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オークに転生したので人間の村を焼いていこうと思う  作者: べりや
第二章 ウルクラビュリント奪還戦
36/101

鉄槌作戦・3

 南部諸侯総軍司令官――プルメリア・リンドブルム・フォン・オルクはけたたましい喧噪と共に目を覚ました。

 まだ寝所の中は暗く、ストーブに込められた灼熱色の火の魔石がわずかな明かりを発するだけの世界で身を起こすと外からオーク伯の「閣下!」とせっぱ詰まった声が響いてきた。

 それに彼女は膝まで延びた肌着の上に軍外套を羽織りながら入室を許可する。



「なにごと?」

「敵の夜襲にございます」

「――!? 戦況は?」

「未だ把握しきれておりませんが、敵は我が第一師団の集成銃兵連隊を攻撃しており、少なくとも二個大隊は潰走しております。現在、南部諸侯総軍副官殿が着陣したばかりのドラグ大公国軍に非常呼集をかけてります」

「わかった。司令部に向かうぞ」



 二人が足早に総司令部に入ると敵情を把握しようとする参謀と窮状を伝えようとする伝令の怒鳴り声が出迎えてくれた。

 だがそれも最上級司令官の前に静まり、指示を仰ぐような沈黙が訪れる。



「まずは、危急の事態にあたり、皆が職務を全うしてくれる忠義心に感謝しよう」



 ゆっくりと周囲を見渡したプルメリアは「参謀長、状況を教えてくれ」と地図の前に移動する。

 もっともそこには赤と青の駒が乱立しており、情報が錯綜していることを伺わせた。



「ほ、報告します」



 総軍司令部の参謀長を勤めるドラゴニュートの説明によれば前線に残っていた第一師団集成銃兵連隊が敵の攻勢正面にさらされ、危険な圧迫を受けていること。ドラグ大公国軍より派遣された先遣二個大隊千六百が防衛線を整えているが、間に合うかどうかは分からない旨が伝えられる。



「て、敵の総数は一千から三千程度と見積もられており、このままでは南部諸侯総軍司令部(ここ)を急襲されかねません! どうか閣下は御退避ください」



 そして折り悪く集成銃兵連隊の延長線上には南部諸侯軍総司令部が位置しており、ドラグ大公国軍の展開如何によっては司令部の放棄も現実味のある選択肢となりえそうだった。



「参ったね……」

「敵は負けを悟り、自棄となっての突撃でしょうか?」

「まさか。人間はそう諦めの良い種族じゃないよ。特火陣地を潰すつもりかな? それとも司令部が狙いなのか……。なんにせよ流れを止めないと不味いね。万が一ここが突破されたら、後方におわす陛下に危険が迫ることになる」



 それにオーク伯はさっと顔を青ざめさせ、地図に視線を落としながら「スケルトンを使いますか?」と今ある手札の中から最良の一枚を切ろうとする。



「ダメだ。スケルトンの星神教徒への使用は禁じられている。あくまでスケルトンは対人使用ではなく城壁を攻撃するために使用を黙認されているにすぎないのだから」

「で、では――」

「………………。……近衛銃兵の展開が間に合うのを祈るしかなさそうだね」



 思わず天を仰いでしまったプルメリアの口元に苦笑がもれる。

 将が天運に戦の帰趨を任せるなど言語道断。打てるすべての手を打ち、主君の名誉を守る。それがブリタニアで学んだ戦の基本であった。だというのに自分がしているのはなんなのだろう?



(夫殿の癖がうつったかな……?)



 これといった信仰を持たないプルメリアの口元に苦笑が浮かんでしまう。

 彼女としては幼い頃にドラゴニュート一般で広く信仰されている雷神を主神と信仰していたが、ブリタニアに留学してからは彼の地で広く信仰されている星神教と、ブリタニア独特の自然崇拝の影響も受けてきた。そのため宗教というものは身近なもので、どのような信仰を抱いても良いのだという価値観があった。


 だがカレンデュラとの婚儀を機に宗教が普遍的な教えから危険物に思えて仕方なかった。

 というのも全てはナイのせいだ。ナイが寄進を願い出れば断ることなく、何かにつけて免罪状を買わされるし、教会を建て直す話がでれば率先して寄付をする。故にプルメリアから見たナイは傾国の美女そのものだった。

 その上、オルク家はリーベルタースのナリンキー商会から多額の借金を抱えているし、新式軍制によって膨れ上がった軍費によって支出が相次いでいるため家産は経る一方……(それで家が保っているのはデモナス等から多額の賠償金をもらっているからだ)。

 そんな急迫する台所事情を余所に教会への献金が行われているのだからプルメリアとしては一刻も早く教会とは縁を切るべきだと思っていた。



(――と、いってもねぇ)



 教会と敵対するとどうなるのかはローゼ(あに)の処遇を見れば一目瞭然だ。

 その上、教会は布教活動がうまくいかなければ平気でその国の情報を他国に売り渡す。

 そんな連中が魔王位の即位まで口を出す始末なのだ。最早プルメリアに”敵対”というカードを切る気などなくなっていた。

 だから彼女が選んだ答えは静観という消極的な拒絶だった。



「都合の良い信者に神様は微笑まないかな」

「はい?」

「なんでもない。それより最悪を考え、至急後方のドラグ大公国軍に警戒態勢を取らせるよう伝令を向かわせてくれ。あと、総軍司令部直轄の大隊に命じる。方陣を組み、敵を迎え撃つ。なお指揮は総軍司令官が直接行う。神は我らと共に――!」



 はてさてどうなってしまうのか、少しは微笑んでくれ、かみさま――! そう願うプルメリアであった。


 ◇


 エルザス騎士団を先頭に切り込みを開始した八百名は雪崩のごとき勢いのままヌーヴォラビラント北東方面に展開していたオルク王国軍第一師団集成銃兵連隊を襲った。

 集成銃兵連隊は総攻撃によって壊滅した部隊を寄せ集めて作られた部隊であり、その数は二千もの兵員を誇っていたが、突然の魔法攻撃によって一気に混乱がひろがって指揮系統が崩壊してしまっていた(数は多いものの敗残兵の集団であり、戦闘のできる負傷者も加えられている有様なのでお世辞にも士気は高いとはいえない)。

 そんな中、騎乗した剣聖が燧発銃(ゲベール)を手に右往左往していた一匹のオークの首をすれ違いざまに刎ね跳ばす。



「はあああッ」



 騎士達の先頭に立ってオリハルコンの剣を振るうその姿はまさに軍神のそれであり、彼女が進むと共に道が出来上がる。

 そんな無双を誇る彼女の横あいから四十センチもの銃剣を取り付けた燧発銃(ゲベール)を握るオークが必死の形相で迫る。口から涎と絶叫が漏れる勇気を振り絞ったその一撃は、直前で彼の背後から槍が伸びたことで阻止された。



「オドル!? ありがとう、助かりました」

「どういたしまし、て!!」



 オドルが振るう得物は百五十センチほどしかない短槍であったが、その穂先は両刃になっているため近距離では柄を短く持つことで剣のように振るうことができる中近距離戦向けのものであり、召喚時に判明した【槍使い】スキルと相まってエトワールに引けを取らない活躍を見せる。



「マリア!」

「わかってる!」



 近づこうとするオークをショートソードで切り伏せたマリアが短くも力強い詠唱を響かせるや、彼女の手にしていた剣先に火球が生じる。その明るさに彼女の金の髪が神々しく輝いたかと思うとその火球は一直線にオーク達が張ったと思わしきテントに直撃。火柱を立ち上らせる。まさに近接は剣、遠距離は魔法という魔法剣士に違わぬ働きを見せるその姿にオドルの口元が緩む。



「やっぱりマリアは頼もしいな」

「えぇ。殿下の剣は魔法と併用することで侮れなくなりますから」



 どこか得意げなエトワールの言葉にオドルは頷く。マリアは剣士としてはエトワールに到底及びもつかないが、魔法によってその差を少しでも埋めようとしていた。

 そんな彼女が放った火球が周囲を焼き、払暁とはいえ未だ太陽は地平から顔を出していない戦場に貴重な光源が生まれる。その明りを目印に次々と矢が放たれた。



「ご主人様! このあたりは片付いたようです!!」



 短弓を構えたエルフの少女の声にオドルは頷く。

 如何に二倍以上の戦力を誇る集成銃兵連隊とはいえ突然闇の中から繰り出される魔法に本能的な恐怖を覚え、その上でBランク以上の冒険者で構成されたエルザス騎士団と精強極まりない近衛騎士団を主力とする切り込み隊の攻撃にあったため碌な抵抗もできずに敗走してしまったのだ。

 だが魔族の攻勢を頓挫させるほどの損害を相手に与えられたかと問われれば否だ。



「オドル殿。自分は追撃を提案するつもりですが、ついてきていただけますか?」

「あぁ、もちろん!」



 その答えにエトワールは大輪のような笑みを咲かせる。

 それにマリアもハルジオンも笑みを強め、頷き合う。



「敵も大したことはないわね。楽勝よ」

「マリア様のおっしゃる通りです。このまま敵の大将を討ち取ってやりましょう!!」



 楽観ではあった。だがオドルやエトワールも、いや、それだけでなくこの夜戦に参加した者が誰一人もれず思っていた。思っていたよりも敵は弱い、と。

 奇襲という背後からの一撃のような攻撃であったが、昼の総攻撃と併せても敵の錬度は明らかに低く、中には剣を構えただけで逃げだすようなオークもいた。

 そうした状況が掛け値なしの”楽勝”という状況を生んでいた。



「大将を討てれば敵も瓦解するだろうし、いっちょやってやるか!」



 まるで悪戯をしてやろうというような軽い口調に少女達の明るい返事が重なる。

 それと共に騎士達は隊伍を整え、再度の突撃を準備する。今だ太陽は地平を白く染め上げるだけで顔を出していない。せいぜい薄ぼんやりと相手の輪郭が見える程度の世界なれど、練達の騎士達は淀みなく突撃陣形を作り上げた。



「突撃!!」



 エトワールのオリハルコンを鍛造して作られた名剣が振り下ろされる。

 それと共に人馬は闇の中でゆっくりと進み始めた。

 闇の中でもその数は明らかに減じていたが、彼らの勇み足を止める者はなく、ただ勝利を目指して進む。



「ご主人様! 闇の中になにかいます!!」



 夜目のきくハルジオンの言葉と共に闇の中で蠢く一団が見て取れた。

 明らかに隊伍を形成しようとしている連中にオドルとエトワールは頷き合う。



「マリア! 頼む」

「任せて!!」



 流麗な発音の魔法が紡がれるとともに火球が剣先に生まれ、彼女が一撃を振るうとともに火の玉がその集団に直撃し、火炎とともに爆風が広がる。

 そこに浮かび上がった影は人間を思わせるシルエットをしていたためその光景を見ていた者達すべてがどきりとするが、すぐに炎に反射する鱗のようなものが顔に点在しているのが見て取れた。



「リザードマン!? いや、ドラゴニュート!?」



 マリアの驚嘆の声にオドルも初めてみた魔族に目を見張る。ドラゴニュートは魔族の支配領域の最奥に生息する魔族であり、その姿は海向こうのブリタニア連合王国を構成するリザードマンによく似ているという。

 もっともリザードマンはガリアでも亜人の一種と認められる種族であるが、ドラゴニュートは完全な魔族(てき)であり、冒険者ギルドが定める討伐対象だ。



「リザードマンっていえばBランク冒険者の討伐対象だろ。それがあんなに――」



 オドルの目には少なくとも一千近いドラゴニュートが見て取れた。いや、それだけではない。炎の届かない闇の中でもっと多くが詰め寄せているようだ。



「うそだろ……?」



 数的不利である上に相手は熟練冒険者でも持て余すドラゴニュートだ。

 だが運が良いことにドラゴニュート共は攻撃陣形へ転換を行っている最中であり、それは戦において相手がもっとも無防備な局面をさらしていることであった。その上、方陣を組むのに必死なドラゴニュートは装填はおろか着剣も出来ておらず、正面から突撃した夜襲隊に大きなチャンスを与えていた。



「怯まないで!! 自分に続けェ!!」



 剣聖の鋭い叫び声とともに騎馬は方陣を組もうとしていたドラゴニュート大隊へ突入する。

 総重量でいえば一トン近い人馬が時速四十キロメートルで襲いかかるのだからドラゴニュートとはいえ攻撃の準備が整っていない状態ではたちまち組織的な抵抗など望むべくもなく、勇敢にも立ち向かうモノや逃げ出すモノが乱れ合う。

 だが数の利を得るドラゴニュートに騎馬の足は止まり、混戦が始まる。

 オドルは逃げ縋るドラゴニュートの後を追い、その背を斬りつけ、また次の敵を探す。



「御主人様! 深追いは――。くッ!」

「――!? ハル!?」



 オドルがふとハルジオンの発した声に振り返ると混戦の中、彼女と距離が開きすぎていることに気がついた。急いで合流しようとするが、それを阻むように着剣した燧発銃(ゲベール)を手にしたドラゴニュートが立ちはだかり、容易には近寄らせてはくれない。



「――ッチ。邪魔だ!!」



 【槍術】スキルによって攻撃に補正が入るオドルの短槍が稲妻のように伸び、銃剣の切っ先を跳ね上げ、そのままドラゴニュートの顔を返す刃で斬りつける。

 だが一匹倒したところですぐに二匹目、三匹目のドラゴニュートが現れ、如何に高ステータスを誇るオドルも余裕が失われつつあった。

 手のひらの中の槍を滑らせ、回転させ、突きだけでなく斬撃によって立ちはだかる魔族を切り伏せる。



「はぁはぁ。こんなものか?」



 気がつくと周囲にはドラゴニュートの死骸が散らばり、これらを剥ぎ取れば屋敷が買えるなとオドルが苦笑を浮かべる。

 そんな一息ついて周囲を見れば肩で息をつくマリアがやってきた。



「明るくなって来たわね」

「ん? そういえば」



 周囲は薄明りに覆われ、闇のベールを覆った剣姫の姿を映し出していた。そんなマリアにオドルは場違いにも綺麗だなという感想を心中にしまい込む。



「それよりエールやハルジオンさんと別れてしまったわね。一応、近くの者達は集めて来たけど」

「ありがとう。助かるよ」



 マリアが引き連れてきた手勢は五十人足らずであったが、歴戦のエルザス騎士団に伝統の近衛騎士団の面々は数を減じても戦意を残していた。

 だが時間としてはもう闇夜に乗じた奇襲を続けるのは厳しい。そろそろ撤退か。そう思案している時であった。



「ん?」



 轟音、火花、白煙。敵味方が入り混じる世界に八十四ミリ野戦砲が吠える。

 オドルの視線の先にはもたもたと方陣を組み上げようとするドラゴニュートの一団と、その手前に師団特火に属する八門の野戦砲と二列横隊で前進を始めたドラゴニュート中隊百余名が映っていた。

 そして彼らの眼前には分離してしまったエトワールやハルジオン達の一派がそこにいた。

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