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オークに転生したので人間の村を焼いていこうと思う  作者: べりや
第二章 ウルクラビュリント奪還戦
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急報

「輪栽式農法?」



 色づいた木々が散り、雪が深々と降りすさぶ季節の折、執務室を訪れていた我が妻――プルメリア・フォン・リンドブルム・オルクが発した雑談の一言に首をひねる。なんかどっかで聞いたことある言葉だが、はて……。どこだったか。



「ブリタニアで知ったのだが、ガリアで実験がおこなわれている新しい農法だそうだ」

「……ガリア?」

「そう邪険にしないでくれ。夫殿のガリア嫌いは知っているが、全てを嫌うのはどうかと思うぞ」



 プルメリアとオルクスルーエ大聖堂で結婚式を挙げて二月。もうすぐ星神教会の一大イベントである星神祭を前にしてわかったことがある。

 プルメリアは新しいもの好きなのだ。



「なんでも休耕地を作ることなく種々の作物を作るのだそうだ。それで家畜が冬を越す飼料も作ることができるから家畜を殖やせる。そうして家畜を使って畑を耕すことで収穫量を増産できるとのことだ」

「ほぅ。そんな夢のような農法が? どうやるのですか?」



 それが本当ならぜひ採用したい。さすれば作物を他国に売ることもできるし、増加する兵士達の食糧事情も改善できる。

 まさに富国強兵を体現する農法だ。ガリアで発明されたというのが気に喰わないが、ガリアを滅ぼして併合すれば魔族国発の技術となるから気にしなくてもいいか。



「小麦、カブ、大麦、クローバーと順繰りに作れば良いらしい。カブやクローバーは土壌を整える作用があって、それを家畜の飼料とすることで冬を越えさせ、増えた家畜を使って開墾を手伝わせる。畑が増えれば麦の生産量もあがるという寸法のようだ」

「なんと素晴らしい農法が……。ん?」



 「どうしたの?」と薄水色の瞳が覗きこんでくるのに思わず胸が高鳴る。それを誤魔化す様に早口になってしまったのはコミュ障のせいだろう。



「つ、つかぬ事を聞きますが、それだと畑の一部を家畜の飼料用に転用する、ということですよね? だとするとその分、作られていたであろう麦が減ってしまうかと」

「短期的に見ればそうだが、長期的に見れば増えた家畜を使って畑を耕すこともできよう。それに家畜を売って家計の足しに出来れば民も潤う。要は明日のために今を我慢するということだ」

「畏れながら明日の糧より今日の糧です。歳入を減らす訳にはまいりません」



 オルク王国には一時とはいえ税収を減らす余裕はない。

 ナリンキー商会への借金返済やこれまでの軍費諸々でオルク王国の財政事情が好転の兆しを見せないのだ。

増税しているのになんで火の車なのだろう……?



「歳入を減らすわけにはいけないと言う割にこの間の挙式で教会に式代以上のお金を渡していたように見受けたが?」

「あ、あれはほんの気持ちです。いつもお世話になっているので色を付けただけで……」



 それに教会の増改築費用が足りなくて困っているとナイ殿から相談を受けたのだから応えざるを得ない。

 やはり困っている人を救うのは気持ちが良いな。うん。



「それにオルク王国の懐事情は厳しい限りですが、それでも赤字はありません。先の魔王位継承戦争において我が国はデモナス等の国賊から賠償金を得ましたからな。今後、九八年間に渡る分割払いとなりますが、そこから得られる資金のおかげで多少の無理もできるというものです。ところでどうして式の話を? 先ほどのお話と関係が?」

「……いや、なんでもない。それより教会で思い出した。夫殿の要望で星神教の式をあげたが、余は改宗していないのによかったのか?」

「………………。……できることならば殿下も正しき教えに帰依していただきたいのですが、そこまでは申しません」



 まぁ夫婦の契りを交わしたとはいえ、俺と殿下の関係は依然と良き隣人のままだ。

 そのためか殿下も俺のことを夫殿と呼んでくれるが、どこか他人然としているし、童貞ニートだった俺も相変わらず“妻”との付き合い方なんて知らないから同じように接している。

 い、一応夜の営みもしたが、死ぬまで初夜の事は忘れられそうにない。だって集まった親族の前でヤらされたのだ。両家が婚姻をした証しを示す政務の一貫として公開初夜をやらされるとかなんなの? なんの罰ゲームなの? 前世がニートで家を燃やした罰ゲームなの?



「それで農法でしたか? せっかくですが――」

「構わんよ。つまるところ、ここはオークの国だからな。ドラゴニュートの余がアレコレというつもりはないさ。ただの戯言だと思ってくれ」



 確かに魔王様から魔族国の諸侯は自治権を与えられて所領を管理しているため過度な干渉をはね返すことはできる。だが俺と婚姻を結んだプルメリアならば形式上だが身内のため干渉も出来るはずだ。

 それに前魔王様の御兄妹なのだから命令されれば断るのは難しい。だが今のところそのような気配はない。でも魔族国に不利益をもたらそうとした瞬間に王妹として強権を発動する気なのだろうとは思っている。

 まるで互いに壁がそそり立つ夫婦関係だが、まぁ今のところはこの距離感がよかったりする。もっとも叔父上からは「もっと仲睦まじくできんのか?」と小言を言われているのは内緒だ。

 そして俺は領主として、プルメリアは南部総軍総司令官としての書類を無言で片付け始める。それから少し経ったのち、執務室の扉がたたかれた。



「誰か?」

「閣下。ナイ司教殿が緊急の御面会を申し込まれております。如何いたしましょうか?」

「すぐに伺う」



 ナイ殿がわざわざ? はて、何用だろう。もしかしてあの件かな?



「夫殿。余も同席して構わんか?」

「え? いや、は、はぁ。構いは、しませんが。たぶん面白みはないかと」

「そう嫌がらないでくれ。それとも何か、余に見られて困ることでもあるのか」

「べ、べべべ別にそのようなことは――」



 いいから、いいからとプルメリアがさっさと応接室に向かおうとしてしまう。

 その背を追い、ナイ殿の待つ応接室につくと彼女の顔に張り付いたような糸目がぴくりと痙攣したのが見て取れた。まぁ驚くよね。



「これは、これは。プルメリア様にカレン様。この度の急な謁見を申し込んだ無礼をお許しください」

「ナイ殿。頭をあげてください。ところでご用件は?」



 ひそひそと「教皇庁への御布施のことでしたら――」と耳打ちしようとしたが、咳払いで密談が遮られる。

 その咳を放ったプルメリアを盗み見ると蛇を思わせる鋭い光彩が俺を睨みつけていた。

 ば、ばれてる……!



「クスクス。仲のおよろしいことで。羨ましい限りです。しかし本日は別件です」

「そ、そうでしたか。ではその件は後々教会に赴きますのでその時にでも。それで御用の方は一体?」

「ガリアの王都であるパリシィのテラ大聖堂から教皇庁に宛てられた報せなのですが、ガリア王国はヌーヴォラビラントに向けて二千の騎士を派遣することを決めたようです。これは国家間の緊張を悪戯に増長させる無謀な挑戦であると教皇猊下はお嘆きになられております。今日はそのことをお伝えに参りました。こちらがその書簡となります」



 ナイ殿が差し出してきたのは封蝋の破れた封書であり、そこには流れるような文字でガリアを非難し、平和のありようと訴える内容が書かれていた。

 一応、ナイ殿宛てにはなっているが、星々に深く帰依した隣人に降りかかる艱難辛苦を報せるように云々と書かれているのを見るに内容としては俺に宛てられたようだ。

 なんと細やかな気遣いなのだろう。さすがは教皇猊下。



「なるほど。しかし此度のことを猊下は随分と強く非難されておられますね」

「悲しい思い違いによりガリアでは星神教に対する廃教運動が強くなりつつあるようです。そうした背景もあり、ガリアを牽制するためにも強い懸念をお示しになられたのかと」



 な、なんて不敬な連中なんだ。とち狂っているとしか思えない。よくそんなことを出来るな。

 こんな隣国のオークなんかにわざわざガリアの動向を教えてくださるような心優しい方を長とする教皇庁に仇名すとは猿獣人の考えることは分からない。

 やはり連中は善悪の区別もつかぬ猿の出来損ないでしかないのだろう。そう激しい怒りと悲しみを覚えつつ手紙を読み進めると奇妙な一文に出くわした。



「ん? あの、ここにある増援には【剣聖】と呼び名の高いエトワール・ド・ダルジアンというものを長に出陣式が挙げられたと書かれておりますが、このものは一体?」

「ん? ダルジアン? もしや白銀の悪魔の、あの【剣聖】か?」

「さすがはプルメリア様。おっしゃる通りその白銀の悪魔にございます。他にもロシェルの悪魔とも呼ばれておりますが、【剣聖】という通り名の方が有名でしょうか?」



 なにその厨二病も真っ青な渾名は……。白銀の悪魔ってファンタジーじゃねーんだぞ。いや、ファンタジーだった。



「あれは三年か、四年前のことだ。知っての通りガリアと海を隔てたブリタニア連合王国は常に敵対し、小競り合いが絶えない。そんな背景の中、ガリア西部最大の港街であるロシェルにて同地を巡る海戦が起こったが、その時に奴は現れた」



 その時、ブリタニア艦隊は数的不利に陥っており、状況を打開しようと考えていたら間抜けにも干潮になってしまい、外洋航行に適していたブリタニア艦隊は軒並み座礁して身動きが取れなくなってしまったらしい。そこへ沿岸航行に適した喫水の浅い船を集めたガリア艦隊にやられてしまったという。



「その先頭に立って剣を振るったのがその悪魔さ。おかげで沈没や拿捕で海戦に参加した五十隻の軍船のうち四十隻ほどが失われてさ、艦隊は壊滅し、未だに再建途上だ」。まぁ話を戻すと【剣聖】はSランク冒険者の中でも上位に匹敵する実力を持っていて、その武威は【勇者】に引けを取らん」



 まじで!?

 【勇者】クラスに次ぐって間違いなく化物じゃねーか。



「その手紙、ガリアのパリシィからリーベルタースを経由してもたらされようだし、もうウルクラビュリント入りしているであろうな。あの白銀の悪魔が目と鼻の先にいると思うと悪夢としか思えないな」



 実を伴っている厨二病とかマジで厄介じゃん。

 てか、そんな奴が来るのか。ウルクラビュリントが落ちたあの日も猿獣人共は勇者と呼ばれるチート戦力を使っていたが、それに類する奴が来るとか確かに悪夢以外のなにものでもない。



「それではわたしはこれにて。教皇猊下からのお手紙は何かと必要になられるでしょうからお預けいたします。では」

「重大な報せを届けて下さり、感謝いたします。庭まで御送りいたしましょう」

「いえ、お構いなく。カレン様もお忙しいでしょう。では失礼いたします」



 優雅な動作で頭を下げるや、止める間もなく応接室を出て行ってしまった。

 そして残った空気はプルメリアの不信感だけだった。なんか懐かしいな、この空気。そういえば最近はオーク伯も大人しいし、その他の諸侯もナイ殿――教会と協力的な関係を築いている。



「殿下、警戒を強めるべく、オルク王国軍司令官として部分動員を発令したいのですが――」

「早速新式軍制に則った警戒行動の発令? 警戒すべきではあろうが、早計すぎないか?」



 なんと悠長な……!

 万が一にも勇者に並ぶような戦力が現れた時に今の軍制だと対処しきれない可能性が高い。

 ここは速やかに各国が有事体制を構築し、対処せねばならぬ一大事だというのに。

 あぁ、そうか。プルメリアは国を、故郷を奪われたことがないからこの危機感が伝わらないのだ。

 そう思うとこの態度に怒りが湧いてくる。ズキズキと古傷が疼くと共に目の前が真赤になりかけるが――。



「待った、待った!」



 プルメリアの白くて優美な指先が眼前につきだされる。

 それに思わず口をつぐむと彼女は「これが噂の怒り性か」と何故か顎を隠すように手をどける。



「夫殿。いくらガリアの切り札たる剣聖が来ようと相手は所詮人間だ。雪に閉ざされた街道を武器と糧秣を持って行軍し、凍死や凍傷の危険を冒してでも攻めよせて来ようか? 現実的に考えて冬季侵攻はないだろう」



 ……確かにそうだ。

 ルーシー帝国などの北国に比べればまだ魔族国の冬はぬるいが、それでも一、二メートルくらいの積雪は普通にありうる。

 そんな中、猿獣人が武器や食糧を担いでやってくるとは思えないし、凍死しなくとも凍傷の危険は付きまとう。そんな状況下でも戦おうとする者がいるかと問われれば疑問が浮かぶ。



「この際だからその情報の真偽については問わんが、糧秣の徴発を考えると冬に備えた食糧の尽きかける早春も考えづらいし攻勢――それも攻城戦を企図するなら早くて春の半ばくらいだと思う。もっともそうした常識を盾にした余の虚を突くことを考えてくるかもしれぬ故、冬季の侵攻はないと断言もできぬが。だからこそここは敵情を見極めつつ、部分動員の発令の準備にかかるべきだと思う。そして状況に応じて部分動員を発令する。どうか?」

「………………。……なるほど」



 これまで新式軍制のことを直に教えただけあり、プルメリアの言ももっとものように思える。何より彼女はブリタニアにて軍事も学んできており、下地を持っているからこそ、その知識と新式軍制を組み合わせ、独自の理論を作っているようだ。

 それに対し俺はいくら数百年先分の知識があるとはいえ所詮はにわかな知識でしかない。軍事的な才覚がない俺よりもプルメリアの知識を信じるべきか。

 とは言え手をこまねいている訳にはいかない。まずは情報収集と、それに合わせて魔族国各国へこの危機を通達せねばならないな。



「ではこれより部分動員の準備を命じます。それと併せてウルクラビュリントの偵察も」

「南部諸侯総軍司令官として許可する。余は周辺諸侯に部分動員の準備を令しよう。それと議会の方にも一報を入れておこう」



 そして偵察の結果、ナイ殿がもたらした情報が正しく、剣聖がウルクラビュリント入りしていることが証明されたのはこれから三日後のことであった。

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