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オークに転生したので人間の村を焼いていこうと思う  作者: べりや
第二章 ウルクラビュリント奪還戦
37/101

鉄槌作戦・4

 ドラグ大公国軍第一旅団に属する第三大隊長であるアキレア・フォン・ニーズヘッグはドラゴニュートらしい赤髪を抱く青年士官だ。

 彼女の眼前には迫りくる敵騎兵とそれを前に防御用陣形である方陣を組み上げようとする同旅団の第二大隊の崩壊が映っており、その端麗な口から「間に合わない……!」という逼迫した声が漏れる。

 よって彼女は父から託された宝剣を抜き放ち、隷下の部隊に命令を下す。



「中隊二列横隊! 第一中隊はわたくしを基準に二列横隊をなせ! 他の中隊は第一中隊の後衛に二列横隊を形成するように!」



 方陣というは中隊を一辺に四つの中隊が寄り集まって形成される四角形だが、それは各中隊の綿密な連携が必要であり、一辺でもそれが欠ければ防御力が低下してしまう。そのため組み上げるのに時間がかかる上に、移動しようものなら連携が乱れて陣が崩壊してしまう。

 だからこそアキレアは綿密に組み上げられた鉄壁の方陣ではなく、比較的短時間で組み上げられる横隊陣形を選択したのだ。



「間に合って……!」



 アキレアの懇願を叶えるべく各中隊の下士官が燧発銃(ゲベール)を横に持ち、横隊を乱す兵士達を真っすぐならしていく。



「第一中隊、整列完了!」

「各中隊、整列を完了させ次第装填!」



 兵士達は命令通り燧発銃(ゲベール)の右側面に取り付けられた撃鉄を中ほどまで引き起こし、安全位置につける。それから震える手で腰に吊られたポーチから葉巻のような形をしたカートリッジを取り出し、教練通りにそれを噛みきるや内封された黒色火薬を火皿に少量注ぐ。

 その火皿を蓋するように当たり金を押し戻し、今度は残った火薬を銃口から流し込む。それに続いてカートリッジごと弾丸を銃口に押し込み、銃身下に取り付けられた込め矢(カルカ)を引き抜く。

 そして弾丸を銃身下部の薬室に送り込み、適度に突き固めて込め矢(カルカ)を元に戻せば装填動作が完了した。

 もっとも訓練では三十秒足らずで行えた動作も、恐怖に手元が震えるせいで倍以上の時間がかかってしまった。



「第一中隊、五歩前進! 前へ進め!」



 そんな恐怖と戦う部下に彼女は歴戦の野戦指揮官を彷彿させる勇ましさで号令をかけるが、実のところ今日が初陣であった。

 魔王位継承戦争においては家が中立を表明していたがために参戦することができず、オルク王国主導の新式軍制採用に伴う短期の指揮官養成教育を受けたのみで第三大隊長へ配属されていた。

 そんな新人士官である彼女が大隊を預かれたのは偏に宰相を輩出する名門ニーズヘッグ侯爵家に連なる家柄の出だからだ。

 だがその名家という鎖に縛られて育ってきたアキレアは戦場において家の名誉を守らねばという気概で恐怖に打ち勝っていた。



「着け剣ッ!」



 威風堂々とした命令に兵士達が銃剣を引き抜く鋭い音が響く。一糸乱れぬ――とはいい難いが、兵士達の戦闘準備は奇跡的に完了することができた。

 その上、周囲に展開していた師団特火中隊も加勢に現れるなどその様はまさに主の御業といえた。

 彼らは夜の混乱の中、懸命に八門の八十四ミリ野戦砲を並べ、その砲口を敵に向けるという一兵士の義務を十二分に全うする働きを見せたのだ。



「構え!!」



 敵の放った魔法によって生じた火災を背景に百もの騎兵達が吶喊を始めていた。すでに前衛に展開していた第二大隊は潰走し、その姿はない。



「狙え!」



 馬脚が地を揺らし、勇猛果敢な喊声(バトル・クライ)が明けゆく空に響く。すでに色がわかるほど明るさを取り戻した空の下、迫りくる騎兵の先頭を駆ける白銀の鎧を身につけた少女とアキレアの視線が交錯する。



「撃てェ!!」



 宝剣が空を切り裂くと共に轟然と銃火と砲火が飛び散る。

 横隊という横に広がる隊列は単純であるが、正面の敵に対して最も広く攻撃正面をとることができるため古代から利用されてきた古典的な陣形だ。

 それが今、遺憾なく発揮され、銃声と砲声の合唱に混じって人馬の悲鳴が耳を貫く。

 その奇妙な合唱は勝利を確信するに等しい音色だった。だが黒色火薬特有の白煙に包まれた銃列は目視での戦果確認はできない。



「やった……!」



 やってやった。

 正々堂々、勇猛果敢に戦う王の剣となるべし。そう育ってきた彼女は今までの教育の目的を果たしたといえよう。

 だが如何せんそれは自己満足でしかなかった。



「う、右翼より騎兵が――。うあああッ」



 悲鳴のあがった右手を見やれば薄闇をついて敵の新手がこちらの横隊を食い破ろうとしていた。

 そも、横隊というのは正面へ攻撃力を全振りしているため側背面への攻撃力と防御力は劣ってしまう。それに隣同士に兵が並ぶだけの横隊でも歩調が一歩でも乱れれば全体が乱れてしまうという機動に適していない陣形でもある。

 そうした硬直さ故に騎兵に側面や背面に回られた場合、横隊はなすすべなく蹂躙されてしまう。

 だからこそ方陣という四方に対応できる陣形が生み出されたのだが、その防御力を捨てたアキレアは今、その対価を払う羽目になった。



「各隊応戦して!!」



 もっともそのような命令を聞く者など誰もいない。

 物理的に戦野の怒号に命令がかき消えて聞こえないということもあるが、騎馬の津波に飲まれた兵士達は迫りくる死の恐怖から逃れるように燧発銃(ゲベール)を捨て、戦場から背を向けていた。

 これが徴兵によって民衆を集めた部隊の限界であった。



「に、逃げないで! 持ち場に戻って!」



 周囲の兵を捕まえてなんとか継戦しようとするが、すでに遅い。

 そもそも高機動を誇る騎兵に対し、四方を防御できる方陣ではなく横隊を選択した時点で彼女の――第三大隊の命運は決まっていたのだ。



「こ、こんなはずじゃ――」



 貴族らしい端整な顔立ちがやっと剥がれおちようとしたその時、アキレアの眼前に短槍を手にした黒髪の少年が現れた。

 彼女は無我夢中で今まで教えられてきた剣技を試そうとするが、体はそれを拒み、放たれたのはなんのひねりもない力任せの一撃だった。

 陸戦最強種に数えられるドラゴニュートの一撃とて、単調なそれを少年はたやすくいなし、くるりと穂先で剣を絡めとるや軽々と剣を弾き飛ばす。

 そしてその切先をアキレアに向けた瞬間、珍しい黒目を見開く。



「お、女の子……!?」

「くっ」



 アキレアが周囲を見渡すが、なんとか指揮官の声が聞こえた者達が二、三人残るばかりであり、彼らの持つ燧発銃(ゲベール)とて押し寄せる騎馬を前にすればただの棒きれも同然。

 そこで唇を噛みしめたアキレアはなんとか貴族としての矜持をかき集め、恐怖に呑まれないようにキッと少年を睨みつける。


 そもそも魔族がガリアの捕虜になった試しなどない。運命の歯車が上手くかみ合えば奴隷として生を保てるだろうが、青い血の流れる彼女にとってそのような生など生ではなかった。その上、彼女の性別も奴隷となった後の未来に影を落とす。

 ならば玉が美しく砕けるように名誉の死を選ぼうと徹底抗戦あるのみと彼女が周囲に残った部下に抗戦を命じようとした時だった。



「武器を捨てて降伏しろ。そうしたら命までは取らない」

「――え?」



 いったいなにをいっているのだろう。

 ぽかんと口をあけるアキレアだが、少年はすぐに剣を携えた金髪の少女に「なにやってるの?」と呆れの籠った視線と疑問を投げかけられた。



「相手は魔族よ」

「いや、でも――」

「……はぁ。分かっているわ。あなたっていつもそうなんだから。わたくしは周囲の者を集めて来るから」



 苦笑を浮かべた少女に少年が助かると応えつつ、アキレアに向き直って言う。



「もう勝敗は決した。無駄な殺生はしたくないから降伏してくれ」



 少年がさらに言葉を重ねようとした時、先ほど去っていった剣士の少女の声で「オドル! エールが!!」と叫ばれる。

 それにオドルは後ろ髪を引かれる思いで振り向き、そしてアキレアに向きなるや「武器を捨てて戦場を去ってくれ」と言い、馬首を返すのであった。


 ◇


 オドルの眼前には多くの騎士に囲まれた白銀の少女がいた。尻もちをついた体の彼女は闇夜でも光輝きそうなミスリルの鎧を泥と血で汚れ、白磁のような頬も擦り傷などが見て取れる。



「エトワール!? 大丈夫か?」

「これはオドル殿。馬が驚いて落馬してしまっただけですのでもう大丈夫です」



 汚れているとはいえ真珠のような端麗な面立ちに笑顔を浮かべ、腹部に手をあてがいながら彼女は立ち上がる。



「本当に大丈夫か?」

「オドル殿は心配性でありますな。ははは」



 屈託のない笑みを浮かべた剣聖エトワール・ド・ダルジアンは周囲を見渡す。地平の彼方は青みを取り出し、間もなく太陽の頭が現れる頃だろう。

 そんな中、彼女は騎乗者を失った馬を集めていた騎士からその手綱を受け取り、ぽつりと言った。



「オドル殿。マリア殿下。あれは敵の本営でしょう」



 彼女が見据える先には百メートルほど離れた彼方に連なる豪奢なテントの群れと、その前で方陣を組み上げつつある赤いオークの集団が見て取れた。



「方陣を組まれてしまえば如何にマリア殿下の魔法とて打ち破るのに心もとないと思います。今が攻撃をしかける最後の機会かと」



 そう、これは最後のチャンスであった。

 すでに奇襲の効果は減衰し、魔族国軍は体勢を立て直しつつある上、自分達を守っていた闇のベールが剥がれ落ちてしまっている。

 そうなれば敵は自分達が百にも満たない寡兵であることを知ってしまうだろう。


 だが今、オドル達がいるのは敵の本営の目の前であり、目前の方陣には敵の総大将がいるのだ。

 如何に寡兵といえどそこに集った者達は歴戦の冒険者や騎士、そして白銀の悪魔こと剣聖エトワール・ド・ダルジアンといった特級の強者もおり、騎馬突撃の衝撃力を加味すればあと一個くらい方陣を食い破れるはずだ。



「敵将を討てれば魔族軍は瓦解するはずです。そうならなくてもガリアからの援軍を待つ時間が出来るはずです。今が最後の――」



 だがその時、「セントールだ!!」という悲鳴があがる。

 時計の針でいえば九時から十時の方角。五百メートルほど離れた地点に赤い軍服を着込んだ百騎ほどのセントールが姿を見せ、突撃陣形である横隊を組み始めていた。

 そしてオドルの【肉体強化】の恩恵によって得られた視覚の中にはセントールを指揮する騎乗した一匹のオークが見て取れた。

 他者よりも豪奢で悪趣味な赤い軍服を着たそのオークは通常の個体よりも二回りも大きいように見え、その頭部には横一文字に伸びた傷痕があるようだ。



「エール。残念だけど、挟撃されちゃうわ。もう……」

「ですが――」



 目の前には戦局を挽回しうるカードがあるという事にエトワールが食い下がろうとするが、その時、オドルは何気なく見た敵の本営と思しき場所に駆け寄る人影を見た。

 それは先ほど彼が見逃したドラゴニュートの少女だった。

 少女はこちらを指さしながら方陣に向けて叫び、それに合わせて陣の中から騎乗した美しい桃色の髪をいただく女性が姿を現す。二人は何かを話す素振りをしており、時折こちらを見て来る。

 明らかにオドル達の情報を敵の総大将に伝達している。それを現す様に方陣を組んでいた陣形が動き出し、セントールとの挟撃を意識した攻撃陣形へ移ろうと蠕動している。



「た、助けてあげたのに!?」



 自分と同い年か、少し上くらいに思えた少女を手にかけることを躊躇ったオドルの判断は明らかに間違っていた。

 ドラゴニュートを含めた魔族国の民にとって人間は不倶戴天の敵でしかなく、自分達の体を解体し、体の一部を奪っていく悪魔に他ならない。そんな者から情けをかけられたとはいえ、恩義で返そうとするものなど魔族にはいない。

 それにオドルが見逃したドラゴニュート――アキレアは貴族の端くれとして己が主君の勝利のために行動することに躊躇いがなかった。



「くそ、時間がない。撤退しよう」

「……く、分かりました。ただ――」



 彼女は一度、セントール達を見やり、唇を噛みしめる。 彼女達の――特に近衛騎士団の馬達は駿馬を揃えているものの、それでもセントールの方が早い上に持久力がある。そして何よりセントールはAランク冒険者でも苦戦するような相手であり、そんな魔族から逃げ切ることなど不可能に近い。さらに悪い事に先ほどの議論をしている間に相手は突撃陣形を構築し終えたようだ。

 故に彼女はオドルの耳元で小さく囁いた。



「殿下には御内密にしていただきたいのですが、自分が囮となりセントールの追撃を阻止します」

「な!? どうして――」

「しっ! 聞こえてしまいます。聞かれたら絶対に反対されてしまいますので」



 ちらりとマリアを二人が見やるが、当の本人は周囲の騎士を取りまとめることに奔走しており、オドルの詰問など聞こえていないようであった。

 それに安堵を浮かべたエトワールはお腹を押さえていた手をどける。そこにはミスリルで出来たプレートメイルに穴が開き、赤黒い液体が止めどなく流れ出していた。



「撃たれたのか!? 早く手当を――」

「そうしたいのはやまやまなのですが、腹部の傷はどうしようもありませんよ。治癒魔法があれば運よく生き延びることもできるかもしれませんが……」



 腹部への傷は致命的である。

 例え出血を止められたとしても破れた内蔵から未消化物が漏れたり、衣服や皮膚の一部が体内に紛れてしまっているので感染症を引き起こすリスクが跳ね上がってしまうからだ。

 だからこそ早急に傷口の洗浄と治癒魔法をかけなければならないのだが、肝心の治癒魔法は教会によって独占されているため冒険者や騎士に使用できる者がいない。



「魔族と内通しているであろう教会が自分を助けてくれるとは到底思えませぬ」

「ポーションでも――。ダメなのか?」

「残念ながら。ヌーヴォラビラントに帰れたとしても、これでは長くないでしょう。そしてここにはヌーヴォラビラントに帰還しなければならぬ者達がおります。特にマリア殿下は王家から距離を置いておりますが、それでも王位継承権第六位のお方です。その他の騎士達もまた一騎当千の強者。命に優先順位をつけるのなら、命の蝋燭が一番短い自分が囮になるべきです」



 オドルの目に映るエトワールの笑みはどこか色あせているように見えた。そんな彼女はリラックスしている体でヌーヴォラビラントに帰還する途中、こっそりと隊列を離れてセントールへの迎撃に向かうなどといっていたが、オドルの耳を通り過ぎていく。



「……オドル殿。最後のお願いなのですが――」

「最後なんて言うなよ」

「……そう、ですね。はは。では参りましょう。もう時間がありません」

「あぁ。でもその、お願いっていうのは?」



 「……なんでもありません!」といつも通りに馬に跨ろうとするエトワールにオドルは声をかけようとするが、それはアキレアに率いられたオークの銃兵大隊の喊声によってかき消えた。

 それに舌打ちをしながら一行は血と硝煙の香る戦野を駆けだす。

 もちろんそれを黙って見逃す魔族国軍ではない。特に機動力に秀でる一個驃騎兵(セントール)中隊が歩み出し、すぐに風のように野を駆けだした。

 それは徐々にヌーヴォラビラントへ向かう者達に追いつきつつあり、そんな中、一騎が隊列から離れる。別れの言葉も言わず、ただ静かに。



「はは、やっぱり最後くらいマリア殿下に遠慮せずオドル殿にキスくらいねだるべきでしたね」



 【剣聖】という家柄、エトワールは物心ついた頃からひたすら剣を振るって生きてきた。そんな彼女の前に現れたのが異世界から召還された少年オドルだった。

 最初こそ彼女の親友であるマリアについた悪い虫だと思い、排除しようとしたこともあった。

 だがオドルが保有する槍使い系のスキルを向上させる目的で手合わせをしたことでエトワールはその才の一端を垣間見ることができ、彼ならマリアを守れるだろうとその実力を認めるほどだった。

 そして幾度も手合わせをするうちに武闘の子弟という関係を越え、強くも優しいその性格に彼女は想いを寄せていた。

 だが彼の前には親友であるマリアがいた。その恋路を邪魔したくない、だけど――。

 そうした葛藤も今日までか、と苦笑を浮かべたエトワールはすぐに力強い笑みをうかべる。



「悔しい、ですな。でもだからこそ親友と、大好きなオドル殿には指一本触れさせません! スキル発動! 【肉体強化】【痛覚遮断】【見切り】【限界突破】【精神集中】【一刀両断】!!」



 自分にかけられるだけの強化魔法(バフ)をかけ、エトワールは馬の腹を蹴ると共に高らかに剣を掲げる。

 ガリア王国の至宝にして【勇者】に並ぶとも劣らぬ【剣聖】というスキルは剣を扱う時に自動的に己の能力を類がないほど強化する代物だ。

 その上、スキル抜きに彼女が欠かさず磨き上げてきた剣技も相まってその実力は剣の境地に達していたといえよう。

 そんな彼女が強化魔法(バフ)を使うと【勇者】以外いなくなってしまうので鍛錬にならないとあって普段、彼女はそうしたものを使わないよう己に枷をつけていた。


 そんな一切の制約を取り外し、持てる魔力全てを使って身体能力を向上させたため重傷を負っているとはいえ、その実力は常人が一生鍛錬してもたどり着けない神がかったものへと昇華していた。

 例えそれが五分と持たぬとしても、彼女にはそれだけで十分だった。この五分さえあれば――。



「――ん?」



 もっとも正々堂々と突撃を仕返すエトワールだが、当のセントール達が徐々に歩みを止め、ついに立ち止まってしまった。

 一体なにが起こっているのかと目をこらすとその中央にいるオークが腰から四十センチ弱の短筒を抜き放ち、他のセントールもそれに習って杖を抜くのが見えた。



「魔法!? でもこの距離なら詠唱される前に斬りこめる! はあああッ!! あ……」



 オークまであと五メートル。もう一呼吸あればオーガ族のような巨体を誇るオークの首に剣が届くという間合いにエトワールが達した時、「撃て」という言葉と共に杖が轟然と火花が咲いた。

 それと共に直径十六ミリの鉛玉が次々と白銀の体を射抜き、朝日が鮮血を輝かせた。


 ◇


 危なかった。

 発砲煙がたなびく銃口を倒れ伏した猿獣人に構えていると、頬を汗が伝う感触によってやっと我に返ることができた。

 それと共に隣に並んでいたセントリオ伯から「間に合ったようですな」とニッカリと男くさい笑顔を向けられ、ただ黙って頷く。


 昨日の戦闘において甚大な被害をオルク支隊は受けたため、『電撃(ブリッツ)』作戦を中止して全部隊はウルクラビュリントへ向けた転進が計られていた。

 俺は作戦の経過報告のため南部諸侯総軍司令部に向かおうとしており、そこにセントリオ伯率いる驃騎兵(セントール)連隊と共に本隊に先駆けてウルクラビュリントに向かっている途中で、街を包囲するコボルテンベルク旅団から、猿獣人が夜襲を仕掛けてきており南部諸侯総軍司令部が危うい、という報せを受け取ったのだ。



「いやぁ。我らの受け入れ準備のために連絡将校を派遣しておいてよかったですな。おかげで窮地に駆けつけられたのですから」

「全くだな」



 間一髪だった。もっとも敵も消耗していたようで司令部直轄の銃兵大隊が突撃を開始したのを切欠に撤退を始め、それを追撃しようとしたのだが――。



「あれが白銀の悪魔、でしたか? 初めて見ましたが、一目でわかりましたね。これほど飛び道具があってよかったことはありません」

「血気盛んなセントールならば一騎打ちでもするかと思っておったが?」

「御冗談を。セントールは命知らずでも、命の捨て時は心得ているものですよ」



 ニヤリと不敵に笑う顔に笑みを返すと「ところでアレの追撃は不可能と思いますが、いかがします?」と問われた。

 こちらの司令部を急襲してきた愚か者共は余さず殺し尽くさねばならないが、生憎足を止めてしまっている。

 いくら俊足のセントールでも追いつけるか微妙だろう。



「あの連中は追撃可能か?」

「さすがに今からじゃ無理ですね」

「あい分かった。では残敵の始末にかかれ」

「了解いたしました。では閣下は司令部へ。奥方がお待ちでしょう」



 そう言われ、ハッとなる。

 そして俺は急いで――だが兵に動揺を与えぬようゆっくりと司令部に戻るのであった。

ここまでお読み下さりありがとうございます。あと一話で今章完結となります。あと少しですがお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

今後は今までのように章毎に完結表示ではなく、連載中にして不定期に投稿していこうと思っております。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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