電撃作戦・1
ヌーヴォラビラントがエルザス領に組み込まれて二度の冬が過ぎようとしているとある農村。
街の南部にあるその村は新規開拓されて開かれたものではなく、元々はオークの村であったのだが、冒険者達の活躍によりオークを退治し、残ったそこは農耕を行うのに程よく拓かれていたため農村として再利用されたのだ。
そこでは異世界からやってきた青年が発案したという新式農法の実験地として二年前より四圃式農法が実施されてきた。
そんな村の少女が森から薪を背に村へ戻ってきた。
「おや、マリー?」
「ペタンおじさん!」
純朴そうな少女に声をかけたのは近所に住む壮年の男であり、肩にかついだ鍬を杖のようにおろしにっこりと笑みを浮かべる。
「今、帰りかい? 精がでるねぇ」
「うん。去年は一杯山羊と豚が増えたから私もがんばらないと!」
「そりゃいい。親父さんも喜ぶぞ」
四圃式農法によって作られた蕪によって冬用の家畜の飼料が手には入ったため、いつも屠殺していた家畜の多くを生かすことができたので農家の多くは例年よりも忙しい冬を過ごしていた。
もっともこの地に移住してきたばかりの頃は新天地で新式農法を試すという領主に不安も不満も大いにあった。
特に今まで育てたこともない中間作物をいきなり作らされたこともそうした暗い気持ちに拍車をかけた。
だが病気や不作に悩まされながらも一年が過ぎ、もう一年が過ぎる頃にはこの新農法が画期的なものであるのではないかという期待感が生まれていた。
「これも全て異世界人様のおかげです」
「そうだな。マリーとそう歳も変わらないという話だし、それが本当なら大したもんだ」
それじゃ朝の仕事があるから――。そう会話を切り上げて二人が別れようとした時だった。
村の入り口にそびえる櫓からけたたましい鐘の音が響いてきた。
すでに魔物の掃討は済ませたとはいえ、凶暴な狼やスケルトン、冒険者達の目をかいくぐってきた魔族や盗賊の類が出ないとは限らない。だから村を守るために村の周囲には防柵が張り巡らされ、入り口には櫓が組まれている。
そんな櫓から発せられた警報に村に雇われていた冒険者達が慌ただしく村をかけていく。
「みんな家に避難してくれ!」
「早く家に帰って戸締まりをするんだ!!」
「早く! 早く、早く!!」
荒事に慣れた冒険者達は己が得物を手に警報を発した門へと走っていく。それにマリーもペタンも血相を変えて家に向かって走る。
そしてマリーが家に帰り着くと「マリー!」と悲鳴に似た声で愛娘を抱きしめる母と、即座に家の扉に鍵をかける父の姿があった。その二人に彼女は安堵を抱きつつ戸締まりを確認する父に問うた。
「ねぇ、お父さん。大丈夫だよね?」
「ん? 大丈夫さ。前も野良のスケルトンの襲撃があった時も冒険者のみんながやっつけてくれたろ? それにいざとなれば俺だってな――」
「もう。あなた、無茶はしないでね」
「大丈夫さ。なーに。すぐに警報も解かれるさ」
そんなことを話していると雷鳴に似た響きが煉瓦を積み重ねて作られた堅固な家を揺らす。
それと共に悲鳴や聞いたこともない轟音が幾度と響き、その度にマリーと母は悲鳴をあげる。父だけが大丈夫と根拠のない言葉を繰り返すが、それでも天井を見つめる瞳には不安が宿っていた。
そんな不安の時間が永遠とも思われるほど続くが、いきなり扉を叩く音がその時間を止めさせた。「た、助けて! 助けて!!」とせっぱ詰まった女性の声に父はおそるおそる扉の前でどうしたと尋ねるが、声の主は「助けて」「開けて」の二つしか返事をしない。
「分かった、今開ける!」
扉が開かれると共に飛び込んできたのは赤毛の剣士と思われる冒険者であった。
だがその手に得物はなく、身を包む革鎧にはべったりと血が付着していた。
「ど、どうしたのですか!?」
「分からない、分からない。いきなりセントールが現れたかと思ったら、大きな音のでる筒で攻撃をしてきて櫓が崩れるし、門も壊されて――」
「門が――!?」という言葉が冒険者に投げかけられるが、それを無視するように彼女は鎧を脱ぎ始める。
「れ、連中が言っていたの。ぼ、冒険者は皆殺しだって。か、かくまってください!! お願いします、なんでもしますから!!」
必死の懇願だが、父は追い出そうとすでに結論をつけた目をしていた。
本当に門が破られたかはさておき、冒険者を殺すと相手が明言しているのならわざわざ危険を抱き込みたくはない。
だが――。
「お、お父さん! かくまってあげようよ!」
「マリー。でもな――」
「だって今まで村を守ってくれていたんだよ。そんな人を追い出すなんてひどいよ」
「マリー……。そう、だな。鎧は寝室に隠しておこう。母さん、血を拭ってやってくれ」
「ありがとう、ありがとう……」
思わず泣き崩れる冒険者に父は優しく肩を叩き、急いで鎧を隠しにかかる。
そうしていると外から多数の蹄の音が響いてきた。
ガクガクと震えが最高潮に達した時、再び乱暴に扉が叩かれた。
だが父はそれに応えることなく、黙って首を横に振り、唇に人差し指を宛てて声をだすなと無言に叫ぶ。
「おい! 誰かいるんだろ! あけろ! おい! ………………。ッチ」
舌打ちと共に扉が蹴破られた。
そこに思わずもれた悲鳴を無視するようにソレはゆっくりと侵入してきた。
「せ、セントール!?」
「ほぉ。嬢ちゃん物知りだな。そうさ、怖い、怖いセントールさ」
人馬一体の魔物――セントールは不吉な赤色の服に身を包み、低い天井が邪魔だといわんばかりに頭を下げながら泥の足跡を残しながら家内へ一歩、一歩入ってくる。
その手には一振りの曲剣が握られており、ぬめぬめとした赤い液体に濡れていた。
「お母ちゃんには悪いことをするとセントールが攫いにくるって教わったか? それとも頭から嬢ちゃんをバリバリ食っちまうって習ったか? あん?」
優しいながらも不気味な笑みを浮かべるセントールに対し、動けなくなっていた愛娘の前に父が立つ。
それにセントールは不機嫌そうに「よぉ」としゃがみ込む。
「なぁおっさん。酒はあるかい? 寒くてやってられなくてな。酒が欲しいんだ。酒さえくれりゃ命まではとらん。どうだ?」
「さ、酒だな。ま、待っていろ」
先ほどの勇ましさなどどこ吹く風の父は顔を青ざめさせながら言われた通り酒を探している間、もう一頭のセントールが姿を現した。その新しいセントールは親し気に「おい、ラピタ。もうやってんのか?」と尋ね、二騎は二言三言会話をするや、新しい方が家の物色を始める。
それを見送ったラピタと呼ばれたセントールは座り込んだままマリーを手招きした。
「怖かねーぜ。ほら、こっち来いよ」
曲剣を鞘に納め、獰猛な笑みに優しさを混ぜたセントールがマリーを手招きする。それにマリーは怯えながらも命令に従い、セントールが広げた手に包まれると、彼は意外にも優しい手つきで彼女の頭を撫でながら言った。
「なに、変なことはしねーよ。嬢ちゃんと同じくらいの娘がいたんだ。嬢ちゃん、名前はなんという? 歳は?」
「……マリー」
「へぇそうか。マリーか。オレァの娘はエーリカっていう。今年で十二になるはずだったんだ。母ちゃんに似て暴れん坊でな。男の子も顔負けなオレァ達の王女様だった。マリーを見ているとエーリカのことを思い出しちまう。あぁ種族はちげーが、よく似ている……」
思いで話に興じるセントールの指先がマリーの髪を梳く。特段ケアなどしない髪は年齢に似合わずに痛んでいたが、ラピタはそれを愛おし気に撫でる。そんな彼がふと部屋の隅でふるえる赤毛の冒険者を品定めするようにじっと見つめた。
「マリー。あれは姉ちゃんか?」
「え?」
さっと顔を青くした冒険者だが、マリーはギクリと身を震わせたが、出来るだけ平静を保って「うん」と頷く。それにふーん、と答えるセントールはすぐに父が酒瓶を手にやってきたことに意識を向ける。
「おせーよ、たく。うわ、なんだ、これ。よくこんな小便みたいなエールをよく飲めるな。まだコボルトやゴブリンの方がまともな酒を飲んでいるぜ」
躊躇いなく瓶をかっぱらい、蓋を開けて飲み出した一言に父は眉間に皺をつくりながら「約束は果たした。早く出て行ってくれ」と小さく怒鳴る。
それにセントールは怒るでなく「約束だからな」とすんなりと頷き、マリーの頭を名残惜しそうに撫でながら立ち上が――。
「おい、ラピタ! こっちの部屋に女ものの鎧があったぞ! ソイツ冒険者だ!」
部屋を物色していたもう一頭のセントールの言葉に彼はマリーを放し、ゆっくりと立ち上がりながら納めていた曲剣を抜いて女冒険者の前に立つ。
その双眸は先ほどまでの慈愛が嘘のように消え失せ、ただ憎しみの炎を宿していた。
「テメェ、冒険者か?」
「ち、違う! ――きゃああ」
セントールは躊躇なく彼女の襟を掴むと力任せに服を切り裂く。すると露わになった胸元に冒険者ギルドに属していることを表すタグがかかっていた。
「やっぱり冒険者じゃねーか! そんなツラしてると思ったぜ。それもCランクか。テメェ、セントールを手にかけたことはあるか?」
「な、ない。ありません。セントールは殺しておりません!」
「ふーん、そうか。それじゃオークは? ゴブリンは? コボルトは? なぁ、どの種族は殺したんだよ! この殺戮者めッ!」
「殺していません! 殺していません!!」だから助けてというように彼女は涙と鼻水を垂らしながら必死の懇願を叫ぶ。
だがそれを見据えるセントールの瞳は先ほどマリーを見ていた慈愛の色はいっさいなかった。
ただ怒りに燃えた瞳で冒険者を睨みつけ、無造作にその頬を殴りつける。
「ぐ、え。お、お願い! お願いだから助けて! 故郷の家族を養わないといけないの! だから命だけは――」
「誰もがそう思ってたろうよ! セントールだろうがオークだろうが、みんな死にたくなかったろうさ。もちろん無法者もいただろうが、オレァと同じで帰りを待つ家族がいる奴もいたろうな。そんな連中をテメェのような冒険者が殺しまわっているんだ!! Cランクっていや、さぞやたくさんの同胞を殺してくれたんだろうな? そんで村を守ってくれてありがとうと言われたか? たくさん殺してほめられる感想はどうだ? くそ冒険者さまよぉ!!」
曲剣の峰で赤毛を打ち据える。幾度も肉が叩かれる鈍い音が響き、それと共にセントールの罵声が聞くに堪えないものへと変わる。
そんな地獄のような時間にマリーはただただその様を眺めていることしかできない。それはもう一体のセントールも同じだったらしく、無言で暴行を見ていたが、ついに彼を押しのけて女冒険者の首を曲剣でかき斬った。
「おい、テメェ! なにすんだ! まだコイツには罪を償わさせなきゃ――」
「もういいだろ。なぁ、もう……。復讐は無意味だとか言わないが、今のお前をエーリカちゃんが見たらきっと泣くぞ。せめて優しい親父でいてやれよ。なぁ?」
「………………」
「………………。先に行くぞ。次の村にも行かなきゃならないんだ。時間はないぞ」
床一面に広がる血痕に肩で息を付くセントールはただ憎悪から一転した憐憫のまなざしをマリーに向ける。それにマリーの父親は今までにない身のこなしで愛娘の前に立ちはだかった。
「こ、コイツは村が雇ったどこの馬の骨とも知らない冒険者で、頼まれたから匿っていただけなんだ。だから娘だけは――」
「……安心しろよ。言ったはずだぜ。酒をくれたら危害を加えないって。それに、それにオレァも、親父だったから娘の大切さは分かる」
ラピタの双眸に浮かんだ滴が止めどなく流れ落ちる。彼はそれを拭うこともせず、ただの日――世界の全てに絶望したあの日のことを語ってくれた。
「エーリカは、友達と遊んでいるときに森の奥へ肝試しにいこうって、人間がうろつく危ない森に入っちまったんだ。絶対に入っちゃいけないって言い聞かせていたのに、あいつは行っちまったんだ。そんで人間に出くわしちまってよ、友達を逃がすために殿になって……。自業自得なのは分かっているんだ。だがな、冒険者は剥ぎ取りっていって、オレァ達の体を切り刻むだろ? エーリカもそうだった。まだ十歳だったのに、家に帰ってきたエーリカはバラバラだった。痛かったろうな、苦しかったろうな。怖かったろうな。例え神様が言いつけを破った罰を与えたのだとしても、あんまりだと思わないか?」
マリーは確かにセントールがぼろぼろと泣いているのを目の当たりにしていた。
「すまねぇな。ついカッとなっちまった。それと悪いことは言わねぇ。さっさと村を離れろ。オレァ達セントールは冒険者だけを相手にするよう命令されているが、後続のオーク共はどうだか知らない。オレァ達の大将は人間を頭からバリバリ食っちまうようなおっかないオークだからな。今度はマリーがバラバラにされるかもしれん。だからさっさと逃げろ。いや、逃げてくれ。今度の頼みだけは、どうか聞いてくれ……!」
そしてマリーの前から嵐は去っていった。
◇
昼を少し回ったくらいに村に入ると鼻にかぐわしい死臭が漂ってきた。
「大公閣下!」
「セントリオ伯! 首尾はどうだ?」
「上々。こちらへ」
彼に続いて村を歩くとあちらこちらで牛馬の嘶きが聞こえてくる。
すでに村を制圧したセントールやオークが今夜のおかずを得るべく奮闘中のようだ。
「上々というのは嘘ではないようだな」
「もちろん。あなたに嘘をつくと、その後が怖くてたまりません」
それ、どういう意味? と問いたくなるが、今はいいや。
俺の機嫌も上向きになり、心に充足感が満ちている。
そして案内された煉瓦作りの小さな家に入ると床一面に血痕が広がっていた。きっと冒険者の血だろう。いい気味だ。
「それで、状況は?」
接収した家のテーブルにはすでに地図が広げられており、いくつもの駒が並べられていた。
「現在、第一驃騎兵連隊は大隊ごとに別れ、進軍を開始しています。第一、第二大隊は航空猟兵と共に周辺の威力偵察を、第三は騎馬特火とともに前衛二個大隊が発見した村落への攻撃をするよう動いております。第四は予備兵力としてこの村に」
「なるほど。我らの命脈は疾風迅雷の速度だ。ガリアの猿共が防衛線を構築する前に電撃の如き速度で要地を突破し、街道沿いの村を襲撃せよ。その際の占領は考えなくて良い。ただただ嵐のような破壊の限りを尽くせ」
「占領は後続のオルク王国軍が行う、ですな」
その言葉に頷く。
『電撃』作戦の肝は速度だ。セントールやハーピーのような高機動力によって敵地を浸透突破し、こじ開けられた戦線の隙間に後続のオークが突入して戦果を拡張しつつ占領する。
それ故に前衛を駆けるセントールは輜重兵からの補給を受けにくい。特にこれから先、占領地が増えて補給線が延びれば延びるだけ補給は難しくなる。だからこそセントールは優先的に略奪をし、糧秣の現地調達をなさねばならない。
それに対し、占領を旨とするオルク王国の銃兵の進軍速度は緩やかなもので補給を受けることができる。だからこそセントールに略奪を推奨していた。
「分かっているとは思うが、敵の増援と不意の遭遇を果たした場合は――」
「逃げる、ですな。セントールは命知らずでも、命の捨て時は心得ておりますので」
「余計な一言だったな。万事よろしく頼む」
「ハッ! お任せください!」
それから細事についてセントリオ伯と話していると一人のハーピーの少女が現れた。
「おや? シュヴァルベ様。従軍お疲れ様です」
「お、オークロード卿!? い、いらっしゃったのですか」
魔王位継承戦争では共に陣を並べたハピュゼン様の娘であるシュヴァルベ・ハピュゼンは鷹のような目にげんなりとさせていた。あの戦争でちょっと八つ当たり気味にあたってしまったせいだろう。反省せねば。
でもその場の空気に流されることってあるよね?
「それでどうした?」
「はい、第二驃騎兵大隊からで街道沿いの――。地図だとこのあたりの村に攻撃をしかけたところ、占領に成功したということで拠点の前進ができると思い、報告に来ました」
シュヴァルベが指し示したのはウルクラビュリントから四十キロメートルほど離れた村であり、この村からだと二十キロメートルほど先にある。
「なるほど。街道から若干離れているこの村よりそちらの村の方が指揮はしやすいだろう。この村を放棄する。セントリオ伯は隷下の部隊に早急に土産を持ち帰るよう命令してくれ」
「はい、それで大公閣下は?」
「引き連れてきた連隊でも物資を接収できるのなら余さず接収し、それでもまだ何か残るようであれば――」
◇
轟々と炎を吐き出す村を見ているとどこかからか絶叫のような笑い声が聞こえてきた。
この世界で最高の娯楽を見ているような愉悦の声に楽しんでいただけで何よりだと思っていると、その声が自分の口から発していることに気が付いた。
「な、なんてことを……!」
隣に立つシュヴァルベの震える声に得意げになってしまう。
「何を驚いているのです? 俺の故郷は人間に燃やされたのです。ならば、人間共も覚悟があるはずです」
「……覚悟? なんの覚悟?」
まるで両耳を塞ぎたいという顔で問われた言葉。だが俺の口は止まらなかった。
「燃やされる覚悟ですよ」
そして俺はこの村に連れてきていた連隊の最後の一兵が村から離れるまで村が燃える光景から顔がはなせなかった。
胸糞すいませんが、これでタイトル回収できました! これからもじゃんじゃん村を焼いていけたらと思います。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。