議会の思惑
「諸君。我らは今、危機に直面している。侵略者たるガリアの脅威が今、喉元に突きつけられているのである」
暖炉に火の粉が爆ぜるモンスタルスタット王宮の玉座の間を見渡す。円卓に並んだ諸侯を見やれば今のところ全員が俺を注視していた。どうやら聴衆の意識を俺に集中させることには成功したようだ。
だが問題はこれからだ。プレゼンの成功は冒頭で決まってしまう。
これは演説が得意なあのおじ様の手法でもあるのだが、冒頭で聴衆にこのプレゼンが如何に聞きたいと思わせられるかがミソであると聞いたことがある。
それに小説でも第一話でどれだけ読者をストーリーに引き込めるかが肝心であるとハウツー本に書かれていた。
「なにもこれは我が故郷を奪った猿獣人に私怨を燃やしているが故に提言しているのではない。今こそ我らは一致団結し、侵略者を神聖不可侵な魔王様の治められし土地から追い出さねばならないのである!!」
大きな身振りで腕を上げたり下げたりし、そして円卓を力強く叩く。
何もあの日の屈辱と怒りに突き動かされてテーブルを叩いたわけではない。このように身振りをつけることで話の内容をイメージさせ易くすると共に『人は無意識に動いているものを追う』という習性を利用して意識をこちらに引き込むテクニックなのだ。
それとともに少し息を整えるために黙る。
こうして間を作ることで空気を変える事も出来るし、何より聴き手に次は何をはなすのだろうという期待感をあおる事も出来るのだ。
「……そして今もガリアは侵略を企て、ウルクラビュリントに兵を集めている。次はオルクスルーエだろう。その次はコボルテンベルクか? プルーサか? このままでは我らが愛する魔族国はガリアに蚕食され、この地上から姿を消すことだろう。このような蛮行を許せるだろうか? いや、否である!!」
出来るだけ同じ単語を発することで聴き手の印象に残るフレーズを作ると共に話者と共通する敵を作るというのもプレゼンの常とう手段である。
ここまで問題提起をしてきたのだ。後は解決策を提示し、明るい未来への展望を語れば良い。
「今、我々は岐路に立っている。諸君等は再び我がオルク王国を見捨てて次の侵略を許してしまうのか。それとも一致団結し、侵略者から魔王様の国土を回復するかである! 最早悠長に静観など決め込む猶予はない。座して死を待つか、それとも鉄と血によってこそ安国の未来を手に入れるかであるッ!! さぁ、諸侯よ、共に立て! 共にガリアの卑しい野望を打ち砕こうではないか!!」
全ての言葉を吐ききると汗が絶え間なく頬を伝わっていた。
それと共に眼前の玉座から小さな掌がぱちぱちと賞賛を送ってくれた。それに追随するように諸侯も拍手を送り出す。
どうやらプレゼンは成功してくれたようだ。どんなに内容が素晴らしいプレゼンでも話者が「あー」とか「えーと……」とか言葉に詰まっていては白けてしまう。だからこの一週間ずっと練習を繰り返していた。
そのおかげで聴衆も熱気にあてられたように興奮の拍手を送ってくれているようだ。
如何に自分に注目を集め、聴き手と共通の敵を作って一体感を図り、問題を提起して解決策を提示する。
これもまた前世の知識だが、演説が上手い某人物もこのポイントを押さえていたからこそ多くの聴衆の心を捉えたという。さすがは世界に誇るリンゴ社の設立者の一人だぜ。
「以上です。議長」
「それではこれよりオルク王国大公にして軍務伯たるカレンデュラ・オークロード・フォン・オルク殿より提出されたウルクラビュリント出兵の是非に関しての決を採りたいと思います。賛成の方はご起立ください」
その言葉と共に狼耳の老いを色濃くにじませた男がびくびくと立ち上がり、それに続いて頭に一本の角を生やした少女と女性の中間に位置するようなオーガ族も立ち上がる。
前者はコボルテンベルク大公であるジギタリスであり、後者はデモナスを治める新大公で、名をゾンネンブルーメとかという。二人とも元々は魔王位を巡ってオルク王国とは敵対関係にあった国の国主だが、昨日の敵は今日の友で今は友好関係を築いていた。所謂“属国”である。
まぁプレゼンは一週間の練習を図ったが、ハピュゼン様とは二週間近い意見交換を行い、此度の出兵について水面下で交渉を続けていた。
戦争もそうだが、やはり当日までにどれだけ準備できるかが勝敗を分かつのだろう。ちなみに“属国”であるコボルテンベルクとデモナスはただ提言に賛成せよと伝えたらその通りにしてくれたので交渉がハピュゼン一国で済んで助かっている。
「賛成多数。よってウルクラビュリント出兵を可決いたします」
議場が再度拍手に包まれる中、議長は円卓から玉座の前にひざまずき、深々と我らが主に頭を垂れる。
「我らが偉大なる国主――ドラグ大公国大公にして魔王であらせられるリーリエ・ドラゴンロード・フォン・エルルケーニッヒ・ドラゴ陛下。ここに伏して我ら家臣一同の奏上をお聞き下さるよう、願い奉ります」
「うむ、たいぎである!」
大きな玉座に腰かけた小さな影――赤髪の幼女が鷹揚に頷く。
もっとも議会は魔王様の政治指導に関する輔弼機関のためやれば法案をここで覆すことも可能なのだが、リーリエ陛下は躊躇う事なく快く頷いてくださった。
そんなかわいらしい御姿を見ていると心が晴れるのだが、議場の中には苦虫を噛み潰したような顔の者もいる。
「陛下。それではこちらに御署名を」
玉座の前に進み出て膝をつき、あらかじめ作成した先の法案の発布に関する勅をリーリエ陛下に差し出す。
これに陛下のサインが入れば即時的に法的効力を発するようになる。もっとも本当は魔王様自ら制定するのが勅令なのだが、リーリエ陛下がまだ幼いということもあり、こうしてあらかじめ発布して欲しい勅令を作った方が良いとアドバイスを受けたのだ。
「うむ。……これでよいか?」
「はい、陛下。陛下の御英断を万民は讃え、魔族国に一千年の安寧がもたらされることでしょう。その事を嬉しく思います」
「カレンがうれしいと余もうれしいぞ! それに、その……」
――?
なんだろうと思っていると背後から「僭越ながら宰相から」と声がなげかけられる。それに振り向くと飽食の限りを尽くしてきたことをうかがわせる腹回りを有するホテンズィエ・フォン・ニーズヘッグ侯爵が重そうな身体を椅子から滑らせて一同を見渡す。
「この度、陛下よりお言葉を授かっております。陛下、不遜のことではありますが、この爺に代弁の許可を」
「うむ! たのんだぞ」
「はい。それでは畏れながら陛下のお言葉を申し上げます。『オルク王国救援を目的としたウルクラビュリント出兵は我が父たる前魔王陛下のご悲願でもあり、人間に虐げられる我が国民を外圧から解放するための聖戦である。よって此度の出兵は自らの親征を以って諸外国に魔族国としての確固たる意思を表明し、内外に我々の生存権を知らしめるものである』」
ん? うん? ううん!? あれ、おかしいな。さっき宰相殿はなんと言った? 聞き間違いでないのなら俺は“親征”と聞こえたぞ。
「へ、陛下……!」
これはなんと――。
なんとも嬉しい事を!!
故郷奪還の戦に魔王様御自ら御出陣なされるとはこれほど嬉しいことはない。
ウルクラビュリントを焼け出されてオルクスルーエに帰還した折りに魔王軍の援軍がないことに絶望したが、まさか陛下が親征なされるとは……!
主よ、感謝いたします。どうか、どうかいと高きところにおわします主よ。どうか魔族国をお守りください。そしてガリアの猿獣人に死を。我らに星々の深き恩寵があらんことを……!
◇
「宰相殿! 宰相殿!!」
議会が散会した後、ファルコは思わずホテンズィエに詰め寄っていた。
周囲を見やれば諸侯は退出し、玉座の間には怒気を孕んだファルコと宰相の二人だけのようであった。
「先の親征とはどういうことだ!? 相手はあの剣聖がいるというのだぞ。考えたくはないが万が一にも陛下の御身になにかあったら如何するつもりだ?」
「その際は大人しく我が首をくれてやろう。それにドラグ大公国軍司令部と検討をした結果、主軍の後方二、三キロに本陣――オークロード殿のいう総司令部を設置すればどうとでも逃げおおせられると返答を受け取っている」
「そんな後方では指揮など執れないだろう。総大将がそこまで引き下がっていては士気にも関わる」
それにふむ、と鼻を鳴らしたホテンズィエは猛禽類のように鋭い瞳をいただくファルコを見据えていった。
「なに、陛下がおっしゃったであろう。内外に確固たる意思を表明する、と」
その言葉にファルコは押し黙り、小さく「エルシスか」と憎しみを込めた言葉を発する。
「左様。彼の国は北のルーシと東のオストルという脅威に挟まれておる。しかし如何に大国のエルシスの魔法戦力とて二正面作戦を同時に遂行する能力はなかろう。それにエルシスの民であるエルフ族は子をあまり生まないから魔法戦力の拡充には限界がある。そこで新式軍制だ。これならば民を徴兵し、兵士とする構造が出来上がっておる。獣のようにぽこぽこと子を産む獣人主体のベースティアを支配するエルシスにとって農奴くらいにしか役に立たぬ獣人を兵力に出来るのだからまさに理に適っておる。しかしそれは新式軍制に有用性があるという前提が必要なのだ」
「まさか、貴様! 陛下を出汁に広告を打つつもりか!? なんと不敬な!」
それに手をあげて首を振るホテンズィエにハピュゼンは今にも飛びかかりそうであった。
だが宰相はそれを見越してか、早口でまくし立てる。
「ハピュゼン殿。落ち着いてくだされ。今後締結される三国同盟の主導権をえるためには宣伝が必要なのはわかるであろう? この出兵はその大宣伝となろう。代わりに我々は森の賢者たるエルフの優れた魔法や錬金術の知識を得る、全ては魔族国のためだ。ははは」
長命種族であるエルフを主体とするエルシスは中央海に面している上、陸路による大陸東端とも細々とした交易によって潤っている国だ。
そのため東西の魔法知識が集約され、帝都ウィンでは壮麗な都が築かれている。
「ハピュゼン殿の危惧もわかるが、前線指揮は王族であるプルメリア殿下が南部諸侯総軍司令官として執られるのだから問題あるまい。それにドラグ大公国としてはワイバーンの離着陸場や野戦畜舎を整備する観点から戦線後方に布陣したいという要望を得ておる。そしてリーリエ陛下はドラグ大公でもあらせられるのだ。ならば前線から三キロも後方におられてもなんの問題もなかろう。まさに航空隊の陣頭指揮を執られておるのだからな」
「………………」
「そう怖い顔をするな。こちらの陣営におれば損はさせん。ん? それともハピュゼン殿は向こうの陣営におるのかね?」
「……。親征の件、しかと護衛部隊をおつけしてくだされ」
あい、わかったとホテンズィエが答えると共にファルコは踵を返して議場を後にするのであった。
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