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オース会戦・3

 ガリア王国軍を率いるディーオチ公爵は美の女神が造形したような整った顔を怒りに歪め、本営に居並ぶ諸侯に向けて怒鳴りつける。



「なんたることだ!! 魔族共に微々たる戦果もあげられずに引き返してくるとはなんたる無様! それでもガリア騎士か!!」



 名誉欲に走ったカーマセ侯爵の突撃を皮切りに行われた騎馬突撃であったが、遅れてはならじと準備が整った者から三々五々に突撃を行ってしまったがために南部諸侯総軍から各個撃破される憂き目にあってしまった。

 そのためこの会戦に参加していた約一千五百名の騎士のうち百名弱が命を落とし、三百名ほどが重軽傷を負うという惨憺たる結果にディーオチは怒りを堪えることができなかった。

 とはいえ足並みが乱れたガリア軍ではあるが、騎士達は失敗の原因をカーマセのせいとは考えていない。



「し、しかし閣下……。まさか敵の武器があれほどとは……」

「マジックキャスターと対等に打ちあえるだけではなくミスリルの鎧を貫通する武器ですぞ。それにあの轟音のせいで馬が御せなくなるせいでまともに戦えません」

「あのスケルトンも厄介です。馬の前に立ちはだかられる上、突然爆発するのです。それも避けようとしても追って来るので対処のしようがありません」



 寄せられる苦情にディーオチは額の血管がはちきれそうだった。

 だから敵の武器を警戒してマジックキャスターによる攻撃を行わせたというのに――!

 その上、空の戦いでもグリフォンは奮戦して五騎ものワイバーンを撃墜するもついに翼が折れ、全騎を喪失する羽目になっていた。

 そのせいで制空権を得たワイバーンは悠々と煉瓦や爆発する壷のようなものをマジックキャスターへ投下してくるようになり、甚大な被害を被っていた。

 そもそもマジックキャスターは円陣を組んで同時詠唱をしているため空からは格好の目標なのだ。かといって円陣を崩してしまうと円という魔力を循環させるに適した図形が成り立たず、強力な魔法を放つことができなくなってしまう。

 そのためただの的と化したマジックキャスターはただ空からなぶられるだけの存在になっていた。



「閣下、我が騎士団のマジックキャスターから魔力不足により攻撃不可能と報せが――」

「貴殿はなにを申している! そういって逃げるつもりではないか!?」

「そういう貴官こそマジックキャスターはどうした? 姿が見えないぞ!」



 同時詠唱が出来るマジックキャスターはそれだけで財産だ。だから貴族達はその保全のために前線から無断で彼らを後方に引き抜きだしていた。

 また、それだけでなくカーマセ侯爵の抜け駆けに諸侯も我も我もと傭兵を動かし始めたためガリヌス公爵家から進軍停止命令が直に出されるなど命令が錯綜し、ガリア軍は機能不全を起こす有様だった。

 そんな身内争いにディーオチに浮かんだ青筋を逆撫でたのは新たにやってきた伝令だ。



「魔族に動きあり!! 左翼が圧迫されております!!」



 それと共に今までよりも密に雷鳴に似た特火のうなり声が本営を揺らす。

 オルク王国軍第二師団を中心とした部隊が総攻撃に打って出たのだ。


 マジックキャスターの反撃が薄れたことと転進を終えた軍特火が師団特火に加わり、総勢四個中隊二十二門(十門は戦闘により破損しているため戦線から脱落している)もの八十四ミリ野戦砲が轟然と火と鉄を吐き出し、方陣を組んでいた傭兵達を襲う。

 三キログラム弱の球形の砲弾は一度地面に落ちてもバウンドして眼前にいた傭兵の首をもじき、ゴロゴロと転がれば脚を押しつぶし、運動エネルギーが尽きるまでボーリングよろしく進行方向にいる傭兵(ピン)をなぎ倒していく。

 もっとも命中精度はお世辞にも良いという代物ではなく、ピン立ちする者を狙い撃つことはできないが、集団で固まる方陣を攻撃するにはうってつけだ。


 そんな悪夢にさらされる傭兵だが対抗手段がまったくない。そもそも人が砲撃に耐えられる道理などなく、まさに為すすべなくなぎ倒されてしまうのが現状だった。

 しかしだからといって傭兵は方陣を解いて兵を散らばらせるようなことはしない。いや、出来ないのだ。

 なぜなら数百人の兵士に時間差なしで命令を伝達する方法が肉声以外になく、指揮官の声がより多くの兵士に届くよう密集させておかねばらないからだ(もちろん騎兵に対抗するため槍衾を作るという意味合いもあるが)。

 もし目先の被害を減じようと兵士を散らしては爆音の鳴り響く戦場の騒音で命令が寸断され、戦闘集団として運用することはできないだろう。中には指揮官の目が届かなくなったことをいいことに命欲しさで戦場から逃亡を企てる者もあらわれるやもしれない。

 つまり傭兵――いや、この時代の兵士は方陣という陣形に縛られていなければ満足に戦闘行為を遂行できないのだ。


 それに対し、傭兵を支援するはずだったマジックキャスターが貴族の思惑で失せたことにより赤の集団は最終防護射撃を受けることなく悠々と戦列を組んで接近してくる。

 もちろん接近するオークの集団を黙って見ている傭兵ではない。方陣中央に展開していた対マジックキャスター用の長弓(ロングボウ)兵が矢を射かけだす。彼らはマジックキャスターの同時詠唱とほぼ同等の射程を誇る弓兵の集団であり、本来はガリア国内の内戦の時に相手のマジックキャスターを駆逐することを目的に雇われていた。

 そんな彼らがオークの接近を阻もうと猛然と矢を放つのだが、その程度で歩を止めるオルク王国軍ではない。

 彼らは鼓笛の音も高らかに、磨き上げられた軍靴を踏みならして矢に倒れる戦友を踏み越えて悠々と行進する。

 一人が倒れれば真後ろの兵がその穴を埋めるように前に出て穴を埋め、二人倒れてもそれは同じであり、三人でもそれは変わることはない。


 彼らもまた隊列に縛られているのだ。

 精度の悪い燧発銃(ゲベール)の命中精度を底上げするためでもあるが、やはりガリアに雇われた傭兵と同じ理由で密集陣形を取らねば戦闘行動が行えないのだ。

 個人としての自由を奪われたオーク達は隊列から逃げ出せば指揮官の持つ槍や拳銃によって命を奪われる。

 そのため隊列から離れることもできず、ただ一個の歯車となって集団を作り上げて前進するしかない。



「止まれ!」



 鋭剣を掲げた指揮官の命令が叫ばれるや隊伍は次々と停止し、歴戦の下士官が乱れていた隊列を正していく。相対する傭兵との距離は五十メートルを切るほどか。最早相手の白目が見えそうな距離だ。

 もちろんそんな近距離に立ち止まったことを好機と見た傭兵達は次々と矢を放っていく。

 そんな矢の雨の中、連隊長は「構え!」と命令を発する。

 前列は膝射姿勢を、後列は立射姿勢を取って銃剣の取り付けられた燧発銃(ゲベール)の撃鉄を安全位置から完全に引き起し、矢の洗礼を浴びようと「狙え」の号令で筒先が雑多な装備の傭兵を睨む。その威圧感に方陣を組んでいた傭兵達は首筋がチリチリする殺気を感じ、思わず後ずさる。



「撃てェ!」



 号令一下、鉄の驟雨が傭兵達を襲い、赤い花びらを散らせ、白の煙が世界を包み込む。

 そして間髪入れずに「突撃ィ!!」の命令が下るや巨体を震わせた罵声とも叫声ともつかぬ喊声が世界を圧倒し、赤い津波が押し寄せた。

 巨躯のオーク共が空気を震わし、銃撃の混乱も冷めぬ傭兵達に襲い掛かる。

 彼らは人生で初めて対峙した――いや、(いにしえ)大英雄でさえ見聞きしたことのない火薬の力の前に恐れをなし、そこへ殺意をみなぎらせたオーク共が蛮声をあげて突撃してくるのだから逃げる者が続出した(逃げぬ者は恐怖で動けなかったものだろう)。


 それに加え、オークの背後からは高ランク冒険者でも持て余すドラゴニュートが続いたかと思うとすぐにそれをセントールや諸侯自慢の騎兵隊が追い抜いていく。

 特にセントールの衝撃力はすさまじく、逃げ惑う傭兵達に軽々と追いつくや自慢の曲剣を振るって命を摘み取っていく。

 セントール――騎兵に対抗するために組まれた方陣を特火と銃兵によって崩され、乱れたところを騎兵が蹂躙する。まさに理想的な諸兵科連合的な用兵であった。


 そんな一方的な攻撃を受けたガリア王国軍左翼は立て直せないほどの損害を被ろうとしていた。

 しかし敗走を始めた左翼に対して右翼ではガリアの足並みを乱したカーマセ侯爵の指揮の下、デモナスに一定の損害を与えていた。



「良いぞ! このまま敵を押しつぶすぞ!」



 カーマセ侯爵は馬上で満面の笑みを浮かべ、麾下の傭兵に総攻撃を命じていた。

 彼らは騎兵突撃によってデモナスに致命的な一撃を与えられたと確信しており、傭兵を投じることで敵戦線の突破を()()()図っていた。友軍の危機も知らずに――。


 ◇


「皆! もうすぐ援軍がくる! それまでの辛抱だ!」



 そう声を張り上げるのは着剣された燧発銃(ゲベール)を持つゾンネンブルーメだ。父親に似なかった端正な顔は泥と血と硝煙に汚れ、衣服も赤い軍服をさらに赤く染める姿は戦女神のような神々しさがあった。

 すでに彼女の持っていたショートソードは折れ、戦死した兵からはぎ取った燧発銃(ゲベール)を手に彼女はそれでも兵を叱咤激励する。

 二度の騎馬突撃を受けたデモナス旅団第三十一連隊はその後、傭兵を主体としたガリア軍の攻撃に晒されたものの、それを撃退。何度とつかぬ再編成を行っていた。



「姫様、報告します。現在の戦力は砲二門、兵八百です」

「八百……」



 千八百はいた銃兵第三十一連隊は壊滅していた。早々に後退しなければ再編成をするための基幹要員さえ失う羽目になる。だがそれでも師団司令部からは後退の許可がおりない。



「これが裏切り者の末路か……」

「何をおっしゃられるのです! 今ならまだ間に合います。旅団の指揮はこの爺にお任せください、その間に姫様は三十二連隊に合流してくだされ! あそこならまだ――」



 第三十一連隊の右翼に展開しているデモナス旅団第三十二連隊も後退がままならないため戦力の消耗を強いられていたが、まだ軍組織としての体を保てる戦力を残していた。

 だがゾンネンブルーメは首を横に振る。



「ありがたい申し出だが、死守命令が発せられているのだ。皆を置いてはいけぬ」

「しかし姫様! 姫様には三十一連隊を犠牲にしてでも守るデモナスがございます! どうかここは――」

「くどい! 今ここで命令違反を犯せば今度こそデモナスは崩壊する! この現状に陥ったのも全てはデモナスが魔王様に反旗を翻したせいだ。だからこそ、この身を呈して魔王様へ忠誠を示さねばならない! 皆! ここが我らの死に場所だ! 最後の一兵になろうと勇戦敢闘し、デモナスの誠忠と熱誠を魔王様にお見せせよ! 我は常に諸子の先頭にありッ!! ゆくぞ!!」



 「応ッ!!」と割れんばかりの喊声に第三十一連隊は方陣を組み上げる。

 すでに大隊程度の戦力しかなくなった連隊であるが、彼等の士気は衰えることなく隊伍を組み上げる。その様は南部諸侯の盟主であったデモナス王国軍の在りし日を思い起こさせるものだった。

 そして誰もが玉砕を覚悟し、再攻撃を仕掛けてきたガリア王国軍の傭兵を迎え撃つ。

 そんな死闘が繰り返されているとも知らない南部諸侯総軍司令部ではワイバーンが放った新たな通信筒の内容に沸き立っていた。



「『総攻撃の効果は大なり。我が右翼は敵戦線の突破に成功しつつあるように見受ける』……! 閣下! やりましたな! 敵側面に進出できれば半包囲状態となります。こうなればあと一息かと」

「まさに吉報だね。皆、厳しい局面でよくやってくれている」



 プルメリアも表情を柔らかくし、その報告に安堵していた。

 歴戦のオルク王国軍を中心とした先方が敵の傭兵を食い破ったことが発端となり、敵は壊乱状態だという。

 だが次の報告に彼女の表情は曇ってしまう。



「続きを読みます。えーと、『なれど左翼戦線、混戦の様相あり。至急状況を確認されたし』」

「……なに?」

「おかしいですね。左翼は戦況に問題なし、と聞いておりましたが……。ワイバーンの見間違いでしょうか?」



 空からの視点というのは絶対的だが、当の左翼を担当するジギタリスからは『異常なし』の報告を受けている。だというのに齟齬が生まれてしまっている。

 その状況にまず考えらえるのは誤認だろう。空からでは地上を這いずる銃兵などゴマ粒程度にしか見えない。それを見間違えた可能性は十二分にある。

 もっともだからといって無視して良いものか。そうプルメリアが悩んでいると激しい馬脚の音が司令部の外から聞こえてきた。その後、歩哨の「お待ちください!」という押し問答が聞こえたかと思うと息を切らせたオーガ族の青年が現れた。



「ご無礼つかまつります! デモナス旅団司令部参謀長シスル・フォン・ファフニール様より伝令であります!」



 そんな彼にプルメリアと参謀長が顔を見合わせる。デモナス旅団の上位組織はコボルテンベルク・デモナス連合師団であり、それをまたいでより上位の南部諸侯総軍に旅団参謀長が直接伝令を送って来るのは本来軍令違反であった。

 だがそれを咎めるよりも先の竜騎兵(ドラグーン)からの報告のこともあり、プルメリアは伝令の発言を許可することにした。



「発、デモナス旅団司令部。宛、南部諸侯総軍。デモナス旅団はガリアの攻撃を受け、危険なほど戦力を消耗せり。左翼戦線崩壊の恐れ大なり」

「――ッ!?」

「コボルテンベルク旅団に増援を求めるも、師団司令部より拒否の命令を受け、現在孤軍奮闘中。至急増援を派遣されたし! なお、ゾンネンブルーメ・オーガロード・フォン・デモナス旅団長は陣頭指揮を執られており、現在行方不明。旅団指揮は参謀長が代行しあり。以上であります」



 南部諸侯総軍司令部の幕僚にあからさまな動揺が走る。

 これまで問題ないという報告を聞いてきたがために予備兵力を安心して総攻撃に投じてきたのだ。だというのに突然飛び込んできた凶報にプルメリアは思わず両手で顔を覆ってしまった。



(あぁ! あぁ!! この馬鹿者! 馬鹿者め!)



 とはいえ彼女はすぐに地図に並べられた駒と睨めっこし、事態をリカバリー出来る戦力はないかと彼女は思案する。

 総攻撃には予備戦力はおろか騎兵といった機動戦力をすでに投じてしまっているため即応できる部隊がそもそも存在しない。

 そもそも手持ちの部隊の多くを右翼に費やしているため連隊規模の支援を送り込むことは難しいといわざるをえない。



「すぐに動けるのは竜騎兵(ドラグーン)くらいか? 有翼人を上げて左翼を支援するよう伝えてくれ」

「はい、ですが先ほど通信筒を投下しさ際に竜騎兵(ドラグーン)はウルクラビュリントへ向けて飛んでおりました。おそらく補給に戻るのかと。それにワイバーンで敵の攻撃を阻止するのは……」



 空から一方的な攻撃が行える竜騎兵(ドラグーン)だが、その衝撃力は騎兵のそれに大きく劣る上にペイロードの制限から長時間の対地攻撃支援は望むべくもない。そのため全騎が稼働状態にあったとしてもガリアを押しとどめられる力は皆無に近い。

 故にこの盤面を覆せるものは神の御手以外にないかと思われた時――。



「一個大隊でよいから流れを変えられる部隊は……。あ!」



 そして彼女は一つだけ心当たりのある大隊を見つけた。



「すぐに伝令を出せ。時間との勝負だ……!」



 そしてやはり最後に頼るは神ではないな、と呟くのだった。

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