表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/101

魔王崩御

 王都モンスタルスタット。そこは魔族国の盟主たるプルーサ王国の王都であると同時に全ての魔族を統べる王のおひざ元であり、魔族国一の繁栄を誇る大都市となっていた。

 この街はシュプレー川によって東西に隔てられており、その中心地たる川の中州には荘厳な城塞――モンスタルスタット王宮が魔王の権勢を示す様にそびえ立っている。

 その荘厳な王宮に秋の冷たい風が吹き込む中、しっかりと刈り込まれた植木が点在する庭園に二人の男が散歩をしていた。


 一人は痩身長躯の男であり、高級そうな毛皮のついた外套を着こなす姿は上流階級の者であることを無言にも雄弁に語っていた。もっとも一見人間に見える外見なれど、その頬には鱗が点在し、瞳は蛇のように光彩が細い。どれもドラゴニュートの特徴だ。

 もう一人は武人然とした筋骨隆々とした男であり、先の男に比べれば軽装な薄手のジャケットに乗馬パンツという貴族らしい出で立ちなれど、普段着よりも戦装束が似合いそうな厳つい顔に二本の角を生やすという戦神のような姿をしている。その角こそオーガ族の特徴である。



「オークロードがやってくれたようだ」



 痩身の男が呟いた言葉は苦虫を噛み潰したような響きがあり、不機嫌さが垣間見えた。彼こそ現魔王の弟――ローゼ・リンドブルム・フォン・ドラゴであり、それに続くデモナス王国大公ルドベキア・オーガロード・フォン・デモナスは王弟の言葉に眉を潜める。



「確かに半年足らずで軍を立て直したのは驚嘆に値しますが、所詮は民の寄せ集めでしかありません。それに相手は下賤な冒険者にございます。戦の真価を先の一件でお決めするのは早計かと」



 第二次ウルクラビュリント奪還戦の話はすでにプルーサまで轟いており、それがローゼを焦らせていた。



「だが見過ごすことはできん。ただでさえオルク王国は南部領主の中で着実に力をつけようとしていた。それを阻止するために策を打ってきたというのに――」



 オルク王国は土地こそ少ないものの、前大公の働きにより同業者間によるカルテルを廃止し、自由な商業政策路線をとっていたため着実に国力を増していた。その上、現魔王とも近しい関係にあり、南部に広がる小王国の中でも力をつけようとしていた。



「だからこそオルク王国を手土産にガリアにくれてやったものを……」



 人間主体の国家であるガリア王国に対しローゼは秘密裏にオルク王国のウルクラビュリント及びオルクスルーエ周辺の割譲を条件に十年の不可侵条約を結んでおり、オルク王国への援軍を派遣しなかったのも条約を履行するためだった。

 と、言うのも中央海を通した交易で富を荒稼ぎするリーベルタース。それに対抗しようと外洋交易にて利権を確保しようとする低湿地同盟とピスキス王国。そうした交易の活発化に刺激され、不凍港を求めて南進政策を選んだ帝政ルーシア。その南進と東から異教の宗教国家オストル帝国の侵略に立ち向かうためエルフと獣人が手を組んだ同君連合であるエルシス=ベースティア二重帝国……。

 激動の周辺国に対し、反目を続ける魔族国とガリア王国はいずれ群雄割拠する諸国に併呑されてしまうのではないかという危機感がローゼにはあった。



挿絵(By みてみん)



「十年だ。十年の不可侵というこれまでの軋轢を解消するための時間を得た上、厄介なオークを消すこともできた。それなのに新しいオークロードはそれを台無しにしようとしている……!」

「しかし一時のむなしい抵抗に過ぎないかと。間者に探らせたところオルク王国はリーベルタースの商人から莫大な借金を抱えているそうです。今のところ珍妙な武器を作って売り払って生計を立てているようですが焼け石に水でしょう。その上、星神教に傾倒しているようで布施として金を湯水のようにつかっているとか。このまま何もしなくても息切れするのは目に見えております。殿下のお心を煩わせることはないと思いますが?」

「だと良いがな」



 肩をすくめ、心の暗雲を吐き出すようにため息をローゼがついていると「殿下ッ!!」と侍女が駆け寄ってきた。彼女は周囲を見渡し、人影がいないのを確かめると一礼して「陛下のご容体が」と小さくも素早く告げる。



「わかった。ルドベキアもついてこい」

「御意」



 二人が足早に王の寝室を訪れると贅をこらした寝室の中央におかれた天蓋付きベッドに寝ころぶ青白い顔をした男が老セントール族の侍医に脈をはかられているところだった。



「兄上! 気を確かに!」



 だがローゼの呼びかけもむなしく、魔族国一の権勢を誇る男は反応を示さない。

 それに侍医も首を横に振り、容態を告げる。



「そんな……。陛下……! おい、貴様! なんとかならんのか!?」

「む、無茶をおっしゃらないでください……。後は陛下次第です」



 鬼気迫るルドベキアに侍医が小さくなりながらなんとか言葉を紡ぐ。それにローゼが小声で「次の王位継承者の名指しは?」と問うた。



「いえ、ただ前オークロード様の名を譫言(うわごと)のように呟かれております。陛下と前オークロード様は兄弟のように親しい間柄でしたし、オークロード様の戦死の報せを受けてからお体の具合も――」

「そんな事はどうでもいい。本当に魔王位継承者の指名はないのか!?」



 軽い押し問答をしていると扉がノックされ、顔を青くした鳥人族の男が入ってきた。ハピュゼン王国より派遣されている外交官だ。それに背後からドラゴニュートの宰相や王立議会の議長といった主立った面々が寝室を訪れてきた。

 皆、彼らの王を看取るためにやってきたのだ。

 それにローゼは舌打ちしたくなるのを堪えつつ、「うぅ」と呻く兄に駆け寄る。



「兄上! 気を確かに!」

「すまない……。朕が、援軍に……」



 懸命な呼びかけが響く中で宰相が侍医に「魔王位継承者のお話は?」と同じようなことを侍医に訪ねていた。



「いえ、まだです」

「そうですか……」



 宰相は難しい顔をしつつローゼの背後に立ち、己が主君の苦悶に満ちる寝顔に同情する。

 オルク王国を見捨て、弔意金だけで先の争乱を収めてしまった事を毎日悔いていた主君の背を見てきた彼は心の中で自分も死ぬときは気持ちよく死ねることはないだろうと確信した。

 それもこれも彼の前にいる王弟殿下が戦渦の不拡大方針を大に叫んだからであり、南部領主の中で一番の勢力を誇るデモナス王国を筆頭に出兵反対論が噴出。それによって援軍派遣の話は立ち消えになってしまったのだ。



「陛下……」



 まるで祈るような時間が過ぎる中、廊下から「姫殿下!」という侍女の叫び声と共に扉が開く。

 そこにはまだ十歳に満たないであろう赤毛の幼子が肩で息をつき、重臣達を押しのけて父の寝るベッドに駆け寄るとただならぬ気配を感じたのか、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。



「お、おとうさま……! おとうさま!」



 悲痛な叫び声に「リーリエ殿下……」「陛下は子宝に恵まれなかったからな。継承権に則って次期魔王はリーリエ殿下が?」「しかし王太子にこそ即位されてるが幼すぎる。ここは成人されている継承権第二位のローゼ殿下ではないのか」と魔王唯一の愛娘に様々な視線が注がれる。

 そんな中、侍医が伝染を恐れて幼い姫に退室を願い出ようとした時だった。



「り、リーリエ……」

「おとさま! ――? おとうさま?」



 深く空気の漏れるような音と共に魔王は命の息吹を吐ききる。

 その異変に気づいた侍医が慌てて脈を取り、静かに首を横に振る。



「だ、誰か。リーリエ殿下をお外へ!」



 その叫びに侍女が部屋に飛び込んで来るや、幼い姫を抱えて無理矢理退室する。それを見届けた侍医が「残念ながら今代魔王様が、お隠れになられました……」と重々しく呟いた。


 ◇


 魔族国とは魔族五大種族が魔王の元に結集した緩い連合王国だ。

 もっとも五大と言ってもそれは魔族国の代表的な種族であり、各領地には細々と少数民族ならぬ少数種族が含まれている。

 そんな魔族国の短い秋が終わって厳しい冬が来ようとしている今、俺は魔王城の一室にてパチパチと薪が燃える暖炉を見つめていた。

 今でも炎を見ているとありありと家を燃やしてしまったり、猿獣人に燃やされたり、自分で嬉々と燃やしたあの日が蘇ってくる。



「――ロード卿。オークロード卿?」

「ん?」



 ふと物思いから冷めると老齢の男が心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。細身に密度の高いウールで作られた高級感溢れるジャケットに深紅のパンツを身にする老紳士然とした男が怪訝そうな目を向けてきていた。その男は空気を入れ替えるように()()()と白い翼をはためかせる。

 彼は魔族四大種族の一つであるハーピー族――鳥人族とも――の長であるファルコ・ハーピーロード・フォン・ハピュゼン大公様だ。

 彼は背もたれのない丸イスに腰掛け、猛禽類を思わせる鋭い瞳を不安に曇らせている。



「オークロード卿。心ここに非ずという体だが、大丈夫ですかな?」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。炎を見ていたら昔のことが色々と蘇ってきて……」

「まるで年寄りのような。まだまだお若いのに」



 くつくつと笑みを浮かべる老大公に恥ずかしさを覚えて頭をかくといつかの傷跡が指先を触った。



「まぁ無理はありませんな。お父上が壮烈な戦死を遂げられて一年と経っていないのですから」



 ファルコ様もしみじみと暖炉を見やり、ため息をつく。



「……今年は激動の一年でした」



 思えば春先早々に故郷を奪われ、必死に復讐をなそうと走り回ってきた。その甲斐あって秋には復讐の第一歩を踏み出せたが、まだ第一歩に過ぎない。

 まだまだ野戦砲は改良が必要だし、兵士も多く集めなくてはならない。だがただ集めるのではなく練兵もしなければならないし、その兵士達へ補給をまかなうために専門の部署を作ったり、戦術研究も必要だ。

 もっともオルク王国の長として政務もたっぷりと待っているので復讐のことだけも考えていられない。



「オークロード卿。勝手に一年を締めないでくれ。その激動は今も続いているのだぞ。魔王様の崩御によって、な」



 魔王様崩御の報せが届いたのはウルクラビュリントを攻撃して一月後だった。元々お体の具合がよろしくなかった魔王陛下が病にかかり、そのままお隠れになられてしまったとか。

 そして今は魔王様のご葬儀と次期魔王様選定のために諸王が魔王城に集っていた。

 もっとも葬儀といってもそれはドラゴニュート族の様式に則って執り行う事になっており、言ってしまえば異教の宗教儀式で陛下を送ることになっている。

 星神教の教えからすればそんな葬儀では陛下の御心が真に救われないと知っている身からすると非常に出席したくないのだが、欠席すると謀反の疑いありと断罪されかねないとユルフェ叔父上に説得され、こうして魔王城に登城していた。



「突然の報せに困惑するばかりです。陛下の魂に星々の恩寵があらんことを……」

「オークロード卿。確かに陛下がお隠れになられた事実は悲しい限りだ。だが嘆いてばかりではいられない。問題は次の魔王様について、だ」



 基本的に魔王位は万世一系の王族が相続することになっている。そのため王位継承権は魔王様の第一子が継ぐことになるのだが、現在継承権第一位のリーリエ・ドラゴ様は僅か八歳と魔王位を継ぐにはあまりにも幼い。



「リーリエ殿下のお歳を問題に成人するまでローゼ殿下が魔王位に即位するという案が石頭の鬼(オーガロード)卿より出されているが、これが問題なのだ」



 幼い姫殿下に代わり、魔王陛下の実弟であるローゼ殿下が魔王位の継承に名乗り出るのはある意味で自然な流れだろう。

 そもそもローゼ殿下は今年で三十歳を迎え、眉目秀麗で博学勤勉。非の打ち所のないイケメンだ。むしろこの人なら名君となられること間違いなしのお方と言える。



「この際ですが、リーリエ殿下を担ぐのではなくローゼ殿下に取り入る方がよろしいのでは?」

「ならん。正式な王位継承権はリーリエ殿下がお持ちなのだ。それを簒奪するなどいくらローゼ殿下といえど許せるものではない。まだオークロード卿は若いからピンとこないかもしれんが、この世には絶対に犯してはならぬ秩序というものがあるのだ」



 そんなこと言われてもなぁ。



「それにローゼ殿下の後ろには王家武術指南役のオーガロード卿の存在がある。もしローゼ殿下が即位された場合、ただでさえ南部諸公の中で随一の力を誇るデモナス王国を掣肘できるものはいなくなる。このままでは宰相にも任命されかねんのだぞ」



 デモナスは魔族国においてプルーサ王国に次いで大きな国であり、南部諸公の顔役でもある。

 言うなれば魔族国五大種族の中でドラゴニュートに次いで一歩抜きんでているとも言えよう。

 だが――。



「閣下の御懸念はもっともですが、俺としては別段誰が魔王様になられようとかまわぬのですが……」



 本心を言えば面倒なお家騒動に首を突っ込むより早く国に帰って軍備の増強を進め、一日でも早くウルクラビュリントの奪還はもとより、猿獣人を絶滅させたいところなのだが……。



「そう言うでない。后陛下からもリーリエ殿下の事を頼まれているのだ。助けると思って、な? それにここだけの話だが――もちろんオークロード卿のお父上の名誉を落とすわけではないが、我らは色々と表に出来ぬことをしてきたのだ。このままローゼ殿下が魔王位を継承されてはそれが明るみに出てしまうかもしれん。亡き父君の名誉を守ると思って協力してくれ」



 まぁ一国の長として父上が清らかだったか、どうかと問われれば否としか言えない。

 だって俺の元にも賄賂とかよく送られてくるし、俺に来て父上のところに賄賂が来ない理由なんてないし。



「父上は父上です。では」



 埒があかないので無理矢理部屋を辞し、俺の名を呼ぶ声を無視して廊下へ、そして廊下から庭園へと足を向ける。

 まだ秋の終わりとはいえ、冬を思わせる風が吹き寄せてくるのに部屋を飛び出してしまったことを若干だが後悔する。

 しかし飛び出してしまったものは仕方ないと軍服の襟元を締めて寒風を締めだそうとしていると背後の植木からガソゴソと音がした。

 振り返ると綺麗なドレスを泥で汚らせた赤髪の幼女と目が合う。それと共に遠くから「姫殿下! どちらですか? 姫殿下!」と侍女の悲痛な叫びが聞こえた。

 うん。間違いなく件の姫殿下――リーリエ殿下だ。父上に連れられて何度か王宮での社交界にいたさいに遠くから見かけていたが、こう見ると中々王姫としての気品さというものがあり、可愛らしい。



「おぉ! ちょうどいい。そこの!」

「お、俺でしょうか。でんか――」

「そこに立って! 予をかくして!」

「え?」

「はやく!」

「は、はい」



 直立不動で植木の前に立ち、幼女を隠すオーク。うん、完全に絵面がやばいな……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=964189366&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ