯もコップを空けたというのに喉がヒリヒリするほどだった。



「あら、もうこんな時間。すっかり話し込んでしまいましたね」

「いやはや。お恥ずかしい。しかしとても楽しい一時でした」

「ふふ、確かに。明日の狩猟会も楽しみにしております」

「恥をかかねば良いのですが……」



 明日はリーベルタース王主催の狩猟会が行われる予定になっており、その後に晩餐会が控えている。

 リーリエ陛下やエルシス皇帝陛下の名代である皇太子殿下はその晩餐会から臨席される予定であり、それから三日ほどかけて同盟や種々の条約の調印が行われる日程になっていた。



「なにをおっしゃっているのです。そのお体に相応しい武勇を期待しておりますよ」

「ご期待に沿えるよう努力いたします。く、フハハ」



 その後、ローズマリー様に夕食を誘われ、そこで新式軍制の意見交換会を行うことになった。

 元々、リーベルタース王から与えられた部屋で食事をとるつもりだったのでそれに快諾し、先ほどの侍女にその旨を伝える。

 どうやら今宵はいっそう楽しい異国の夕食会となりそうだ。

 あぁナリンキー殿! 損はさせないという言葉は本当だったのですね。おかげで友好を深めることができました。

 そう心の中で感謝を述べていると外から「少しで良いんです! エルシスの代表者の方に話があるんです!」「無礼は承知ですが、どうか!」と年若そうな男女の声と押し問答する従者の声が響いてくる。

 なんか、来客でもあったのか? そう思っていると廊下にいた従者が現れ、ローズマリー様に何か耳打ちする。



「面会の予定はないのよ。無粋な客と会うつもりはないから出直してもらって」



 そして数刻前の怜悧な瞳を取り戻したローズマリー様の言葉に従者はうなずき、部屋の外へ消える。



「よろしかったので?」

「えぇ。今は、貴方と過ごしたいの」

「い、いや、あの、そんな誤解のあるようなお言葉は……」

「あらやだ。ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのに。でもこんなエルフの誘惑なんて効かないでしょうね。あれほど奥様の熱心なお話をされる方なのですから」



 「や、やめてくだされ!」と思わず両手をあげると扉の外の煩わしい雑音がかき消えるほどの笑い声が花咲くのであった。


 ◇


 オドル逹が門前払いを受けた翌日。

 彼とマリアの二人の姿はリーベ城の一室にあった。

 オドルは見るもの全てが嫌みたらしく富を象徴する部屋に辟易し、これほどの富を飢饉で飢える者達に使えばいったい何千人を救えるだろうかと思ってため息をつく。



「オドル、落ち着いて」

「いや、落ち着いているって」



 貧乏揺すりを続けるオドルに今度はマリアがため息をつく。それでもローズマリーが面会に応じるとこの部屋に待たされてすでに三時間は経っている現状に仕方ないと思い直す。



「先約もなしに外交官と会おうとしているのだから待たないと」

「でも結構待ってるよね? 会わないって意味じゃないの?」

「そうされても仕方のないことをしているのよ。だから堪えないと」



 ただただ豪奢な部屋のテーブルについているだけという苦行めいた時間にオドルは会う気がないのではと思っていた。そんな時、やっと扉が開く。



「妾に会いたいというのはそちらか」



 マリアは現れた金髪碧眼のエルフがエルシスの代表者であるローズマリー公爵であろうと推察するが、それと同時に彼女が礼服ではなく動きやすそうな純白の乗馬パンツに黒く磨き上げられたブーツ、深緑のジャケットに外套を羽織るというスタイルに驚く。

 突然の来訪に礼を欠いている自覚はあったが、これほど軽んじられていることに彼女は唇を噛みしめ、より礼を尽くさんと腰を折る。



「はい、閣下。お目通りを許してくださり、ありがたき幸せ。わたくしはガリア王国第三王姫マリア・ド・ガリア。これなる者は我が従者のオドル・ハトラクと申します」



 優雅な礼を行うマリアに対し、オドルは旅中に練習させられた付け焼き刃のギチギチな礼を行う。

 それにローズマリーは顎を()()()応えるとあいている席についてしまう。



「それで要件は?」



 これでも一国の姫だぞとマリアは内心で叫びながら「魔族との同盟に関してです」と頭をあげると不快そうな相貌が見返してきた。

 それを感じたオドルもイヤな奴だと思いながら成り行きを見守ることにした。如何に先進的な知恵を有する異世界の高校生とてこの世界の儀礼には疎く、失礼があってはならないからと事前にマリアにすべての交渉を任せることにしていたからだ。

 とはいえローズマリーの細指にはめられた指輪の数々に成金趣味だなと思わず眉をひそめてしまう。



「閣下、我がガリア王国とエルシスは不幸にも幾度と戦端を開いてきた歴史があります。かといって手がとれぬ仲ではないと信じます。同じ()()として共に魔族の脅威に立ち向かうことができると信じております」

「……いつから我が国にとって魔族が脅威になったのか聞いてもよろしい?」

「今は違うやもしれません。しかしこの先、魔族は必ずエルシスにも牙を剥くことでしょう。それを我が国は証明しております。魔族共は常に我ら人族の領域を侵略し、そこに暮らす民を脅かし、全てを奪い去ろうとする極悪非道の闇の種族です。例え、魔族と同盟を結び、過去の遺恨を晴らそうとガリアを攻め滅ぼす支援を行うのなら、その後のエルシスは我が国と同じ末路をたどることでしょう」



 鬼気迫るマリアの言葉にオドルも頷く。

 魔族は侵略者であり、それらの脅威から人族を守るためにガリア王国は戦ってきた。その肌に迫った脅威を説けばエルシスも魔族と同盟するなどバカなことはいわない。

 そう思っていたが、突然のノックと共にエルフの従者が現れた。



「失礼いたします、閣下。馬車の準備が整いました」

「ありがとう。すぐに向かうわ。よろしくて? 用事が立て込んでいるの」



 一方的に話は終わりだと宣言し、退室しようとするローズマリーの手をオドルは思わずつかんでいた。



「ち、ちょっと! こっちは真剣に――」

「――! 無礼者! ()()の分際で妾に触れるとは! 不敬であるぞッ!」



 あ、あじ――!?

 その剣幕におそれたオドルが反射的に手をはなすと、彼女は従者を手招きする。何をするかと思えばローズマリーは従者からハンカチをもらうとオドルの眼前で彼が握った手を拭きだした。



「少なくとも貴女方はその魔族より礼を欠いているわ」

「それは――。確かに礼を欠いた行動を行い、申し訳ありません。しかし――」

「真の人族たるエルフに対する礼がなっていない。いや、耳の短いエルフの亜種に期待するだけ無駄ね。まだオークの方が話ができるというのに」



 部屋が人間臭いから香水を撒いておけと言い残し、ローズマリーはズカズカとブーツの踵を踏みならして部屋を出ていってしまう。それに従者は戸惑いつつ、オドル達の退室を促すのであった。


 ◇


 カラッと晴れた冬のリーベの郊外。商業都市として繁栄を極めるその王都から少し離れたそこには閑静な森が広がっていた。

 街の喧噪も遠く、鳥のさえずりの響くそこにはリーベルタース諸侯や此度の同盟締結にあたってリーベに集った外交官などが集まり、それぞれが己の得物を手に武勇の自慢をしあっている。

 そんな輪に入ろうとしているのだが、本来コミュ障であるためただ従者を背後にぽつねんと立ち尽くしていた。

 いや、無理だって。知り合いもいないパーティーに行って楽しめほどのコミュニケーション能力があれば前世で引きこもりなんてしなかったよ。もう帰りたい。帰ってプルメリアと暖炉を囲んでお酒を飲んでいたい。

 そんな涙目な俺の背中が急に叩かれる。



「は、ハピュゼン様!?」



 そこにはハピュゼン王国大公ファルコ・ハーピーロード・フォン・ハピュゼン様がおられ、何をしていると怪訝そうに眉を寄せて嘴よろしく口を尖らせてきた。



「すでに外交の場は始まっておるのだぞ。オークロード卿の一挙手一投足が各国に見られていると思え。だからそんなおどおどとするな」

「そうはおっしゃられましても……」

「いつも議会でふんぞり返っているだろ。あの調子で良い」



 俺そんなことしてないと思うのですが。思うよね? むしろ思いたい。



「見ろ。長耳女がやってきたぞ」



 蹄の音も高らかに四頭立ての箱馬車が現れる。その馬車には王冠を戴く双頭のドラゴンが描かれた旗印をつけた馬車が姿を見せる。

 双頭のドラゴンはエルシス皇帝家を現す家紋であり、これで今日のゲストの全員が揃ったことになる。



「って長耳女って……。外交問題になりますよ」

「ふん。奴らはハピュゼンの仇敵だ。昨日は遅くまで奴と飲んでいたようだが、まさかほだされた訳ではあるまい?」

「まさか……! 俺は妻帯者ですよ。生涯プルメリアを愛すると主に誓った身。ほだされるなどとんでもない。それに昨日はローズマリー様とただ談笑をしていただけで――」

「ほだれているではないか!」



 そんな押し問答をしていると馬車からアウトドアちっくな装いのローズマリー様が姿を現した……。あれ?

 そう思っていると彼女も俺を見咎め、笑顔で近づいてこられた。



「あら、昨日ぶりですね。今日は楽しみましょう」

「え、えぇ。それより、何かあったのですか?」

「なにかって……?」

「御機嫌がよろしくないように思えて。いや、勝手に感情を推し量るとは不躾でした。お許しください!」



 そんな俺に彼女は気にせずに、と微笑みかけてくれた。いや、この笑みは俺に効くからやめていただきたい。変な気を起こしそうだ。



「ちょっと、出かける前に昨日の人間が訪ねてきて。あまりにも無礼で怒ってしまったもので。いやですね、良い歳なのに引きずってしまうなんて」

「人間!? なんと! 猿獣人に! それはお気の毒に……」

「実は嫌いなんですよね。耳は短くて不格好ですし、なによりあの群れるし、どん欲なあの種族が」

「分かります、分かります! 俺も猿獣人は嫌いで、嫌いで。自分の欲のためなら相手のことをなんとも思わぬ恥さらしな種族は早々にこの世から消えるべきなのです」



 思わず会話が弾むが、それを面白くなさそうに見てくるハピュゼン様に気づき、だんだんとトーンを落としていく。

 いや、自分の嫌いなものでトークが弾むとは思わなかったな。

 そんな中、エルフの耳を持った壮年の男が現れる。だがその耳はローズマリー様より短いため、おそらくハーフエルフというやつだろう(エルフの特徴が出てれば親の代がエルフでなくてもハーフエルフというため、本当に半分(ハーフ)なのかは知らないが、リーベルタース王は元をたどればガリアの一大公であり、後にエルシスの後ろ盾を得て独立を果たし、リーベルタース半島の統一事業に邁進しているという)。



「此度は朕の催しに集ってくれたことを感謝する。皆、心行くまで楽しんでほしい。では始めよ」



 リーベルタース王の開会宣言と共に狩りが始まる。

 と、いっても森の中に分け入って獲物を探すのではない。

 手本でもある一番手のゴブリンの公爵が狩り場となっている開けた広場に立つと「こい!」と森に向け合図を送る。すると森の中に待機していた従者――勢子がすでに捕まえていた一匹のイノシシを逃がす。

 それをゴブリンの公爵は弓を構え、射る。左腹部に矢が突き刺さったイノシシは悲鳴をあげて逃げ去ろうとするが、その前方に新たな勢子が立ちはだかり、イノシシの逃亡を防ぐと共に再びその進路を公爵の射線に戻すように誘導する。

 そして舞い戻ったイノシシを公爵が再び射かけ、しとめにかかった。

 なにこの贅沢な遊び。狩りとは名ばかりに完全に接待やん。



「次は妾だな。エルフの弓、しかと見ていてほしい」

「は、はい!」



 イノシシをしとめた公爵に拍手が降り注いだのち、今度はローズマリー様が立たれる。従者から渡された弓と矢筒を渡された彼女の凛とした出で立ちに思わず生唾を飲み込む。

 それと共に鋭く「よし!」と合図が送られると共に新たなイノシシが駆け出す。

 即座に弓を構えたローズマリー様は矢筒から二本の矢を引き抜くや、一本を指の間に挟んで次弾とし、まず一射を放ち、即座に二射目を射る。

 すると矢は狙い違わずイノシシの両目に突き刺さり、奇妙なオブジェクトを作り出した。



「おぉ!」



 歓声が漏れる中、背中を強く叩かれた。ハピュゼン様だ。きっと肩をたたきたいのだろうが、身長的に無理なんだろうな。



「次はお前だ。絶対にぬかるなよ」

「……最善をつくしますので」

「絶対に長耳女に負けるなと言っている……!」



 ひぇ。もうハピュゼン様がやればいいのに。

 そう思いながら従者より燧発銃(ゲベール)を受け取る。

 銃砲寄り合いのティターンに頼んで特注で作ってもらった一品のそれは銃身から銃床に至るまで精緻な彫り物がされているだけでなく、ミスリルの金細工までついている。



「あれが噂のオークか……」

「おや? 弓ではないのか?」

「ただの筒のようだが、あれが燧発銃(ゲベール)というのか」



 そんなコショコショ話が聞こえる中、ローズマリー様とすれ違う。



「さすがはエルフ。お見逸れしました」

「なに、弓は普遍の武器。故にそれを扱うエルフはこの地に一大帝国を築き上げ、それが東西に分裂した後もこの地に秩序をもたらしたと妾は思うのだが?」



 あれ? もしかして外交スイッチ入ってるの? なら俺もその流れにのならないと。



「確かに弓は古来から使われてきた素晴らしい道具です。それは暮らしを支え、国家を支えるほど力のあるものでした。しかし時代は進歩するものです」



 ガチリと撃鉄を完全に引き起こす。すでに装填のすんでいる燧発銃(ゲベール)を狩り場に向け、「よし!」と合図を送ると共にイノシシが現れる。

 その頭の先を狙いながら銃口を止めることなく横に滑らせながら引き金を、絞る。


 轟音、白煙。火花が迸る。


 その轟音に悲鳴をあげる貴族もおり、彼のローズマリー様も小さく「きゃ」と見た目通りの悲鳴を発してくれた。か、かわいい。



「……この通り」



 鉛弾を首筋に受けたイノシシがどさりと倒れる。あ、当たった!! いや、狩猟会があると聞いていたからノームのティターンに精度のよい特注銃身と専用の弾丸を作らせ、リーべに来るまで暇さえあれば練習していた甲斐があった。

 いやー、あたってくれて良かった、良かった――。

 って、まだここは外交の場だった。平常心、平常心。



「おほん。えー。偉大な大王も、(いにしえ)の大英雄も、銃弾を見た者はおりません。仇らを殲滅する火薬の力を知りません。燧発銃(ゲベール)は弓に代わりこれからの国家を支えていくことでしょう。今、幅を利かせている列国は燧発銃(ゲベール)によって斜陽の国家となり、これからは燧発銃(ゲベール)を制した国家が鉄と血の犠牲によって主がその御手によって創造されたこの地に一大新秩序を築き上げるのだと、信じております」



 そして疎らに拍手がわき起こるのだった。

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