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オークに転生したので人間の村を焼いていこうと思う  作者: べりや
第二章 ウルクラビュリント奪還戦
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電撃作戦・2

 セントールとは野蛮な種族だ。

 好色で酒に目がなく、暴れ者。もっとも中にはありとあらゆる知識を吸収して賢者のようになる者もいるにはいるが、どちらかというとそうした学究派は少数に分類される。

 そんな彼らを自由に敵地に解き放ったらどうかるか?

 その答えが今、眼前にあった。


 鶏を奪おうとするセントールの脚にしがみつく老婆。

 家に押し入ろうとしたセントールを押しとどめようとした男はサーベルに似た曲剣でなで斬りに。

 路上で組み敷かれた少女はそこで花を散らせていた。


 もちろんそれはセントールだけではなくオークも村人という村人に蛮行を働いている。戦闘という極限状態が理性のタガを外させたのか、日ごろから積もる猿獣人への恨みか。それともその両方か。

 その凝縮された感情が爆発し、目の前はまさに地獄と化していた。



「おぉ、主よ。見ておられますか? この世界の蛮行の全てがここにあります。なんと、なんと――。良き日をお与えになられたのでしょう!!」



 眼尻から熱い想いが頬を止めどなく濡らす。この悲鳴はあの日の悲鳴でもある。

 だがまだ足りない。あの日、全てを失ったあの日の悲鳴はこんなものではなかった。

 あのウルクラビュリントが陥落したあの日の悲鳴に比べればまだまだ可愛いものだ。



「もっと! もっとだ!! もっと殺し尽くし、もっと焼き尽くし、もっと奪い尽くせ!! あぁ! 主よ! あなたの御威光が地に満ちておりますッ!!」



 地獄というものが何故存在するのか? それは主が斯くの如くあれと望まれたからに他ならない。

 ならば主が与えたもうた地獄を地上に再現することは主の御意志に沿うことだろう。


 ――あぁ! 世界の全てが輝いて見える!!


 そんな多幸感に包まれる中、「なにやら盛り上がっておいでのようですね」と涼やかな声が投げかけられた。



「な、ナイ殿!? どうしてここに?」

「此度の戦役に教会としても僧侶を派遣することになりまして。そうそう。お手紙をお預かりしているのでした」



 振り返れば黒の法衣に身を包んだ浅黒い肌の少女が薄い笑みを浮かべて書状を差し出してきていた。

 てか、ナイ殿に先ほどの痴態が見られてしまった。誰も聞いていないと思って感動を吐露していたのが、よりによってナイ殿に見られてしまうとは……! 穴があったら入りたい。てかナイ殿の感情の読み取れない糸目に見られ続けているのが辛い。



「ご、ごほん。拝見いたします。……プルメリアからですか。三日ほど会っていないだけですが、ウルクラビュリントの方は変わりないのでしょうか?」

「はい。詳細に関してはそちらに記されていると思いますので省きますが、魔王様も御着陣なされたため本格的な攻城が開始されたとのことです」

「なるほど。あ、こちらへ。司令部にご案内いたします。温かいワインがありますのでよろしければ」

「ありがとうございます。輜重兵の荷馬車に便乗してきたのですが、そのせいで体が凍るようだったのです」

「リーベルタースに比べて魔族国の春先は冷えますからな。ささ、こちらへ」



 凄惨な光景を横目に煉瓦で造られた平屋に入ると暖炉のぬくもりが顔をなでてくれた。むずむずとした痒さと闘いながら家に入ると参謀達が一斉に手を止めて敬礼してくる。それに答礼し、暖炉の前に並べられた椅子の元にナイ殿をご案内するとすぐに従兵が並々とホットワインが注がれたコップを二つ持ってきてくれた。



「うむ。ありがとう」

「ハッ」



 一礼して去る従兵の背中を見送り、ナイ殿に椅子を勧めてワインを渡す。

 「ありがとうございます」と糸目を垂れさせてワインに口をつける彼女にふと、疑問をぶつけてみることにした。



「して、教会として僧侶を派遣するとのことですが、教会も戦争に協力をしてくださるのですか?」

「はい。ただ星字軍遠征というわけではありませんので矢面に立つことはできませんが、後方で星神教徒の救護活動や死者の弔いなどをするために魔族国の各司教区から従軍司祭や司教を派遣するよう教皇庁より命じられました」

「なるほど。御協力に感謝いたします」



 教会に属する者達は魔法の中でも治癒魔法に秀でた者が多い。そのため衛生兵としての活躍が期待できるし、兵士達も負傷しても治療が受けられると知れば安心して戦闘に従事することができるようになろう。

 さすが教皇庁。欲しいものを送ってくれるとはありがたい。寄付の額を増やそう。



「いえ、これも苦しむ者を救うためです。それよりプルメリア様のお手紙はよろしいのですか?」

「そうでした」



 手にしていたホットワインを空いている椅子の上に置き、急いで手紙を開封する。そこには攻囲が順調に進んでいること、ただ補給の問題から特火の弾薬不足に悩んでいると軍事面から始まり、春だというのに寒い日が続くので体調に気をつけるように、ブリタニアに比べ陣中食が美味い、早く会いたいなど様々なことが書かれていた。



「なにやら良き内容のようですね」

「え? 顔にでておりましたか?」

「はい。それはもう。あの日、カレン様にこの首をへし折られそうになったあの日のわたしでは想像もできないほど良き顔をされております」



 恥ずかしさに頭をかくといつぞやの傷跡にそっと触れる。

 あの日から二年。長かったな。



「あの日からついにこの日を迎えられましたね。よく頑張られました」

「――はい。あの日は絶望の日でしたが、ナイ殿とお会いできたからこそ、今日を迎えることができました。深く、深く感謝いたします」



 俺を導いてくれた彼女に深くお辞儀をし、それからこの出会いを与えてくれた主に感謝を捧げる。

 だがまだこれは始まりだ。これから猿獣人への復讐が始まるのだ。

 そんな決意を新たにしていると野外からバタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。そして扉が開けられるとばさりと羽毛が舞うとともに分厚いフロックコートをきっかりと着込んだ有翼人が毛皮の飛行帽を脱ぎながら足早にやってくる。



「伝令! 伝令!! 第二航空猟兵(ハーピー)中隊よりオルク支隊司令部へ伝令です!」

「発言を許可する」

「ハッ。発、第二航空猟兵(ハーピー)中隊本部。宛、オルク支隊司令部。我、エルサズ騎士団と思わしき一団を仮称ジュリアス村の西方二十キロメートルほどの地点にて発見す。敵兵力は騎士二百。随伴歩兵、攻城兵器なし。以上です」



 大テーブルに歩み寄り、そこに積まれた書類を払いのけて地図を広げる。そこに書き込まれた仮称の村名を探し出し、そこから延びる街道に指を這わせる。



「ここから街道に入るつもりだな。明日には先遣の驃騎兵(セントール)と会敵する可能性があるか……」



 それにしても解囲軍にしては数が少ない。ウルクラビュリントを包囲する友軍は予備も含めて六万もの軍勢であり、二百という数字は多勢に無勢すぎる。

 なんでこんな少数で大軍に向かってくるのだろう? ただただ馬鹿なのだろうか? いや、そんな訳ない。

 奴らは猿モドキであるが知恵はまわる。無謀な戦を仕掛けて来るとは思えない。

 ならば逆に考えて少数でも大軍に勝るための算段があるためではないか?

 それにガリアには“剣聖”だけではなく“勇者”という切り札も持っているし、高ランク冒険者が複数人集まった集団かもしれない。

 だとして俺達はそれに対抗できるだろうか? こちらの手勢をかき集めても一万しかいないのだぞ。 

 ふと、気がつくと誰もが手を止めていた。誰もが俺の口に視線を向け、そこから発せられる方針を待っている。

 それにどうしようもなく口の中が乾き、唇をうっすらと舐めて伝令に向き直る。



「……よろしい。下がって原隊に復帰せよ」

「はい、失礼いたしました」

「――。いや、待て」



 敬礼を交えて去ろうとする伝令を呼び止め、口をつけていないホットワインを差し出す。



「空は冷えるだろう。飲んでから行け。軍を左右する一大情報を報せてくれた褒美だ」

「あ、ありがとうございます!!」



 喜色を浮かべた有翼人が一息でコップを空にすると見事な敬礼をして走り去っていく。

 それに対し、参謀達はいよいよ焦れたように互いを小突きあいながら「方針を聞け」「いや、お前が聞け」「しっ、聞こえるぞ」とひそひそ話をしている。

 いや、六万の大軍に対抗しうる戦力を寄こしてきた時点でどうしようもないがな。打つ手なしだよ。


 だがそんな事を言えるはずもない。

 そしてふと、周囲を見渡しているとナイ殿と視線が混じった。そういえば彼女はデモナスとの戦の折りに言っていたではないか。


 “主は乗り越えられる試練しかお与えになられません”


 そうか、そうだな。この場で逃げるのは安いが、逃げてはウルクラビュリントを包囲する友軍を危機に晒すも同じだし、あそこにはプルメリアがいる。愛のない結婚をした仲であるが、彼女の書いてくれた手紙は俺のような者を案じることが綴られていた。

 前世では彼女はおろか女友達もいない引きこもりニートだったというのに、この世界では俺を案じてくれる女がいる。ならば断じて逃げられないな。



「……皆。光栄にも主が試練をお与えになられた」



 自分を勇気づけるようにわざと口角を吊り上げる。

 それにゴクリと参謀達が生唾を飲み下したのが見て取れた。



「隷下の全部隊に達する。一、接敵の報せに伴い、全占領地を放棄して至急に本隊へ合流すべし。二、セントールは後退の際、各村落を徹底的に再攻撃するように。三、航空猟兵ハーピーは哨戒飛行を厳としつつ敵騎兵の動向を監視するべし。以上だ」



 その命令を受けた参謀達が一斉に動き出す。それは心臓から血液が全身にくまなく流れるように種々の命令を適所に伝達し、俺の命令が遂行されるべく動いていく。

 それに満足すると共にふと思い出したことがあった。



「ナイ殿。すぐにこの村も戦場になります。この時間ですと死体を輸送するために空便となった輜重兵の荷馬車が出るはずですのでそれにお乗りになってウルクラビュリントまでお下がりください」

「いえ、わたしも戦の帰趨を見守らせていただきます。カレン様に――。戦に赴く全将兵に星々の恩寵があらんことを」


 ◇


 冬の名残の雪を被った街道が揺れる。けたたましい蹄の音が響き、二百騎もの騎士達が一陣の風の如く走り去ってゆく。



「みな! もうすぐ村だ。そこで休息しよう!」



 そう声をかけたのは一団の先頭を駆けるエルザス領主ジャン・ド・エルザスであった。

 彼は冒険者時代から愛用のワイバーン革のレザーアーマーにミスリルの籠手と軽装極まる装備であり、一国の領主とはまるで思えない出で立ちをしていた。



「ジャン。さっきのハーピーどう思う? 発見されただろうか?」



 そう問いかけてきた妙齢の女性――ジャネットにジャンは意地の悪い笑みを浮かべながら「見つかっていないと思っているのか?」と問い返す。

 もちろん彼女とて自分達が先ほど上空を旋回していたハーピーの目から逃れられたとは思っていない。

 逆に鋭い眼光でジャンを見返えしてまさか、と答える。



「仕掛けて来るかね、ってことを聞いているんだよ」

「そりゃオレが敵なら仕掛けるだろうさ。どこかで足止めを図るに違いない。そういう時に出番なのだがうちのマジックキャスター達だ」



 ジャンが抱える五人のマジックキャスターはほとんどが冒険者時代からの戦友であり、ジャンを筆頭とした前衛を支えた歴戦揃いだ。

 その上、同時詠唱による上位魔法を習得しているため大規模な対軍魔法が放てる。それを騎馬による機動力を以てヒットアンドアウェイ攻撃をすれば魔族は包囲どころではなくなるというのがジャンの目論見だった。



「ったく、魔族も時期ってものを考えてくれりゃ楽なんだがな」



 ガリア王国に暴走攻勢(スタンピード)の兆候が知らされてすでに二週間は経ち、魔族を迎えうつために各諸侯では準備が始められていた。

 もっとも今は王国の反星神教感情が高まっているせいで星神教と深い繋がりのあるリーベルタース王国が国境地帯に軍を集結させつつあり、それに対抗するためにガリア王国は勇者を筆頭にした一軍を派遣せねばならなかった。

 そのため暴走攻勢(スタンピード)の対策準備は遅々として進んでおらず、解囲軍の派遣は二週間後になるだろうと予想されていた。

 だがそれでは遅いと領主であるジャンは手持ちの戦力をかき集めて遊撃隊を組織し、少しでも敵の行動を遅滞させようとしていたのだ。



「だが頼みの綱はたった五人のマジックキャスターっていうのが泣き所だな。龍の子のマジックキャスターがいてもまともに敵とぶつかりあえばどうなるか」

「なに言ってんだい。龍の子でも龍は龍さ」

「それもそうか!」



 他愛ない言葉に勇気づけられた矢先、隣を走る部下が前方に指をさす。



「ジャン! なにか見えるぞ!」



 その指先にはゴマ粒程度だが複数の人影が見て取れた。

 敵だろうか? ジャンは唇を固く噛みながら鞍に吊られたショートソードの柄に手をかける。そこには使いこまれて擦れた革のグリップが巻き付けられており、その感触を籠手越しに確かめて愛馬の腹を蹴る。

 そしてゴマ粒のそれが親指よりも大きくなるにつれてそれが敵ではなく、難民であることが分かった。



「これは――!」



 着の身着のままという体の村人達が力無く永遠と列を作って行進してくる様にジャンは目を見張った。

 そんな絶望に染まった村人達が領主に気づくとにわかに喜色が浮かんだ。



「領主様だ!」

「領主様が助けに来てくださったぞ!」

「領主様! 領主様!!」



 諸手をあげて自分達を歓迎する民にジャン達は歩みを止めると村長と思わしき老齢の男が足を引きずりながらやってきた。



「領主様! よくぞ、よくぞ参られました。深く感謝いたします」

「あ、あぁ。それよりこれは一体どうしたのだ?」

「へい、それがいきなりセントールが村に攻め寄せて来まして……。うちの村はまだ冒険者を雇うほど金がないもので、為すすべなく――」

「そうであったか……」



 セントールという言葉にジャンは顔をしかめる。

 なんといっても人馬一体のその魔族は平原での戦を大の得意としており、地の利を得たセントールはAランク冒険者でもてこずる相手だ。

 そんな魔族が徒党を組んで襲ってきたのなら無防備に等しい村落などひとたまりもないはず。その証拠に村長はSランク冒険者であるジャンの登場に安堵すると共に今まで発露する余裕のなかった感情が溢れ出すように震えながらも力強く馬に乗るジャンの足首を握った。



「どうか、どうか倅の仇を討ってください! 連中に歯向かったばかりに倅は……。その嫁は殺された倅の横であの獣に――!」



 ジャンはやっと村長の後ろでアンデッドのように茫然と立ち尽くす娘がいることに気がついた。顔立ちは田舎娘のそれであったが、頬にはありありと暴行の跡が見て取れた。いや、暴行は顔だけにはとどまらないのだろう。

 それに彼の口内に鉄の味が広がる。



「わかった。皆の仇、必ず討つと誓おう!!」



 歓喜のどよめきが広がり、村人達は互いの肩をたたき合う。だがジャンの胸中にはさらなる暗雲が立ち込めていた。



(村を追いだされたということは村から補給が出来ないということか。出陣を焦るあまりに兵糧が携帯分しかないのが痛い)



 ジャンは機動力こそ今最も発揮されるべきものと最低限の糧秣しか持たずに出陣していた。

 もちろん彼を含め配下に空腹を堪えきれない者はいない。それに面倒ではあるが水なら周囲の雪を火魔法などで溶かして飲めば良い。

 だが問題は馬だ。下草もほぼ生えていないこの時期に馬の腹を満たすのは難しい。その上、野草だけでは戦闘に必要なエネルギーの摂取はできず、麦や豆なども併せて与えなければならない。

 その問題をジャンは周囲の村に立ち寄り、四圃式農法で得た飼料を徴発しようと考えていたのだが、その宛が外れてしまった。

 より厳しい戦いになる。そう直感したジャンだが、彼は引き連れる古兵を見やり、叫んだ。



「お前達! 緊急クエストだ! 魔族の好き勝手を止めに行くぞ!!」



 短い言葉だが彼の家臣――仲間達は一斉に『応ッ!!』と鬨の声が響き渡るのであった。


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