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魔王位継承戦争・2

 この会戦の一月前くらいのことだった。

 各国が戦争準備の大詰めを迎えているその時期にオルク軍二万が行動を開始し、コボルテンベルク王国西部に雪崩れ込んだ。それと呼応するようにリーベルタースで編制された星字軍三万がヘルベチア連邦と呼ばれる高山地域を領土とする傭兵業の盛んな国を縦断し、コボルテンベルク南部を脅かした。



「主よ、御手のうちにわが霊魂を(まか)せ奉る。星々の子ルーナ、我が霊魂を受け取り給え。星母テッラ、我がために祈り給え。あわれみ深き御母星テッラ、われをあだより守り、最後の時にわれを受け取り給え」



 雪と泥の混じった世界。隣にたたずむナイ殿が白い息を吐きながら手にした星書を静かに朗読する。その姿は雪上に舞い降りた聖霊のような神々しさがにじみ出ており、思わず息を止めてしまう。

 だがそれを邪魔するように野蛮な鬨の声をあげながら突撃してくる一千ほどのコボルテンベルク軍の歩兵が邪魔で仕方ない。



「星ポラリス、わがために祈り給え。星ポラリス、御身の浄配、星母テッラと共に、わがために祈り、われをして天主の御あわれみのうちに入ることを得しめ給え。天に輝く星々よ、心と霊魂とを御手に(まか)せ奉る。天に輝く星々よ、臨終のもだえの時に我を助け給え。天に輝く星々よ、御保護のもとに安らかに息絶えゆるを得しめ給え。汝に星々の恩寵があらんことを」



 すでにコボルテンベルク軍は我が軍まで百メートルの地点まで駆け寄ってきており、ものの十数秒後には両軍が激突しあうことだろう。

 そんな中、ナイ殿が”最終の祈”と呼ばれる臨終の際に唱えられる詠唱が終わると共に目をつぶり、胸の前に五芒星を切ってこれから生み出される死者の冥福を祈る。

 そして――。



「撃て」



 命令一下、残雪の散らばる畑に砲火が煌く。我が軍の前衛となる一千のスケルトン銃兵大隊の両サイドに展開する師団司令部直轄特火大隊――師団特火が有する八門の野戦砲が轟然たる大音響と共に火炎を吐き出し、コボルトの一団を薙ぎ払う。

 その砲弾は一粒弾ではなく燧発銃(ゲベール)の銃弾を麻袋に詰めるだけつめたぶどう弾と呼ばれる特殊砲弾を使用しており、発射の衝撃で破れた麻袋から無数の銃弾が飛び出して一気呵成に攻め込んできたコボルトの体を挽肉へと変えていく代物だ。

 本当は放たれた砲弾が爆発し、その破片で敵を殺傷する榴弾を使いたかったのだが、生憎まだ試作もできていない有様なのでより簡易的な面制圧兵器としてぶどう弾で我慢している。



「素晴らしい。素晴らしいではないか」



 ゆっくりと満足の籠った拍手を送ると共に雪煙が収まると自分達に何が起こったのか分からずに吶喊を取りやめたコボルトの戦士達が映った。残念ながら数十人くらいしか死んでいないようだが、白い世界を鮮血に染めてジタバタともがきながら悲鳴をあげる姿が遠くに見える。



「コボルテンベルク王国の正規軍も大したことはないな」



 敵は動きを止めたものの、連中はまだ壊走の気配を見せない。それによく見れば相手の装備はお揃いの革鎧に俊敏なコボルトの特性にあったショートソードと丸盾という姿であり、士気の高さと整った装備から傭兵とは考えられなかった。

 それにこの国に侵攻してかなりの日数が経過しているし、そろそろ春の大戦のために集めていた兵力を防衛のために割きだしても良い頃合いだ。

 もっとも侵攻を開始して二週間経つが今日までオルク王国軍とコボルテンベルク王国軍の正規部隊との大規模な衝突は起こっておらず、コボルテンベルクは我が軍の侵攻を許すがままになっていた。

 と、いうのも我が軍の進軍経路から敵の軍事拠点たる城塞や街を迂回し、防備の乏しい村や町を選んで攻撃してきたからというのもあるが、会戦の地がデモナス北部ということもあり、コボルテンベルクの主戦力が東北部の軍事拠点に集結を始めていたから対応が遅れたのだ。もっともそうした情報は鳥人族の空中偵察によってもたらされ、安全なルート策定にも役立った。やっぱりエアパワーは偉大なんだな。



「さて、ラッパ手。銃兵へ攻撃命令を伝達せよ」



 傍仕えのオークが金管を口に当て、浪々とした響きを吹奏する。すると前面に展開する第一スケルトン銃兵大隊のネクロマンサー達が呪文を紡ぐ。

 それに合わせて魔素(マナ)によって仮初の生命を宿すスケルトン達が淀みない動作で火の魔石が取り付けられた撃鉄を引き起こし、一斉に銃先をコボルトに向ける。


 轟音、火花、白煙。


 香しい硝煙と悲鳴が世界を染め上げる。その様はまるで一つの舞台を見ているかのような感動を与えてくれた。



「そろそろ仕上げか。後衛のオーク銃兵大隊に命じる。突撃せよ」



 スケルトン銃兵の後ろに待機していた軍団司令部直轄銃兵大隊一千のオーク達が獰猛な笑みを浮かべながら燧発銃(ゲベール)に取り付けられた銃剣を輝かせてラッパの命令と共に駆けだす。

 こちらの総数はスケルトンとオークを合わせて二千。それに対抗するは迎撃のコボルテンベルク軍一千。コボルト共の方が数的不利であるが、こちらの半数はスケルトンという弱小モンスターということもあり彼らは果敢にも戦端を開く愚を犯してしまったようだ。



「他愛ないな」



 そして部下達の手並みは見事としか言いようがない。

 特火兵とスケルトン銃兵によって未知の攻撃を受けたコボルテンベルク軍は何が起こっているのかを理解する間もなく赤い津波に呑まれていくのだから。

 いくら俊敏性に勝るコボルトとはいえ、足を止めた彼らに勝機は万に一つも残っていなかった。ただただオークの剛腕によって殺戮劇が繰り広げられ、ものの一時間で世界は元の静けさを取り戻した。



「イトスギ」

「分かってるよ。伝令。発、オルク王国軍司令部。宛、第一スケルトン大隊。早急に遺体を収容し、村内へ移送せよ。以上ね」



 司令部付の伝令に簡単な命令を伝えたイトスギは不健康そうに乾いた黒髪を弄りながら伸びをする。その姿は初めてリーベルタースで出会った時よりもスラリと背が伸び、オーダーメイドで作った軍服は彼女の起伏に豊んだ体を余さず現していた。

 ――別段、彼女が成長した訳ではない。そもそも死んでいるのだから成長するはずがない。

 本人曰く第二次ウルクラビュリント奪還戦で得た死体(パーツ)を使ってイメージチェンジをしたとのことだ。なんでも夏は体が腐りやすいから余計なパーツをつけられないから逆に冬はグラマラスになるのだとか。

 うーん。人は変わるものだと言う者は多いが、イトスギは変わるベクトルを間違えて冒涜的になっている……。



「数騎来るぞ! 警戒! 警戒!!」



 突然響いた部下の叫び声にギョッとなって戦場を見返すと確かに六騎ほど駆けて来るのが見て取れた。他に兵は見当たらない。使者か?



「我こそはコボルテンベルク大公! ジギタリス・コボルトロード・フォン・コボルテンベルクである!!」



 まさかジギタリス様が現れるとは。

 それにしてもさすがはコボルテンベルク大公。見事な名乗りだ。お返しに撃ち返してやろうか? そうすればこの遠征も一気に終わりを迎えることになるだろうな。うん、これは案外妙案かもしれん。



「貴軍の蛮行許し難し! オークロード殿と話がしたい!! 道をあけろ!!」



 ふーむ。面倒だが、仕方ない。部下に命じ、ジギタリス様のみを迎えると狼のように鋭い瞳を周囲に振り撒きながら近づいて来る。その上、ガシャガシャとプレートメイルを軋ませ、肩を怒らせてやってくるのだから思わず腰に吊った拳銃に手が伸びてしまう。近づいて来たら問答無用で撃とう。



「オークロード殿。貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!?」



 二回り以上も年上のジギタリス様の声は怒気に震え、目には憎悪が宿っている。なんて形相の悪いコボルトなのだろう。

 コミュ障故にその気迫に圧され、黙っているとジギタリス様は怒りをぶちまけるように叫んだ。



「貴様は魔王位継承の雌雄を決する戦を前に布告無しで我が国に攻め入るなど、恥を知らぬのか!? 亡き前大公殿が悲しんでおられるぞ!」

「……ジギタリス様。なにか勘違いをなさっておりますな」

「――は?」

「確かに我らは不幸にも先の議会にて袂を分かち、春の大戦を待つ身ではあります。しかしこれとそれは話が別です。我らの軍事侵攻の理由――それはこの地に蔓延る異教信仰から人民を解放し、正しき信仰秩序を回復するよう教皇猊下より命じられたからに他なりません。謂わばこれは魔王位継承を端に発した内戦ではなく、邪神崇拝者を救済するための聖戦なのです」



 しばらく呆けていたジギタリス様が意識を取り戻すのにしばらくの時間がかかった。

 まぁ信仰秩序の回復は建前で、本当はコボルテンベルクの内政破壊なんだけどね。もっともそれは見透かされているらしく、ジギタリス様は小さく「詭弁だ」と吐き捨てられた。



「それに我が所領では星神教の信仰を認めておるぞ。国境の街にも教会の建設を認めさせたというのに聖戦とは片腹痛い。即刻、軍を引き、損害を賠償せよ!」

「もちろん我々は主の御名をお守りするために出陣しております故、天の星々に誓って教会の建立された都市への攻撃は一切しておりません」



 教会の建立された町や村には一切攻撃せず、奪うことなかれと家臣達には厳命してある。

 まぁあくまでも目的は信仰秩序の回復だからね。



「しかしだからとは言え村を焼き払う行為を貴様の神が許すとでも言うのか? 知らぬとは言わせぬぞ! 貴様達が犯した我が国土がどうなっているのかを!!」



 教会のある町や村は攻撃しなかったが、裏を返せば教会が無い場所へは徹底的な破壊をもたらしてきた。

 そもそも魔王位継承にあたってコボルテンベルク王国はローゼ殿下派閥――敵だし、何よりオルク王国と国境を接しているため常に軍事侵攻の危険を孕んでいて安全保障上よろしくない。

 つまりコボルテンベルクが魔王位継承戦に参戦できないほどのダメージを追えばデモナスを孤立させることもできるし、主力軍が留守となるオルク王国へ侵攻されることもなくなると一石二鳥なのだ。

 だからこそ教会と共謀して春の大戦の前にコボルテンベルク王国へ予防攻撃を仕掛けることにした。


 と、言っても真っ向からコボルテンベルク軍と衝突するとこちらにも甚大な被害を受けてしまい、春の大戦に向けて敵の戦力差を削ぐという目的を達成できないどころか本末転倒になってしまう。

 そのためファルコ様から借り受けた鳥人族兵士を使って進軍ルート上にあった城塞都市や砦といった軍事拠点を発見したら迂回を試み、直接戦闘を出来るだけ避けて防備の薄い村落を襲ってきた。


 そのため進軍には時間がかかってしまったが、嬉しい誤算としては襲った村や町から食糧や水などの補給物資が()()()()することだ。これの何が嬉しいってこちらが奪えば奪うだけコボルテンベルク王国は物資が減り、戦争継続能力を喪失する点につきる。

 相手の内政を破壊せば壊すほど自軍が潤い、相手は疲弊する。なんと素晴らしいことか。それに村を奪えば野営することなく屋根付きの寝床が手にはいるので兵士の疲労も最低限に納めることができる。

 もう直接戦闘で雌雄を決するのが馬鹿らしくなるほどであり、テンプレファンタジーにでてくるオークよろしく村を襲えるだけ襲ってきたのだ。



「これも全て天におられる我らが父のため。悪魔を崇拝する不遜な不信心者にはお似合いの結末です」

「……ならばこの私自らが星々に帰依し、所領に対して星神教以外の神を信ずることを禁じる布告を出そう。さすれば貴様が言う信仰秩序は回復し、我が所領に留まる理由はなくなろう」



 あー。なるほどね。確かにそうなったら侵攻の名目を失ってしまう。かと言え、改宗するという者を引き留めることもできない。

 悩ましいところだが、すでにコボルテンベルクの四分の一くらいは焼き払っただろうし、もういいかな? 正確な地図がないから確証はないけど。

 あ、でもデモナスとの共闘はしないと確約も欲しいな。あと戦費の回収もしたいし、ちょっとふっかけられないかな?

 直接戦ってはいないけど明らかに俺達勝ってるし。



「カレン様」

「ナイ殿?」

「取りあえず大公様と村で一息つかれては如何でしょうか? 洗礼を与えるにしろこの場では適切でないと思います」

「確かに……。ではジギタリス様。一旦、あの村までお越しください。そこで種々の協議をいたしましょう」

「望むところだ」



 即答したな。と、いうことはこれまでの長いやり取りは協議の席につくための前座だったってことかな? まぁなんにせよお話合いは大事だよね。しっかりとお話しよう。


 ◇


 村に近づくにつれジギタリスの顔は不快に染まりつつあった。それはコボルト族という犬のように嗅覚に優れた一族であるが故、彼を先導するカレンデュラ達よりもはるかにきつく感じられた。



(なんだこの臭いは……?)



 今まで感じたこともない臭い。強いて言うなら腐臭だろうか。ムカムカとした不快感を覚えながら彼らは名も知らぬ村へと近づいていく。



(臭くてたまらん。オークはこんな所に野営しているのか? まるで豚小屋だ。なんと恥も外聞もない堕落した種族か。だがそんな連中でも此度は頭を下げねばならない、か)



 コボルテンベルクが突然のオルク王国軍と星字軍の侵攻を知ったのは二週間ほど前。

 春の大戦に向け各地の部隊を王国北東部に集結させて編制を急いでいる折りの出来事であり、主戦力が引き抜かれた背後からの一撃は甚大なものであった。

 故にジギタリスは被害を抑えようと要地に建設された城塞や砦に不退転の死守命令を発し、遅滞防御を試みた。少数の守備隊では()の敵を前に防戦は不可能だろうが、その間に北東部に集結していた戦力を南西部に転進させる時間を稼げると考えていたのだ。

 だが敵は徹底的に軍事拠点を迂回し、なおかつ二、三千ほどの小部隊に分かれてコボルテンベルクを蚕食するように進軍を開始し、その被害は国土の三分の一に迫ろうとしていた。



(まともな初期対応が出来なかったのはこちらの采配ミスだが、それ以上に奴らが決戦を嫌って城を迂回するとは思わなかった。そのせいで城に留めさせた戦力が遊兵となってしまうとはな。それに村を追いだされた村人が盗賊化したり、都市部に難民として流れ込んできたせいで各地の治安が悪化している。このままでは魔王位継承云々よりもコボルテンベルクが崩壊しかねん。なんとしても連中を退去させねば……)



 それから共闘を申し込まれていたデモナスにも戦に出向くことが出来なくなった旨の報せを出さねばならない。

 もちろんそのデモナスに援軍を頼んで春の戦を前倒ししてコボルテンベルクにて決戦を行うという選択肢もあった。

 だが、それでは国内事情を始末しきれずにオーガを頼ってしまうという形になってしまい、戦後に大きな貸しを作ってしまうことになる。

 ただでさえ国力の勝るデモナスに対してこれ以上の譲歩は許されず、単独で対処しなければならないという意地により事態を収めようとしたが、結果は収めるどころか国家存亡の危機にまで陥ってしまった。



(なんたることだ……。だが連中の大義名分である信仰秩序の回復という目的がこれで達成されれば何かしらの援助を取り付けられるかもしれない。まずは教会の建設費を融通してくれとか、なんとか頼んでそれを元手に復興を推し進め――)



 不快感の塊である臭いにどこか脂っぽさが加わる中、ジギタリスの我慢も限界に達しようとしていた。



「オークロード殿。この臭いは一体……?」

「あぁ。確かにキツイものがありますな。俺はもう慣れてしまいましたが。あれが原因です」



 村に入るや、彼がその原因を指し示す。

 そこは村の広場らしく大きく開けており、所狭しと煉瓦の炉に乗せられた大釜がいくつも並び、薄らと湯気を出していた。

 その周囲には雪が残っていると言うのに貫頭衣のような粗末な布を身に着けた浅黒い肌の()()が火の番をしており、一様に暗い顔で鍋の中身をかき混ぜている。



「人間!? どうして人間が……?」

「あれはリーベルタースより取り寄せた海向こうの国の奴隷です。ちょうど懇意にしている商会で安売りをするというので戦支度のついでに買いました。いやはや。最初は猿獣人など見たくもありませんでしたが、これが中々役に立つものです」



 ジギタリスがふと己よりも身長のあるオークを見上げると口元に笑みのようなものが宿っていた。それに寒気を感じると共にふと、奴隷達がかき混ぜる釜の中身が気になった。

 恐らく兵糧だろう。だがこの臭いは……? 興味本位で奴隷を押しのけて中身を見ればボロボロに崩れかけたナニカがそこにあった。全体的に白色をしているが、何を煮ているのか判然としない。

 首をひねっているとふと隣にひょこりと死相の浮かぶ少女が釜の中身を覗きこんできた。



「うーん。ちょっと湯温が高いかな。雪を足して。早く」



 若干険の滲む声に奴隷はビクリと反応してどこかへと駆けていく。その間に彼女は神妙な――それこそ職人のように難しい顔しながら足元に転がっていた火ばさみを拾うと釜の中身をかき混ぜ、その中身を持ち上げる。

 それは人の特徴を持つ腕であった。



「ひぃ!? そ、それはなんだ!?」

「ん? これはコボルトの前腕部ですね。まだ筋組織が残って橈骨と尺骨が繋がってますが、ほら、炭酸ナトリウムを混ぜた水で煮ているので伸筋支帯や尺側手根伸筋がもうぶよぶよですよ。炭酸ナトリウムは標本作りでよく使われるもので、余分な肉を溶かしてくれるんですが、高温になると肉だけじゃなくて骨も溶かしちゃうのがよくないんですよね。特に軟骨とかは溶けちゃうんでコボルト特有の耳とかは無くなってしまってしまうんです。でもしっかりと処理しないとこれからの時期はスケルトンになったときに肉が腐敗して大変なことになっちゃうから気の抜けない作業でもあるんですけど、そうなると今度は濃度が――」



 目を輝かして早口でまくしたてるイトスギにジギタリスはその言葉の半分も理解できなかった。いや、理解したくなかった。少しでも現実を取り戻そうと周囲を見やると村の外れで何か、肉を解体する奴隷達の姿が映る。肉を、解体する――。



「お、おお、オークロード殿! これは一体!?」

「スケルトンの()を作っているだけです。肉がついたままでもアンデッドとして使役も可能ではあるのですが、まぁその状態はスケルトンと言うよりゾンビですな。扱いは同じですが、ゾンビは肉が腐敗して臭い上に疫病の元となってしまいますのでこのイトスギの監督の下、一度肉を削ぎ落してからそれを茹で溶かし、それでも残った肉を再度削ぐのです。後はそれを天日干しして白骨化させているのですよ。まったくもって肉が邪魔でいけませんがね」

「ま、まさか貴様、村人を――」

「さぁジギタリス様。それよりこちらへ。村長の家を接収して本営にしているのでどうぞ。そろそろ昼支度も終わるころでしょう」



 有無を言わさぬ口調で案内された二階建ての家に入り、長テーブルの置かれた居間へと案内された。



「さて、ジギタリス様。積もるお話もあるでしょうが、まずは腹ごしらえとしましょう。おい」



 カレンデュラが手を叩くと皿を持った従者が現れる。そこには不気味な湯気をあげるポークステーキに禍々しい赤いソースがかけられ、空腹を誘う香りが漂っていた。

 ゴクリとジギタリスの喉が鳴り、ふと先ほど見た景色が思い浮かんだ。なんとか思考を止めようとするが、叶わずに彼の脳は“肉が邪魔でいけません”という言葉が蘇ってしまった。それと共に人の肉というのはどこか豚肉に似ているという話も思い出してしまう。



「オークロード殿……。こ、この肉は――?」

「なに、()()()()()()()です。もちろん毒などいれておりませんよ」



 カレンデュラは分厚く切られたステーキをナイフで切り分け、大きく開け放たれた口に放り込んで咀嚼する。

 くちゃりくちゃりと繊維の切れる咀嚼音。口元を汚す血のようなソース。笑顔の形に歪んだ悪相。

 それらが全てジギタリスの中で悪い方向に繋がって行く。



「ひぃいぃぃ!? お、おまえは――! おまえはーッ!! うああああああああッ」



 ジギタリスの精神が音を立てて切れた瞬間であった。彼はこの世に敵に回してはならぬ存在がいるということを初めて認識し、泣いて慈悲を乞うのであった。


ナイの唱えていた祈りはキリスト教の最終の祈という臨終の折りに読まれるお祈りをモチーフにしております。

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