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オークに転生したので人間の村を焼いていこうと思う  作者: べりや
第二章 ウルクラビュリント奪還戦
35/101

鉄槌作戦・2

 魔族軍の包囲を受けて五日目のヌーヴォラビラント。

 その中心たるヌーヴォラビラント城の一角から下界を見ていた翡翠髪のエルフの少女にオドルは気が付くと声をかけていた。



「ハル? どうしたの?」

「あ、ご主人様……」



 線の細いハルジオンはそのまま目を離すと消えてしまいそうな儚さがあり、それ故にオドルは声をかけずにはいられなかった。

 そんな彼女は奴隷の証である鉄の首輪の下につけた首飾りを撫でながら「昔を思い出していて……」と美術品のように整った顔を悲しみにそめて答えた。



「昔?」

「はい。でも、もう大丈夫」



 気丈に笑みを浮かべる彼女はとてとてと走り出してしまった。その後ろ姿にオドルは追おうとして、その前に彼女が見下ろしていたヌーヴォラビラントを見やる。

 街はワイバーンの空襲に怯えて灯火管制がしかれているため大半は暗闇に蝕まれているが、昼間の総攻撃の攻勢正面にさらされた北西地区は砲撃によって倒壊した家屋の竈や暖炉から出火した火災が鎮火しきれず、未だに明かりを放っていた。



「破壊された街並みを見ていたのか……?」



 当然”どうして?”という疑問を覚えるが、オドルはそれをハルジオンに聞くことはできないでいた。

 もっともハルジオンはオドルの奴隷であるため命令すれば魔法でその理由をしゃべらせることはできるのだが、オドルはそんなことをするつもりは毛ほども思っていなかった。

 と、いうのもハルジオンは自分の過去を詮索されるようなことをイヤがっており、オドルに打ち明けた過去も自分が亡国の元姫であることと何人か主人を変えていることの二点しかない。



「まぁ訳ありなのは知っているけど、少しは話してほしいな」



 奴隷商の檻の中で衰弱していた頃よりだいぶ打ち解けてきているとオドルは感じていたが、それでも未だハルジオンとは壁を感じざるをえない。

 いや、でも――。そうオドルは首をふる。

 少し前にとある質屋で見つけた指輪を買いたいのでお金を貸してほしいと懇願されたことがあった。

 普段はわがままなど一切口にしないハルジオンのお願いにオドルは快諾し、むしろ返済はしなくていいと自ら買い与えたのだ。



「ああいう頼みをしてくるんだし、少しは信頼されているんだろうな。なら、ゆっくりとその仲を深めていけばいいか」



 その指輪はいたく古ぼけた代物であったが、ハルジオンはそれを家宝のように大切に扱っており、紐を通して首飾りとしていつも肌身離さず持ち歩いていた。



「ご主人様! 早く早く! もう会議が始まっちゃいますよ!」



 遠くから響くいつもの陽気な声に返事をし、足早に会議室へと向かう。

 そこは見張りの近衛騎士が立っており、オドルと共に現れたハルジオンにムッと顔をしかめる。



「この場は神聖な軍議の場だぞ。亜人の、それでも奴隷の来る場所ではない」

「彼女は僕のパーティーメンバーです。剣聖のエトワールと第三王女のマリアからも入室を許可されているはずなので通してください」



 そういって胸元にかけていた冒険者タグを取り出して見せつけると、騎士は苦虫を噛み潰したような表情のまま「粗相のないようにな」といって通してくれた。



「ハル……」

「大丈夫です。もう、慣れましたから」



 悲しそうな笑みを浮かべるハルジオンの頭をわしゃわしゃと元気づけるように撫でてあげると彼女はうれしそうに目を細めてくれた。

 彼女の翡翠色の髪の柔らかさを堪能していると、会議室から「おほん」と咳払いが響く。

 そこにはヌーヴォラビラントに集った有力冒険者や近衛にエルザスといった騎士団の幹部がすでに集まっていた。その中ですでに会議室に来ていたマリアの近くにくると「わたくしも後でお願いしますね」と唇をとがらして注文をつけてきた。



「それでは軍議を始めさせていただきます」



 そう口火を切ったのは近衛騎士団の長を勤める剣聖エトワール・ド・ダルジアンであった。

 彼女の銀色の髪は粉塵で汚れ、白磁のような頬には汗と泥と血の混じった不気味なものに染まっていたが、それでも神剣のように澄んだ美しさは失われていない。むしろ輝きを増したというべきだろうか。



「本日の魔族の総攻撃を撃退できたことは喜ばしいことですが、各所の報告をまとめるとこちらの消耗は許容できないものになっているようです」



 ヌーヴォラビラントには数が減ったとはいえ一千のエルザス騎士団と王都より派遣された近衛騎士団二千が詰めており、冒険者も二千人を誇る戦力を有していた。

 だが今日までにその数は三千を下回るようになってしまっていた。

 それに対し敵は未だ四万以上の大軍が控えており、なおかつ上級魔法の同時詠唱の使い手と互角に遠距離戦を行う新式の攻城兵器を有している。

 そんな状況のため冒険者の中には逃亡者も多く、今日の攻勢で魔族が倒壊した城壁を乗り越えて街への侵入を許した局面もあった(火消し役のエトワールを主力とする遊撃隊のおかげで事なきを得たが、下手をすれば橋頭堡を築かれるところであった)。



「自分達は完全に敵に包囲されているため外の様子が一向にわかりませんが、すでに暴走攻勢(スタンピード)の兆候を王国に知らせているため解囲軍が近づいてきていると予想されます。ただし、このままではいつまで持ちこたえられるか、正直分かりません」



 さすがに剣聖の言葉に空気が重くなるが、そんな中、エトワールはパンと剣タコの刻まれた手を打ち鳴らす。



「そこで……。夜襲を提案します」



 今度こそ騎士からどよめきがあがった。それもエトワールが直接率いる近衛騎士からだ。

 それもそのはず。高貴な身である貴族からすれば夜襲など卑怯きわまりない戦法であり、それを生粋の貴族であるダルジアン家の――それもかの剣聖が発案したのだからどよめくのも無理からぬことであった。

 それに対し、元々冒険者であった身をエルザス領主であるジャンに拾われたエルザス騎士団は妥当だといわんばかりに頷いていた。彼らは生きるためならプライドを犠牲にしなければならぬ局面があると知るからこそ今日まで生き残ってきた猛者ばかりなのだ。

 なによりBランク以上の冒険者である彼らにとってオークは敵などではないのだが、それ以下の冒険者にとっては強敵に違いなく、Cランクであれば二人がかりでなければまともに戦えない始末だ。

 そんな魔物が四万も控えているのだからなりふり構ってはいられないというのが本音であったりする。



「オドル。自分に代わって作戦を説明してください」

「あぁ。それじゃ僕が説明を――」



 だがオドルの声を豪奢な鎧を着込んだ騎士が「待った」と制止する。その汚れ一つない姿から今日の戦闘に直接加わらなかったものだろうとオドルは目星をつけつつその騎士の言葉を待つ。



「貴様、謀ったな? 如何に異世界より召還された者とはいえ剣聖殿の口から夜襲などと卑怯極まりない提案をさせるなど言語道断! 恥を知れ!!」

「待ってください! 夜襲は自分も納得した上で提案しています」

「な!? で、ですが夜襲など貴族の誇りを疑う行為であり、近衛としてはそのような卑怯な戦はできません」



 なんで現実が見えていないんだと憤りを覚えたオドルが力強くテーブルを叩く。



「どう考えても今の戦力で勝てる見込みがないから夜襲を行って敵を削らないといけないと提案しているんです! それに貴族の誇りとやらで勝てるのならどうして近衛のマジックキャスターは全滅したんですか!?」



 「そ、それは――」といううめきと共に黙った騎士は押し黙る。

 包囲戦が始まり、魔族軍の砲撃が行われ始めた時、近衛のマジックキャスターはそれこそ正々堂々と大砲の正面から同時詠唱による上級魔法によって反撃を試み、三門もの八十四ミリ野戦砲を潰す戦果をあげたのだが、位置が露見していたためカウンターの集中砲撃を受けて全滅の憂き目にあっていた。

 その上、エルザス騎士団は近衛が同時詠唱のできるマジックキャスターを連れてきているとあって自分達のマジックキャスターに休息を与えるため後方に帰してしまっていた。

 そのためヌーヴォラビラントは有効な対砲戦闘を行う要員がいなくなってしまい、今では大砲になぶられるだけになっているのだ。



「と、いうわけで貴族の誇りなんて捨ててもらいます。エルザス騎士の方々もよろしいですね?」



 そうオドルが周囲を見渡すとエルザス騎士は「元冒険者だぞ。貴族の誇りなんてないさ」と苦笑を浮かべて夜襲案に賛成する。

 もっともそれを止めに入ったのは冒険者を統括するギルドマスターだった。

 彼は元Aランク冒険者だが魔族との戦闘で左足が義足になってしまったため冒険者を引退したという経歴を持っている大柄の男であった。



「ギルドの見解としては夜襲なんて無理としか思えん。そもそもギルドとしては冒険者の安全のために夜間のクエストは慎むよう指導していたからな。夜襲ができる冒険者なんて高ランク帯でもいないんじゃないか? それに街の外に出たのをいい機会に逃亡するおそれもあるぞ」

「それは大丈夫です。あまり人数が多いと敵に気づかれる可能性もありますし、夜襲も連携のとれる騎士団を中心に行いたいと思っております。ですので冒険者は街に残ってもらって教会を見張ってください」

「教会を? まぁ、それもそうか……」



 星神教会は獅子身中の虫であり、包囲戦が始まってから常に冒険者や騎士の監視下にあった。

 それも教会には武装した星字騎士団が詰めており、蜂起の気配を滲ませていたのも監視をおく理由である。



「いっそのこと教会を急襲しちまうか?」

「それは待って!」



 マリアの制止にギルドマスターが眉をひそめる。

 はっきりいえば教会は黒に近い灰色の存在であり、籠城中に敵が内部にいるも同然の存在だ。

 今でこそ教会は”剣を持つ者は剣で滅びる”と中立を表明しているが、それがいつまでも続くという保証はない。



「星神教会への攻撃はガリアとリーベルタースの決定的な決裂になってしまうわ。それだけは避けないと」

「だがなぁ……。いや、だからこそ監視か。わかった。ギルドとしても夜襲に賛成する。内憂は任せておけ」



 それにエトワールは頷き、近衛騎士を見やるが反応は悪い。



「では夜襲はもっとも見張りが油断する明日の払暁に敢行します。攻撃と撤退の合図はマリア。あなたの魔法で知らせてください」

「任せて。空に特大の火魔法を打ち上げるから、それを合図にして」

「最悪、合図を見逃しても夜明けまでにはヌーヴォラビラントに戻ってください。目標は”たいほう”の破壊と敵の糧秣を焼き払うこと。少なくとも”たいほう”を破壊し、生きて帰ってきてください。この作戦の正否が防衛戦の正否を分けるといっても過言ではありません。皆の奮戦を期待しております」


 ◇


 その日もまた非日常が何事もなく終わった。

 前日の総攻撃の失敗により再編成を余儀なくされたオルク王国軍第一師団は敗残の大隊で応急的に作られた一個集成銃兵連隊を残して後退し、代わりに魔王リーリエ・ドラゴンロード・フォン・エルルケーニッヒ・ドラゴが直卒していたドラグ大公国軍第二近衛銃兵連隊から二個大隊二千弱の増援を受け、ウルクラビュリントの街並みを砲爆撃するだけで日が沈んだ。


 そして夜明けの直前。城門から射かけられる矢から身を守るために掘られた塹壕の一角――歩哨壕と呼ばれる見張りの詰め所に立っていたオークは他の部隊と共に後送されなかった己が身の不幸を呪いながら白み始めた東の空を見ていた。

 元はただの小作農の次男坊であった彼は家を継げる土地はおろか財もなく、どうしたものかと思っている時に第二次ウルクラビュリント奪還戦や魔王位継承戦争で華々しい凱旋をしてきたオルク王国軍を目の当たりにし、自分が生きる道はこれだと志願したのだ。

 だが訓練はいつも隊伍を組んで一、二、一、二の号令でひたすら歩かされるばかりであり、がらの悪い古参兵からのいびりも毎日続くため志願したことを後悔していた。



「その上でこんな寒いところで見張りって……」



 白い息を吐き出しながら絶え間なく軍靴に包まれた足を動かす。少しでも動いていないと指先が凍ってしまいそうだからだ。

 そんな劣悪な環境にいながらも軍役を続けるのはひとえに一日も欠かさず飯がでるからである。街の出身の同期兵らは堅いパンと薄いスープに辟易していたが、今日の飯に事欠く小作農の彼は毎日食えるだけで十二分だったし、領主が宗教に入れ込んでいるため兵士は参加を義務づけられている週末のミサでは生まれて初めて薄めていないワインを口にすることができた(週末にワインが飲めるので洗礼を受けたほどだ)。

 それ故に彼はいかにきつい軍務とはいえ、兵士としての義務を完璧に履行していた。

 それでも今日の寒さは体に凍みると襟を立てた外套を体に巻き付け、支給された薄汚いマフラーをきつく縛り付ける。



「今日の飯はなんだったか……。昨日、輜重兵が来ていたし、肉が入ったシチューが食えるかな?」



 間抜けな輜重兵どもめ。こっちは前線で命のやりとりをしているのだからもっと肉や魚をもってきやがれ。雪程度で遅れるんじゃない。

 そんな取り留めないことを考えていると闇が薄れだした世界の先に何かいることに気がついた。



「なんだあれ?」



 夜目がきかないオークが目を凝らした瞬間、目映い光が見えたかと思うと炎弾が歩哨壕を貫いた。

 彼は悲鳴をあげる間もなく炎に包まれ、香ばしい臭いを放ちながら絶命する。

 それを狼煙にヌーヴォラビラントから打って出てきた夜襲隊の先頭で騎乗した剣聖エトワール・ド・ダルジアンが愛剣であるオリハルコンのロングソードを一息で抜き放つ。



「皆! これは悲壮な突撃ではなく、一日でも長くヌーヴォラビンラトを守護し、ここに暮らす民を守るための突撃です! 無用な一騎打ち、無駄死に、全てを禁じます。生きるために戦いましょう!!」



 「応ッ!!」と割れんばかりの声に白銀の剣姫は微笑み、愛剣を振るう。



「全軍、突撃!!」



 近衛、エルザス両騎士団から選抜された八百名の騎士とオドルやマリア、そしてハルジオンの三名を加えた夜襲隊の逆襲が今、始まった。

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