電撃作戦・3
「セントールに村を襲われたと聞いていたが、これほどとは……」
ジャンたちが到着した開拓村は、見渡す限り破壊が尽くされ、最早村とは呼べない有様であった。
家々は燃え盛り、周囲の畑は蹄に踏み荒らされ、あちこちに死体が転がっている。それも無抵抗と思わしき村人達の――。
その有様に馬を降りたジャンは静かに瞑目し、そして「生存者はおらんか!」と声を張り上げる。
だがそれに応える者はおらず、村の探索を終えた女騎士であるジャネットが力無く首を横にふりながらやってきた。
「村を一周してきたけど、酷い有様さ。共同の畜舎や食糧庫も燃やされているし、種籾の類も残っていないだろうね。まったく手際のいいこと」
農民達が慣れぬ新式農法である四圃式農法をなんとか軌道に乗せようと努力してきた結晶が無為にされたことにジャンは深い憤りを覚えると共にここまで徹底的な破壊――焦土作戦を断行する敵の指揮官に舌を巻いていた。
その時、井戸から水を汲み上げようとしていた部下が悲鳴をあげた。
「う、うわああ! し、死体! 死体だ!」
せっかく引っ張り上げた桶を弾き飛ばすとそこからコロコロと凄まじい形相の男の首が現れる。
それにジャンは急いで井戸に駆け寄って中を検めるが、生憎漆黒以外のものは見て取れない。
「井戸まで潰すというのか……!?」
暗い世界に投げかけられた問いに答えるものはいない。
ジャンとしては敵の暴走攻勢がただ人間を殺戮するために行われたのではなく、失地回復が目的であろうと考えていたが、その考えも揺らぎそうであった。
「再占領した時の事を考えていないのか? それともただ殺しの限りを尽くしたいだけなのか?」
魔族に理性的な思考はできない。そんな事がまことしやかにささやかれるガリア王国では魔族など暴れたいだけの野蛮な種族というイメージが強い。
だが冒険者として魔族と第一線で戦ってきたジャンはそうではないことをよく知っているつもりだったが――。
「まったく、嫌になるな」
それほど人間を憎んでいる相手と戦うことに、ジャンは笑みをもらすのであった。
◇
オルク支隊司令部には今、続々と各占領地を放棄してきた銃兵が合流の報告に押し寄せて来ていた。
それによって部隊の再編成作業に追われる参謀を横目にナイ殿と連れたって司令部を後にする。
「よろしいのですか? わたしと逢引などしていて。部下の方にやっかまれるのでは?」
クスリと意地悪そうに微笑む(ように見えた)ナイ殿に肩をすくめて答える。
「あ、あああ逢引などそのようなつもりは!! そ、それに俺は妻帯者ですし、妻に不義理を働くような――」
「じ、冗談です。ご心配なく」
そこまで焦られるとは思いませんでしたと顔に苦笑のようなものを張り付けたナイ殿の言葉に胸をなでおろす。
これは自意識過剰だったな。空気を変えるべく咳ばらいをしてからお茶を濁すように言い訳を口にする。
「部下には少しばかりの息抜きくらい許してもらいたいものです。それにどうも俺は慕われていないようで、席を外していた方が幕僚達も心休まるものでしょう」
まぁさすがに俺だって部下達が向けてくる視線が尊敬などではなく畏怖であることくらい分かっている。
それにニートになる前の経験則としても上司と一緒にいて気の休まる時がないことくらい知っているつもりだ。世界が変わろうとその原則は変わらないだろう。
「なるほど。距離をとるというのもあるのですね。わたしも最近は方々から睨まれているので気をつけましょう」
「そうなのですか? 星女のようなナイ殿が?」
「星女などおやめください。そのような身ではございませんよ。ただ、どうも目立つ杭は打たれてしまうようです」
話を聞くと若くして司教位についたことや、俺からの莫大な(そんなつもりはない)献金を受けていることに嫉妬する者が後を絶たないそうだ。
なんと浅はかな……。それでも宗教家だろうか?
そんなやるせなさに胸の内が煮えくりかえりそうだが、ふと考えるとナイ殿が俺に愚痴ってくれたということに気がついた。いつもは俺が日々の不安や不満を相談しに行く立場だというのに、そんな俺にナイ殿の心の内を明かしてくれたことに言いようのない喜色が浮かんでいた。
いや、いかん、いかん。人の不幸を嬉しがるのはよろしくないな。
「……あ、つまらぬお話をしてしまいましたね。どうかお忘れください」
「いえ、そんなことは……! ただ、俺はまだまだ修行も足りぬ在家信者ですが、それでもよければナイ殿のお話を聞きたいと思います。その、本当はもっと早く気がつけばよかったのですが、今まで自分のことばかり相談にのってもらっていて、ナイ殿のお話を聞くこともありませんでした。こうしてナイ殿がお話にならなければ気づかぬことだったでしょう。今までの非礼をお詫びいたします」
思えば復讐のことや魔王位継承に、プルメリアとの婚儀まで相談をしてきたが、それは一方的なものだった。
たぶん、非モテの俺だからこそ気付かなかった――。いや、気づこうともしなかった。俺が知らないだけでナイ殿もどこかで自分の話をしたいと思っていただろうに。だというのにナイ殿が内心を漏らすまで知らんぷりとは不徳の致すところだ。
まったく不甲斐ない。
「ありがとうございます。では今度、お話を聞いていただきましょう。お優しいオークロード様」
「そのお優しいというのはどうも鳥肌が……」
「そうですか? お優しいカレン様」
「な、ナイ殿!」
からかうその口調からは先ほどの悩ましい響きは消えていた。もっとも「そんなお優しいカレン様が――」と雪さえも凍えそうな声音が飛び出したことに思わず心臓が止まりそうになる。
「どうして無辜の村をセントールに襲わせるのでしょうか?」
ナイ殿は批難するではなく、賛同するではなく。ただいつもの無表情で問いかけてくる。
感情が読み取れないがためにそれはまるで鏡のように――自問自答しているように思えた。
「こちらに向かってくる敵の進軍速度を落とすためです。少しでもそうやって時間を稼いで、その間に周辺に散った部隊を集めているのです」
「しかし村を焼く必要はありましたか? そこは元々オークの方々が暮らしていた場所ですよね。その失われた土地をせっかく奪い返しても、残るは焦土だけではありませんか。戦については浅学ですが、それでも土地を取り返す戦をしていたのではありませんか?」
「おっしゃる通りです」
確かに油田欲しさに戦争を始めてもその油田が破壊されてはなんの意味もない。
土地を占有する目的はそこから得られる資源を確保するためであり、逆に土地だけあってもそれは無用の長物でしかない。
「村を破壊する理由は二つです。村を破壊すれば敵は村での補給に窮し、全力をだすことができなくなる上、先ほど言った通り歩みが遅くなります。つまり、敵は痩せ細るのに対し、こちらは軍を集結させて力をつけることができます。これで少しでも勝率を底上げするのです。二つ目は――」
まぁこれは私怨でしかないが――。
「この村も前は我が国の村でした。しかし猿獣人の無思慮な冒険者達は穏やかな生活を送る民達を害し、追い出し、そして我が物顔で暮らしているのです。そんな連中を、俺は許すことができません。連中がオークの村を焼くというのなら、俺もまた焼き返してやります。必ずや、必ずや連中に俺達が受けた痛みの万分の一でも味あわせてやらねば気が狂いそうなのです」
だからこそこの行為には意味がある。何よりも増した意味が――。
「確かに非道の作戦ではあるのでしょう。しかしこの作戦を俺のような者にさえ思いつくことができる作戦です。ならば全知全能の主が思い付かぬはずがありません」
「だから許される、と?」
それに頷くと珍しくナイ殿の口元が笑った。
「その通りです。きっと主もお許しになられるでしょう。故にわたしもカレン様のご活躍を微力ながら祈らせていただきます。汝に星々の恩寵があらんことを――」
◇
その翌日。
ついにオルク支隊とエルザス騎士団先遣隊はウルクラビュリントから四十キロ南西の村にて会敵した。
すでにハーピーによる航空偵察によってエルザス騎士団の動きを綿密に把握していたオルク支隊は村から打って出て騎士団を街道の頭で迎え撃つ形になっており、広々とした畑に集結の間に合った六千のオークが九つの方陣を作り上げて幾何学模様を刻んでいた。それも前衛に二個、中衛に四個、後衛に三個と縦深的に展開している。
それに対し、二百のエルザス騎士団は森の中に切り開かれた街道に押し込まれながらも突撃陣形である横隊を組み上げ、その方陣を食い破らんとしている有様であった。
「方陣か……。厄介だな」
ジャンは幾たびかのリーベルタースでの小競り合いにおいて彼の国が雇った傭兵大国であるヘルベチア連邦の傭兵を思い出していた。
ヘルベチア連邦は高山地帯の小国であり、国土が小さくて痩せているためその主産業は各国への傭兵派遣であった。
そんな歴戦の傭兵達が編み出したのが歩兵による密集陣形――方陣というハリネズミのように四方に向かって三メートルもの長槍を構える陣形だ。
これが組み上げられたら最後。接近する騎士や歩兵はその長大なリーチを誇る長槍による槍衾によって行く手を阻まれ、手をこまねいて右往左往していれば方陣中央に陣取る弓兵によって矢の洗礼をうけるという堅陣である。
「それに数もバカみたいに多いな。あれを突き崩すのは同数の兵でも難しいだろうが、幸いこちらにはマジックキャスターがいる。どうやら日頃の行いが良かったのは我らの方か」
もっとも長槍よりも、弓矢よりもリーチの長い魔法攻撃に弱いというのが方陣の泣き所だ。
その上、四方に隙間なく槍兵を並べて防御力をあげているため恐ろしいほど機動力がない。動いてしまうと隊列が乱れ、隙間が出来てしまうので防御力が低下するのだ。
そのため方陣は歩兵や騎兵に対しては城壁も同然の堅固な陣形なのだが、マジックキャスターが援護に加わるだけで簡単に突き崩せる的でもある(だからこそ方陣を組む側も対マジックキャスター用のマジックキャスターを用意するのが基本である)。
「よし魔族の好き勝手はここで終わりだ! 俺達はもう街の荒くれ者じゃない。俺達はなんだ!?」
「ガリア貴族ジャン・ド・エルザスの騎士!」と打てば響くように戦友達が答える。
「そうだ! テメェ等は冒険者ではなく騎士だ! 青い血が流れていなくてもれっきとした騎士だ! だがそれと同時に一介の民でもある! 俺達は魔族に蹂躙される悲しみと憤りを知っている!! 故に――」
使いこまれたオリハルコンのショートソードが鞘から躍り出るや、その透き通るような白刃が早春の薄い陽光を受けて輝く。
「故に戦わなくてはならない!!」
爆発するような歓声に包まれる戦場に方陣を組み、自分達の半分以下の兵数と対峙するオーク達が思わず後ずさる。
圧倒的に優位なはずの軍勢に怯えが見えたのをジャンは見逃さない。
「マジックキャスターは同時詠唱による上級魔法を放って方陣に穴を穿て! 残りはわしと共に方陣の穴に向け吶喊、侵略者の腸を食いちぎれッ!!」
「応ッ!」という叫びをかき消すように家臣達は一斉に得物を抜き放つ。
バスターソードや短槍、メイス……。雑多ではあるが己が身に一番馴染んだ武器が獲物を前にした肉食獣のように構えられ、緊張が大爆発を起こそうとした瞬間――。
「突撃ィ!」
ジャンのショートソードが振るわれると共に冒険者達が歩み出す。決してオークの好きなようにはさせないと。彼等は俯くことなく、ただ真っすぐに敵を見つめて進み始めた。
◇
「敵騎兵、接近中!! 距離およそ一千メートル!!」
ガリアの人間が発した猿叫に顔を青くした若いドラゴニュートの銃兵参謀が悲鳴のような近い報告に頷き、馬上から己を囲う支隊司令部直轄大隊の方陣を見渡す。
隙間なく並べられた銃兵達は一メートル五十センチの燧発銃に刃渡り四十センチの銃剣を装着し、これから起こる顛末に恐怖してか堅い表情を浮かべている。
そんな彼らから五十メートルも離れていない地点には二段に分かれた方陣の横列に並んでいた。それも正方形がただ並んでいるのではなく、互いの頂点と頂点が重なるように並んでいるため敵に対して二辺から攻撃出来るよう角度を調整してある。
「デモナスに突撃された時はバカ正直に一辺を正面に向けていたからな。これで増した火力が少しでも効けば良いが……」
陣形の改良という現状、出来得る限りのソフト面の向上を行ったが、どうなるか不安が拭えない。
一応、方陣の端には銃兵を援護するため驃騎兵連隊に与えられた四門の八十四ミリ野戦砲が睨みを利かせているが、こんなことなら軍特火でも引き抜いてくるべきだった。
「閣下! 特火への攻撃命令を!」
「まだだ」
だが言葉とは裏腹に「敵を近づけることなく今すぐ攻撃しろ」と叫ぶ自分がいる。
その通りだ。まさにその通り。
デモナスとの戦闘で如何に銃兵が接近戦に弱いか身に染みたではないか。ならば近づかれる前に出来るだけ火力を投射し、敵を削るべきだ。
だが射程ギリギリでは命中も期待できないし、何より特火は文字通りの一発勝負だから外す訳にはいかない。では当てるためにはどうするか? 必中の距離まで近づいて来るのを待つしかない。
「く、フハハ。勇ましく打って出てきたが震えが止まらないな」
一応、消極的な参謀からは敵の強大な戦力への対処方針として今のような決戦ではなく、村で籠城してはどうかという案が出ていた。
と、いうのも村にはないよりかはマシなモンスター避けの防柵があり、敵は六万の大兵力に対抗できる戦力を有しているのだから籠城して時間を稼ごうというのだ。
だが相手は身軽な騎兵であり、その機動力で籠城する村をフランスの某要塞線よろしく迂回される危険があった。
むしろ敵の目的がウルクラビュリントの解囲であるならば道を空けた我々に目をくれることなく攻囲を続ける友軍を攻撃する公算の方が高いだろうと参謀達は結論づけた。
そのためオルク支隊の玉砕と引き替えに敵を足止めしようという作戦が立案されたのは自然なことであり、それに勝る策もなしと悲壮な決断が下さざるを得なかった……。
「閣下! 攻撃命令を!! 閣下!!」
本当を言えばまだ死にたくない。まだ復讐を遂げていないし、せっかくプルメリアと結婚もした。それに陣には生涯の恩人であるナイ殿もいらっしゃる。
そんな方々を残して死にたくはない。今でも逃げだそうかという思いが鎌首をもたげるくらいだ。
だがその弱気を拭い取るべくポケットにしまっていた小さな、それでいて擦り切れている星書を取り出し、詩編二三篇を開く。
「……“たとい、わたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたが私と共におられるからです――。”攻撃開始」
「攻撃開始!」
すかさず命令を復唱した作戦参謀の切羽詰った悲鳴にラッパを咥えた信号兵が澄んだ音色を吹奏する。それを待ち焦がれたように八十四ミリ野戦砲に取りついていたセントール達が拉縄を引く。
轟音、白煙、火花。
砲腔に納められていた円柱形のブリキ缶が吐き出される。それは空気抵抗と爆圧によりすぐに壊れて減速を始めるが、そこに内包されていた無数の弾子が自分を抱いていた缶を置き去りに有り余る運動エネルギーによって飛翔していく。
今までは麻袋に燧発銃の銃弾を詰めただけの柘榴弾を使用していたが、これでは爆圧で袋がすぐに破け、弾子が砲身内を抉りながら射出されるため砲身寿命の低下と短射程を起こす欠陥があった。
それに対し、砲身内を通過する時はブリキ缶に守られたキャニスター弾であれば砲身内を傷つけることもないし、途中までは缶に包まれているため運動エネルギーの減衰が少なく済み、射程を僅かだが伸ばすことができた。もっとも砲弾をブリキ缶にするアイディアは本来別用途のために研究させていたのだが、たまたまとあるノームの発案が俺の耳に届いたため実験したところ良好な結果を見せたので採用することにしたのだ。
「賽は投げられた。後は玉が美しく砕けるだけ、か。だが易々とは終わらんぞ! 俺の復讐は始まったばかりなのだ。おぉ! 主よ。もし、もし俺の復讐が間違っているというのなら、今ここで俺を討ち倒しください。ですが最後まで俺が立っていることができれば、俺の復讐が主の御心に叶うということなのですね! く、フハハ」
参謀にハンドサインを送り、更なる攻撃を命じる。
侵略者共め、覚悟していろ。その腸 を食いちぎってやる……!
あまり連続更新をしても伸びが悪いままですのでこれからは更新間隔を伸ばしたいと思います。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




