エピローグ:魔王戴冠
魔王位を巡る決戦から三か月。盛夏の王都モンスタルスタットの街並みは新王の誕生に活気づき、街路には清純を現す白地に魔王を現す王冠を被った黒いドラゴンの描かれた旗が舞い、民衆の笑みが咲き誇っている。
そんな街中に笛と太鼓の音色が響き、それに合の手を入れるように石畳を軍靴が打ち鳴らして進んでいく。リーリエ陛下派として参加した諸侯軍が皆、赤い軍服を着込んで行進する様は畏怖と共に頼もしさを振り撒いているようであった。
「何もオルク王国の様式に合わせなくても……」
モンスタルスタット王宮のバルコニーから見下ろせば特別に民衆に開放された庭園に街を一周してきた軍勢が戻って来るところであり、着々と赤い梯団が増えていくのが一望できた。
そんな軍勢が赤い軍服やマントを羽織っているのは偏にリーリエ陛下の勝利を強調するためであり、先の大戦に参加した軍団の中で最も華美な装いをしていたオルク王国式に統一し、挙国一致を民に示そうというプロパガンダらしい。
「そう言うな。染料の茜も安価で大量に手に入ってちょうどよかったのだ」
隣に立つファルコ様が顔を動かさず、小さく口だけ動かしてくる。オルク王国軍の軍服の色が赤いのはファルコ様がおっしゃるように染料が安かったからだったりする。
そもそも黒色火薬の白い反応煙の中でも敵味方の識別が容易に行えるよう派手な色味の軍服にしたかったのだが、全ての兵士に軍服を行きわたらせるには莫大なお金がかかるのでケチれるところをケチった結果、野原なんかによく自生しているアカネという植物を使ったのだ。
これはそこらへんによく咲いている上に昔からよく使われている染料のため数の確保も容易であったことも採用を後押しした。
おまけに今回のパレードに際しても容易に数を揃えられたらしい。この分だと他の国もうちの国を真似た軍服を採用することだろう。
「なにより今やオルク王国は新たな魔族国の旗頭でもあるのだぞ」
「とは言え、オルク王国軍自体は別段、それほど勝ちを拾えておりません。会戦の折りもハピュゼンの包囲なくデモナスの殲滅はありませんでしたし、トイフェブルク攻略の成功も鳥人族兵の空爆が寄与したからではありませんか?」
「オークロード卿は謙虚だな」
デモナスを下した後、残存のローゼ殿下派が立て籠もるトイフェブルク攻略が間髪入れずに発動され、特火兵の総力を挙げた大砲撃戦を展開して城門を破砕したまではよかった。
しかしトイフェブルク内での市街戦ではオークよりも身体能力に優れるドラゴニュートに圧倒され、数の利を生かせぬままだらだらとした消耗戦を展開することになっていまった。
そのためオルク王国軍はドラゴニュートが立て籠もる支塔や民家を野戦砲の直射によって吹き飛ばすか、野戦砲の装薬を流用して作った即席爆弾をスケルトンに持たせて自爆特攻させるといった苦肉の策まみれの泥縄式の市街戦を演じることになってしまった。
だがその点、空を制する鳥人族兵士はローゼ殿下の防空隊を黙らせて航空優勢を確保するや、敵拠点に空中挺進部隊を突入させて奇襲攻撃をさせるなど活発な行動で敵防衛線を混乱に陥れていた。
その上、時には複数人で砲弾や即席爆弾を運搬し、トイフェブルクの市庁舎や支塔を空爆するなど民衆や兵士にもプレッシャーをかけ続けるなど八面六臂の活躍を見せていた。
そうした砲爆撃でついにトイフェブルク市民が戦闘中止を掲げて蜂起し、ついにローゼ殿下への協力を取りやめたため戦闘は終息することになる。
戦略爆撃の父ジュリオ・ドゥーエの民衆を直接攻撃することで戦闘が短期間で終わるって説は正しかったのだな。
「謙虚もなにも事実ではありませんか」
「だが此度の功労者であるのは違いない。それに民衆は派手で強いものに惹きつけられる。どんな街にも喧嘩が強くて派手に着飾った無法者はおるだろう? それが証拠だ。民衆は無学故、そうした単純なものこそ受け入れられる。これから魔族国は先の勝利を鑑みて大々的にオルク王国式の軍制を取り入れることだろう。そうなれば民に一つの規範を示しておく必要がある」
近々の議会で魔族国全土において軍制改革の議決が下ることはすでに確定しており、オルク王国に新進気鋭の貴族の子息子女が留学することになっていたり、この軍制に精通している武官を各国に派遣する協定が結ばれることになっている。
ちなみにファルコ様とはこっそり銃砲製造に関する密約を交わしており、オルク王国で作られた銃砲ギルドの工房をハピュゼンでも建設することになっていたりする。つまり銃器製造をオルク王国とハピュゼンの専売制にして互いに儲けようという話だ。ちなみにリーベルタースのナリンキー殿もこれに一枚噛んでいて借金返済の猶予と引き換えに銃器売買の御用商人にしてくれと頼まれていた。その際に免罪状もくれたので光の速さで快諾したのは別の話だ。
……そう言えば密約で思い出したけど降伏したローゼ殿下が囚われた際に一言二言だったが言葉を交える機会があった。その時に殿下は“魔族国の未来のためにあの密約は仕方のないことだったのだ”と言われていたが、こちらとしてはなんのことかさっぱり分からない。デモナスと何かあったのかな?
もっとも当のデモナスの国主であるルドベキア様が戦死されたので今となっては聞くことはできないし、ローゼ殿下は現在、国家反逆罪で幽閉されているので面会できない。
「さぁ、無駄話も終わりだ。陛下の御成りだぞ」
バルコニーに詰めていた家臣達が振り返り、頭を下げると荘厳なつくりの扉が開かれ、そこから王冠を小さな頭に乗せた姫――いや、魔王様が教皇庁より派遣されたフランシスコ枢機卿とナイ殿を従えて現れた。
無事に戴冠はすんだらしい。
通常はドラゴ大公国の神官を呼んでとりおこなうのだが、リーリエ陛下が改宗された上、教皇庁の意向で星神教式の戴冠式が執り行われたのだ。(断れば異端として星字軍を派遣するとナイ殿から真顔で言われたのは怖かった)
「新魔王様! 新王様万歳!」
「リーリエ陛下万歳! リーリエ陛下に栄光あれ!」
「万歳! 万歳!!」
群衆からの拍手と歓声にリーリエ・ドラゴンロード・フォン・エルルケーニッヒ・ドラゴ陛下は恥ずかしそうに顔を赤らめながらもそれに応えるように小さく微笑みながら手を振り返す。
そんな可憐な魔王様の後ろに控えていたナイ殿がこっそりと近づいて来た。
「万事滞りなく済みました」
「この度のナイ殿の御尽力に深い感謝を捧げます」
「わたしがした事など大したことではありません。全ては主の御導きでしょう。こうして皆さまの歓呼に包まれるのもあの時オルク様が立ち直られたからに他なりません。さすがはオルク様です」
確かにウルクラビュリントが焼け落ち、全てに絶望したままであれば今はなかったであろう。いや、違うな。
「全ては主の御導きでしょうが、ナイ殿が俺を立ち直らせてくれたからこそ、今があるのだと思います」
「嬉しい限りです。初めてお会いした時は神はいないと言われていたのに」
「悔い改めましたので」
そう、俺は悔い改めた。
もしかするとその時に俺は再び死んだのかもしれない。
フロイト先生を気取って無神論者となっていた俺も、前世のニートの延長で楽に王族生活を続けられると思っていた俺もあの日、死んだのだろう。それは星人が磔にされて息絶えたように。そして三日後に蘇ったように、俺も新たな生を受けたのだと今は思う。
「しかしまだスタートラインでしかない」
俺が変わり、信仰という形が魔族国全体で変わろうとしている。すでに教会の建立話はオルク王国だけでなく魔族国全土に広がっており、それに合わせて近日中に教区の再編成も行われるらしい。
それに合わせオルク王国式の軍制を取り入れ、周囲の大国に対抗できる軍を作ろうという動きもある。
今ここに魔族国は新たに生まれ変わったとも言えよう。
「全てはここからなのですよね」
「その通りです。オルク様の復讐も、わたしの野望も」
「野望?」
「ここまで来たせいか、夢を抱いてしまいまして」
ナイ殿が夢? 一体どのような夢だろう。それを小声で訊ねると、彼女は恥ずかしそうにはにかみながら答えてくれた。
「わたしとて偉くなりたいと思うものなのです。幻滅しましたか?」
「まさか! 天の星々は六日で世界を創造され、良しとされました。即ち、天にまします我らが父は怒りも悲しみも。残虐も不条理も。誰かの不幸も。その全てを良しとされたのです。ならばナイ殿の野心とて許されてしかるべきです」
ナイ殿の糸のように細い瞳が一瞬だけだったが、見開かれた。なんか不味い事でも言ったかな?
「ありがとうございます。我々の行く先に星々の恩寵があらんことを祈りましょう」
それに頷き、胸の前に五芒星を切るのであった。
これにて第一章終了となります。
短い間でしたが、御付き合い下さりありがとうございました。
次章については他作の兼ね合いの為、未定となりますので完結表示とさせていただきます。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




