故郷にて
未だ硝煙と血と腐乱臭の立ち込めるウルクラビュリント城にオルク王国を現す黄色地に赤のラインが入った旗が窓という窓から垂れ下がり、城主の帰還を喜んでいるように風に舞う。
そんな旗達が見下ろす中庭は攻城の際の砲爆撃で無数の瓦礫が散乱していたが、今は清められてむき出しの地面が顔をのぞかせている。
その中庭に据えられた大舞台には手枷をつけられたボロボロの男女が立たされており、戦争の爪痕が色濃く残る市中の人間共がそれを観るために集められていた。
「ウルクラビュリント全市民に通達する」
そんな精根尽き果てていそうな観衆の前に立ったのは豪奢な飾りで彩られた衣服をまとったオークの文官だった。
その文官は慣れた手つきで手元の羊皮紙を広げ、浪々と宣布する。
「畏くも魔王陛下からこの地を下賜された正統統治者たるカレンデュラ・オークロード・フォン・オルク大公及び軍務伯閣下の名において現在のウルクラビュリントの安全確保に関する緊急措置法の施行を宣言する」
それと共に壇上に麻袋で顔を覆ったオーク達がL字型の台を置き、そこにロープのついた支柱を取り付ける。そんな一本の支柱で支えられるだけの台に次々と壇上の者達が登らされ、その首に絞縄がかけられる。
「冒険者的行為を働いた者、処刑する。冒険者的行為を行っていた者を支援もしくは協力した者、処刑する。冒険者的行為に少しでも関わった者、処刑する」
処刑人が罪人の首に縄をかけ終わるや合図と共にロープが引かれる。すると支えを失った台が前のめりに倒れ、受刑者達の足が宙に浮いた。
「なお、冒険者的行為を働いた者及びその協力者の悪逆非道なる蛮行は死をもってしても当人の罪科を償いきれるものではなく、よってその死後はスケルトンとして軍役に服し、魔族国に奉公することでその損害を賠償するものとする」
そして吊られた罪人達を奴隷が片づけていく。
以前、リーベルタースの豪商であるナリンキー殿から売ってもらったセール品の奴隷達は処刑台の脇で死体から衣服と枷を外し、城の裏手に作ったスケルトン製造所にそれを運んでいく。そこで余計な肉を剥がれ、骨だけの姿に生まれ変わるのだ。
その間、空になった絞首台に新たな冒険者が登壇させられ、次々と首に縄がかけられていく。
そんな光景を城のバルコニーから見下ろしていたが、俺の心は一向晴れず、曇ったままだ。
「カレン……」
涼やかなその声に振り向くと春を切り取ったような薄桃色の髪に怜悧な水色の瞳をいただいた我が妻がそこにいた。
一枚の絵画のように息を飲む美しい姿に思わず声が漏れそうになるが、今、声をだしては涙声となってしまうだろうな。
「義父上や義母上のこと、余も残念に思う」
「……お気遣いくださり、ありがとうございます」
やはり、声が震えた。
三日前に入城を果たしたウルクラビュリントだが、予想通り父上と母上そしてこの地に暮らしていた同胞の塚はなかった。
最初から分かっていたことだ。連中は魔族を弔ったりなどしない。むしろ死肉を目当てに魔物や狼がやってくるからとその体から有用なパーツをはぎ取った後は地面の奥深くに埋めてしまう。
故に街の全域をくまなく探したが、父上と母上の痕跡を見つけることはできなかった。
それは自分が思っていた以上に、堪えた。
「先祖伝来の墓も、壊されて畑にされておりました。異教の習わしにて葬られていた先祖を改葬したかったのに……。それさえも叶わないとは……ッ」
亡骸を清浄なる炎にて荼毘に付すことでその魂を煙と共に主の御元にお返しするという星神教の教えに従い、先祖を供養したいと思っていた。
だというのに骨の一片さえ見つけることはできなかった。
いや、これでは父上も母上も、この地で生まれ、この地で死んだ者達がまるで最初からこの世に居なかったようではないか。それがどうしようもなく悲しかった。
「せっかく、せっかく故郷を取り戻したというのに、やはり失ったものは返ってこないのですね」
「……しばらく、政務は余が代行しよう。カレンには休養が必要だ」
「メリアの心遣いはありがたいです。しかし、大公としての責を果たさねば」
ゆっくりと瞑目すると、新たに死刑囚が壇上に運び込まれる音が聞こえる。
何人殺しても俺の心は晴れない。むしろ大洪水が起こらんばかりの大雨が降り注いでいる。
「……カレン。復讐が無意味だとはいわないが、復讐をしても得るものはない。気持ちを切り替えるのは難しいかもしれないが――」
「しかしやまない雨はありません。主は大洪水で地上を一掃されましたが、それでも雨はやみ、水は引きました。即ち猿獣人を殺し続ければいずれ光明が見えるのでしょう。主よ! 俺は立ち止まりません。その日が来るその時まで歩み続けましょう! もし心が弱り、立ち止まろうとするその時、どうか我が身にお力をお貸しください! 必ずや立ち上がり、その日を目指してみせます!!」
そうだ! 諦めてはならない! 今は暗闇の中にいるとしてもいずれ光が見えることだろう!
そうと決まれば行動するのみ! さぁ今日もがんばるぞ!
「……夫殿が元気になったようで安心したよ」
「――? メリアと距離を感じるのですか、なにか不味いことでもしましたか?」
「いや、なんでもない。うん、なんでも――」
なんかメリアが引いてる……。やっぱり彼女は宗教に関して思うことがるのだろう。
愛を誓ってくれたが俺は童貞ニートだったし、今世でも復讐ばかりで女性との付き合い方が分からないから彼女を傷つけることもあるだろう。
だがそれを言い訳にするのはイヤだ。
むしろ俺のような不細工を好いてくれた彼女を傷つけるようなことはしたくない。
だからこそ宗教の話は彼女の前でするのはやめよう。いや、控えよう。
……あー。俺って意志が薄弱だなぁ。
軽い自己嫌悪を抱いていると鐘の音が響いてきた。おっと、もうそんな時間か。
「メリア。ウルクラビュリント司教との面会の時間ですのでこれにて」
「はいはい。余は軍司令部に戻っているよ。あまり、悪趣味な劇は好きになれないからね」
ちらりとメリアが目配せした先にはちょうど罪人の首が吊られるシーンがあった。
メリアが嫌だというのなら仕方ない。処刑人達には迅速に刑を執行するようせっついておこう。
「では後ほど軍司令部にて」
「あぁ。もし陛下に会われたらよろしくと伝えてくれ」
「分かりました」
現在、魔族国軍総司令部は破壊から免れたウルクラビュリント教会に設置されており、南部諸侯総軍司令部は城の南にある屋敷を接収して使用していた。
本当はウルクラビュリント城に居を移したかったのだが、生憎ドラグ大公国軍のワイバーンによる空襲を受けているため、倒壊の危険があるから立ち入りが制限されているのだ(それに攻城戦のおり、猿獣人共が最後の抵抗点として城を使ったためまだ死体などが散乱していて使用に耐えないという面もある)。
「では」
互いに敬礼を交えて別れ、護衛の兵とともに城門に向かうとそこには疲れ果てた顔をした人間共の列があった。
その列に並ぶ猿モドキ共は先ほどの死刑囚と同じく枷が付けられており、列の先頭では木槌を手にした法務官のオークが機械のように判決を言い渡してく。
「――クローニャ、冒険者ギルド受付嬢として冒険者的行為に協力した罪により死刑。次、アンドレー・ピエール、鍛冶屋として冒険者に武器を売り冒険者的行為を支援した罪により死刑、次、ソフィア・サンソン、冒険者向けの宿を開いて冒険者的行為に関わった罪により死刑――」
もうここまでくると死刑宣告をする機械のようだ。延々と変わらぬ単調作業に目が死んでしまっている。
代わりの者が必要だろう。
今はオルク王国軍付きの軍属である法務官に裁判を一任しているが、これでは最早過労といいところだ。
さっさとオルクスルーエから各種文官を呼んで統治機構を整理するか、新たな特別立法で裁判の迅速化を図るべきだろう。てか、どうせ極刑以外ありえないし、新しい法律を作った方が早いな。
「閣下。そろそろ教会に向かわなくては……」
おそるおそると護衛の兵に尋ねられ、それに頷く。
そして瓦礫の街並みに心を痛めながら教会に向かうと周囲の建物に比べ真新しい壁を持つそこにたどり着いた。
城の尖塔に並ぶ鐘楼を備えたその教会は荒れた街の中で悠然とたたずみ、その荘厳な装いを堂々と誇っているようだ。
そんな教会にも長々と列が延び、その周囲を白銀の鎧をまとった星字騎士団が警護している。
「閣下! あれは冒険者では!?」
殺気立つ護衛の視線の先にはぼろぼろの身なりであるが、明らかに一般人とは違う鍛え抜かれた体をもつ者がチラホラと混ざっている。
先の緊急措置法に則れば死刑は免れない重罪人だ。
「あれは改宗者だ。捨て置け」
「し、しかし――」
「ん? 俺の言葉が聞こえなかったか?」
火山の噴火のように怒りがこみ上げ、以前冒険者につけられた頭の傷が痛み出す。
その怒りを読みとった護衛はすぐに頭を下げたが、なかなか溜飲が下がらない。
思わずその頭を潰そうとした瞬間、「カレン様ではありませんか」と声をかけられた。
そこには黒い髪に浅黒い肌をした法衣の少女がおり、その隣には壮年の神父がたたずんでいた。
「これはナイ殿に――」
「初めまして。フランシスコ枢機卿の後任をしておりますメンデルと申します。教皇庁からは司教位を賜っております」
「これはこれはメンデル司教殿、俺はオルク王国大公カレンデュラ・オークロード・フォン・オルクと申します」
人のよさそうな細身のおっちゃん然としたメンデル司教と握手を交わし、ふと列を見る。
「教会も賑わっておられるようですね」
「はい。大公様のおかげで改宗者で溢れております。きっと主もお喜びになっておられることでしょう。それに汝の敵を許すことを主は賛美されます。よくぞご決断くださいました」
思わず苦笑が浮かんでしまう。なんと面はゆい言葉だろう。
「教会としては大公様のお心に感謝するとともに、これらを大切に使うことを主に誓います」
「冒険者は星地守護のために星ヨーハネ騎士団へ。住民は教皇領へ。なんと無駄のないこと」
元冒険者は海向こうの星地への巡礼者保護のために修道騎士会の星ヨーハネ騎士団に戦闘奴隷として、戦闘技能のない住民は農奴として教皇領に出荷することが決まっていた。
これらをナリンキー商会で奴隷化してもらい、各地に送る手はずになっており、俺はこの輸送事業をナリンキー商会が独占できるよう取り図ったことで謝礼が振り込まれるという寸法だ。
その上、教会では信仰確認として免罪状の購入を迫っており、拒否するようならオルク王国軍の衛兵がその不信心者を冒険者に協力した罪で連行することになっている。
これで教会は寄付金と人手が得られるし、ナリンキー商会は教会と大口契約ができて大儲けできる。そして俺は謝礼金とスケルトンの素が舞い込むとあって誰もが幸せになれる理想の取引をすることができた。なんと素晴らしいことか!
「このことを教皇猊下もお喜びになられております。それに、カレン様のこれまでの行為から司教位を授けたいと文が届きました」
ナイ殿が紙ではなく丁寧な彫りものがされた羊皮紙を差し出してくる。
そこには畏くも猊下から戦勝の労いと献上品への感謝が書かれており、目頭に熱いものが浮かぶ。
てか、よくよく考えると街を奪還して三日でこの書簡が届くのはどう考えても早い。きっと前もって書かれたものだろう。
つまり猊下は俺達の勝利を確信していたわけだ。やっぱり人から信頼されるってのは気持ちが良いな!
「改めてヌーヴォラビラント――いいえ、ウルクラビュリント司教として戦勝のお祝いをさせていただきます。まことにおめでとうございます」
「メンデル司教……! ありがとうございます」
「これで次はピオニブールですね」
「……はい?」
するとメンデル殿とナイ殿は互いに顔を見合わせて困惑を浮かべた。いや、ナイ殿は相変わらずの糸目で感情が読みとれないが、明らかに困惑しているようだ。
「なにか、おかしなことでも?」
「い、いえ。てっきりこのままガリアに侵攻するものだとばかり」
ナイ殿の困惑にやっと合点があう。
確かに現有の戦力は攻城で消耗したとはいえ四万もの大軍がおり、このままガリア領のピオニブールを脅かすことは可能だろう。
「しかし、ウルクラビュリントの統治もありますし、此度の戦はこれ以上の進撃は難しいといわざるをえません」
「そうですか……。今、ガリアでは悲しいことに星神教徒への弾圧が行われ、数多くの信者が苦しんでおります。大公様のお力で彼の地で星神教徒への弾圧を強いる圧政者から信者の方々を解放してくださると期待していたのですが……。残念です」
肩を落とすメンデル殿を見ていると申し訳なさが膨らんでくる。
それにしてもガリアではそんなことが行われているの? なんと恐ろしいことをしているのだろう。それは主に逆らうも同然。なにかしらの誅伐を加えるべきだ。
だがそれを行う力がない。すでに魔族国軍は攻勢限界を迎えており、継戦は難しい……。
「どうか無力な俺をお許しください」
「責めている訳ではないのです。ガリアの信者が苦しんでいるのに手をこまねいて見ていることしかできないのは私も同じなのですから」
「わたしもそうです。悲しいですが、仕方ありません。今はガリアの同胞の無事を祈りましょう」
ナイ殿の提案にうなずく。
それにしてもガリア本土への侵攻は検討する必要がある。この戦で唯一捕虜にしたアレのこともあるし、ウルクラビュリント防衛のためにも防御的攻勢の必要を考えていた。
そもそもウルクラビュリントを取り戻してはい、終わり、という訳には行かない。
もう二度と故郷を猿獣人に奪われぬよう対策が必要なのだ。
それはウルクラビュリントを要塞として築城をし直すと共に抜本的な防衛要項を整備しなくてはならない。
とはいえオルク王国に恒常的な猿獣人の侵攻を招くのはよろしくない。侵攻を許せば国土の荒廃は避けられないからだ。
ならば防御的な縦深を確保し、本土侵攻の前にガリアの猿共を叩ける拠点を整備する方が好ましい。
「ガリアへの侵攻、か」
どうやら次の目標が見つかったようだ。
さーて、いつまでも悲しみに暮れてはいられない。
ニートでいたことを精算すべく、よくよく働こうではないか。
お久しぶりなので初投稿です。
これからぼちぼちと更新していきますのでよろしくお願いいたします。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




