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ネクロマンサーの憂鬱

 ここは……。自分は一体……。

 深淵のただ中。自分という形さえ分からぬ闇に覆われた世界で必死に思考を紡ごうとするが、それを邪魔するように泥のような黒の世界が思索を邪魔してくる。

 千切れた思考はまとまらず、ただ泥の中をもがいていると、どうして自分がもがいているのかも分からなくなってきた。このまま泥に埋もれてしまっても良いのではと常闇が囁いて来るようだ。

 いや、ダメだ。自分は帰らなくては。あの人達の待つヌーヴォラビラントへ、帰らねば――。ん? ヌーヴォ? それはどこだろう? それに自分の帰りを待つ人とは一体誰のことだろう……? いや、そもそも自分は一体誰だった?

 考えれば考えるほど疑問は深まり、答えはでない。まるで底なし沼にはまってしまったようだ。どんなにもがいても脱出できず、逆に深みにはまっていく……。だがあと少しで答えが出そうな気もする。

 そんな時、ふと闇の中にぼんやりとした光が見えた。それに歩み寄れば答えが出そうな気がして必死に泥をかき分け、そこに向かい――。

 目を開けると青空がそこに広がっていた。戦があったとは思えぬほど平和的な景色。だがけたたましい悲鳴が意識を無理矢理覚醒させた。



「ど、どうしたのでありますか?」



 反射的に身を起こし、腰に吊られているオリハルコンのロングソードに手をかけようとして、手が空を切ると共に視界が()()()()()()()



「え?」



 身体を起こした感覚はあるのに首から上だけが地面を転がり、その視界にボロ布に鉄の首輪をつけた少女を捕らえる。奴隷と思わしきその少女の瞳にはありありと恐怖が映り、何か得体のしれないモノと遭遇したかのような怯えが宿っていた。



「ど、どうしたの、でありますか?」



 いや、むしろ今の自分はどうなっている? そういえば自分は確か夜襲に参加してそこで――。



「あーあ。かわいそうに。私たちのように起き上がっちゃったんだ」



 知らない声に頬をつかまれ、首が宙を浮くような感覚にドキリとする。そして視界一杯に病的に青白い顔をした――いや、生者とは思えぬ土気色の顔をした少女の憐憫を滲ませた瞳と視線が交じり合う。

 どう見ても普通の人間じゃない。だがこの顔色で人のように動くということはアンデッドに間違いない。ならば人間を守護すべき自分の取る行動は――。



「思い出すな。考えるな」



 その言葉に使命と思考は霧散し、眠りに落ちるように意識が――。


 ◇


「お、おい、今のはなんだ!?」



 山のように死体が積み重ねられたウルクラビュリントの中央広場を視察中、急に死体が勝手に起き上がったかと思うと、同伴のイトスギがその死体に言葉を吹き込むとまるでスイッチが切られたロボットよろしく死体は活動を停止した。

 何が起こったのか、何をしたのかまるで理解が出来ない。だが主が与えたもうた命の息吹が乱用されたような気がして反射的に聖句を口ずさむ。け、決して死体が動いたことにビビったからじゃない。決して違う。違うし!



「え? あー、大したことないんだけど、見ての通り死体が起き上がっちゃったから活動を停止させただけだよ」



 まるでお昼のメニューを答えるような物言いに閉口してしまう。

 ふと死体がアンデッド化を始めているから起き上がったのかと納得する。



「確か、魔素(マナ)が体内に溜まると死体が動き出す……。という奴か? つまりこいつは自然とアンデッドになってしまった個体なのだな?」

「私たちのいた教団によればアンデッドの定義は色々とあるけど、まぁその認識で間違いないよ」



 生ける屍。ゾンビ。不死者……。呼び名は様々だが、死体を起因にしたモンスターを総称してアンデッドと呼ばれるそれは一定期間放置された死体が突然、生者の如く動き出すモノだ。

 その生態はよく分かっていないが、イトスギの説明曰く生前の行為をトレースすることが多いという。

 しかし生命活動が停止しているためか、行為をなぞるだけで意味を持った行動をとらないと聞いていた。



「って、ソイツさっき喋っただろ!? ただのアンデッドが喋るはずがなかろう。説明しろ」

「んー。そうだったかナー」



 ふいっとガラス玉のような瞳をそらし、カサカサに乾いた唇から掠れた口笛が漏れる。コイツ、息を吐き出せるんだな。いや、声を出しているのだから当たり前か。



「………………。出荷前に起き上がられては事だな。おい、そこのお前。第五一二スケルトン銃兵大隊へ伝令だ。一個小隊を中央広場に派遣し、スケルトン積み込み作業を監督せよ、だ」



 命令を発している間、イトスギは先ほどの死体を再び寝かせてもう何事もなかったかのように振る舞っているが、それが通じると思うなよ。

 手近な兵士の復唱を確認し、彼女に向き直ると不承不承という文字を顔に張り付けたかのような表情をしていた。死体のくせに感情豊かなのだな。



「で?」

「はい? なにが“で”なわけさ。あー。それよりもどう教会を説得して、星神教徒相手の戦にスケルトンを使えるようにしたのか気になるなー。聞きたいなー」

「はぐらかそうというわけだな? お前がその気なら、良いだろう」



 イトスギが逃げようと腰を浮かすが、その前に俺の右手がむんずと彼女の顎を捕らえた。がっちりと逃げられないように細顎を掴み、その腐っていそうな耳を無理矢理引き寄せる。



「免罪状を買ったからな! 俺は主の奇跡を模倣し、愚弄するネクロマンシーという行為を行うことを恥じ、悔いた。そして免罪状を買い、その罪を許された。だから戦でスケルトンが使えるのだ! 分かったな!?」



 あまりにも話を引き延ばそうとするので頭に来た。

 ズキリと軋む頭蓋に思い描くは、昨日の告解室での出来事だ。

 メンデル司教にウルクラビュリントの寄進を持ち掛け、そこから星字軍の援軍を取り付けてそれを盾にすれば錦の御旗よろしくガリアは決定的な決戦を避けてくれるのではと考えていた。

 きっとガリアも星神教と袂を分かつようなことを望んでいないだろうし、彼らが盾になって敵の士気を砕いてくれたらあとはなんとでもなるような気がしたのだ。


 だが、彼の司教に変わって応対してくれたナイ殿から免罪状の購入を進められたのだ。

 曰く、教会も戦の準備が整っていないためお役に立てるか分からない。だが度々の戦役を経験してきたネクロマンサー達であれば教会のそれより役に立つはずだ、とのことだ。

 もちろん星神教徒相手にネクロマンシーをけしかけるのはどうかとも問うた。すると――。



『確かに星神教徒同士がいがみ合うのは悲しい事です。負傷者を助けるために従軍する司祭や司教の目もあるでしょう。そんな中でスケルトンを使って星神教徒と戦うことなど許されることではありません。ですが、同時に許されない罪はありません。悔いる気持ちがあるのなら必ず主は救いの御手を差し伸べてくれることでしょう。さぁ、これによって汝の罪は許されるのです。カレン様に星々の恩寵があらんことを――!』



 そして俺は五ランクある免罪状のうち、最高ランクの――王族くらいしか買えないような金額のそれを購入した。

 おかげで今回ナリンキー殿から受け取っていた袖の下がパァだよ。てか赤字だよ。借金が増えちゃった。

 でもウルクラビュリントを猿獣人に渡すくらいならオルク王国が財政破綻した方が万倍もマシだ。

 何より第三次ウルクラビュリント奪還戦にはすでに巨額の軍資金が注がれているのだからここで街が奪われてはそっちのほうが損失だ。なら少ない損失――いや、投資をするべきだ。

 だから無理をして俺は免罪状を買い、スケルトンの星神教徒への使用を主から許された。



「さて、お前が聞きたいことは聞いたな? 次は貴様だ。さぁ話してもらおうかッ!! イトスギイィイイ!!」

「う、うぅぅううぅ、うわッ」



 顎から手を離され、たたらを踏んだ死人の少女の耳が妙な音と共に千切れる。だがそれでもしばらく口をへの字にしていた彼女にそれを叩き返すとついに観念したのか、ぽつぽつと喋り出してくれた。



「死体が起き上がる――アンデッド化するには魔素(マナ)が身体に浸透することで起きる現象だけど、高位者と呼ばれる存在は元々魔素(マナ)を多く身体に宿していることが多いから特別なアンデッドになりやすい、といわれている」

「高位者……?」



 イトスギが弄っていた頭を見やると、その顔には見覚えがあった。【剣聖】だ。

 ガリアの剣にして白銀の悪魔の異名を名乗るその化物は冒険者ランクでいえばSランクの上位帯に入るほどの実力を有しており、ガリアの誇る勇者に並ぶ最高の戦力である。

 つまりイトスギのいう高位者というのは高いステータスを誇る者のことだろう。



「と、いうことは熟練の冒険者はその特別なアンデッドになりやすい、ということか?」

「その認識であっているよ。特にマジックキャスターは日常的に魔素(マナ)を体内に蓄積して魔力に変換しているからより特別なアンデッドになりやすいと教団の人達は考えていたようだね。ついでに言えば魔力さえ溜まれば普通のスケルトンも特別なアンデッド――リッチになる。俗に進化とか、特異個体(ネームド)と呼ばれる奴さ。まぁ彼女の場合はリッチというより首なし騎士――デュラハンかな」



 なるほど、としかいいようがないが、それよりも危惧すべきなのはコイツ、明らかに意識があっただろ。

 いや、イトスギの例もあるし、その特別なアンデッドとは生前の記憶を継承するものなのだろう。

 だとするとコイツはガリアの剣として魔族(おれたち)を殺そうとしてくるのではないか?



「コイツは暴れ出さないだろうな? 生前は【剣聖】と呼ばれていた化物だぞ。こんなところで暴れ出したら収拾がつかん」

「それは大丈夫。ネクロマンシーというのはアンデッドの魔素(マナ)を操って使役する魔法だから私たちがいる限りこの命令は書き換えられないよ。まぁ私たちより高位のネクロマンサーなら書き換えられるだろうけど、取りあえず今は動かないよう命じてあるから暴れるようなことは起こらないはず」



 ひとまずは安心ということか。てかサラッと言っていたが、つまり【剣聖】をコントロール出来るってこと? それって凄くない? ガリアの最高戦力がまるまる手に入っちゃったってことでしょ? なら笑いが止まらんぞ。

 なら高位者のアンデッドを量産し、それを操る部隊を組織し、それを運用出来れば――! それはきっと既存のスケルトン銃兵とは比べものにならない素敵なものになるのではないか? く、フハハ。フハハハハハッ!!



「ぅわ……。だから教えたくなかったのに」

「そのような顔をするな。ほら、笑え。これほどの吉報が他にあろうか、く、フハハッ!!」

「は、はは……」

「そうと決まれば新たなネクロマンサー部隊を作らねばな。【剣聖】といわずとも名の知れた者をアンデッド化して大隊を組めばその戦力は十倍の一個師団に相当するだろう。あぁその大隊を戦場に投入するのが楽しみだ」

「それはよかったですネー。はは……」



 死人とはいえ、少女の笑顔に満足して踵を返すと背後から困惑が聞こえてきた。

 さて、忙しいことこの上ないが、取りあえず他の部隊の動員状況の視察に行くか。



「え? 部隊の編制は?」

「今から部隊を編制――この場合は新編か。それをしていては戦が終わってしまうだろ。組織を作ったところでアンデッドを運用できねば無意味だし、その特別なアンデッドも一体しかおらんのでは戦局になんら寄与はせん。ならば今は既存のスケルトンが一体でも多く欲しい。まぁ時間がないからこの際ゾンビになってしまうがな」



 幸いに死体なら腐るほどある。戦野で朽ちた者だけでなく冒険者的行為を働いた罪で処刑された新鮮な死体もあるのだ。これを使わない手はない。死んでしまえば憎かった敵も今は貴重な資源だ。

 もっとも一々スケルトンにする時間も惜しいので肉がついたまま馬車に放り込まれているが、これはこれで疫病が心配だ。

 特に軍隊という集団行動が基本の者にとって伝染病は致命的な問題を生みうる。部隊丸ごと病欠とか洒落にならない。

 そのため兵士達には手洗いやうがいを徹底的に行わせ、運び出される死体には街中からかき集めた石灰をまぶって最低限の防疫を行っていた。



「さぁ、行くぞ。すでに出発した先遣旅団に続き、我らも敵を迎え討ちにな!! 連中まるごとアンデッドにしてくれよう!! フハハ!!」



 そんな高笑いに混じって背中から「かわいそうに……」という声が聞こえたが、それが誰に向かって放たれたのかは、分からなかった。

ちょっと戦闘までダラダラしてしまい申し訳ありません。

次回から戦闘シーンとなる予定です。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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