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魔王位継承戦争・1

 デモナス王国から正式な宣戦布告がリーリエ陛下派の諸侯になされて一週間ほど。

 デモナス王国大公であるルドベキア・オーガロード・フォン・デモナスは冬があけたらリーリエ陛下派、ローゼ殿下派に分かれて一大会戦を行って雌雄を決するとし、各諸侯共々自領に戻って戦支度を始めていたのだが……。



「国力差がありすぎるだろ」



 オルクスルーエの居城に急いで戻り、早速戦支度を始めるため有力諸侯等を集めて軍議を始めたのだが、すでに手詰まり感があった。



オルク王国(うち)の現有戦力が諸侯軍を合わせて五千と、各地で編制され始めた銃兵隊が一万。これから戦時動員をかけて徴兵枠を増やせば二万くらいまで戦力を水増しできる、か?」



 傭兵を雇う事も考えたが、残念ながらそれはオルク王国の台所事情が許してくれなかった。

 すでにオルク王国(おれ)が作った借金の返済のために税収が吸い込まれ、銃兵隊や銃砲製造といった新式軍制に資金が溶け、先の第二次ウルクラビュリント奪還戦における戦費がかさんで余裕がないのだ。

 おかしいなぁ。今年は増税しまくったから資金には余裕があるはずだったのになぁ。なんか無駄遣いしたっけ?



「はぁ。最後は金、金、金か。世俗的でまったく嫌になる」

「それ、あんたが免罪状買いあさっているからじゃ――。いや、なんでもない。なんでもないですよ!」



 頭の傷に鈍痛が走ると共に軍議に同席しているイトスギを睨む。

 その減らず口を叩く顎を握りつぶしてやろうかと思ったが、残念ながら長机の下座に座る彼女に対して俺は上座にいるため物理的に手が届かない。だが彼女は土気色の顎を庇うように身を震わせ後ずさろうとしていた。

 別に免罪状に関しては育成中のネクロマンサーを庇うために買っている側面もあるからなにも私的に購入しているわけではないのだぞ。

 ――たぶん。いやぁネクロマンサーのためでもあるけど、ほら、生まれながらに原罪を抱えている身としては常日頃から悔い改めないとね? ね? 別にナイ殿が「買って下さらないですか?」と上目遣いで訊ねてくるからではない。断じて、ない。



「叔父上。再度、デモナス王国の戦力をお聞かせください」

「何度言っても数字は変わらんぞ。少なく見積もって三万だ。それも歩兵、騎兵、弓兵の、な。戦力の大半は傭兵だが、長期契約を交わしている傭兵だから練度もそれなりだろう。そして何よりオーガは近接戦闘がなにより得意だからな。一対一の殴りあいでオーガに勝る種族はドラゴニュートくらいしかおらんだろう」



 オークもその巨躯を生かした接近戦を得意とする種族だが、残念ながらオーガ族は総じてオークよりも一回り大きく、地力も強い。

 そうなると開けた平野での戦はオーガ族に分がある。



「それにカレンよ。なにもデモナス一国との戦というわけではあるまい。今でこそ旗色をうかがっているが、コボルテンベルク王国とデモナス王国は古くからの同盟関係にある。デモナスが圧力を加えればあの国は敵に回るぞ。そこにドラグ大公国のローゼ殿下派を合わせれば敵の兵力は五万を軽く超えるだろう」

「五万か……。で、ハピゼンはどれほど兵を出してくれるのでしたかな?」



 ちらりとイトスギの隣で空気になっていた有翼人を見やると天使のように整った顔立ちの少女――シュヴァルベ・ハピゼンがびくりと肩を震わす。

 彼女はファルコ様との連絡役としてオルク王国に派遣されており、この場におけるハピュゼンの全権特使でもある。

 そんなシュヴァルベは不安そうに乳白色の短髪をいじりながら小声で「一万前後かと……」と呟いた。



「はぁ。話にならんな。オルク王国と合わせて約三万……。本当にファルコ様は戦争をする気があるのですか?」

「そ、それはもちろん! た、ただ我が国にはその、魔王様より軍備の制限を受けておりまして……」

「……で?」

「ひぃぃ。そ、その、有翼人は空を飛ぶことができるので、それを快く思われなかった魔王様が厳しい軍備制限を課しているのです。そ、そのため一万が出兵できる限界と申しますか……。す、すいません! 本当にすいません!!」



 普通に聞き返しただけなのにこの怯えようはなんなのだろう……。

 でも屈強なオークに囲まれ、しどろもどろになる天使系少女ってすごい絵面だよなぁ。その隣にいるイトスギも顎を抑えて震えているせいでさながら俺達(オーク)が悪役のようだ。お前、オークにも心はあるんだぞ。


 だがそれにしても弱った。

 ハピュゼンの軍備制限なんて聞いた事なかったが、考えれば当然か。

 そもそも空を飛べるというアドバンテージは軍事において何よりも勝る。制空権さえ取れれば敵への攻撃はおろか偵察もし放題だ。

 例をあげるなら第二次世界大戦の精強な機甲師団を有したドイツ軍も、強力な艦隊を手にしていた日本軍も制空権の確保が出来ないから敗北を喫した訳だし、第四次中東戦争でも航空優勢を有した側が作戦の主導権を握って来た。

 だからこその軍備制限なのだろう。



「まいったな……。その他のプルーサ王国の小貴族も二派に分かれるか中立を宣言……。数の差は埋まらない、か。せめてドラゴ大公国が全面的についてくれれば」



 ドラゴニュートの本拠地とも言えるドラゴ大公国はドラゴ大公とプルーサ王――魔王を兼任する家柄であり、そのせいもあって国内での意見が真っ二つに分かれてしまっている。こちらも戦力として期待はできない。



「そ、そのことでしたら今、父がドラゴ大公国を密かに調略中です。ドラゴ大公国がこちらにつけばコボルテンベルク王国もデモナス王国から離反せざるを得ないでしょう。そして包囲網を形成すれば戦を避けつつリーリエ様を魔王位に即位させられるはずです」



 はたしてその交渉は成功するのだろうか?

 成功するにしろ、失敗するにしろ備えは必要だということは変わりない。

 だってルドベキア様にとっては最早戦争以外の選択肢はないのだし、強いて言うなら魔王批判者として自首してもらうくらいしかない。もっとも自首するようには見えないけどな、あの脳筋っぽいオーガは……。

 それに叔父上の話を聞くとルドベキア様は根っからの武人であり、戦も手練れているとのことだ。もう戦争回避の道などない。



「やはり戦力差は如何ともし難いな。やはり奇策に頼るほかあるまい」



 世の中、寡戦というものがある。要は少数兵力で大兵力を打ち負かすことだが、これの重要なポイントは大軍と真っ向から戦わないことだ。

 その事を話し合っていると会議室の扉が叩かれる。



「ナイです。教皇猊下より親書をお預かりしております」

「おぉ! 入って下され!!」



 扉が開かれるとぺこりと法衣姿のナイ殿が現れ、その手にした封書を従者に渡す。それが手元にくるや、早速破いて中身を検める。

 規模は小さいが援軍の確約ととある勅がそこに書かれており、概ね勝利への道筋を立てる事が出来た。



「教皇猊下より星字軍遠征の編制令を賜った。これよりオルク王国軍全軍は星字軍に編入され、正しき信仰秩序を回復するため五芒星の御旗の下、主とリーリエ陛下に仇なす神敵である()()()の撃滅に赴かん。我々に星々の恩寵があらんことを!」


 ◇


 魔族国の長くも短い冬が明けた。

 それと共に様々な旗を掲げた軍勢がデモナス王国の北部最大の都市であるトイフェブルク郊外に広がる麦畑へ集結を始めていた。

 まだ若葉が芽吹きだしたトイフェブルクの広々とした平野に申し訳程度に点在する小丘の一つ。そこに張られた天幕の中には筋肉質な体を黒光りするプレートアーマーで包んだルドベキア・オーガロード・フォン・デモナスが腕を組んでテーブルに広げられた地図を睨んでいた。その隣で美麗な騎士然としたローゼ・リンドブルム・フォン・ドラゴも険しい顔で地図に視線を送り、口を開いた。



「我が方はデモナスを中心にドラゴ大公国の名家リンドブルム家や有力諸侯を味方につけ三万六千。これにコボルテンベルク王国軍一万八千も加わるそうではないか。合わせて五万四千。対して敵はハピゼンとリーリエ支持の分家共を合わせて二万弱。まだリーリエの旗はなびいているが、すでに勝敗は決したのではないか?」

「それは早計にございます。戦とは何が起こるか分からないもの。油断は禁物です。まず何よりオルク王国とそのコボルテンベルク王国が姿を見せておりません。なんとも気がかりです……」



 未だ着陣の気配を見せない二国にルドベキアは言いようのない不安を抱いていた。

 少なくともコボルテンベルク王国は先の議会にてリーリエの即位に肯定を示したが、その後に圧力をかけてこの会戦には協力を取り付けている。

 だが姿を現さない同盟国にルドベキアは寝返ったというより中立に転向したかと訝しんでいた。

 むしろ問題はオルク王国軍の所在だ。議場で大見得を切ってリーリエ派の急先鋒のようであったというのにこの様である。

 所詮は口だけ達者な若造であったか。そうルドベキアが口元に笑みを作ろうとした時、ガシャガシャと鎧を軋ませた兵士が天幕に現れた。



「伝令! 伝令にございます! オルク王国軍の着陣を確認いたしました!」

「やっとか。で、豚面共の数は? 一万くらいか? それとも二万?」

「そ、それが――! 五万もの大軍です!!」



 ぽかんと口を開けて固まるルドベキアに対し、ローゼは「報告が誇大すぎるぞ」と柔和な笑みを浮かべる。

 この陣幕に集う者達も同じく緊張によって数を見間違えたのだろうと互いに顔を見合わせていたが、伝令は顔を青くしてまくしたてた。



「嘘ではございません! オークを先頭に続々とやってきております! ただオルク家の家紋ではなく、星のようなものが描かれた旗を掲げておりました」



 その言葉にハッと我に返ったルドベキアが天幕から出れば平野を挟んで五キロほど離れた地に地を埋めるような大軍勢が視界に入ってきた。

 その者達は赤い軍服を身に着け、横へ横へと陣を組みつつある。その後方には白銀の鎧を身に着けた騎士などが控え、慌ただしく合戦の準備を進めていた。



「これが、例の星字軍か……。まさか真であったとは……!」



 オルク王国軍を中心にリーベルタースに点在する教会お抱えの星字騎士団や修道騎士会などが集結し、リーリエ派閥はついに七万もの数に膨れ上がっていた。それに対しローゼ派閥はデモナスにリンドブルム家、そしてコボルテンベルク王国を合わせて五万四千。だが肝心のコボルテンベルク王国が姿を現さず、戦力は三万六千に留まっている。



「く、コボルトどもは何をしている……!?」



 瞬く間に数的不利に傾く陣容にルドベキアの内心は穏やかではなかった。

 星字軍などどうせ若造の戯言と思っていた分、この陣容に驚きを禁じ得なかったとも言えよう。

 だが戦いようによっては敵の半数ほどの戦力でも勝機はある。オーガ族とドラゴニュート族という接近戦闘に秀でる種族を主力にしているのだから混戦となれば地力がものをいう。

 戦は数ではなく兵士の質とそれを取りまとめる将の采配でいくらでも逆転できるものだとルドベキアは信じていたこともあり、撤退などという考えは毛頭なかった。



「小賢しい真似を……! だが数で上回ろうと戦は質と戦術だ。コボルト共が気になるが、若造にたっぷりと教育してやろう」



 嗜虐に歪むその顔は自分の主君を蔑ろにした不届きものを罰するのではなく、自分を王立議会という場でこき下ろした若いオークへの憤怒が含まれているのは言うまでもなかった。

 そんな彼の視線の中に戦野を駆けて来る一騎が目に留まった。それは怯えるように無人地帯となった麦畑を駆け抜け、戦闘準備をしている友軍の下へ駆け込むやしばらくして本陣たる小丘へと登ってきた。



「――!? ジギタリスではないか! どうしたのだ!?」



 ジギタリス――コボルテンベルク王国大公ジギタリス・コボルトロード・フォン・コボルテンベルクの姿を見たルドベキアは驚いた。

 精悍な面構えをした齢五十のコボルトは見事な彫り物が施された鎧姿をしているものの、歳の割に頭には白髪が目立ち、脱毛も見受けられる。その上、コボルトの特徴である狼耳と尻尾の毛並みも悪く、年齢以上の歳を食っているような印象があった。



「る、ルドベキア……! 悪い事は言わない。すぐに降伏するんだ」

「は? 何を言っているのだ? それより貴様の軍はどうした?」

「……お前には悪いがこの戦、もう降りる」

「な、なに!? 貴様! 裏切るのか!? お前もローゼ殿下こそ真の魔王に相応しいと――」

「違う! 違う!! 誰が魔王かなどもうどうでもいい! それよりもあのオークだ!! もうあれに勝てる者など誰もいない。お前も、ドラゴニュートも勝てる訳がない……!」

「ジギ、タリス……?」



 ガタガタと恐怖を露わにするコボルトはうわ言のように、まるで呪詛を吐き出す様に言った。



「あれは、悪魔だ……!」


 ◇


「く、フハハ。戦は数だ。皆もそう思おう?」



 振り返ると疲れを顔に滲ませた家臣達と目が合った。

 皆、軍服やプレートメイルといった戦装束をしているものの赤い軍服を煤や泥に垢と様々なもので汚し、鎧も重量を減らすためか胸甲のみのという者からなにも装備していない者までいる。

 そう言う俺も体が泥のように重く、ベッドの中に帰りたくて仕方ない。

しかしここで挫けてはきっと前世の二の舞になってしまうことだろう。ここが踏ん張りどころだ。



「だが、疲労が溜まっているのは事実か」



 まぁ仕方ない。なんといってもコボルテンベルク王国を横断し、その先々で異教徒の村という村を焼きまわって来たのだから。


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