表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/101

勘違い

「ふ、はっはっはッ……!」



 ディーオチ・ド・ガリヌス公爵の眼前には村の残骸と、そこを中心に広がる主を失った畑だったものが広がっていた。その彼方に陣取る赤い集団とその空を舞う五匹のワイバーンを見やり、確信する。

 この戦、勝った!! と。



「敵はたったの三万か? グリフォンの情報通りだな。伏兵がいるかもしれないと思ったが、肩透かしか」



 昨日までは敵のハーピーを狩っていたグリフォン騎士であったが、ヌーヴォラビラントに接近したためかワイバーンによる迎撃を受け、満足な偵察が行えていないことをディーオチは心配していた。

 しかし眼前の敵は多く見積もっても三万ほど。対するヌーヴォラビラント奪還軍はガリヌス騎士団を中心に傭兵を加えて四万の数を誇る大軍勢だ。

 ただの冒険者ではなく戦争慣れした職業軍人を連れてきていることにディーオチは敗走してきたオドルを思い出してほくそ笑む。一介の冒険者が調子に乗るから痛い目に合うのだ。



「ピオニブールに逃げ帰った下賤な冒険者に騎士の戦を見せてやろう」



 にやにやと粘ついた笑みを浮かべながらディーオチは用意されていた天幕に入るとそこには名だたる諸侯や傭兵団のリーダー等がすでに集まっており、今か今かと彼の命を待っていた。

 この幕舎に集った諸侯はガリア王国の中でも有力者ばかりであり、北ガリアの主戦力が集まったといっても過言ではなかった。



「皆。敵は野蛮で粗野で浅慮な魔族共であるが、決して油断してはならん。我らは確実に勝利を陛下に献上せねばならぬのだ!! 皆、心してかかるように!!」



 その言葉に返事が唱和し、ディーオチに万能感が与えられたのはいうまでもない。

 顔を上気させた色男は早速地図を見やり、大将らしく思案していると――。



「閣下! 一番槍はこのカーマセにお任せください!!」

「カーマセ侯爵……。いや、ここはまだ様子見だ。敵の持つ武器は非常に危険なものと聞く。よってマジックキャスターによる初撃を加え、その後は我が全軍を率いて敵陣に吶喊しよう」

「ぐ、な、なれど相手はたかが魔族。閣下がご出陣なされるほどの手合いではないと思われます。それに魔族の新兵器など、下賤な冒険者の戯言に相違ありません。閣下がお心をやむ必要もないかと」



 にやにやと下卑た笑みをうかべる家臣にディーオチは苛立ちを覚える。

 数的優位の野戦など勝って当たり前だ。だからこそ報償を狙って一番槍の栄誉にありつきたい。そんな想いが見え透いていた。

 だからこそディーオチは明確な勝者となるべく己が一番槍となることを望んでいた。

 もっとも冷めた顔をした彼の家が雇った傭兵団長は「閣下、下賤の身なれど発言を許可してください」と挙手をする。



「許そう」

「閣下は一軍の長。ならば家臣の手柄は閣下の手柄でもあります」

「つまり私が出陣しなくても功は変わらぬ、と?」

「左様にございます。閣下は一個の力ある騎士団を指揮するのではなく、力ある者達を従えてこそ、ガリヌス公爵家の名誉がたつというものでしょう」



 訳をいえば未確認の新兵器を有する相手と戦いたくない、という傭兵団長の本心が覗くものであるが、それにカーマセ侯爵を初めとした幾人かの家臣も賛同を露わにする。

 傭兵としては戦わずに金をもらいたいし、家臣としては戦力差から一番槍でなければ戦功をあげられないだろうからという思惑が合致したのだ。



「なるほど。一理ある。だが私が出陣してこそ、奮い立つ者もいるだろう。皆に後れをとるつもりはない。我らに栄光ある勝利がもたらされんことを――!!」



 「おい、まじかよ」という小声が本営に響いたのは言うまでもない。

 だがそれをかき消すように一人の伝令が本営に飛び込んできたことで誰もがその発言者を問いつめることを忘れてしまった。



「失礼いたします!! 敵陣に動きあり!! 敵軍中央にスケルトンが現れました!!」

「スケルトン? ただの雑魚ではないか。一蹴してくれよう」

「さ、されどスケルトンの数は五千にものぼり、まだ増えるようです!!」



 ディーオチは弾かれたように本営を飛び出し、敵陣を見やると複数の横隊を作る魔族国軍の中央部にスケルトンが集結しつつある様子が見て取れた。

 その統制のとれた動きにディーオチは敵陣にネクロマンサーがいることを悟ると共にスケルトン如きが何の役に立つと嘲笑を浮かべていた。



「何をするかと思えば雑魚モンスターを並べるだけか? その浅はかな企てなどすぐに粉砕してやろう。おい、マジックキャスターに攻撃を開始するよう伝えるのだ」

「閣下。グリフォンは如何いたしますか?」

「好きに飛ばさせておけ。地上への攻撃には適しておらんのだし、制空騎が二騎しかおらんのだ。空は奴らに任せる」



 グリフォンは高い空戦能力を有する反面、そのペイロードの余裕は皆無といっていい。その上、飛行中のグリフォンから地上を攻撃しようにも魔法以外に効果的な攻撃方法がないし、その魔法も同時詠唱ではなく個人による魔法のため放ったとしても効果は限定的と言わざるを得ない。

 しかし手練れの騎士であればその高い空戦能力と相まって倍のワイバーンと戦えるといわれていた。



「目標、敵スケルトン! 敵のすべてを撃砕せよ!!」


 ◇


「報告いたします!!」



 南部諸侯総軍司令部に現れたゴブリンの伝令が布陣の完了を伝えて来る。

 それを黙って聞いていたプルメリアは一つ頷くと司令部中央の長机に詰めかけた幕僚を見渡した。



「諸君。敵は四万越えの大軍であり、こちらは二万六千という有様だが、我らはウルクラビュリントを奪還し、ガリアの剣たる白銀の悪魔を討ち倒した一騎当千の精兵の軍団であると確信している。厳しい戦になろうが、諸君の奮闘を期待しているものである。参謀長、皆に方針を伝達せよ」



 はい、と顔を強張らせたドラゴニュートが立ち上がり、長机に広げられた地図に指揮杖を向ける。



「現在、我が軍は右翼に南部諸侯総軍隷下のオルク王国軍第二師団を、左翼にはコボルテンベルク王国及びデモナス王国連合師団が配されており、予備兵力としてドラグ大公国軍一個旅団が後方待機中となっております。また、これら主軍の後方十キロにはドラグ大公国軍竜騎兵(ドラグーン)大隊が展開しており、延べ三十騎のワイバーンが動員可能となっております。ただし、同大隊からは気温低下に伴い、昼間以外での全力攻撃は厳しいとの報告を受けております」



 ワイバーンは寒さに弱いものの、好条件がそろえば有翼人の比にならぬほどの飛行性能を有する生物だ。

 特にその積載能力には目を見張るものがあり、新開発の擲弾との相性は抜群といえよう。

 但しグライフに比べ小回りが利かないうえ、体温が低下してしまうと運動能力や稼働率が極端に低下する生物だ。それに擲弾の備蓄も不完全であり、どこまで通用するのか出たとこ勝負といわざるを得ない。



「数的不利及び航空支援の目途が不明確でありますが、幸い輜重兵の努力により特火戦力の充足と保有弾薬は定数に達しております。ですので特火が如何に敵を漸減できるかが勝負の肝といえるでしょう」



 特火はウルクラビュリント奪還戦の折りに猿獣人共の夜襲などによって損害を被っていたが、軍司令部兵站部が保管していた予備砲やオルクスルーエの工房から緊急輸送、そして工兵による修理によってなんとか再編を完了し、三十二センチ臼砲攻城特火中隊を除く各隊が所定の火力を有していた(攻城特火は動目標相手に役立たずだからいなくても問題ない)。



「よって各部隊は全力で特火に接近する敵部隊を邀撃すると共にスケルトンによる自爆攻撃をもって敵を消耗させ、機を見て総攻撃に移っていただきたいと考えます。刻限としてはワイバーンが航空優勢を得た後、航空支援を開始したらと考えます。参謀長からは以上です」



 うーむ。一匹でも多くの猿獣人をこの世から消し去りたい俺としてはこの案は消極的に思える。それに防戦というのは受け身であり、戦の主導権を敵に与えるようなものだと父上から習った。

 つまり攻撃の主導権を得た猿共は好きなタイミングで好きな場所に攻撃できるため防戦側は常に不利とならざるを得ない。

 そんな攻撃を徴兵した民によって作られた軍隊で防ぎきれるだろうか? いや、そのような攻撃を仕掛けて来る相手に対処できる指揮官も友軍にどれほどいるのだろう?

 はっきりいって指揮官全員が新式軍制の特色を十全に理解しているとは言い難いし、それを存分に扱いこなせる才覚があるかも疑わしい。

 てか、そうした戦の機微を一番分かっていないのが俺だし、その俺が一番新式軍制に造詣が深いのだから察するものがある。

 それに反転攻勢の狼煙にワイバーンによる制空権の奪取が前提となっているが、そのワイバーンが航空優勢を得られるのだろうか? 今は五匹しか飛んでいないワイバーンがこれからどれだけ増えるのか……。それに増えたとしてたったの三十騎でどれだけ猿獣人に損害を与えられるのだろう?

 むしろここは無理をしてでも打って出て主導権をこちらが握ってしまった方が良いのでは? オーガやドラゴニュートといった身体能力で勝る種族がいるのだから数的不利といえど戦えないことはないだろう。



「では参謀長の伝達通り南部諸侯総軍隷下の各隊はこの方針に従い、現在地を別命あるまで堅固に防衛せよ。また、各指揮官は戦力の消耗を避け、早まった行動をとらぬように。南部諸侯総軍司令官としてはこれ以上言うことはない」



 あ、あれ? 決まっちゃった!?

 いや、まぁ確かに数的不利を押して攻撃してやる義理はない。

 それにこちらには大量に備蓄されたスケルトンがある。今もウルクラビュリントから死体の供給は続き、その総数は一万五千を超えている。もっともネクロマンサーの数が足りずに一度に操れるスケルトンは五千体ほどが限界だ。

 それに武器も足りず、銃で武装したスケルトンは一部だけだが、それでも自爆攻撃を駆使すれば相手にプレッシャーを与えられるし、何より足止めにある。



「皆! 魔王様に勝利を!! 魔王様万歳!!」



 幕僚が一斉に立ち上がり、背筋を正して万歳三唱が響く。いろいろ言いたいことはあったが、ルビコン川を渡ってしまったようだ。

 そして南部諸侯総軍の幕僚を残して指揮官達が自分の部隊の司令部に足を向けようとした時、幕舎の入り口でばったりとコボルテンベルク大公ジギタリス・コボルトロード・フォン・コボルテンベルク様と鉢合わせた。



「……ジギタリス様」

「は、はひ!?」



 びくりと肩を震わせるコボルトは深いしわの刻まれた顔に笑顔を貼りつけ、わなわなと震えている。そんなに恐ろしいのか、ガリアとの戦は。

 確かに連中は憎い仇敵であると同時に際限なく残忍になれる恐ろしい種族であり、倫理観が欠如した化物である。そんな邪知暴虐の集合体のような存在を恐れるなというほうが無理があるというものだ。



「な、なな何用でしょうか?」

「いや、別段なんでもないのですが――」



 まぁ所謂「ふふ、呼んだだけ」なので本当に用はない。

 でもせっかく声をかけたのだからなにか挨拶くらいしておこう。



「そういえば此度の戦はコボルテンベルク旅団とデモナス旅団を合わせた合同の師団をジギタリス様が率いられておられましたな」



 コボルテンベルク王国とデモナス王国――特にデモナスはこれまで南部諸侯の盟主として恥じぬ軍備を有する大国であったが、先の魔王位継承戦争において賊軍となってからは領地が一部没収されたり、教皇庁へ割譲されたりといろんなことがあって国力がガタ落ちしてしまった(もちろんコボルテンベルクもデモナスに与していたとあってペナルティーを受けて財政難のようだ)。

 そのため軍事にまわすお金が足りず、両国を合わせてやっと師団が作れる有様になっていた。もちろん再度の叛乱を危惧して軍備を制限しているという側面もあり、かつてのデモナス王国軍やコボルテンベルク王国軍の面影は残っていない。

 盛者必衰とはいうが、これが敗戦国の末路か……。かわいそうに。



「先の戦では不幸にも敵味方に分かれた我らではありますが、ここは遺恨を忘れ、共に協同して魔王様に勝利を献上いたしましょう」

「え? は、はははい!!」



 あれ? 一層顔色が悪くなっちゃった。まぁ不安だよね。俺も軍を率いることに不安は感じるし、ジギタリス様もそうなのだろう。

 それに軍備が整っていないのは銃兵戦力だけでなく特火もまた不足しているようだ。

 もっともそれは輸入制限がかけられているせいもあるが、特火はその性質上、職人的な感と経験が必要な兵科であり、一日や二日でものになる兵科ではない。

 そのため両国とも此度の出兵には特火教導隊と呼ばれる八十四ミリ野戦砲を四門装備する中隊規模の戦力を引っ張って来るだけで精一杯だったようだ。



「いざとなれば我がオルク王国軍が有する軍特火の一部を支援に向ける用意があります。なにかあれば気軽にお声かけくだされ。では共に頑張りましょう。く、フハハ!」



 バシバシとその小さくなってしまった背中を叩いて喝を入れてあげて幕舎をあとにする。

 そういや、昔こう、背中を叩かれて喝を入れられたことがあったが、誰にやられたっけ?

 ………………。あ、ニートになる前に働いていたブラック会社の上司だ。


 ◇


 コボルテンベルク大公ジギタリスは震えていた。己の肩を乱暴に叩き、「く、フハハ」という不気味な笑い声を轟かせる悪魔の背中に小さな悲鳴をもらし、己の不幸を呪う。

 そして悪魔が口にした“先の戦では不幸にも敵味方に分かれた我らではありますが、ここは遺恨を忘れ、共に協同して魔王様に勝利を献上いたしましょう”という言葉を咀嚼し、再度身を震わせる。



(アイツ……。まさかあの蛮行を忘れたわけではないといいたかったのか?)



 ジギタリスは冬の終わりに見た地獄が脳裏にありありと蘇って来る。

 雪上に散らばった鮮血と臓腑。それらを取り除き、大釜で煮る奴隷達。そして自分に供してきたあの肉――!

 あの豚野郎は憎い仇敵であると同時に際限なく残忍になれる恐ろしい種族であり、倫理観が欠如した化物である。そんな邪知暴虐の集合体のような存在を恐れるなというほうが無理があるというものだ。



(警告だ……! 警告に違いない! オークロード殿は我が軍が敗北した場合、報復すると暗にいってきたのだ! でなければわざわざ話しかけてはこまい)



 ジギタリスが指揮するコボルテンベルク王国軍ははっきりいって張り子のトラだ。軍の形式を維持しているが、それでもまだまだ赤子も同然であり、圧倒的に経験も兵力も足りていない。

 それに対しオルク王国軍は第二次ウルクラビュリント奪還戦から魔王位継承戦争にゴブリシュタットでの反乱軍鎮圧、そして第三次ウルクラビュリント奪還戦に参加するなど質、量共に優れる軍だ。

 ならばこの戦で足を引っ張りそうなのは誰か? コボルテンベルクとデモナスである。ただでさえ風当たりの強い両国が戦の帰趨を左右しようものなら今度こそお家お取り潰しは確実だろう。いや、それだけならまだいい。おそらくあのオークはそんな結末で自分たちを終わらせてくれるはずがない。

 それに最後にいった“軍特火の一部を支援に向ける用意があります”という言葉にも“何かあれば即座に攻撃できるのだぞ”という脅しが垣間見える。

 そんな被害妄想がジギタリスに駆け巡り、呼吸が浅くなる。



(オークロード殿がウルクラビュリントに抱く執着は正気のものではない。それがもし、失われるようなことがあったらどんな報復を受けるか分かったものではない……! なんということだ。今度は私がアイツに喰われるかもしれない。そんなの嫌だ。絶対に、絶対、絶対絶対絶対いいいぃいッ……!)



 今にも精神の糸が切れてしまいそうなジギタリスはどうにかしてでもコボルテンベルク王国を守る施策を焼ききれようとする脳で考え、導き出す。

 そうだ、デモナスを犠牲にすればいい、と。

年内に戦闘出来なかったのは心残りですが、これが本年最後の投稿になります。

また来年もよろしくお願いいたします。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=964189366&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ