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オース会戦・2

「くそがあああッ!!」



 オルク王国軍司令部となっている幕舎の中央に置かれたテーブルに拳を叩きつけると鈍い音と共に足が折れ、ぐらりと傾く。

 それでも怒気は収まらず、倒れ伏したテーブルを幾度も蹴りつける。



「クソッ! クソッ! クソッ! 猿共に負けて逃げるだと!? 司令官は腹を切って詫びろ!!」

「閣下! 落ち着いてください! まだ騎兵突撃を受けた一個連隊が壊走しただけではありませんか! 戦はこれからです!!」



 ドラゴニュートの参謀長の青ざめた顔も気に障るが、それ以上に怒りを覚えるのは敵のマジックキャスターによる水魔法の攻撃だ。それを受けた南部諸侯総軍右翼に展開する二個銃兵大隊は損害こそ皆無であったが、火薬が水に濡れてしまったせいで戦闘力を喪失しかけていた。

 そのため二個大隊を所管する連隊は前衛と後衛を入れ替え、火薬を失った前衛部隊に弾薬を補給させようとしたのだが、折り悪く陣形変更中に敵の騎兵突撃を受けてしまったのだ。

 それによって一個連隊は壊走し、その穴埋めに第二師団は奔走中との報告が飛び込んできたので頭に焼き鏝を差し込まれたかのような頭痛が生まれていた。



「ネクロマンサーはどうした? スケルトンは?」

「はい、現在スケルトンは中央付近にて敵騎兵へ遅滞戦闘を試みております。その甲斐あってか中央に展開するオルク王国軍第五連隊を基幹とする戦力が勇戦、敵騎兵の攻撃を少ない損害ではね返したようです」



 友軍左翼への騎兵突撃を皮切りに始まった猿共の騎兵突撃においてオルク王国軍は右翼に甚大な被害を受けるも豊富な予備戦力によって敵の浸透を許さず、敵の攻撃に耐えることができた。

 敵はどうやら騎兵突撃によって乱れた諸部隊を再編しているようで、今は息をつくことができる時を得られたと見るべきだろう。



「敵の再攻撃に備えよとエルヴ師団長に念を押せ。いや、やっぱりいい。なしだ。先の命令を取り消す」



 エルヴ・フォン・オルク第二師団長はユルフェ・フォン・オルク叔父上の長男であり、俺の従兄にあたる。今は家を出て叔父上から分けてもらった所領を治めているがいずれ叔父上の領地を受け継ぐのだと思う。

 そんな従兄は叔父上に似て軍人気質であり、戦の機微に敏いし、戦歴も長い。わざわざ何かをいう必要はないだろう。

 なら俺が行うべきはその支援。エルヴ兄上が戦線を維持できるようその手助けとなる行動をとらねば――。



「軍直轄のスケルトン部隊を二千体ほど右翼に回し、第二師団司令部の指揮下に収めさせよ。軍特火も右翼の支援に宛て、右翼を強大たらしめるのだ」

「はい、閣下。疑問があるのですが」



 そう恐る恐ると手をあげたのはノームの特火参謀であった。彼は髭面を歪めながら「派遣する軍特火は何個中隊でしょうか」と尋ねて来た。

 軍特火を構成する第百特火大隊は八門の砲を所管する特火中隊四個で構成されており、うち二個中隊はセントールの協力を得た騎馬特火中隊となっている。



「そうだな。三個中隊を派遣せよ。迅速に展開する必要があるから騎馬特火二個を先行させ、一個徒歩特火中隊を追随させるのだ」

「はい、それでは左翼に対する支援が手薄になるかと」

「――? 師団特火も展開しておるのだ。中央から軍特火を引き抜いても問題はあるま――」



 あ……。問題あり、かな?

 オルク王国軍の左翼――南部諸侯総軍の中央帯までは第二師団に属する師団特火が支援をしているが、それよりも左に流れるとコボルテンベルク・デモナス連合師団の作戦担当領域になる。両国とも特火戦力に不安があり、いざという時の支援を行えるのはオルク王国軍(うち)の騎馬特火しかいない。

 それに成り行きとはいえコボルテンベルク大公のジギタリス様に支援を確約してしまったし……。うーん。困ったなぁ。



「至急、ジギタリス様宛に伝令だ。特火の支援は必要なりや、と聞いて来い。至急だから軍司令部直轄の航空猟兵(ハーピー)を飛ばせ。ついでに上空から戦況を観測させよ」

「はい、閣下。なれど未だ竜騎兵(ドラグーン)による制空権の確保はなされておりません。ここは馬を使うべきかと」

「そうか。なら仕方ない」



 残念ながら平地に陣取っているせいで左翼方面の動向がよくわからない。有翼人を上げて状況を確認したかったが、航空優勢が得られていないのなら仕方ない。

 だがそのせいで戦場の霧に不安を覚えてしまう。

一体左翼の戦況はどうなっているのか。勝っているのか、負けているのか……。いや、ここで悩んでも詮無き事か。



「まずは一個徒歩特火中隊を右翼に派遣せよ。その後、ジギタリス様からお許しが出たら二個騎馬特火中隊を右翼に急派させるのだ。よって軍特火には移動の準備にかかるよう命令を策定せよ。あ、あと南部諸侯総軍にも軍特火の配置転換について伝令を送っておいてくれ」



 命令を発すればおたおたと怯えていた幕僚達が職責に従った行動をとり出す。それはまるで歯車がかみ合うようであり、見ていて心地よかった。

 だが、それにしても第二師団、オルク王国軍司令部、南部諸侯総軍司令部と組織が多すぎるんじゃないか? 一日の長があるオルク王国軍がすべてを統括できるような組織体系に改編すべきだろ。

 しかし、今これを考えても仕方ないか。

 まずはジギタリス様からの返事を待たなくては……。


 ◇


「は? 支援?」

「はい。オルク閣下は早急に支援の要不要を訪ねるように、と」



 コボルテンベルク大公であるジギタリスはオルク王国軍司令部からやってきた将校伝令の言葉に心臓が止まりそうだった。



(特火の支援だと? どうして今? 今のところ落ち度はないはず。しかし考えるだけ無駄だ。そんな理屈が通じる奴ではないことを思い知らされているではないか。間違いなく支援を頼めばどうなるか分かったものではない……!)



 白目をむいて泡を吹きそうになる自分の精神をなんとかつなぎ止めようとジギタリスが一人戦っていると参謀本部からやってきていたゴブリンの幕僚が顔を曇らせた。



「閣下、我らの特火戦力は乏しいといわざるを得ません。オルク王国軍が力を貸してくれるのならむしろ好機ではありませんか? オルク王国軍司令部へは支援の必要あり、と――」

「待ったああああッ!!」



 ビクリと肩を震わせたゴブリンに司令部につめた幕僚達が一斉に硬直する。

 こいつらなにもわかっていない! いや、他種族はみなオーク(やつ)の手先だ。だから奴の甘言にのろうとするのだ。もう信用ならん。



「オルク王国軍司令部へは支援の必要なし。我が師団、独力にて戦闘を継続し、忠誠を果たさん。そう伝えろ」

「は、はい。閣下。それでも支援が必要ないというのはあまりに――」

「うるさーい! 支援の必要はない!! 断じてないのだ!! 伝令! 復唱せよ! 支援の必要なし、だ! 分かったらとっととここから出ていけ!」



 あまりの剣幕にゴブリンの参謀長は言葉を失い、伝令も反射的に復唱を終えるやそそくさと師団司令部を去っていくのだった。

 そんな伝令と行き違いに今度はデモナス旅団を率いるゾンネンブルーメが司令部に顔を出した。

 自慢の青い髪と自慢の鎧は硝煙と泥によって汚れていたが、その力強い瞳だけは爛々と輝いていた。



「ジギタリス閣下! 報告いたします」

「な、なんだ」



 父親に似た勢いに飲まれたジギタリスは戸惑いながらもデモナス旅団の戦況を聞かされた。

 報告によれば左翼へ敵の騎馬突撃が集中して行われた結果、一個連隊に重大な損害が出たらしい。その代わり敵の攻撃を跳ね返すことには成功しており、敵が引き上げた現状、すぐに後送して再編成をしたいとのことだった。



「デモナスはご存じの通り二個連隊しか参陣しておらず、予備戦力に乏しいです。そのためジギタリス閣下の部隊を代わりに前進していただきたいのですが、よろしくありますか?」

「それは、つまり後退の許可がほしいということか?」

「――? はい、そうなります」



 ゾンネンブルーメは後退出来て当然という顔に疑問を浮かべ、小首を傾げる。どうしてそんなことを聞き返したのだろう、と。



「――ならん」

「はい、では早急に後送させて再編成を行い次第、戦線に復帰―。え? 今なんとおっしゃいました?」

「後退はならん! その場に留まり、抗戦を継続すべし!!」

「は? なにをおっしゃられるのですか? 我らは敵の主攻を正面から打ち破ったのですぞ。確かに名だたる将を討ち取れなかったのは不徳のいたすところではありますが、それでもそのような無謀な命令を受けるようなこと――」

「うるさい! うるさい! うるさい!! 我らには現在地の固守が命じられているのだぞ! それを拒み、後退するなど、デモナスは再び魔族国に反旗を翻すつもりなのか!?」



 そんなことは――。ゾンネンブルーメによって裏切りというのは禁忌に近い行いになりつつあった。

 そもそも魔族国南部の盟主であったデモナスは今、見る影もなく落ちぶれてしまっていた。それは前大公たるルドベキアの謀反を端とした魔王位継承戦争の和平条約によって多額の賠償金を背負ったからだけではなく、デモナスの主要地は教皇領として星神教に割譲されたため大幅に税収が落ちてしまったからだ。

 そのためデモナスは国の形を維持するだけでも苦しい状況に置かれており、その民も多くの課税によって餓死者が出る始末だ。

 それもこれもデモナス困窮の原因はルドベキアの謀反――魔族国への裏切りであり、その娘にしてデモナス大公であるゾンネンブルーメにとって“裏切り”とはタブーの中のタブーであり、そんな彼女の急所をつかれたため、彼女の弁論は止まってしまったのだ。

 そんなゾンネンブルーメにジギタリスは先ほどのオルク王国の伝令の意図を邪推していた。



(後退だと? もしそれがオルク王国に知れたら敢闘精神不足を疑われてしまう。そうなれば奴は私を許しはしないだろう。はっ!? まさかデモナスが後退しようとしていることを察して先ほどの伝令がやってきたのでは? つまり少しでも敗勢に回るようなことがあればこちらを攻撃するつもりか!!)



 悪い妄想は止まらず、思考は坂道を下るようにだんだんと被害妄想が大きくなる。

 カタカタと震えだす様にゾンネンブルーメはおろか幕僚もその恐慌に取り付かれた主の姿に気がついた。



「死守だ! 死守! なんとしても死守せよ!!」

「お、恐れながら先の攻撃で右翼に展開する第三十一連隊の戦力は千五百名ほど――おおよそ半減しております。どうかコボルテンベルク旅団の増援を」

「ならん! 我らは我らで作戦行動中だ!! 独力で現在位置を死守せよ!! いいな! 命令だ! 命令だぞ!!」



 髪の毛や耳を逆立てたジギタリスが獣のように吠えると、ゾンネンブルーメは諦観を抱きつつ右手の拳を側頭部に押し当てるのであった。



「命令を受領いたします。我が旅団は現在位置を死守いたします」

「よろしい! 行け!」



 敬礼を解いたゾンネンブルーメは悲壮な表情を浮かべながら司令部を後にすると、今度は別の来訪者が司令部を訪れた。

 馬脚の音を響かせて現れたのは豪奢な鎧を着込んだセントールであり、南部諸侯総軍から派遣された伝令だという。



「発、南部諸侯総軍司令部。宛、コボルテンベルク及びデモナス合同師団司令部。現在の戦況と損害を報告せよ。以上です」



 司令部付きの伝令将校であるセントールにジギタリスはただ一言。

 ”左翼戦線に異常なし。損害軽微”と伝えさせる。

 もし正直に左翼が緊迫している旨を伝えれば今後のデモナスの悲劇は起こりえなかっただろう。

 もちろん一介の伝令将校にそれが嘘かどうか見破る術はなく、返答を受け取るや南部諸侯総軍司令部へと引き返していくのであった。


 ◇


 南部諸侯総軍司令部では帰ってきた伝令達の情報を総合し、ドラゴニュートの参謀長が地図に並べた駒を指揮杖でつつきながら軍司令官たるプルメリアに方針を述べていた。



「現在、全線に渡ってガリアの騎兵突撃を受けましたが、()()()()()()()なれど右翼の損害は無視するには大きすぎると思われます。ただし右翼を担当するオルク王国軍からは予備戦力を投じて戦線の建て直しに成功しつつあり、また軍特火の派遣をもって盤石な体勢を整えたとの報告を受けております」

「ふむ、夫殿らしい手堅い布陣だが、左翼への特火戦力の支援は大丈夫なのか?」

「はい、それですがオルク王国軍からはコボルテンベルク・デモナス連合師団からすでに軍特火の転進許可を取ったとのことで、問題はないかと。当のコボルテンベルクからも損害軽微と聞き及んでおりますし、何より左翼の前衛は精強なオーガ族が集っているので大丈夫でしょう」



 ならばよいが、とプルメリアは椅子に深々と座り直して地図を睨む。

 現状、マジックキャスターの支援を受けたガリアの騎馬突撃は問題なく跳ね返せたが、まだマジックキャスターが沈黙したわけではない。

 対抗措置として対法攻撃を特火が行っているが、如何せんマジックキャスターの補足に手間取り、逆にマジックキャスターの攻撃で特火に損害が出ている有様だ。



(兵力で勝る相手に損害を与えられたかといえば微妙だ。消耗戦となれば不利なのは明白。それを覆すために特火による攻撃で敵をなぎ払いたいが、その特火に比肩するマジックキャスターを無視することはできん……)



 早くマジックキャスターを掃討しなければとプルメリアの眉間に皺が刻まれた時、「報告します!」と天幕の入り口に一人のドラゴニュートが現れた。それと共に幕外から歓声が聞こえることに気がつく。



「どうした? 発言を許可する」

「はい! 先ほどワイバーンが通信筒を落としていきました! これを」



 厚紙で作られた筒が差し出され、プルメリアが顎で参謀長に開封するよう命じる。

 参謀長がそれに従い、通信筒に納められた文を開くと彼の口元に笑みが宿った。



「吉報です! 竜騎兵(ワイバーン)がグライフを掃討したとのことです。これより全騎地上支援を行うとのこと!」

「素晴らしいな。実に。司令部付きの有翼人がいたね? その者に上空待機させ、飛来したワイバーンにマジックキャスターを捜索、攻撃するよう伝えさせてくれ」

「かしこまりました!」

「それと現在の刻限は?」

「昼前かと。ワイバーンの攻撃を前後して昼になると思われます」

「作戦通りだな。各参謀は総攻撃に関する諸作戦の立案をしてくれ」



 参謀達が心臓から送り出される血液のように働き出す。

 地図を睨み、司令部を訪れる伝令の情報を精査し、最適な軍事行動を策定していく。

 そして――。



「閣下、現在の状況ですが、オルク王国軍の軍特火及びスケルトン部隊が右翼に注力していることから部分的ではありますが、数的優位を得ている状況といえましょう」



 全隊から見れば南部諸侯総軍は数的不利だが、局地的に戦力が密集しているため部分的に数的優位を得ている。

 参謀長はそこを突いてガリア王国軍を崩し、側面から敵陣を浸透攻撃しようというのだ。



「よって予備戦力として待機していたドラグ大公国旅団を右翼に転進させ、オルク王国軍の軍特火及び師団特火の支援の下に右翼に重点を置いた総攻撃を敢行するべきかと」

「良い案だ。問題は左翼だな。持ちこたえられそうだろうか?」

「では念のため一度伝令を送りましょう。状況を確認後、総攻撃の命を発令していただければと」

「そうだな。そうしよう」



 そして再度、ジギタリスから問題なしとの報告を受けた南部諸侯総軍司令部ではプルメリアが満を持して、命令を発する。



「ではこれより総攻撃を発令する。ガリアの侵略者を掃滅せよ!!」

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