オース会戦・1
ウルクラビュリントの南西二十キロ。オース村近郊でにらみ合う総勢六万五千の軍勢は今世紀最大規模の会戦を始めようとしていた。
その先手を取ったのはドラグ大公国軍所属のワイバーン達であった。
「行くぞ諸君! 誇り高き龍の末裔の力を見せてやれ!! 全騎突撃! 突撃!! 突撃ッ!!」
隊長騎から攻撃を知らせる笛が響くや、ワイバーン達はその身を放たれた矢のような鋭さで急降下し、グリフォンの編隊へと突撃を敢行する。
その騎手たるドラゴニュート達の手に握られた超長槍と呼ばれる五メートルにも及ぶ長大な槍の穂先につけられた白と黒の二色旗が風に靡き、それが二騎のグリフォンを睨む。
だが互いに三次元運動を行っているせいでワイバーンの攻撃は不首尾に終わり、一降下するや離脱にかかる。彼らは愛騎たるワイバーンが機動性の面でグリフォンに劣っていることを熟知しているからだ。
それに対し、ガリアのグリフォン達は機敏にターン。ワイバーンの尾に食いつく。その挙動に驚いた一騎のワイバーンは背中を取られたことに慌てて急旋回に入ってしまう。
「馬鹿者! グライフの懐に入り込むな!!」
隊長騎の警告は風に溶け込み、迂闊にも大きな旋回半径を描くワイバーンはみるみると速度を失っていく。それを好機と見たグリフォンは鋭い機動でワイバーンの背後から接近し、そのままワイバーンの騎手を背後から馬上槍で一突きする。
「くそ――ッ」
蒼穹に響く悲鳴を噛みしめた口元から罵声が漏れると共に視線を戻し、愛騎の腹を蹴って加速を命じる。それに応えたワイバーンはぐんぐんと背後から追ってくるもう一騎のグリフォンを引き離していく。
そしてグリフォンとの距離を取るとワイバーンの編隊は悠々と旋回、上昇しながら反転してこれまで稼いだ速度を高度へと変換する。彼らの戦いは一騎打ちの機動戦を旨とするグリフォンとは違い、その優速を生かした一撃離脱が主だ。
そのため今度は急降下――高度を生け贄に速度を稼いでグリフォンと対峙する。
「くらええええ!!」
彼らは稲妻のような速さで正面からグリフォンと対峙し、そのまま突貫する。その攻撃にグリフォンは慌てたように回避行動に移った。そうしなければ得物が相手にヒットしたとしてもその運動エネルギーによってグリフォンから弾き飛ばされてしまうからだ。そうなれば騎手の運命は落下死しかない。
だがその回避が済む寸前、隊長騎が握る超長槍の穂先がガリア騎士を穿つ。それとともに超長槍は折れ、衝突の衝撃が逃げていく。
「はっははは! 我一騎撃墜!!」
ドラゴニュートが使う超長槍は馬上槍の倍以上の長さがあるが、その重量は遙かに軽く馬上槍の半分以下しかない。その理由は中身がくり抜かれて中空となっているからだ。そのため耐久力は非常に低く、基本的に一度の使用で折れてしまう。
そんな欠点を抱える槍を使うのは偏に彼らはワイバーンの速度を生かした一撃離脱戦法を主としているからだ。高速でぶつかった衝撃を槍でやわらげられる上、命中すれば一撃で相手を撃墜できるので二撃目を考えなくて済むというわけだ。
もっとも一撃でメインウェポンたる槍を失うため、次の攻撃を仕掛けるには一度基地に帰還して槍を補充しなければならない。
だが隊長騎以外のドラゴニュート達はまだ超長槍と闘志を残しており、グリフォンもまた一騎になったとはいえ継戦を求めており、空の戦いはまだ終わりそうになかった。
◇
空ではワイバーンが一撃を入れんと鋭い飛行を見せるのに対し、グリフォンは俊敏な機動でヒラリヒラリとそれをかわしていく。
そんな泥仕合の様相を呈し始めた空に対し、大地ではガリア王国軍のマジックキャスター達が動き出していた。
五人から十人で一組となった彼ら、彼女らは合計二十個の円が作を作り、それぞれ得意の魔法を詠唱しだす。
「【炎の槍よ、現れよ炎槍】!!」
「【水よ、暴れよ津波】!!」
「【全てを断ち切る風よ風刃】!!」
軽装な出で立ちにイチイの木から削り出された長杖や魔石のはめ込まれたメイス、エンチャントの付与された魔法剣――。そんな魔法陣ごとに異なる装備をしたマジックキャスターの詠唱とともに円の中心に魔法が顕現し、それらが五百メートルほど離れた魔族の陣へと飛び込み、破壊を生み出す。
もっともその攻撃には斑があり、炎の槍が着弾した魔族国軍左翼は芽吹いたばかりの植物へも延焼し、直撃を受けてしまったオーガは火だるまになり、それによって混乱と恐怖が生まれていた。
だが大量の水が打ち付けられた魔族国軍右翼では陣形が乱れたものの、即座に立て直しが始まってしまう。
そんな不揃いな攻撃となってしまったのはそれぞれの家の伝統や軍事費、そして貴族権力のせいだ。
と、いうのもガリアにおいて貴族の力というのは魔法によらしむるところが大きい。特に攻城戦力であるマジックキャスターの同時詠唱は国家秩序を維持するうえで非常に重要であり、門外不出の秘術であった。
そのため情報流出を避ける必要性からそれぞれが同時詠唱の知識を秘密化するようになり、それぞれの家が独自に同時詠唱の技術を継承するようになった。
そのせいでそれぞれの家は独自に魔法を改良していくことになったのだが、その研究とてタダというわけではないし、独占された技術を手に入れようと政略結婚をするような家も現れていた。
その結果、強力な同時詠唱の技術を手にした家もあればそうではない家も存在するようになり、こうして不揃いな魔法攻撃が初撃となってしまったのだ(他にマジックキャスターのスキルや魔具の品質によって威力が変わるせいでもある)。
そんなマジックキャスターの攻撃に応戦するように今度は魔族国軍の特火が動き出す。
ウルクラビュリント奪還戦において消耗したとはいえ、オルク王国軍だけで四十門近い八十四ミリ野戦砲を有しており、対法射撃を開始する。
特にオルク王国軍直轄の軍特火たる第一〇〇特火大隊(四個特火中隊三十二門)は銃兵へ直接的な火力支援を行う師団特火(一個特火中隊。八門)と違って突撃破砕射撃や阻止射撃、対法射撃といった戦況に応じた多目的な任務に従事する部隊だ。その上、オルク王国軍黎明期より編制された最古参の特火部隊であり、錬度も士気も高い。
しかし両軍とも想定外だったのは互いの命中精度であった。
起伏の少ない平野の戦い――それも彼我の距離が五百メートルも離れているため特火はマジックキャスターを捜索することが困難であり、命中精度も悪い前装砲では決定的な一撃を与える事が叶わなかった。
そんな特火に対し、彼らの生み出す発砲煙のせいで所在が暴露されてしまっているためマジックキャスターは狙いをつけやすかったが、その白煙に覆われた特火をピンポイントに攻撃できず、両者ともだらだらと争うしかなかった。
早々に膠着状態に陥った戦場の中、ガリア王国軍右翼が動き出した。それは百騎ほどの重装騎兵の集団であった。その集団の先頭をひた走るのはカーマセ侯爵の一軍であった。
「なぜカーマセ騎士団が!?」
マジックキャスターの攻撃を見ていたディーオチ・ド・ガリヌスは突然の命令違反を起こしたカーマセにいら立ちを覚えると共に従者を睨みつける。
「我も出陣する!! 早く馬と兜を持て!」
数的優位の野戦など勝利が眼前に垂れ下がっているようなものだ。だからこそ報償を狙って一番槍の栄誉にありつきたい。そんな思惑の行動に遅れてはならじとガリア王国軍は蜂の巣をつついたような慌ただしさで攻撃を準備し、騎士を中心とした部隊が三々五々に突撃を開始するのであった。
◇
その頃、南部諸侯総軍左翼に展開するデモナス旅団の前衛に展開していた二個大隊は遠方より飛来した炎塊によって浮足立ち、今にも壊走しようとしていた。
【炎槍】による被害は三十名ほどが炎に飲み込まれ、生きたままその身を焼かれるという地獄のような責め苦に阿鼻叫喚の様相を呈する戦友に恐怖が蔓延していく。
そんな中、深紅の軍服の上に魔族国で時代遅れとなりつつある胸甲鎧を重ね着した青髪に短い二本角を生やす少女が最前線に駆けつけた。
父親譲りの鋭い赤眼を持つその少女こそデモナス王国大公ゾンネンブルーメ・オーガロード・フォン・デモナスだ。
「皆! 臆するな!! 第二大隊は負傷者の救助に全力をあげよ! 予備の第四大隊は第二大隊に代わり前進! 第二大隊の盾となれ!! 今こそ魔王様に我らの忠誠をお示し、国賊の謗りを晴らす時!! 皆奮戦せよ!!」
魔王位継承戦争によって解体されたデモナス王国軍に代わり、新式軍制の採用によって新設されたこの部隊を指揮するゾンネンブルーメは前デモナス大公であるルドベキアの娘だ。彼女は本来、亡父の起こした反逆の咎で一族郎党処刑の憂き目にあうはずであったが、新魔王の誕生による恩赦とデモナス王国を傀儡化しようとオルク王国とハピュゼン王国が暗躍したため歳若くて操りやすそうな彼女が襲爵したという経歴を持っていた(ルドベキアを慕う家臣の暴発を恐れたという側面もあるが)。
そんなお飾りの大公であるが、彼女を慕う家臣は少なくない。
「姫様に後れをとるな!!」
「姫様に拾われたこの命の使い時だ!! ゆくぞ!!」
「デモナス魂を見せてやる!!」
デモナス旅団は新式軍制に則って民衆の徴兵も行っていたが、その主力を担うのは旧デモナス王国軍たるデモナス家に仕える郎党達であった。
そもそも魔王位継承戦争後、賊軍であるデモナス王国軍が解体され、新式軍制を取り入れたデモナス旅団が編制された際に多くの家が取り潰しの憂き目にあい、路頭に迷ってしまっていた。
そんな家臣をゾンネンブルーメは救済するため彼等を旅団に招いたという経緯があり、そのためまだ大人になりきれない大公を慕う者は多く、忠誠心の厚い部隊が生まれたのだ。
その上、武人として修練を積んできたオーガ族によって編成されたため、その統率力と戦闘力は歴戦のオルク王国軍に迫るものがあった。
「姫様! こんな前線に参られては危険です!! もう敵が――」
「爺! いちいちわめきたてるな! みっともないぞ」
腰に手を当て、少女らしく頬を膨らませる鬼の娘に年老いたオーガ族の男はしどろもどろになって「しかし」と口にする。
だが時すでに遅し。すでに眼前には槍を携えたガリアの騎士が迫っていた。
「姫様の御身になにかれば亡きお館様に顔向けできぬというのに……。それに参謀長からも引き留められたではありませんか」
ゾンネンブルーメは魔王のおひざ元であるプルーサ王国から派遣されてきた蜥蜴野郎の顔を思い描き、苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
高級指揮官の作戦指揮を補佐するために参謀本部からデモナス旅団司令部へと出向してきたドラゴニュートは何かと小言を漏らし、都会が恋しいと田舎を小馬鹿にするような態度が目についていた。
「補佐役なんて名ばかりのただの監視よ。再びデモナスが反旗を翻さないか、のね。だからこそアイツの鼻を明かしてやるのよ!」
すでに第二大隊の前面に展開した第四大隊は二列横隊を組み上げ、次の命令を今か今かと待っていた。そんな彼らの眼前には土煙をあげて迫る騎兵の姿があった。ガリア王国軍のカーマセ侯爵率いる百騎ほどの騎兵だ。
その敵にゾンネンブルーメはひるむことなく一振りのショートソードを引き抜き、「構えッ!」と堂々たる命令を発する。それに赤き衣に身を包んだ第四大隊八百名が命令通り銃列を敷き、撃鉄を引き起こす鈍い音が木霊する。
「狙え!!」
木と鉄が軋み、銃剣の切っ先が騎兵を睨みつける。
ゾンネンブルーメはここまでは教範通りだと内心の動揺を一切顔に出さず、次の手順に思考をめぐらす。
(確か射撃陣形展開後は射距離五十メートルまで接近し、攻撃せよ、だったかしら)
憎い豚王国から派遣されてきた新式軍制の軍事教官の話では燧発銃の命中精度は極めて悪く、五十メートル以遠での命中率は五割を切るという。
その上、全速力で駆ける騎兵は百メートルを十秒弱で駆け抜けてしまう。それに対し燧発銃の装填には三十秒近い時間を要してしまうため射撃後の再装填は絶望的に間に合わない。
(こっちの攻撃は一回だけ。たった一回の機会で相手に致命的な損害を与えないと逆にこっちが騎兵突撃を受けて致命的な損害を受けてしまう……!)
敵の騎兵突撃を受ければ人間よりも遥かに優れる身体能力を持つオーガ族とてひとたまりもない。
それに攻撃を受けたという恐怖が広がれば先ほどのマジックキャスターによる魔法攻撃で浮足立つデモナス旅団はなし崩しに壊走を始めるかもしれない。
(この戦でデモナスの忠義を示して魔王様の信頼を取り戻さないといつまでも冷遇が続いてしまうし、オークや有翼人の支配からも抜け出せない。それで困るのは民とデモナス家に仕えてくれる家臣達だ。みんなのためにも、父上の名誉を取り戻すためにも勝たなきゃいけないのに――)
少女の小さな両肩にかかる重責に一筋の汗が頬を流れ落ちる。
もう攻撃距離だろうか? いや、まだ遠いのでは? そんな葛藤に表情筋を強張らせるゾンネンブルーメの肩がポンっと叩かれる。
「ひゃう!? な、なに爺!?」
「まだ敵との距離は二百メートルほどあります。深呼吸を」
寄る年波に一線を退き、ゾンネンブルーメの守役として御付武官になったオーガは獰猛な笑みを浮かべ、かれこれ十年以上も仕えてきた姫を勇気づける。それに応えるように新大公は頷き、敵を見据える。
腸が食いちぎられそうな緊張が響く馬脚の音に比例して高まり、それが爆発しようとする刹那――。
「今です姫様!」
「撃てェ!!」
そして乾いた発砲音と共に銃火が煌くのであった。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
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