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オークに転生したので人間の村を焼いていこうと思う  作者: べりや
第二章 ウルクラビュリント奪還戦
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愛はなく

「前へ! 進めッ!」



 号令一下、赤い集団が動き出す。

 それと共に鼓笛が軽快なリズムを奏で、勇壮な一軍が閲兵行進をしていく。

 その様を俺の隣で観閲していたプルメリア殿下の引き締まった顔に驚きが浮かんでいた。



「これが元はただの民衆であったのか?」

「はい、殿下。兵卒は全て民衆です。それを指揮する士官は各諸侯より派遣された者を使っており、新式軍制に精通した士官育成のために隊付き教育の他に軍学校を設立して効率的な教育を施していくことになっております」



 新式軍制普及のボトルネックは士官不足に依らしむる。そのため士官を大量増員する必要があり、専門教育を施す機関を作っているのだ。

 他にも専門知識が必要な技術系の兵科である特火やネクロマンシーを育成するため士官の育成機関とは別に専門の教育機関の設立も視野に動いており、今度の春までに一期生の入学を計画していた。



「あちらをご覧ください。あれは死霊術教導大隊です」

「噂のネクロマンサー部隊か?」

「はい。もっともあれは各師団に配している実戦部隊と違い、ネクロマンサー育成のための教育隊です。しかし教官に腕すぐりのネクロマンサーを当てているため並の実戦部隊よりも精鋭であります」



 もっとも教官が出来るのがイトスギしかいないのがネックだったりする。一応、ネクロマンシーを禁じていた教会の見解が変わったが、禁呪というイメージが強いせいか中々ネクロマンサーを増員できないでいた(イトスギ曰くオーク連中はまだまだ教官になりえる者はいないと言っていた)。



「王宮の噂で聞いたのだが、あの隊の指揮官は大公殿がリーベルタースで拾ってきたそうだな」

「えぇ。その通りです」

「どうなのだ? その後は?」

「その後ですか? まぁあれはよく働いております。ですが生意気なのがどうも」

「では大公殿の御眼鏡に適わなかったわけか」

「――? いや、でも奴の働きあってこそのネクロマンサーです。良い拾い物をしたと思っております」



 あんまりイトスギを悪くいうのもどうかと思って訂正をいれるが、プルメリア殿下はどうも納得のいく答えを手に入れられなかったような声音で「そうか」と答えた。

 ん? どういうことだろう?



「それより良いものが見れた。これで我が国も安泰だな。感謝するぞ。大公殿」



 ニカリと爽やかな笑みを浮かべるプルメリア殿下に深々と頭を下げ、笑顔を見て熱を帯びた顔を見られないようにする。

 このお方の笑みのなんと素敵なことか。まさにこの一時を切り取って絵画にしてしまいたいほどだ。



「殿下のお褒めに与り、兵共も感激に打ち震えることでしょう」

「相変わらずだな。大公殿は」



 ふと、どこか寂しい顔を見せる姿に思わず疑問が浮かぶが、それを挟む間もなく殿下は兵達に手をふる。

 どうもブリタニアで戦を経験したというのは嘘ではないらしく、殿下は兵の心をつかむのが上手い。

 他種族ではあるが見目も麗しいし、軍才もあるためうちの家臣で構成されているオルク王国軍でも評判は良い。

 ますます俺と不釣り合いなのではないかな……。そんな事を考えているとプルメリア殿下が顔を兵達に向けながら小さく呟いた。



「話は変わるのだが……」

「なんでしょうか?」

「形式上ではあるが、そろそろ夫婦の真似事をしても良いのではないか?」

「……はい?」

「余がオルク王国入りしてから大公殿と軍務に関する話し合いはしたが、私的なものはめっきりだったろ」



 い、言い訳をさせてもらうと話す話題が見つからなかったのだ。

 いや、違うな。

 ぶっちゃけこんな美人とコミュニケーションとったことがないからどう接して良いのかわからんというべきか。

 むしろこういう美人って俺のような奴と同じ空気を吸うのすら嫌がるんじゃない? だとすれば不干渉こそ互いのためになるような気がして接触を避けていた。



「そう警戒するな。寝屋を共にするという訳ではない。そう、演劇だな。何か演劇でもどうかね?」

「演劇ですか? では手配しておきます。近日中に劇団を呼んで――」

「違う。居城に劇団を呼ぶのも良いが、外に見に行きたいのだ」

「お言葉ですがその、殿下がお望みのようなものを演じる劇団など、我が国には……」

「市井のものでもなんでもかまわんよ。観劇のようなそれっぽいことがしたいだけだから」



 「であるならば」と予定を組み立てることにした。幸い、市井の劇団なら街を馬車で走っている時に見かけたことがあった。

 不安はあるが、仕方ない。殿下が求めるのならば、だ。

 それから閲兵が終わり、諸々の予定を片づけると共に明日に観劇の予定をねじ込み、警備の手配を済ませる。あぁかみさま――。どうか上手く行きますように。


 ◇


 はっきり言って余はこの婚儀をよく思っていなかった。

 と、いうのも実は大公殿のことをよく知らなかったのだ。

 もちろん王族として社交界には出ていたが、成人の儀を済ました十二歳の時にブリタニアへ留学したため魔族国の社交界とは縁遠くなり、夫となる者の名前さえ帰国してから初めて知った具合だ。

 そのため縁談相手である大公殿の噂を集めてみると碌な話がなかった。


 曰く、日夜両親を奪った人間に復讐することしか考えていない。

 曰く、星神教の洗脳を受けており、民に重税を課してそれを教会に貢いでいる。

 曰く、怒り性であり、逆鱗に触れた家臣の顔を握り潰した。などなど……。


 他にも先の魔王位継承の戦では無辜の村を襲って住民を虐殺し、畑には塩を撒き、井戸には毒をなげたという。

 そのためか大公殿の事を陰で“狂信卿”と呼ぶ者や、その横暴な態度から“魔王代行”と渾名がつけられていた。

 そんな恐ろしい男との縁談話を持ってきたホテンズィエ侯爵――祖父上殿の正気を疑ったものだ。

 むしろブリタニア留学という他の者にはない経験を生かすべく向こうに嫁ぐことでブリタニア連合王国と魔族国の親睦を深める架け橋になるものだと思っていた。

 まぁ、ブリタニアは航海術に秀でた先進国ではあったが、食事は不味いし、雨も多いし、見栄っ張りで狭量なドラゴニュートばかりの碌でもない国であった。

 だがそれでもブリタニアに骨をうずめるものだと決意を固めていた。


 だというのに余に告げられたのはオルク王国という辺境(いなか)醜男(オーク)との縁談であった。

 だが余とて王家の女であり、他家と婚姻を結び、王国の安寧に寄与するために生を受けたという自覚もある。

 それに相手にとっては魔王と縁戚関係になれるのだからこの機を逃すはずはないと思っていた。

 故に大公殿もどんな手を使っても余を手込めにするつもりだろうと戦々恐々としていたのだが……。

 蓋を開けてみると大公殿はまるで余の事を腫れ物のように扱ってきた。

 まだ尻尾を出さないだけかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 大公殿の朝は教会に赴いて礼拝を済ませるや政務に取りかかる。時間が出来れば駐屯地や工房を視察し、夜は自室にて神へ祈りを捧げるや早々に寝込んでしまう(寝室も別という徹底ぶりにはむしろ呆れてしまう)。

 まるで余はただの食客のような扱いであった。

 もちろんそれに安堵する事もあるが、それはそれで無視されているようで腹が立つ。

 そのためついに観劇をしたいとこちらから動くことにした。

 これを機に余のことをどう思っているのか聞き出そうと思い、そして大公殿に連れてこられた劇場は街の外れだった。



「うわー。やられた。卑怯なりデモナス!」

「おぉ! 我が戦友。今、助けるぞ」

「おのれ国賊ローゼにルドベキアの手先め。我らオルク王国第一師団第一連隊はこの程度でひるむことはない!」



 劇場――じゃない。

 商店と商店の間の空き地を舞台に赤い軍服姿のオークが台詞を棒読みにして先の魔王位継承の戦と思われる戦闘を演じている。演じている? ただ自分はこう戦ったと叫んでいるだけにしか見えないけど、恐らく演じているのだろう。

 どう見てもズブの素人。だが普通の劇団員との違いをあげるとするなら、彼らは()()()()()()()()()ばかりだった。



「……大公殿。これは?」

「先の戦の演劇……のようです。あ、気に障られましたか?」



 もしかしてローゼ兄上を国賊呼ばわりすることを気遣っているのか?

 いや、気になるのはそこじゃない。



「あの者達は一体……?」

「先の戦にて腕や足を失ったため、軍を名誉除隊した者達です。戦の語り部として先の戦を演じて……? 演じているようです」



 大公殿もこれが演劇であるとさすがに言い切れないようだ。

 もっとも今でこそ周囲を警備の兵に囲まれているが、その警備の枠外には興味津津という表情を張り付けた民達が集まっている。

 こういう集会が一揆の元になるやもしれないことを考えるに解散を命じるべきなのだろうが、大公殿はどう思っているのだろう?



「……良いのか? その、このような集会を認めて」

「確かに治安上よろしくないんでしょうけど、国のために戦って手足を失ったのです。これくらい認めてやっても良いかと。それに手足を失い、農村に帰っても穀潰しと呼ばれるだけですし、私的に報奨金も出しましたがそれだけで生活できるものではないでしょう」



 それでこの物乞い染みた”演劇”を認めているのか。

 だがこれを貴族が見るのはどうかと思う。

 思うのだが……。



「案外優しいのだな」

「はい?」

「いや、なんでもない。それより余からも心ばかりの観劇料を払わせてもらおう」



 立ち去る際、彼らの見事な挙手の礼――オーク式の拳を側頭部にあてる礼を受けたため、それに手の甲を相手にみせるブリタニア式の答礼で答える。雨の多いブリタニアは手のひらが汚れやすいので、それを見せないようにするという意味でブリタニアの敬礼は甲を見せるのだ。

 そして狭い馬車に揺られて居城に戻る途中、大公殿がぼそりと言った。



「申し訳在りません。なにぶん田舎故、殿下のお目を汚すことになり……」

「別段、構わない。あれはあれで良いものが見れた」



 そして再び沈黙が降り注ぐ。

 正確に言えば大公殿がまだ何か言いたげに口を動かそうとするのだが、そこからは言葉になり損なった空気が漏れるばかりで会話が起きない。

 なにをもじもじとしているのだろうか? 不思議だ。

 そしてふと思ったことを口にしてしまった。



「大公殿。確かに余は王家に連なる血の者だが、それでも夫婦になる間柄だ。だというのに”殿下”はないのではないか?」

「し、しかし……。恐れ多いです」

「なにが恐れ多いか。そちはロードを冠する大公であり、余は一公爵にすぎん。そこまで礼を払う必要はなかろう」



 どぎまぎとする空気にもしやと閃き、この気の進まない縁談を破談できるのではないかと策が頭を巡った。



「いつまでも殿下、殿下と……。大公殿はいつまでも他人行儀だな。本当に婚姻する気はあるのか?」

「………………。……お見通しでしたか」



 ――!?

 ち、ちょっと待て。少し鎌を掛けただけだぞ。

 だというのにもうそれを言うのか? 嘘でも否定するところだろうに。

 そもそも魔王と縁戚関係を結べる機会を投げ出す貴族など聞いたことがない。

 いや、強いて言うならば――。



「もしや陛下と縁戚関係になってはまずいことでもあるのか?」

「陛下?」



 そう、考えられるなら謀反だ。余が嫁げばそうした悪事が筒抜けになってしまう。それを避けるために余と疎遠になっていたと考えれば筋が通ってしまう。

 やはりこの者は侮れないな。



「魔王様のことはさておき、ご結婚を決めかねている理由がいくつかあります」

「ほう。申してみよ」



 どう余のことを言いくるめるか気になる。

 だがそんな甘言で余が騙されると――。



「一つは、その……。気の早いことですが、子のことです。実は母方の祖母はエルフだったそうなのですが、子宝に恵まれず、苦労して子を授かってもその子は子をなせず、短命であったと聞いております。エルフとまぐわうだけではなく、他種族婚は総じて子に短命の業を背負うことになるとか。俺は自分達の子にそのような宿命を与える決心がつかないのです」

「………………」



 思わず言葉を失ってしまった。

 確かに他種族婚が上手くいく例は少ない。互いに違う種族と無理に契りを結ぶため子は出来ないし、出来たとしてもその子は短命の業を背負うことになる。なおかつその子は子を成せる体ではなくなるという。

 そのため他種族と結ばれたとしても側妃を娶るのが慣例であり、それでも子が出来ない場合は養子を取ることになっていた。



「世継ぎの心配か?」

「はい。俺は星神教の教義で側妃を娶ることができません。そうなると……」



 オルク家が途絶えてしまう、か。



「だが他種族婚でも子を生む者もおると聞くし、側妃がだめでも養子を迎える選択肢もあるだろう」

「その通りではありますが……。二つ目は、俺に余裕がありません」

「もしや人間への復讐のことか?」

「復讐――自分のことだけで手一杯になってしまう器の小さな男です。殿下に何一つ気遣いができず、ただ自分勝手に婚姻のことを考えておりました。そのような男が殿下を幸せにできるはずがございません。どうか考え直していただけたら……」



 確かに自分勝手な男のようだ。

 まさか政略結婚というものをこうも理解していないとは思ってもいなかった。



「大公殿。そのような理由でこの婚儀が破綻すると、思っておいでか?」

「い、いえ。オルク家としては宰相殿が持ちかけてくださった良き縁を無下にすることなど毛ほども思っておりません。ただ――」

「ただ?」

「殿下をお幸せにできるかどうか……」



 思わず眼が落ちそうになる。



「――? 殿下?」

「いや、なに。……なんと言うべきかな。噂と全然違うから驚いた。まさか大公殿から演劇のようなくさい台詞が聞けようとは思わなかった」

「じ、女性経験がありませんので、知識がそういうものに偏るのです。こんな男です。御身のことを思えば、もっと相応しい殿方がいらっしゃるのでは――。い、いえ。失言でした。どうか先の発言を全てお忘れください。ただ婚儀をする覚悟がなかっただけなのだと、殿下とお話していてよく分かりました。この婚儀はオルク家のためにも、必須のことですから」

「そうだな。そうだ」



 婚儀をする覚悟がなかっただけ、か……。

 余と婚儀を結べば魔王と縁戚関係になるのだからこれ以上ない話だ。それを覚悟などというもので渋るなど正気とは思えない。

 だが――。だが、覚悟が決まっていないというのは余も同じだ。

 このオークの醜聞に怯んでではなく、それは未だ心がブリタニアに囚われているからだ。例え食事が不味くても、雨が多くても、見栄っ張りで狭量なドラゴニュートばかりの碌なものではない国であっても、そんなブリタニアが余は好きであった。

 十二歳で渡ったブリタニアは魔族国以上に余の故郷になっていて、そこから離れるのが嫌で嫌で仕方ないから余も彼を”大公殿”と他人行儀に呼んでいた。

 むしろ、政略結婚というものを理解していなかったのは余の方か。これはなんという喜劇なのだろう。

 そうと分かれば――。



「別段、余の幸せなどどうでもよい。家に幸いが訪れるのならそれに越したことはない」

「殿下……。よろしいので?」

「そちらこそ、愛のない縁組だが、良いな?」

「えぇ。国のためならば」



 そして余は愛のない祝言をあげることになった。

 だがそれで良いのだと思う。そう割り切れたほうが清々とするのだから。

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