電撃作戦・5
有翼人による伏撃によりマジックキャスターを失ったエルザス騎士団だが、その先頭を駆けるジャンは未だそれに気づいてはいなかった。
むしろマジックキャスターによってオルク支隊の騎馬特火が沈黙したことを機にさらなる躍進を遂げ、前衛に展開する二個銃兵大隊千六百を壊走させるや中衛の四個大隊に切り込み、さらに一個大隊を壊走させ、支隊司令部の置かれた後衛への道を切り開くという大戦果をあげていた。
「何人いる?」
ジャンの問いかけに集まった仲間の数はついに四十人を切っていた。
如何に精強な冒険者集団であるエルザス騎士団とて数の暴力を前に消耗を強いられた結果だ。
むしろ二百対六千圧倒という数の差の前によく食いついたというべきだろう。
だが一般人が到達しうる最高ランクであるといわれるBランク冒険者とて数の前にすり潰され、彼の前に集まった者達も一様に負傷と疲労に苛まれていた。
もっともそれ以上に戦闘中にはぐれてしまった者も少なくない。激しい銃声と怒号の応酬が繰り返される戦場においてジャンの声が届かず、集結の命令を聞きそびれてはぐれてしまったのだ。
「まだやれそうだな」
とはいえ精強の誉れ高いエルザス騎士――冒険者達の顔色は一点の曇りも無く、体中から闘志が迸っていた。
ジャンが満足げに周囲を見渡し、敵が壊走したことで開いた道の先――五十メートルほど離れた最後衛の方陣達を見やる。
そこには赤と黄色の二色旗の軍旗がはためいている方陣があり、それこそが敵の総大将の引きこもる本営であろうと思われた。
あれさえ倒せればオークの軍勢は烏合の衆と化すだろう。それこそが少数の自分達の唯一の勝ち筋に違いない。
もっとも家臣達の消耗も激しいが、彼は確信があった。まだやれる、と。
それは驕りなどではなく、冒険者として裏打ちされた勘と付き従う戦友達の力量を勘案し、やれると結論づけたのだ。
「このまま押し切るぞッ!!」
「応ッ!!」という掛け声と共に彼らは誰からともなく一所懸命に駆けだす。馬に乗る者も馬を失った者も関係なく、ただただ勝利を目指してオークの軍勢に立ち向かう様は寝物語に登場する勇者の姿そのものであった。
そんな勇者達を待ち構えるオーク達の顔にはありありと恐怖が浮かんでおり、表情を強張らせて震えているようだ。
その折り、ジャンは方陣中央にて騎乗した者達を見つけた。顔を青くしたドラゴニュートやコボルトにゴブリン……。そんなありとあらゆる魔族の中に頭二つも飛びぬけた巨躯を誇るオークが目に留まった。
まるでオーガのような体躯に鋭い眼光。頭には真一文字に斬りつけられたと思わしき傷痕を王冠のように戴き、その悪相に口が割けんばかりの嘲笑を浮かべるあれこそこの一軍の長なのだろう。
そう当たりをつけた彼は人知れず愛剣を力強く握った。
あれさえ、あれさえ倒せば――!
【肉体強化】によって限界以上のスペックを叩きだす体が魔力の減衰とともに悲鳴をあげだすが、それを押して彼は走る。ただあのオークを倒すためだけに。
もう疲労困憊の彼を動かすのは気力と目の前に勝利があるという希望だけだった。
これでは冒険者課業も引退だな、と自嘲気味な笑みを浮かべた時、そのオークがさっと左腕をあげ、首を刎ねるように振り下ろす。
「――なんだ?」
それと共に鋭い命令が錯綜し、方陣を形成していたオークが黒い円形のナニカを放り投げて来た。
冒険者としての勘が激しい警告を放つが足を止めては魔族の新兵器の的になってしまうし、その猶予も残されていない。
直径十五センチほどのそれは放物線を描いて二十メートルほど飛翔し、ジャンの前に転がり落ちたかと思うと眩い閃光と爆風がそこから噴き出した。
◇
んんーッ!? おかしい。キルレートがおかしい。
いくら相手が騎兵だからとはいえ二百人の敵に二個大隊が壊走させられた上、さらにもう一個大隊喰われたんですけど。
それに敵の長距離攻撃魔法(同時詠唱というのか?)のせいで虎の子の騎馬特火が壊滅したよチキショウッ!!
もう魔法とかチートだろ。魔族は素の身体能力で人間に勝るとはいえ、こんな攻撃ほんとまじむり。
「閣下! 敵が!!」
「く、フハハ! 言われんでも見ればわかる」
いよいよ血の気の失せた参謀の悲鳴が俺を襲うが、悲鳴をあげたいのは俺のほうだよ。
やっぱり六万の大軍を相手にしようという連中を止めるのは無理だったか……?
もう最後の頼みに賭けるしかない。通用する気がしないけど……。
「投擲」
どうにでもなぁれ! の心境に至り、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
そんな中、命令と共に左腕を振り下ろす。
すると兵士達が燧発銃から手を離し、雑納の中から黒光りする球状の壺を取り出した。
それには一筋の導火線が伸びており、兵達はそこに火魔法を唱えて着火させるやアンダースローで放り投げる。
如何にオーガやドラゴニュートに比べオークの身体能力が劣るとはいえ、人間に比べ一回りも大きな身体を有するオークが五キログラム程度の砲丸を投擲するのだから優に二十メートルも飛距離が出る。
それと共に鼓膜が破れぬように顔を背けて耳に手をあてがい、爆圧を逃がすように口を上げてしばし待つ。
すると導火線を伝わった火が内部に押し込められた火薬に燃え移り、燃焼ガスが金属製の器の耐久力を上回る高圧に達する。すると圧力に負けた器が避け、火薬と共に込められていた無数の鉄片が飛び出す。
「――! く、フハハ。成功だ!」
その鉄片は迫りくる人馬の柔らかな皮膚を食い破り、付近に居た者達を爆風が弾き飛ばす。
古の大王も、神話の英傑も、世界のあらゆる英雄もこの火薬の力を知る者はいない。その洗礼を浴びた冒険者達は完全に突撃の衝撃力を失い、混乱と悲鳴に支配されているようであった。
そんな彼らに間髪入れずに燧発銃が一斉に火を噴き、ダメ押しの一撃を与える。
「閣下! やりましたな! 擲弾の効果は大です!」
「言われんでも見ればわかる! く、フハハッ!!」
コミュニケーション能力が低い上にボキャブラリーが貧弱なので先と同じ言葉を重ねてしまうが、敵の突撃を見事に粉砕したのだ! これ以上の言葉は他にない。
「これは工房に礼を言わなくてはならないな」
この擲弾は元々、銃兵の火力アップのために作らせたものだ。
そもそも銃兵は既存の戦士に比べ案外に弱い(期待していただけあってその事実を認めるのにかなり時間がかかったのは内緒だ)。
それは魔王位継承戦争においてデモナスに切り込まれた際やゴブリシュタットでの謀反の鎮圧時にセントールの吶喊を許して接近戦になった折りにもその脆弱性が露呈していた。
某士族の大規模反乱でもそうだったが、元は一介の民衆と職業軍人がサシで戦えばどうなるかなんて火を見るよりも明らかであり、早急な改善が求められた。
それこそソフト面から逃げ出すことは悪であり、最後の一兵になるまで敢闘するようにという軍人精神を養う“教育”の施行から種々の新兵器による火力(戦闘力)の増加といったハード面にも及ぶ改善が施され、そしてハード面としての答えが擲弾であった。
やはり権力というのは素晴らしい。こうした改革を誰に阻まれるわけでなく実行できるし、反対する者を消すこともできるのだ。
だからこそこの短期間で軍制改革はこうした戦果を叩きだす事が出来たのだろう。
おい、あの世で見ているか? ゴブリシュタットの反逆者共め! お前らが反対した軍制改革が魔族国に勝利をもたらしたぞ。
「閣下! 今こそ逆襲を発起すべきと愚考いたします!! 後衛三個大隊に残敵掃討を発令したくありますッ!!」
「よろしい。後衛の全銃兵大隊に達する。方陣を解き、残敵を掃討せよ」
方陣は兵士と兵士をみっちりと並べることで城壁のような堅固な防御力を発揮するところだが、逆に兵士を緻密に配置しているため絶望的なほど機動力に欠ける点につく。
そのため隣の方陣を敵が食い破ろうと、その間に後ろに回って挟撃――などという芸当は不可能に近い。
そもそも増大した兵員に対してそれを指揮する将校の数が圧倒的に足らず、中には村の名士だからという理由で将校をしている者さえいる。その上、兵士も根こそぎ動員で集められたため案山子も同然なものばかりだ。
そんな連中が方陣を組んだまま迂回機動など出来ようはずがなく、こうした単純な命令しか発せられない。
「突撃にぃ進めぇ!!」
野蛮な喚声と共に二千五百もの銃兵が雪崩のように突出してきた間抜けどもを飲み込んでいく。
如何に精強な冒険者といえど目の前のオークから繰り出される銃剣をかわしても側面や背面から次々と突き出される銃剣の前に倒れ、踏みつぶされていった。
そこへ中衛の銃兵大隊も残敵掃討に加わり、いよいよ冒険者達は憐れにすり潰されてしまう。
「く、フハハ。やはり主は乗り越えられる試練しかお与えになられないのだな。……ん?」
待て。待て待て待て。
おかしくない? 確かに大損害を被ったけど、敵を殲滅しちゃったよね? 喜ばしいことに。
確か六万の大軍とやりあえる敵だと思っていたけど、一万の軍勢で勝っちゃったぞ?
本当に主の御力で奇跡が起こったのか?
「……だが勝ちは勝ちか」
だがこちらも手ひどくやられた。これ以上の作戦継続は不可能だろう。
ならば愛しの妻の元に戻るとしよう。
電撃作戦はこれにて終了! 次話からはウルクラビュリント攻城戦です。
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