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魔王位継承戦争・3

 ジギタリス様との会食は概ね成功した、かな?

 こちらとしては文明的な話し合いによって事態を終息させることが出来るならそれ以上のことはないし、なにも邪神崇拝者とはいえ死んで良いとも思っていない(もっとも殺す以上に生かしておく理由がないのでスケルトンになってもらったが)。

 よって食事による接待を試みた。村で飼育されていた豚を使って作られたポークステーキはゴムのように固かったが、野性味溢れる肉汁と木苺の甘酸っぱいソースとの絡みは中々のものであった。

 それに会談を成功させるためにできる限り笑みを絶やさない様にしていた事もあり、コボルテンベルク王国は春の大戦にて中立を守ることとオルク王国との不可侵を確約してくれた(ついでにオルク王国との関税を下げてほしいとダメ元で頼んでみたら何故か撤廃するとまで言われた。日頃の行いが良いからかな?)。

 もっともジギタリス様が会食の折りに突然半狂乱となられてしまったが、それ以外はとくにトラブルもなくお話合いはまとまり、今日という会戦の時期までコボルテンベルクの大都市に出兵したオルク王国軍及び星字軍五万の駐留が認められたので英気を養ってきた。

 ……もっとも英気を養えたのは兵だけで、兵站業務に携わる者は今日まで過労気味に働いてきたので体が重くてしかたない。別にコボルテンベルク家の接待で太ったとか、そういうのじゃない。確かにズボンはきつくなったが別に太ったわけじゃ……。



「それにしても敵は案外少ないな。四万弱くらいか……?」



 対してこちらは合して七万。

 ふん。く、フハハ! 勝ったな! これは勝ちもうした! これだけ戦力を揃えられればにわかミリタリーオタクだった俺でも勝てるわ!

 自然と浮かんでしまう笑みを噛み潰しながらリーリエ陛下の本営を訪れると大きな幕舎の中からキラキラと眩しい視線が飛んできた。



「カレン! 遅かったではないか!」

「リーリエ陛下。この度の遅参をお詫び申し上げます」



 幼い体に特注と思われる白銀の鎧をまとったそのお姿は小さな戦乙女であり、なんと凛々しいことか。

 それに心が洗われていると使い込まれた革鎧姿のファルコ様が苦笑されていた。



「ファルコ様にもご心配をおかけして申し訳ありません」

「なに、シュヴァルベから逐次報告をもらっていたから心配はしておらんかった。もっとも間に合うか気が気でなかったがな」

「その件につきましても貴重な鳥人族兵士をお貸しくださり感謝の極み。おかげでコボルテンベルクの中立を取り付けることができました」

「さすが戦の申し子たるオークロード卿だ。……まぁこちらはドラゴ大公国への調略が失敗してしまったが、結果的に敵の戦力を分断できたのだ。感謝する」



 ここに来るまで密に送られてきていたファルコ様からの手紙でドラゴ大公国の有力諸侯はローゼ殿下を支持していると聞いていたが、どちらにしろコボルテンベルクの参戦を防げたのでよしとしよう。



「ねぇ! カレンもきたんだし、ぐんぎをしないの?」

「ハッ。陛下。ではオークロード卿は右翼を、我がハピュゼンが左翼に展開し、星字軍とリーリエ陛下の近衛軍を予備戦力とする、というのはいかがでしょうか?」

「戦場を左右に割るということですか?」

「部隊を混成にしては混乱も生まれるだろう。それに我らの持ち味はそれぞれ異なるので分けた方が効果的であると思う。どうだ?」



 もちろん異存などない。そもそも戦術思考がオークとハーピーでは異なるのでむしろ別個に戦った方が理にかなっている。



「では陣に戻り、攻撃の指揮を執り行います。陛下、一時失礼いたします」

「うん。がんばってね!」



 うわぁ。幼女に頑張ってねとか、ありがとうございます。

 ほくほく顔で本営を後にし、その隣に作られつつある軍団司令部に入ると中央に置かれたテーブルに周辺の地図が広げられ、そこに張り付いたゴブリン達が周囲の地形を確認しながら差異を描きこんでいく。

 彼らはリーベルタースの豪商であるナリンキー殿から派遣してもらった会計士達だ。本来は軍の補給物資の管理するために雇ったのだが、その仕事の延長だと言い含めて司令部要員のまねごとをさせていた。今後は彼らのような存在を自国で育てるのが課題だろう。



「ご苦労。我が軍は戦場右翼に展開し、敵を撃滅することになった。軍団旗下の第一、第二師団は各部隊から一個旅団を編成し、前線に展開せよ。軍団司令部直轄の軍特火大隊と師団特火大隊の展開を急がせろ。他は予備戦力として現地にて別命あるまで待機」



 オルク王国の兵力は二万。それが二個師団を編成しており、それらを取りまとめたのがこのオルク王国軍団だ。

 その二万のうち半数の二個旅団一万が動き出す。

 それぞれが大隊と呼ばれる一千人ほどの戦闘単位に分かれて横隊を組み上げ、その前面には各旅団に属するスケルトン銃兵が展開していく。

 それは左翼に展開するハピュゼン王国軍も同じであり、銃兵ではなく長槍(パイク)兵と弓兵を中心とした方陣――テルシオに似た梯団を形成し、前進を始める。

 なんとも旧態な陣形だろうと思っているとサッと左翼上空を飛さす影が目に付いた。



「ハーピーか!」



 戦闘機のアクロバット飛行よろしく三角形のフォーメーションを作った鳥人族達が飛去り、敵の左翼上空にて発砲音を響かせた。


 ◇


(はぁぁ。やっとあのオークから解放された……)



 シュヴァルベはリーベルタースで作らせた飛行ゴーグルの奥の瞳を安堵に染めながら腰に吊られた水筒を取り出し、中身のワインを呷る。

 春先とは言え、上空にはまだ冬の名残が残っており、その中を時速九十キロメートルもの速度で飛行しているため分厚いフロッグコートを着込んでも寒さが拭えないのだ。故にワインや蒸留酒が手放せない。



「各自攻撃用意!」



 水筒を離れた口が胸元に下げられた笛をくわえ、鋭い鳴き声をあげる。声で叫んでも聞こえないからだ。

 それと共に彼女が指揮する十数人の鳥人族兵士達が一斉に手にしていた拳銃を腰から抜き、撃鉄を引き起こす。それまでは槍一本のみの突撃しかしてこなかった身としては新たな攻撃に戸惑いを覚えていたが、それもコボルテンベルクでの実戦で慣れたものになっていた。



「攻撃!!」



 警笛が鳴り響き、それと共に敵の左翼――ドラゴニュートの陣形に急降下すると共に一斉射を喰らわせる。本来ならそのまま突撃し、長槍(パイク)を突き刺して離脱――なのだが、今回は急降下で得た速度を生かして反転上昇。

 拳銃を放り投げるとベルトと結んだ紐によって地面に落下することなく膝にぶつかる。



「――ッ。うぅッ」



 痛みをこらえつつ今度は背中に背負った銃剣付きの燧発銃(ゲベール)を構えながら緩く体を傾けてロール。背後を振り返れば自分に続く家臣達の姿が見えた。それぞれ戦闘機動をしたというのに一糸乱れぬ飛行を続けており、それを見て取ったシュバルヴェが再び笛を吹く。

 それに反撃せんと地上から弓矢が射かけられるものの、残念ながらかすりもしない。



「もらったッ!」



 普段ビクビクしている彼女だったが、空という何者にも阻まれない世界では猛禽類のような笑みを浮かべ、引き金に力をいれる。

 もっとも空中という踏ん張りの効かない場所だけに発砲の衝撃の逃げ場がなく、弾丸は明後日の方角に飛んでいってしまうため半数は敵にかすりもしなかったが、それでも空からの一方的な攻撃に混乱が生まれ出す。



「よし。一度陣に戻って再装填して――」



 燧発銃(ゲベール)の威力に満足を覚えたシュバルヴェであったが、背後から警告を知らせる笛の音が響く。振り返ると家臣の一人が北の空を指さしており、その方向を見ると青い空にぽつん、ぽつんと黒点が浮かんでいた。



「ワイバーンか……」



 ドラゴニュートが使役する飛行生物であるワイバーンは加速と最高速度に優れており、有翼人が勝るスペックは機動力くらいしかなく、まともに戦えるのはグリフォンくらいしかいない空の覇者だ。

 もっとも変温動物であるワイバーンは寒さに弱く、冬はまともに飛べないという弱点がある。

 そのため春先の今の時期の飛行には熱した石を毛布で包んだ湯たんぽや酒で体を温めさせるといった飼育員の涙ぐましい努力なくして飛行できないのだ。もっともそれは飛ばせるだけであり、飛行時間も夏に比べ短いし、動きも緩慢になってしまう。



「この時期なら持久戦に持ち込めれば勝てる、かな? 各自空対空戦闘!!」



 連続で笛をならし、強敵に向け羽ばたいていく。


 ◇


「小癪な……!」



 ルドベキア・オーガロード・フォン・デモナスは憎々しげに天を睨み、迫りつつあるハーピーに呪詛をこぼす。

 だがすぐにローゼが「すぐに邀撃騎が上がる」と余裕の笑みを見せた。飛行時間がどうしても短くならざるを得ないこの時期、常に上空哨戒を行えないのがワイバーンの弱味でもある。

 これが恒温動物のグリフォンであればまた別であったのであろうが、残念ながら魔族国ではグリフォンは手に入らず、人間族国家であるガリア王国を中心にしか出回っていない。



「で、どうするのだ? 我が軍と敵は二倍近くも戦力差があるぞ。それに先のコボルテンベルク大公の話が真ならば奴は本気だ。まさかだが我々がウルクラビュリントを売った事が漏れてその報復として我らに与するコボルテンベルクを襲撃したのではないか?」

「そんなまさか!」



 ルドベキアは言葉で否定するが、あの狂オークならやりかねないのでは? と疑念が芽生えてきた。

 確かに戦となれば無辜の民が戦禍の犠牲になってしまうのは常であるが、あのオークはそれに飽き足らず住民をスケルトンにして戦力にする上、その肉を食らうなど常軌を逸している。尚且つその肉を使者であるジギタリスに差し出すという暴挙までやってのけた。

 そこまで徹底的な破壊と殺戮をもたらす原動力はなにか? 考えられるのは復讐という感情しか彼は思いつかなかった。



「……確かに考えられるとすれば私怨ということになりますな。そういう意味ではオルク王国の諸貴族も仇討ちとして蛮行に走るのも頷けます」

「この事実が知られれば中立を示している諸侯も旗色を変えるかもしれん。なんとしても奴を始末しなければ――」

「しかし戦力の差は如何ともしがたいものがあります。ここは起伏も少ない平原地帯ですし、このままでは数の不利を覆すのは不可能です」



 いくら身体能力に優れるとは言え、数的不利であることをルドベキアは認めつつも勝てる策を練り始めていた。



「古来の戦でも寡兵において大軍を打ち負かす例はいくらでもあろう。なにかないのか?」

「寡戦において大事なのは如何に策を弄して我を優位たらしめるか、です」



 そしてルドベキアは戦場を埋める赤い軍団を睨み、怒りを覚えながらも冷静に作戦を見出す。この場における最適の作戦。

 それは――。



「一番は会戦を避けての籠城です。籠城の支度は整っておりませんが、敵も会戦を念頭に軍を編制しているでしょうから携えている物資は乏しいでしょう。両軍とも補給が苦しいところではありますが、トイフェブルクには少ないとはいえしばらくの間を凌ぐくらいの糧秣はあります。それに対し敵軍は物資を現地調達せねばなりませんが、この時期ならば冬に備蓄した食料が尽きかけるため周辺地域から糧秣の徴発も難しいかと。そうなれば敵は長期的なトイフェブルクの包囲をすることはできません。尚且つ攻城戦となれば寡兵でも大軍に対抗できるため、これ以上の策はないかと」

「……。ダメだ。戦が長期化すればガリアとの密約が露顕しかけない。そうなればいくら戦に勝とうが求心力の低下は避けられんだろう。ここはなんとしても踏みとどまって――」

「殿下。大事なのは最後に勝利することです。一時的に退いたとしても後に取り戻せば問題ありません。故に魔王たるものここは冷静にご判断ください」



 唇を噛みしめるローゼはすぐに「分かった」と頷く。



「トイフェブルクにて籠城を行う。献策はあるか?」

「我が軍が後衛を勤めます故、ドラゴ大公国軍はすぐにお引きください」

「苦労をかけてすまん」

「これしきのこと苦労ではなく武人の誉れ。ささ、殿下。お急ぎください!」



 前進を始めたリーリエ軍に対し、ローゼ軍も機動を開始する。

 ドラゴニュート達が徐々に後退を始めたのに対し、オーガ族達が逆に前進を始めたのだ。



「殿下を援護する。全軍はオルク軍とハピュゼン軍の境目を集中的に攻撃し、敵の出鼻を挫け!!」



 赤い軍服と雑多な戦装束の軍勢の中間地点。そこは敵の中央であるが、境目というどちらが主導して敵を攻撃するか戸惑う境界地帯であり、その微妙な地点をルドベキアは敵の重心と見定めて隷下の部隊へ攻撃を命じた。

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