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オークに転生したので人間の村を焼いていこうと思う  作者: べりや
第二章 ウルクラビュリント奪還戦
28/101

開戦

「オドル殿! お久しゅうございます!!」



 再建途上の旧ウルクラビュリント城――今ではヌーヴォラビラント城として冒険者ギルドの支部や各種行政組織が軒を連ねる城の会議室には銀色に輝くような少女――剣聖エトワール・ド・ダルジアンと異世界からやってきた冒険者である鳩楽踊(ハトラク・オドル)が再会を祝していた。



「エトワールも元気そうだね。銃を持った相手と戦ったって聞いたときは肝が冷えたよ」

「そ、その、心配してくださったのですね。ありがとうございます……」



 雪原のような白くぷっくりとした頬を薄桃色に染めて答えるエトワールの姿は白銀の悪魔などではなく、紛れもない少女のそれだった。

 そんな姿に苦笑をしたのはオドルに続いて会議室に入ってきたマリア・ド・ガリアだ。



エトワール(エール)も隅に置けないわね」

「ま、マリア様! こ、これはその――」

「いいの、いいの。オドルは誰にでも優しいから」



 それ、どういう意味だよという言葉を彼女は受け流しつつ背後から続いてきた奴隷のエルフであるハルジオンとアイコンタクトによる同意を取り付ける。



「それよりエールは”じゅう”を鹵獲したのよね」



 透き通るような金色の髪をすきながらマリアはテーブルの上をのぞき見る。そこには一メートルと五十センチはある筒が三丁置かれており、それらは丁寧に泥や血が清められたあとがあった。



「この前のオークとの遭遇戦で得た”じゅう”は全部で十二本でした。残りは城の武器庫に厳重に保管されております」

「これが連中の使う銃か。なんだこれ? えらく原始的な銃だな」



 オドルが試しに燧発銃(ゲベール)を手に取ったのを皮切りにマリアやハルジオンもそれに続く。



「なにこれ? 重い……」

「確かに。五キログラムはありそう?」



 そんな折り、翡翠色の短髪のエルフがしっかり燧発銃(ゲベール)を握ろうと、たまたまトリガーガードに指がかかる。

 それを見たオドルが顔を青くした途端、その細指が引き金を引いた。

 ――が、何も起こらない。



「は、はぁぁ」

「な、なんですかご主人様!? どうしたのですか!?」

「トリガーに指をかけちゃダメだ!!」



 何かまずいことをしたのかとハルジオンは銃をテーブルに置く。それに胸をなで下ろしたオドルだが、今度はマリアが銃口をのぞき込んでいることに気が付いた。



「この中はどうなっているのかしら?」

「ま、マリアッ!!」



 パシリと銃口を彼女の顔から払いのける。



「な、なによオドル!?」

「銃口をのぞき込む奴がいるか!」



 これが銃を知らない世界の人たちなのか、と彼は大きくため息をつく。

 もっともオドルとて実銃など触ったことはもより見たこともなかったが、ライトノベルやSNSによってある程度の銃の知識を蓄えていたがために事故が起きる前に対処出来たといえよう。



「くす、大丈夫ですよ。壊れているのか、ほとんど動かないのです」

「え? 壊れている?」

「はい。何本かの”じゅう”はそのクロスボウでいうトリガーを引くと轟音と共に(つぶて)が飛び出しましたが、二度目は何も起こりませんでした。工房長のドワーフからは一回きりで壊れるとは魔族の技術もたかが知れている、と」



 エトワールの話によるとオークから回収した”じゅう”をヌーヴォラビラントで鍛冶師をしているドワーフに検分させたところクロスボウのような飛び道具であることは間違いないが、射撃できないのはクロスボウでいう弦が切れているせいではないかという回答を得ていた。



「まぁ、工房の屋根に穴をあけただけで詳しいことはわからなかったのです。工房でわかったのはこの右側面のカラクリに火の魔石が使われていて、これを引っ張るとロックがかかって、トリガーを引くとロックが外れて火の魔石が打ち付けられるという点くらいでした」



 もっともそれがなんの役に立つのか――という言葉を臭わせる説明にオドルはやっと合点がいった。

 これは壊れてなどいない。



「これはそういう武器なんだ。僕の世界では火縄銃とか、マスケット銃とかって呼ばれていたもので一発撃ったら弾と火薬――爆発する粉を入れ直さないといけない原始的な銃だよ」



 そしてふと、オドルに疑問が浮かぶ。

 この中世ファンタジー世界に同じ転移者がいるとしてどうしてこんな古くさいタイプの銃を作ったのだろう、と。

 マスケット銃はライフルに比べて連射速度や射程距離、命中精度も圧倒的に劣る。どうせなら連射が出来て整備も簡易に出来るAK47のようなライフルを作れば良かったのに。

 もしや相手は異世界への転移者ではなく、この銃も自分達の世界と同じように自然発生したものではないか? ならば僕がこれを改良して自動連射化すればチート兵器になるのでは?



「すぐにその武器がなんであるか分かるって、オドルは博識なのね」

「さすがご主人様です」

「オドル殿はなんでも知っているのですね!」



 銃をどう改良するかと思い悩もうとしていたオドルだが、それらの声に思わず口元をゆるめてしまう。



「いや、そんなことないよ。陛下から銃の研究をするよう言われていたけど、正直行き詰まっていたところだし、こうして現物が手に入ったおかげで研究も進むよ。ありがとう。エトワール」



 ポンとオドルがエトワールの頭を撫でる。そのサラサラとした髪質の心地よさを堪能していると、「あうあう」と困惑とも感激の混じった声が響いてくる。

 そこに剣聖の顔は消え失せ、真っ赤に熟れた乙女はなされるがままに頭を垂れ、ぎゅっとスカートの裾を握っていた。

 そんな姿にオドルのパーティーメンバーは顔を見合わせて肩をすくめる。



「もう、オドル。エールも困っているじゃない」

「そうですよ、ご主人様。気安く頭を撫でられるのはどうかと思います」

「え? そう?」



 さっと銀色の髪から手を離すオドルだが、それをエトワールは名残惜しそうに目で追ってしまう。



「そうよ。それにわたくしもハルジオンさんも羨ましくて我慢できなくなりそう」

「え?」

「そうですよ、ご主人様。そんなの見せられては黙っていられません」

「え?」



 じりじりとにじりよる二人にオドルは一歩引くが、それ以上の抵抗なく二人を迎え入れようとした時だった。乱暴に扉がノックされ、それにマリアはこれから良いところなのにと内股を押さえながら「なにごと?」と問う。



「冒険者ギルドから急報です! オークの軍勢が迫っていると!!」



 その言葉に四人の顔色がさっと変わった。


 ◇


 我が故郷であるウルクラビュリントから一キロメートルほど離れた小丘から周囲を見渡せば残雪の残る世界にぱらぱらと緑色の雑草が垣間見得た。

 その平野部には赤い軍服を着込んだ者共が右往左往しており、見ていて飽きない。特に整地作業に勤しむ特火兵など一日でも見て居られそうだ。



「閣下」

「ん? どうしたオーク伯」



 オルク王国軍第一師団の師団長に任じているグロリオサ・フォン・オルク伯爵の声を背中に聞きながら展開中の特火兵陣地を見ていると「間もなく軍議が始まります」と短い言葉を受け取る。



「そうか。それより攻城特火はどうした?」

「それが未だ到着しておりません。急がせましょうか?」

「いや、かまわん。専門家が全力で取り組んでいるのだからこれ以上早くはならんだろう。それより現場の者には凍傷に気をつけるよう言い含めておけ」

「ハッ!!」



 外套を翻し、張られたばかりの大テントに入ると薪ストーブが漏らすわずかな温みに顔がほころぶ。

 それと共に周囲を見れば師団長や師団参謀長クラス以上の高級将校達がテーブルについているのが見て取れた。

 そんな中、上座に近い席に腰掛けると従兵が無言で湯気を上げるワインを差し出してくる。

 元々、こうした身の回りの世話は歳若い従騎士(エスクワイア)の仕事だったのだが、新式軍制の採用によって既存の兵制を排してしまったので新たに当番制の世話役として従兵という役割を創設したのだ(もっとも有力貴族の世話役を任されるのは元従騎士(エスクワイア)とかなので実態はそんなに変わっていないが、改革の手が回りきらないので半ば黙認している)。



「さて、夫殿。状況はどうかな?」



 血縁主義の愚鈍な者共を恨むより今はするべきことが山ほどある。

 まずはプルメリアの疑問に答えるのが先だな。



「現在、オルク王国軍第一師団及びコボルテンベルク旅団が展開中ですが、師団特火及び軍特火の陣地敷設は路面状況の悪化から遅延が生じております。なお、申し訳ないことですが、龍の子の軍特火に属する攻城特火中隊は街道の状況悪化に伴い、到着はいつになるやら」



 この攻城戦のために作られた攻城特火がそもそも戦線に到着していないというのは笑いぐさだ。

 そもそも雪解けの始まったこの時期に攻勢作戦が発動したがために溶けかけた雪が万の兵士に踏まれることで泥と混じり、液状化よろしく深い泥濘を作ってしまったのだ。

 そのせいで銃兵でさえ泥と格闘しながら行軍せざるを得なかったというのに、そこへより重量物をかかえた特火が通行することなど不可能といわざるを得ない。

 幸い、通常の野戦砲はなんとか輸送に成功したが、この分では攻城特火に限らず馬車による補給輸送を担当する輜重兵にも問題が起こりそうだ。



「現在、攻城特火については到着未定と考えなくてはなりません。しかし兵も全力で輸送を試みておりますので――」

「夫殿。兵の努力は分かっているつもりだ。こちらもゆるりと攻城を進めるとしよう。それで他の諸侯の状況は?」



 プルメリアの言葉にそれぞれも報告をしていくが、泥濘に起因した輸送の遅れが問題となる以外はとくになにもなく、粛々と作戦が進行中であることが分かった。

 だがこの雪解け間近に攻勢を仕掛けたのはひとえに冒険者が攻勢を企図するならばいつか、という予想がある。

 さすがに雪中行軍は考えられないが、それでも春には攻勢が起こっても不思議ではない以上、その出鼻を挫ける今しかタイミングがなかったのだ。



「さて、雪に対する諸問題は作戦発起前からあった故、今更どうこういうつもりはない。だけど現に立ちはだかるは雪、か。でも嘆いていても詮無きこと。南部諸侯総軍は輜重に頼ることなく攻城に当たらねばならない。厳しい戦になるけど鉄の意志と血の代償を以て不退転を貫き、魔王陛下の治められるべき神聖な土地を人間より奪還する。諸侯の勇戦を期待するものである」



 プルメリアの言葉に諸侯が立ち上がり、浪々と魔王様への万歳三唱が叫ばれる。

 士気が高いのは故郷奪還の念に燃えているオルク王国は言わずもがなだが、コボルテンベルクやデモナスは逆賊という汚名を返上すべく戦うという必死の決意があるが故だ。そんな決意をするくらいなら最初から反逆なんてするんじゃないよ。



「それではこれより南部諸侯総軍司令官として『雷と鉄槌』作戦の開始を命じる!」



 プルメリアがワインを手に立ち上がると諸侯もコップを手に取る。

 芳醇な湯気を吐き出すその深紅の液体を見ているとこれからどれほどの血が流れるのだろうかと暗い想像が頭をよぎった。



「魔王様に勝利を! 乾杯!!」



 「乾杯」の声が唱和し、コップを呷る。

 暖かさと共にホットワインに溶かされたレモネードのわずかな苦みがアクセントとなるそれを半分ほど飲み込むと、プルメリアが心配そうな顔をしていることに気が付いた。



「夫殿――」

「総軍司令官閣下――。いや、殿下。俺はそろそろ出立いたします。オルク王国軍を頼みました」

「万事妻に任せておけ。それと、夫殿の武運を祈っている。……星々にそう祈るべきか?」

「く、フハハ。そう言っていただけるだけで百人力です! 我が妻に最高の勝利を! では行って参ります」



 残りのホットワインを飲み干し、テントを後にする。

 そして向かった先では一人のセントールが出迎えてくれた。

 上下を赤い軍服で包み、ペリースと呼ばれる左肩にひっかけるような小さいマントを羽織った人馬同体その者は今年で二十八歳を迎えるというアスペン・フォン・セントリオ伯爵といい、焦げ茶色の髪を丹念に撫でつけ、獰猛な笑みをうかべていた。



「大公閣下、我が驃騎兵(セントール)連隊一千はいつでも出陣できます」

「よろしい。非常によろしい。セントリオ伯」



 俺に課せられた作戦は敵勢力圏下に進出し、猿獣人からオルク王国の失地を取り戻すことにある。

 そのため俺の率いるオルク支隊はセントールの連隊や鳥人族大隊といった威力偵察部隊に併せ、土地を占領するためのオークとで構成された一万の軍勢を誇っていた。



「ただ、問題としては――」

「なにか不安ごとか?」

「えぇ。補給が不安ですな」



 俺と同い年くらいのセントールはまるで俺を試すようにじろりと視線を寄越してくる。

 まぁ歳が近いとどちらがマウントを取るかで躍起になるのだろう。もっとも大公の俺には関係ないけど。



「輜重兵は頼りにならん。雪ですべての予定が遅れておる。元より足の遅い輜重を待つ予定など我が支隊にはない。電光石火の早業で猿獣人を追い立てねばならぬのだからな」

「そう、おっしゃられるが、稲妻と違って我々は腹が減ります故、空腹では万全に戦えません」

「自分の腹くらい自分で満たせ。現地調達を奨励するよう事前に伝えていただろう」



 現状、雪に閉ざされた街道において馬車輸送は当てにならない。

 ただでさえ補給は遅れ気味だというのに、ここから先、除雪がされているか怪しい街道ではより補給が遅れてしまうことだろう。

 人馬一体のセントールは重い補給品を満載した馬車よりも遙かに早く行動することができるため補給が追いつかないのは目に見えていた。

 そんな彼らの進軍速度を保ちつつ補給するには現地調達以外の選択肢はない。それに冬の終わりといえどまだ越冬のための食糧を村人は蓄えていることだろう。そこに糧を求めれば良い。



「つまり本当に現地での略奪を認めてくださる、ということで?」

「もちろんだ。貴様等が獲得した戦利品は全て貴様等のものだ。ただし、略奪品で身動きがとれなくなる間抜けが現れない限り、という但し書きがつくぞ? 大丈夫だろうな」

「ハッハハハ! 心得ました!」



 セントリオ伯はまるで盗賊の親分のような粗野な笑みを浮かべ、高笑いする。どう見ても魔族国騎士って面構えではない。

 同じ伯爵であるオーク伯と比べると武人の空気の漂う彼との違いがありありと伝わってくるのが不思議だ。



「どうしました、大公閣下?」

「なんでもない。まるで盗賊だと思っただけだ」

「盗賊? ハッハハハ。そいつぁ素敵ですな。ではこの盗賊騎士アスペン・フォン・セントリオが親分のお眼鏡に叶うブツを手に入れて参ります!」

「親分? 俺が? 悪い冗談だ。こんな敬虔なオークが盗賊の親分などできんよ」



 それに小さく「なに言ってんだい、どう見ても盗賊の頭目って顔じゃないですか」という言葉が紡がれたが、聞かなかったことにする。



「それでは我らに課せられた雷――『電撃(ブリッツ)』作戦を開始する!! 我らの故郷を奪った猿獣人共に正義の雷鳴を轟かせろ!!」

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