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異端者とひらめき

 軍資金を手に入れ、ほくほく顔でステルラ教会を出ると世界が明るく見えた。

 先ほどまで煩わしいとさえ思えていた雑踏も賑わいがあって良いものだなとさえ思えるのが不思議だ。



「いやぁ。良い買い物をしたな……!」



 久しぶりに思い切った買い物をしてしまった。こんなの前世で限定フィギュアを買った時以来じゃないか?

 まぁ、なんやかんやで魔王様から頂いた弔意金の半分くらいが消し飛んでしまったのは痛いが、秋になれば税として麦が農民より納められるから軍費や諸経費を抜いた額を返済に充てればまったく問題ない。その上、分割で返済をしても良いとナリンキー殿は言っていた。

 なんと心の広いお方なのだろう。俺もあのような大人になりたいものだ。

 そう感心しつつ待たせていた馬車に戻ろうとすると甲冑を着込んだ騎士達が現れ、いきなり列整理を始めてしまった。



「あの、向こうに停めた馬車に行きたいのだが――」

「間もなく異端者の護送が行われるのでしばし待たれよ」



 兜の下から煩わしそうな視線を向けてくる青年。どうも猿獣人のようだ。

 その横柄な態度と戦装束を見ているとウルクラビュリントを襲った冒険者共を思い出して額の傷がズキリと疼くと共にカッと怒りが湧いてくる。

 その細首をへし折ってやればこの気持ちも晴れるだろうが、ここは神の家の前だ。

 さすがにそこを汚すのはまずいかと考え直していると幌もない馬車が姿を見せた。

 むき出しの荷台には女というより少女に近い年ごろの人間が座り、見世物状態になっている。



「あれは……。本当に猿獣人なのか?」



 茶色く伸びた髪は乾いてぼさぼさ。見目こそ麗しいが、皮膚の色に違和感がある。なんというか、土気色というのだろうか? 生理的な活動が停止した皮膚のような色をしている。

 まるですでに死んでいるかのようだ。



「ッチ。忌々しいネクロマンサーめ。甲冑に臭いが染みついてしまったではないか」

「ネクロマンサー?」

「ん? そうだ。あの者は星神様によって創造された自然の摂理によって死した者を蘇らせた罪に問われている。明日、公開で異端審問会が行われる予定だ」

「なに!? 死者を蘇らせる事ができるのか?」



 死者が蘇るというならば父上と母上と会えるのではないか?

 ならば是が非でもあのネクロマンサーに協力を――。



「な、なんだ? 蘇らせるといっても、奴は死者の体を操るだけだ。言うなれば死体を操り人形にするようなもので、本当の意味での復活は星々にしか行えない最上の御業だけだ。奴はそれを模し、民衆をそそのかす悪魔の手先だ。その上、異端者討伐のさいに奴は数体のスケルトンを操って我ら星字騎士団に手を上げた不信心者でもある。故に審問の後は信仰の快復を待たずに土刑に処すことになるだろう」



 星神教の教えでは死後、大いなる審判の時まで一度星々の御許に帰るために荼毘に付し、煙と共に魂を天上の世界へ送るのが一般的だ。

 だが土の下に埋める土葬では魂が星々の御許に帰ることができず、大いなる審判を受けられないため永遠に地の底に封されることになるとナイ殿から聞いたことがある。

 つまり星神教においてもっとも重い罰が生き埋め――土刑なのだ。



「ま、あの者を筆頭にしたネクロマンサーの一派は我らよって壊滅させられて保釈金を払う者もおらんようだし、まず確実に土刑だろうな」

「……え? 金さえ払えば異端者を解放するのか?」

「保釈金は免罪状の購入に充てられ、今世での罪を許されるのだ。異端に誤って足を踏み入れた者を即座に見捨てるほど我らは冷酷ではないからな。もっとも己が過ちを悔い改めねばそれも許されないし、例え免罪状を所持していても新たな罪を犯すならばそれを剥奪し、その者は主と主の代理人による審問を受けることになる。故に免罪状を手にしても慎ましくあらねばならないのだ」



 へー。なるほどね。俺も気を付けよう。

 騎士達に囲まれて教会に消えゆくネクロマンサーを見送るとやっと通行が許可された。



「さて。ナリンキー殿から借りた金を受け取りに行くぞ。馬車を出せ」



 ナリンキー殿は教会でしばらく礼拝をしてから店に戻るということで先に行くことにした。

 うきうき気分でたどり着いたのは大路に面した屋敷と見間違うほど大きな店構えを有する店であり、看板にはナリンキー商会と書かれていた。

 店に入ると交易で財を成したというだけあって異国のものと思わしきエキゾチックなデザインが彫り込まれた銀の食器や壷。他にも麻袋に詰められた乾燥調味料――たぶんスパイスに相当しそうなものが並んでいる。

 そうした珍品を求めて身なりの良い人々が大勢押し掛けて買い物をしている様は彼の商会が潤っている証拠に見えた。



「ほぉ。こっちには武器類もあるのか」



 魔族国やガリアでは見かけない形をした革鎧や波打つような形をしたナイフなど珍しい品々に目を引かれていると「オルク様! よくぞ我が商会へ!」と声をかけられた。振り向くと先ほど教皇庁にて出会ったゴブリン――ナリンキー殿が営業スマイルを浮かべてやってきた。



「いやはや。礼拝が長引いてしまいまして。ささ、奥の部屋にご案内いたします」



 教皇庁もまた豪奢な建物であったが、このナリンキー商会も負けず劣らずの贅のこらされた作りになっていた。

 案内された個室には異国の調度品が並べられ、床には三つの頭をいただいた狼――ケロベロスの毛皮が敷かれ、壁にはユニコーンの首を剥製にしたハンティング・トロフィーがかけられている。

 なんとも成金的で悪趣味な内装だが、そこには富の臭いが漂っているように思えた。



「ささ。おかけください」



 ナリンキーはそう良いながら壁際に立ちはだかる棚に手をかける。ガラスのはめ込まれた扉を開き、これまたきめ細やかなガラス細工が施されたコップと琥珀色の液体が入った瓶を手にすると、部屋の中央に置かれた背の低いテーブルにそれらを置く。



「さて、まずは景気付けに一献!」

「これはかたじけない。ありがたく頂戴いたします」



 グラスに注がれた蒸留酒を気のまま飲むとどこか華やかな煙の香りが口内に広がり、喉を焼くようなアルコールが流れ落ちていく。

 こ、これほどうまい酒があるのか! これが酒なら今まで飲んできたエールや果実酒は小水も同じだ。



「これは――!」

「お気に召しましたか?」

「えぇ。体が燃えるようです」



 しばらく歓談を挟みながらお金の借用書を作り、いよいよ現金が渡されるという時にふと思い出したようにナリンキー殿は「傭兵をお探しなのですね?」と尋ねてきた。



「えぇ。この金額一杯で出来るだけ多く――。それこそ万の傭兵を雇いたいと――」

「それは難しいかと」

「なぜです?」

「傭兵はただ雇って終わりではありません。彼らの給金を出さねばなりませんし、戦までの食費、戦場までの路銀などを勘案するとお貸しした金額では二、三千程度しか集まらないかと。それも程度の悪い傭兵を、と付け加えねばなりませんね」



 え? そうなの?



「良い傭兵は金がかかりますのでね」

「む、そうなのですか」



 傭兵の相場なんかよく知らない身としてはありがたいアドバイスだが、これは困ったな……。



「まぁそう気を落とさないでください」

「はぁ……」

「そうだ。せっかくですし、うちの商品でも見ていってください。うちは色々と手広くやっておりますので、目についたものがあればお安く提供いたしましょう」



 にこやかに案内された先は店の裏手側に位置する倉庫だった。そこにはまだ検品のすんでいない商品が所狭しと並んでいる。

 そこを自慢げにナリンキー殿が紹介していく中、壺やらなんやらの影に隠れるように置かれた台車に目が止まった。そこには長さ一メートルほどの金属の筒が乗せられており、そのデザインに思わず生唾を飲む。



「あ、あの、これ――」

「あぁ。それですか? それもオストルで仕入れた品です。美しい彫刻が施されておりましょう」

「……これは火薬――黒い粉を入れて弾を飛ばすという()()では?」



 するとナリンキー殿の醜い顔に張り付いた目が見開かれ驚嘆の息をのむ。



「よくご存じで。検品するまでは信じられませんでしたがおっしゃる通りの動作をいたします。海向こうへの星字軍遠征の折りにオストルが攻城兵器として使用していたものを鹵獲したとか。もしや私が知らないだけで魔族国では普及した兵器なのでしょうか?」

「いや。そんなことは……」



 俺も初めて見たし、前世でも本物は見たことなかった。

 だがこれは間違いなくこれから普及し、発展して千年後の未来においても使用される兵器――大砲だ。

 確か黒色火薬が中国で発明された後、筒に石を詰めて発射するシステムがシルクロードを通してヨーロッパに伝わり、それが金属製の砲身とそれに併せて鋳造された砲弾を使う大砲という兵器に進化していくんだとか。

 まさか剣と魔法の世界にこんなものがあるとはな……。いや、コンセプトが同じなら似たり寄ったりの兵器ができる例もある。ただ、魔法という存在があったせいで必要性がなくて開発に時間がかかっているのかも。



「なるほど。ではどうしてオルク様はこれを知っていたのでしょうか? 始めて見る舶来品でしたので、どうか魔族の知恵をご教授願いたいものです」



 前世で知りました、なんて言えるか?

 星神教には前世という概念はないし、生まれ変わりなんてものもない。そもそも命は全て星々の審判を受けるのを待っていると説かれているのだから前世が――なんて言ってしまえば異端者と思われてしまうかもしれない。



「そ、そういう物があると、旅人が言っていたことがあって」

「ほぅ。その者は?」

「流浪の者で、名前はなんといいましたか。確か鳥人族の男であったはず」



 背中に翼を持つ鳥人族は風魔法に強い特性を持っており、自在に空を飛ぶ事ができる種族だ。その翼は馬で走るよりも速くて遠くに行けるため行商や伝令兵として重用されている。

 だけと、言い訳としては苦しいかな。



「そうでしたか。なるほど。まぁ、ただこれは見かけこそ派手ではありますが、売り物になるかどうか」

「どうしてです? 新兵器を欲する者は多くいると思いますが?」



 少なくとも俺は超ほしい。



「確かに意表をつく兵器ではありますが、なんと言いますか、全ての点において魔法に劣りますので……」



 この大砲は馬四頭で牽かねばならず、その上で弾薬を運ぶ馬車も必要という。だが四人の騎乗したマジックキャスターならより軽快に戦場を駆けられる。

 その上、ガリアの熟練マジックキャスターは同時詠唱という秘儀によって五百メートル先を攻撃できるのに対しこの大砲の最大射程は三百メートルほどしかない。

 オストルでも攻城戦の折りの補助兵器としてしか使われていないとか。

 そりゃ剣と魔法の世界で大砲が発展しないわけだ。



「ですので皆さまの御反応はあまりよろしくなく……。どうでしょう。お気に召したのでしたら特別価格でご提供いたしますが?」



 その時、ふと頭の中で何かが一本に繋がった。


 魔法の素質がなくても扱える。

 スケルトンを操るネクロマンサー。

 戦闘訓練に戸惑う徴兵部隊。


 頭に走る真一文字の傷が疼くと同時にそれらが結ばれ、明確なイメージを生み出す。



「ナリンキー殿。急用を思い出しました」

「は?」

「これにて御免。あぁこの大砲とその火薬の取り置きをお願いします。用を済ましたらすぐ買いに来ますのでどうか!」

「ち、ちょっと!?」



 制止の声を無視して馬車に戻り、再び教会へと向かう。

 大股で歩く姿に人々は目を合わせないようにしながら道を譲ってくれるため難なく聖堂に戻るとちょうど教皇猊下との面会に立ち会った司祭を見つけた。



「おぉこれは!」

「おや? どうされたのですか? 忘れ物でしょうか?」

「いや、なに。先ほど異端者のネクロマンサーが連行されてきましたね? 面会をしたい」

「は? 何を言っているのです? あの者は明日審問会にかけられ――」

「面会したいのだ!」



 細い肩に手をかけながらお願いをするが、何故か声が怒鳴ってしまっていた。いや、面会はしたいが、そこまで怒っているわけではないんだけどなぁ。



「ひ、ひゃい……」



 まるで恐ろしい怪物を見たように縮こまった司祭が目に涙を浮かべながら頷く。

 普通にお願いしただけなんだけど、怖がらせてしまったか。これからは笑顔を心がけよう。



「こちらです」



 案内されたのは教会の地下であった。

 そこにはいくつもの監房があり、ベッドと用を足すための小瓶があるだけの小さな間取りになっている。

 その中の一つに先ほどのネクロマンサーが居た。

 ベッドに横になり、まるで死体のようにピクリとも動かない。



「おい」

「………………」



 無視されたか。だが俺はこいつと話をしなければならない。



「牢を開けてくれ」

「し、しかしそれは――」

「開けてくれないのか?」



 先ほどの反省でニンマリと渾身の笑みを浮かべると司祭殿はコクコクと頷いてくれた。やはり笑顔が大切なんだな。



「失礼するぞ」



 狭い牢の中に身を屈めながら入り、ベッドに腰掛けると体重に負けたベッドが折れそうな悲鳴をあげた。それでもネクロマンサーの表情は動かず、ただ人形のように天井を見ているだけだった。

 ……本当に生きてるよね?



「おい」



 意識を確認するために頬をかるく叩くとその冷たさにギョッとした。



「お、おい! この者、死んでいるぞ……! 早く医者を!!」

「え? あぁ。その者は――」



 司祭殿が口を開く前にいきなり少女の顔が動いた。



「――ッ」



 本当の恐怖に直面すると悲鳴もでないらしい。

 突然動いた死体にパニックになりかけるが「それは()()()が死んでいるからです」と少女が語りかけてきた。



()()()は死霊術により死体に命を吹き込んだモノ――人工的に作られたリッチというわけ」

「そ、そうか」



 つまり生きてるの? 死んでるの?

 訳分からんぞファンタジー!

 待て、落ち着け。アイディアが浮かんだ勢いに流されて興奮しているんじゃない。



「それでなんの用?」

「あ、あぁ」



 おっと思わず目的を忘れかけてしまった。



「二つだけ聞く。お前はスケルトンを操れるそうだな。それも複数体。本当か?」



 スケルトンとは死体に魔素(マナ)が溜まると動き出すモノの総称だ。

 そのため死体を葬る際は魔素(マナ)が溜まらないよう処理する必要があるのだが、野垂れ死にしてしまうとそうした処理が出来ずスケルトンとなって徘徊を始めてしまう。

 逆に言えば死体に魔素(マナ)を溜める技術があれば人為的にスケルトンを製造できるわけだし、魔素(マナ)によって動くのであれば魔素(マナ)をコントロールすればスケルトンも操れるということだ。



「まぁそれくらいなら。もっともそれは副次的な機能で鍛錬をつんだネクロマンサーなら誰でもスケルトンを操れるけど」

「なるほどな。で、最後の質問だ。ネクロマンサーになるにはどうすればいい?」



 背後で司祭殿が困惑する気配が伝わってくる。だがそれを無視して少女は「魔力さえあれば誰でも」と答えた。



「死霊術――ネクロマンシーも原理は魔法と同じ。簡単に言えば魔素(マナ)を魔法式によって変換して死体を操っているだけだから」

「そうか! そうなのだな! よし、よし!! 司祭殿。この者の保釈金を払おう!!」

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