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戦の足音

 有翼人のシスタス・リトバイハウムは未だ冬に支配された薄い青空を哨戒飛行していた。

 ハピュゼン王国に使える騎士の家に生まれた彼は今年で二十も半ばに差し掛かる年齢をしており、此度の戦役で箔をつけてどこかの家と見合いをしようと考えていた。

 その願いもオルク支隊として『電撃(ブリッツ)』作戦に従事し、偵察による敵部隊の早期発見と敵マジックキャスターの殲滅を為したことにより第一航空猟兵(ハーピー)大隊に対してオルク王国大公より感状を賜る栄誉を受けたため、概ね達成されたといっても過言ではなかった。

 あとはこの戦果を引き下げて故国に戻るだけであり、さっさとこの寒空からおさらばしたかったのだが、彼の眼下に光るものが映ってしまう。



「異常なしって訳にはいかなくなったか……。くそが」



 余計な仕事を増やしたがって、と悪態をつきながら翼をはためかせる。

 あの輝きはは大方敵の斥候だろう。それも下仕事は高貴な貴族ではなく下賤な冒険者が行うと相場が決まっているものだ。

 ウルクラビュリント攻略後、その奪還を狙ってか斥候の姿が度々確認されていたことを思いだし、少数なら一撃お見舞いしてやろうと思いながら接近を試みたところ、その軽い気持ちは消し飛んでしまった。



「大軍じゃないか! 四万は堅いか!?」



 それも相手は冒険者ではなく騎士や傭兵のようだ。

 シスタスは即座に翼を翻し、急報を届けようとするが、その直前に自身に陰がさしたのを知覚すると共に体をひねりロール。無理矢理機動を変える。

 すると上空より鋭い陰が間一髪で通り過ぎ、そのまま降下していく。



鷲獅子(グライフ)!?」



 獅子の体に鷲の頭と翼を持つ四足獣――グリフォンとも呼ばれるそれは有翼人に比べあらゆる空戦能力で勝る空の王者だ。

 その飛行性能の差を見せつけるように一降下したグリフォンの騎乗者は首を回して目標たるシスタスを睨みながら手綱を引き、愛騎の鷲首を回す。

 すると凄まじく小さな旋回半径をもってグリフォンは反転。正面から突撃(ヘッドオン)してくる。



「くそったれめ!」



 訓練されたグリフォンは高高度からの一撃離脱から格闘戦まで幅広い空戦技法を披露できる高いポテンシャルを誇る反面、その気性の荒さから操縦と飼育が難しくて数を揃えられない欠点があった。

 シスタスは自分めがけて突っ込んでくる騎影が一つだけなのか刹那の時間で周囲を見渡して確かめる。どうやら制空騎はこの一騎だけのようだ。



「こんなところで死ぬ訳にはいかないんだッ!!」



 腰に吊っていた刃渡り四十センチもの銃剣を抜き、もう片手では肩に担いでいた短燧発銃(カービン)を引っ張り出して着剣する。その長さは一メートル四十センチという槍としては心許ない長さであり、対するグリフォンの騎乗者は三メートルもの馬上槍(ランス)を所持していた。



「はあああッ!!」



 荒ぶる気流を読み、シスタスは己に突き刺さろうとする長槍(ランス)の軌道を銃剣の刃先で反らす。だが速度、質量共に勝るグリフォンに押されて彼は弾き飛ばされてしまった。

 もし騎乗者同士の空戦であれば愛騎から落ちた時点で勝負ありだったろう。

 しかしシスタスは幸運にもまだ衝撃に負けじと意識を保持しており、きりもみ状態の体を空気の流れに合わせて建て直しにかかる。



「あっぶねぇ……!!」



 もう少し相手の速度が乗っていれば意識も摘み取られていたかもしれないとジンジンと痛む両手に彼は嘆息する。

 もちろん落馬のリスクはグリフォンの騎乗者とて同じであり、ガリアでは速度を落とさざるをえない格闘戦を行うことが推奨されていた(グリフォンを養えるのは名家だけなので一対一での技量勝負となる格闘戦こそ騎士の戦という風潮もこれを後押ししていた)。



「だがこれで仕切り直しだ! さぁどこにい、る――!?」



 左右上下を見渡し、そして背後を振り返った時。眼前には鋭い長槍(ランス)の穂先が迫っていた。

 それは過たずシスタスの眼窩を穿ち、そのまま振り払われる。

 そしてその躯が泥濘に落着する頃にはグリフォンは勝利の雄叫びを轟かせるのであった。


 ◇


「ウルクラビュリントの三十キロに四万もの敵だと!? 明日にでも猿獣人がウルクラビュリントに迫る距離ではないか!! 航空猟兵(ハーピー)は遊覧飛行でもしていたのかな? シュヴァルベ殿」



 熱を帯びる頭の傷をなでながら第一航空猟兵(ハーピー)大隊の長を睨みつけると、乳白色の短髪をいただく少女はしどろもどろに謝罪を口にした。



「そ、その、警戒網は西方に重点が置かれておりまして、今回の敵はそれをかいくぐる様に南から侵攻してきただけでなく、敵にはグライフが随伴しているようで哨戒に出ていた者は果敢に戦った末に撃墜されたのかと」



 はぁ、と重いため息を吐き出すと共にシュヴァルベ殿の小さな肩がビクリと跳ね上がる。

 いや、失敗の原因は彼女ではなく哨戒飛行を重視しなかった俺にある。

 鳥人族による空中哨戒の重要性はこれまでの戦で痛いほど認識していたが、ウルクラビュリント奪還という主目標を達成したが故に油断して南部方面の索敵網を二人一組で行わせる二重のものから兵の負担を減らす為に一人で行わせていた。

 それを許可したのは何を隠そう第一航空猟兵(ハーピー)大隊の上級部隊であるオルク王国軍司令官たる俺だ。

 そのせいでグライフによる航空優勢を得たガリアに偵察に出ていた鳥人族は撃墜され、敵の接近にぎりぎりまで気づくことができなかった。

 あぁ、くそ、畜生め。間抜けをさらす自分がこれほど憎らしいとは……!



「カレン。それよりセントールが持ち帰った情報を検討したい」



 魔族国軍司令部が置かれているウルクラビュリント教会の会議室の上座に座るプルメリアが南部諸侯総軍司令官の顔で促す言葉にやっと怒りが沈静化の兆しをみせる。

 確かに今は怒ってはいられない。それよりも鳥人族の未帰還者捜索のために出張っていたセントールが持ち帰った情報を精査し、対策を立てねばならない。



「セントリオ伯。報告を続けたまえ」



 下座につくセントールを見やると精悍な顔つきをこわばらせたアスペン・フォン・セントリオ伯爵は敵が四万を越える大軍勢であり、その主な戦力は傭兵であろうとのことが伝えられた。



「敵の騎馬はおよそ五千から六千ほど。その他、傭兵と輜重が追随しているようでした」

「傭兵ね……」



 プルメリアの独り言に集まった幕僚達も顔を暗くする。

 時折、傭兵は冒険者と混同されるが、その実体はまったく違う。

 所詮冒険者などならず者の集団であり、その技量はまちまちで統率もあったものではない。

 対して傭兵は戦慣れし、集団で戦うことに長けているし、戦の機微に聡い。

 つまり今までのようにはいかないのは目に見えている。



「参謀長。南部諸侯総軍の戦力は?」



 それに一人のドラゴニュートが立ち上がり「明日までに動員できる兵は最大で三万程度かと」と脂汗を流しながら答える。

 ウルクラビュリント奪還作戦の頃は総勢六万もの大軍であった戦力が半数に落ち込んでいるのは戦傷死によるものだけでなく逃亡や占領地維持のために各部隊を地方に派遣したり、後方地域で再編作業中のためだ(特に総攻撃で甚大な被害を受けたオルク王国軍第一師団などがそうだ)。



「ここは籠城戦を行って増援を待ちたいところだけど、そうもいかないだろうね」

「はい、閣下。現在、ウルクラビュリントの城壁の修復の目処は立っておりません。またウルクラビュリントに関わらず、全部隊にわたって慢性的な物資不足が続いており、籠城は困難であるかと」



 補給路の問題から糧秣が不足しがちである状態は攻城戦当初から続く問題だ。その上、ウルクラビュリントは猿獣人が立てこもる間にその物資を消耗しており、徴発したところでたかが知れている。

 そもそも籠城の勝利条件は包囲してくる敵を撃退することにあるが、戦力が少ないからと決戦を避けて城に籠るのだから包囲軍を撃退できる戦力を外から引っ張って来るか、包囲軍の糧秣切れまで耐え凌ぐかの二択になる。

 だが新式軍制を取り入れた部隊は第三次ウルクラビュリント奪還戦につぎ込んでおり、援軍の宛がないし、敵が諦めるまでこちらの物資が続くかどうか……。


 そして先ほどから参謀達が俺の顔色を盗み見ては互いに顔を見合わせて「参謀長は言うのだろうか」「言える訳ないだろ、命がいくつあっても足りないぞ」「しかし参謀の職責として言わねばならぬだろ」と囁き合っている。よっぽど口にできない意見があるようだ。仕方ない。俺が皆の意をくんでいうしかないか。



「プルメリア……。いや、総軍司令官閣下」

「なにかな?」

「ここは苦しいところではありますが、打って出ましょう」

「なるほど。カレンの言ももっとも。ここは城を捨て――。は? お、夫殿? 正気か? 相手は四万を越えるようだが、打って出るというのか?」



 まぁそうなるよね。だからみんな言いたくなかったんだよね?

 でも誰かが言わないと始まらないし、俺なら夫という立ち位置があるからそこまでひどい罵倒はないだろうからやっぱり俺が忠言するほうが良いだろう。



「正気です」

「夫殿の認識を問うのだが、わざわざ数で負けているのに打って出るのか? それにこちらは大きく消耗しているのに?」

「そ、そうですオルク閣下! ウルクラビュリントの維持は難しい! ここは街を放棄し、体勢を立て直すべきです!!」

「――は? き、貴様? 正気か? 取り返したウルクラビュリントを放棄するだと? 貴様の頭蓋には綿でも詰まっているのか?」



 よろしい、その頭の中を検ためてやる、と立ち上がった時、プルメリアが先に立ち上がって手を打ち鳴らした。



「カレン。気持ちは分かるが――。いや、そんな軽率な言葉は用いない。だが今、軍の事情が急迫していることを知らぬわけではないだろう? この戦で南部諸侯総軍の主力たるオルク王国軍は大いに疲弊し、防備もままならない。とはいえ、ここで兵を消耗させてはウルクラビュリントはおろかオルクスルーエの防衛にも影響が出かねない。その実状を直視してくれ!」



 切実な妻の訴えにズキリと心が痛む。だがそれ以上に頭の傷は痛んでいた。

 なにか手はないか? すぐに戦力を倍増しうる策が――。



「……あ」

「何か策でも?」

「少し、会議を中座してください。戦力差の問題を解決してきます」

「それは、頼もしいが、一体とうするのだ?」

「主の御力をお貸しくださるよう頼んできます」

リトバイハウム君は某帝国の第一教導戦闘竜兵団から名前を取りました。

ファンタジー世界の空戦や対空戦闘ってどうやっているのか妄想が止まりませんね。


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