三国同盟・1
ガリア王国ルブル宮。そのルイの執務室を訪ねる者が二人いた。
異世界から召喚された高校生――鳩楽踊とガリア王国第三王姫であるマリア・ド・ガリア達だ。
彼らが扉をくぐるとそこには王族に似つかわしくない質素な、それでいて必要なものがコンパクトにまとめられた機能的な部屋が広がっていた。
そんな部屋にルイへの好感度をあげるオドルは先客の存在に驚いた。
「確かテラ大聖堂の修道女の――」
「ケラススです。ただ修道女ではなく司祭です。修道女というのは簡単にいえば修道請願を立てて信仰生活をする一般信徒のことで、男性の場合は修道士と呼ばれる方々のことです。中には叙階を受ける方もいらっしゃいますが、稀ですね。対してワタクシは教皇庁より司祭の叙階を受け、教会運営に携わる助祭を監督するのが仕事です」
司祭も修道女も同じものだと思っていたオドルとしてはへぇという反応しか出来なかったが、その隣のマリアは常識が欠けていると溜息をもらす。
「叙階っていうのは星職者が持つ位階のことで基本は六階級あって上から司教、司祭、助祭、持祭、祓魔師、読師ってなっているの。そのうち司教に与えられる名誉称号が大司教で、その中から選挙で枢機卿や教皇が選出されるのよ。同じ司教位だけど、その差は一般の司教とは比べものにならない権力を大司教や枢機卿は有しているの」
「マリアは何でも知っているんだな。すごいよ」
「も、もう。そんなことないわよ。それより最近はオドルも常識が身についてきたと思っていたのにこんなことも知らないなんて」
「いや、この世界の常識と俺の常識が違いすぎたんだよ!」
この世界に来た当初のオドルは見るもの全てが目新しく、そのたびにマリアが解説やツッコミをしたものだが、今ではオドルもガリアの生活に慣れてきたためそんなツッコミをすることもなくなってきていた。
「二人とも痴話喧嘩はまた今度にしてくれ」
大きな光取り用のガラス窓の前に置かれた執務机についたルイが微笑みを浮かべ、部屋の中央のソファーに座るよう促す。
そして彼は執務机に置かれていたティーポットを手にするや、魔法で中のハーブティーを加熱する。
「に、兄さま! 痴話喧嘩だなんて……」
ごにょごにょと言葉にならぬ言葉をもらす妹にルイは微笑み、壁に並んだ棚からティーカップを選びにかかる。
お茶など侍女などに任せればいいところを彼は自ら行うことにケラススは驚いたが、他の二人がなんの反応も示さないことに第一王子の人柄を感じていた。
「さて、良い話と悪い話があるのだが、どっちからしようか」
「なんだよそれ……。取りあえず良い話から」
「教会との和睦が決まった。と、いってもテラ大聖堂を中心としたガリアの諸教会と、だがな」
ヌーヴォラビラントを巡る一連の戦いで旗色を変えた星神教に対し、ガリアでは反教会運動が激化していた。
しかし教会の堕落に業を煮やしたケラスス達の一派によって腐敗した星職者の一掃が行われると共にガリアへ正式な謝罪が行われたのだ。
「よく他の貴族もその和解を認めたな。中にはヌーヴォラビラントの一件で教会と袂を分かつような貴族もいたんじゃないか?」
「そうだな。だがそうした貴族も往々にして反教会――いや、反教皇庁派に回ってくれた」
「恥ずかしい話ですが、星職者の中には領主様に教会を建て代えるという建前で布施を強要する者や免罪状の強引な売買をしてくる者もいた様なので、元々教会への印象を悪くしてらした方も少なくありませんでした。そうした方々が此度の反教皇庁運動を評価してくださり、おかげで和解を取り付けることができました」
もっともテラ大聖堂としては宗教改革と称して教皇庁に反旗を翻したので新たな後ろ盾としてガリアを必要としていたと事もあり、進んで謝罪を行ったという側面もある。
その甲斐あってガリアの諸侯も溜飲を下げると共にこれまで手を焼いていた汚職を働いていた星職者を一掃する方針のケラスス達の一派との和解に応じることにした。
「でも兄さま。和解したのってガリア内の教会と、でしょ」
「そうだ。だが内憂の一つを解決したという功によって議会での発言権も取り戻せた。おかげで滞っていたガリヌス家への制裁の件が片付きそうだ。で、だ。オドル。君にガリヌス公爵領の一部を与えよう」
今まで話を流し聞きしていたオドルが我に返ると共に周囲を見れば驚いた眼が四つあるばかりだ。
その様子にルイが噴き出すと共にティーカップを選び終え、それをテーブルに並べていく。
「簡単な話さ。エルザス辺境伯領で行われていた新しい農法――輪栽式農法の効果が実証されたといってもいい結果を出したんだ。それに新兵器である銃の開発にも取り組んでくれている。その功を評価して父上は君に男爵位を与えることを決められた」
「決められたって……。本当はお前が決めたんだろ?」
「いや、元々オドルに爵位を与えようという話は前からあったんだ。それが良い機会だということで実現したというわけさ」
異世界から召喚された者は特別な力を有するという伝説をもとに行われた召喚魔法によってこの世界に招かれたオドルは【勇者】や【剣聖】に並ぶ戦力になることが期待されており、その戦力の流出を防ぐためにもガリア王国では彼の召喚が行われる前から爵位と領地を与えることが検討されていた。
それを敗戦の責によってガリヌス公爵家の一部を没収し、オドルに与えようというのだ。
「もちろん受けてくれるだろ?」
「えー。貴族なんて面倒ごとばかりだろ。それに僕は領地経営なんて――」
「安心してくれ。信頼している文官を派遣するから彼女を頼るといい」
先回りしてオドルの逃げ道を断つルイに異世界から招かれた高校生はその手腕に舌を巻く。
もっともルイもマリアからの話で異世界の先進的な知識を有しているものの圧倒的に経験が足りないことを聞いており、それにあわせて準備を整えてきたのだからすでにオドルは蜘蛛の巣にひっかかった蝶も同然だった。
「不安なことはこちらが支援しよう。それよりも重要なのはヴォジュをオドルに下賜するということだ」
ガリア王国北東部に位置するヴォジュはロタリンギア地方――エルザス辺境伯領の北西部にかけて連接している地域である。元々ガリヌス公爵家が封じる領地であるそこはエルザスの後背に位置するという地政学上の要地だからだ。
「我が国で魔族の領域と接する地域はロタリンギアの一部とエルザスの二地域だが、ヴォジュならそのどちらも支援できる位置にある。そこをオドルに任せたい」
「いいのかよ。そんな大事な場所……。他の貴族も黙っていないだろ」
「そこは権力でねじ伏せた。さすがに敗軍の将として責めを負わない道理はないと説いたら反ガリヌス閥の貴族も同調してくれてな。なんとか切り取ることができた」
得意顔なルイにオドルはついに折れ、「それなら」と渋々頷く。いや、オドルも満更ではなかった。
領主になるというのは重大な責任が伴うものであるが、それよりも特権階級になれる魅力と自分も内政というものに本腰を入れてみたいという下心もあった。
だがそれに気づかぬルイはやれやれと肩をすくませるのだった。
「で、悪い方の報せは?」
「ケラススさん。説明をお願いしても?」
「畏まりました。実はテラ大聖堂の大司教様の執務室を検ためたところ密書らしきものが見つかりまして」
それは教皇庁から宛てられた書簡であり、近々魔族国、リーベルタース王国、エルシス=ベースティア二重帝国の三国同盟が結ばれる予定であり、同盟締結まではガリアの動向に注視せよとの内容であった。
「三国同盟!?」
「あぁ。どうやら魔族共は小癪にも我が国を包囲するつもりのようだ」
現在のガリアの主敵は東の魔族に北のブリタニアだ。だが同盟が締結されれば南東にリーベルタースにエルシス皇帝家と縁戚関係にある南のイスパニアとの関係も敵対的なものになるだろう。
そうなれば国土の四方を敵国に包囲され、身動きがとれなくなってしまう。
「なら今の内に魔族共を攻撃すれば――」
「残念だが、北部の鎮護を担っていたエルザスもガリヌスも戦力の再編成はまだできていない。それにリーベルタースとのにらみ合いで勇者も動かせないし、南部諸侯はイスパニアに備える必要性から動かすことができない」
苦渋のにじむルイにその妹もため息を放ち、「万事休すね」と肩を落とす。
かといって魔族国の同盟相手であるリーベルタースやエルシスと親しい関係にあるイスパニアに攻め入るという選択肢はない。そうなれば泥沼の戦争しか未来がないからだ。
「同盟を瓦解させるには戦では無理だ。それよりも同盟の結ばれるというリーベルタースの王都――リーべで締結を阻止するしかない。それをオドル、マリア。二人に頼みたい」
サッと頭を下げるルイにオドルとマリアは互いに顔を見合わせる。
もっとも二人の顔には同じく”行って良いよな”という確認の目配せだった。
「やれやれ。なにもしなければ同盟が結ばれてしまうんだし、行くしかないよな」
「そうね。兄さまは国を離れられないし、オドルだけじゃ門前払いをくらいそうだし。たまには王家のために働かないとね」
「二人とも……! ありがとう!!」
再び深く頭をさげるルイに二人の笑みがこぼれる。
それにケラススはただ目を見張るだけだが、気づいたように彼女も「あ、あの!」とあわてて口を開く。
「ワタクシはイスパニアやエルシスの諸教会に教皇庁の腐敗を訴える手紙を出します。そうすれば彼の教会も同盟を仲介する教皇庁と袂を分かち、魔族ではなくガリアと協同するよう国に働きかけることでしょう。それにワタクシが動けばルイス枢機卿も――父上も教皇庁の堕落を追放するため立ち上がってくれるはずです」
ルイは彼女が枢機卿の娘ということに内心、驚いていた。
そもそも教皇庁に属する星職者は生涯独身の誓いを星々にたてるからだ。もっとも婚儀を結ばずに愛人関係を結ぶことで誓いに背かずに子をなす星職者は少なくないが。
「心強い。では早速で悪いが、三人とも。よろしく頼む――!」
ルイの要請に三人は力強く頷く。けっして魔族共の思い通りにはさせない、という思いを胸に秘めて。
◇
「あ、あの……。ナリンキー殿? これは一体……?」
同盟締結に先だってリーベルタースの王都であるリーべに入った俺はナリンキー商会の支店にて商会主のゴヨク・ナリンキー殿とテーブルを挟んで向き合っていた。
「はい、こちらはフロレンティアの巨匠ジュリアーノ・ヴェッキオ師の新作指輪です。彼の作品の特徴である大粒のサファイアに精緻な細工を施した一品であり、こちらの指輪には聖母テラの横顔が彫り込まれて――」
「ま、待ってください! 確かに妻への土産に何か買いたいといいましたが、こんなに出されても――」
そう、テーブルを埋め尽くさんばかりの宝石の数々。見ていて目が痛くなるほどの輝きを放つそれに思わず両手を突きだしてナリンキー殿を止めようとするが、彼はゴブリンらしい醜悪な顔を笑顔――それも営業スマイルの類に歪める。
「なにをおっしゃいますか。細君にお送りする品なのです。不躾ながら申し上げますが、男なら愛する女性に似合う一品を吟味し、それをお贈りしてこそ箔がつくというものかと」
「そうは申されても……。残念ながらこの通りの田舎オークです。宝石の善し悪しなどわかりませんし、妻にあいそうなものをいくつか見繕っていただければ――」
「そう申されるならば、こちらに見繕ってございます」
見繕うって……。これが? 在庫の全てをこのテーブルに並べているようにしか見えないのだけど。
そう思っていると案内された応接間の扉がたたかれる。
「旦那様。次のお品をお持ちいたしました」
「うむ、入れ」
ま、まだあるの……? そんなに宝石を俺に買わせるつもりなの? そんな金、逆立ちしたって出てこないよ(まだナリンキー殿に返さないといけないお金がたくさん残っているんだけど)。
それに女性へのプレゼントなんてもう二、三回くらい転生しないとわからないような代物を俺に選べと?
俺はただ世間話の一環で妻に何か贈りたいんですよねって話ただけなのに……。
「なに、今日一日お時間はあるのでしょ? ゆっくりと吟味してくだされ」
「いや、まぁ……。そうですが、ならば先に銃砲売買のことを先に話し合いませんか?」
そう、ナリンキー商会を訪れた最大の理由は今後行われる銃砲売買の段取りについてナリンキー殿と最終調整するために訪れたというのに、どうして俺は宝石を選んでいるのだろう?
「なに、そのようなものは下に任せておけばよいではありませんか。何より売買に関しては銃砲寄り合いから直接我が商会に物を卸していただければ結構。あとはこちらが万事上手く手配いたしますし、その利益もオルク殿の懐に入るよう手配いたします故、ご心配なく」
「ナリンキー殿のことを信頼しておりますので心配はありませんが、さすがに俺がなにもしないのは……。たかが宝石よりもそちらの話に重きを置いた方が良いと思いますが?」
「なにをおっしゃられますか! 宝石には哲学的な意味もあり、そのカットによっても職人の思いが込められた二つとない代物なのです。それらを精査し、お贈りした一品は必ずや生涯の宝となることでしょう」
「いや、ですから――」
そんな俺にナリンキー殿はパンっと手を打ち合わせ、そのゴブリン顔に笑みをはりつけていく。
「オルク殿! 初めて我々がお会いしたのは教皇庁での出来事でしたね」
「は? はぁ。そうですが、なにか?」
「あの時は教皇猊下の御言葉を担保にお金をお貸ししましたが、今では貴方様を信頼してお金を工面しております」
む、まさかここで借金話か。確かにオース会戦の折りに免罪状を買ったせいで首が回らないほど借金が膨らんでいる。
ま、まさかそれを盾に俺の意見を封殺するつもりか!?
「それは貴方様が金の卵であるからこそ、そう確信したからこそお金を工面いたしました」
「それは過大な評価かと」
「いえ! そんなことはありません。故にこのナリンキー、貴方様に賭けることにしたのです。共に儲けようではありませんか!」
「も、儲け!?」
「えぇ。共に損なく儲けるのです。そのために、まずは騙されたと思って」
そういって青々とした玉を戴く指輪を差し出してくる。
それとナリンキー殿を交互に見やり、折れることにした。
「この宝石の意味合いはなんでしたかな?」
「はい。この宝石は――」
そしてナリンキー殿から解放されたのは夜もだいぶ深まった時刻になってからだった。あれ? 明日にはエルシス=ベースティア二重帝国の要人と面会する予定だから早く寝ようと思っていたのに……。
やはり俺はあのゴブリンに一杯食わされたのではないか?
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