奪還戦を終えて
魔族国及びエルサス領詳細地図
第二次ウルクラビュリント奪還戦はギリギリではあるが、オルク王国が戦略的勝利を納めることができた。
後日、教会からの手紙や偵察を行わせた結果、ウルクラビュリントの四割が焼失し、冒険者や民間人を併せて八千人ほどの死者、行方不明者を出したそうだ。
それに対してオルク王国軍が被った損害は戦死及び行方不明者を併せて約一千五百人と参戦した戦力の二分の一にも及んだが、猿獣人に与えた痛みに比べれば微々たるものだ。
もっとも猿獣人の被害の多くは火災によるものらしく、オルク王国軍の損害も三割が行軍中の行方不明に起因しているので戦死者は案外少ない。
この行方不明者が戦線離脱する現象はなんとしても是正しなければならないし、今回は虎の子の野戦砲八門が移送中に三門も遺棄することになった上、砲身の耐久力不足で二門が破損している。
勝利こそしたが手放して喜べる訳ではないのだ。
それに最大の懸念としてウルクラビュリントの奪還が成っていない。
この原因は単純に兵力が不足していた点に尽きる。占領するにしろ、占領地を守るにしろ猿獣人に比べ兵力が乏しいせいで故郷を焼き払うことになってしまったのだ。
これの解決策としては単純に兵力を増やせば良い。
しかしただ兵力を増やせば良い訳ではなく、部隊を運用するには指揮官も必要だし、兵士への食事や弾薬、それに野戦砲を牽引する馬の餌――様々な補給物資を管理する部署もなくてはならない。それに戦場で破損した武器を修理し、戦線に再投入できるよう鍛冶に長けた職人集団もほしい。
もっとも俺が一人で指揮官を育成したり、兵站を管理したりなど出来ようはずがない。つまり指揮官を育成する機関や兵站を管理する部署の設立が求められる。職人集団に関しては軍属として雇えないか交渉すればいいだろう。
そうした問題点が積み重なるが、オルク王国はこの勝利に沸き、今まで強制徴募であった銃兵隊にも志願者が現れるようになった。
そうした変化は国内に留まらず、周辺国にも大きな波紋を広げていた。
「ほぉ。フランシスコ司教殿が司教枢機卿に?」
「えぇ。ほぼ内定されたとか。すでに大司教に昇進されているのでリーベルタースに戻り次第枢機卿に任命されるのだと思います」
「それはなにより、あで!」
オルクスルーエ教会の狭い告解室の扉を閉めるといよいよ身動きがとれず、壁に頭やら肩やらが当たってしまう。これ設計ミスだろ。
「なんでもカレン様がフランシスコ大司教にお渡ししたお布施が役に立ったと聞いております」
「あぁ。情報料のことですか?」
「それもありますがカレン様はわたしを通じてたくさん免罪状を購入してくださっているではありませんか」
「ナイ殿の業績がその上司であるフランシスコ司教――いや、大司教殿の手柄となった、そういう訳ですか?」
「有り体に言ってそういうことです。他にも教皇猊下が魔族国とのパイプを堅固なものにするためにこちらの事情に精通することになったフランシスコ大司教を枢機卿団に招かれたと見る事も出来ます」
ふーん。まぁ自分が投票した人が議員になったような、まるで当たりを引いたような嬉しさがある。
それにナイ殿の話だと中々出世できずに苦労されていたようだし、良い方向に向かってくれているようで何よりだ。
「それにおいてフランシスコ大司教からカレン様に特別な位階を授けたいと内々にお話が来ております」
「……俺にですか? 出家してない在家信者ですよ」
「ですから特別に、です。名誉称号のようなものですが、教会から認められた証と思ってください。持っていて損はないと思いますが、どうします? 辞退なされます?」
「いえ、そんな! むしろ、いや、なんと言いますか……。言葉が見つかりませんね。俺のようなオークが認められるだなんて」
くすくすという可愛らしい笑い声に頬が熱くなる。なんだこの羞恥心? それを紛らわせるように咳払いをして「謹んでお受けいたします」と頭をさげるとゴンと告解室の壁に頭がぶつかる。いでぇ。やっぱり欠陥だろ。
「ではお話を進めさせていただきますね。あ、あと私事ですがこの度、司祭から司教に昇進する運びになりました。それに合わせてピオニブール教区からオルク王国の諸教会が分離独立してオルク王国教区を設立することになりまして、その教区長に任命されました」
「なんと!? それはめでたい!」
「ただわたしがオルク王国において先任司祭だから、という理由ですよ」
第二次ウルクラビュリント奪還戦後、各諸侯が心を入れ替えて改宗や教会の建立がなされるようになり、星神教の大規模な布教が進んでいる。中には隣国のコボルテンベルク王国や魔族国の中枢国家であるプルーサ王国にも教会が建立され始めたという。
そうした広範囲に散らばる各教会を一定地域ごとにまとめたものが教区であり、その役目は教会行政と布教活動を円滑化するためにある。
普通は複数ある教区を束ねる組織である教会管区を形成するが、オルク王国はまだそこまで教会の数がないため一つの教区しか存在しない。
つまりナイ殿が事実上の教会管区長であり、教会管区長を勤める大司教に内定していると見る事も出来る。もう出世街道のレールにのったといっても過言ではない。
「いやいや。凄いではありませんか! 司教の平均年齢は五十代と聞いておりますぞ。その若さで教区長とは……!」
「わたしの力など僅かなものです。これも全て星々の導きでしょう」
「ナイ殿のたゆまぬ努力が主に認められたというわけですね。いやぁ、喜ばしい。そうだ。何か記念に贈り物をさせてください。なにかご希望の品とかはありますか?」
まるで自分の事のように嬉しい。
まぁ俺を救ってくれた人の努力が認められたというのはやはり嬉しいものだ。
もっとも出来る男ならサプライズでプレゼントを贈るのだろうが童貞ニート故か女性に何を贈って良いのかさっぱり分からない。分からないまま要らないものをプレゼントされるよりこうして希望の品を聞いておいたほうが安パイだろう。
「とても嬉しいお言葉ですが、辞退させていただきます」
「なに故ですか?」
「わたしはただ主の教えに従っているにすぎません。ならば真に感謝すべきは主に対して、ではありませんか?」
お、おぉ! なんと慎ましいお方なのだろうか……!
私欲ではなく主へ感謝を示す。なるほど。さすがナイ殿だ。
「ですのでわたしに贈り物など不要です。ですがそのカレン様の御心を無下にするわけにはいきません。ですのでどうでしょうか。そのお気持ちを主に送られては?」
「なるほど! 良きお考えです。では早速、城に戻ってお布施を手配しましょう」
「すばらしいです」という言葉が終わる前に告解室の扉をあける。が、狭くて中々開かない。
がたごと格闘していると外からサッと扉が開き、糸目に薄い笑いを張り付けたナイ殿が出迎えてくれた。
「これはかたじけない」
「いえいえ。それより職人様に頼んで告解室を大きくしてもらう必要がありそうですね」
「まったくです。人間サイズで作られるとはまったく」
「……一応、オークサイズで作ってもらったのですが」
薄らと苦笑が読み取れるナイ殿に肩をすくめる。それに一礼して教会を後にし、馬車にて居城に戻る。そのついでに町並みを車窓から眺めていると縦列行進をする赤い服の一団と出くわした。
第二次ウルクラビュリント奪還戦に参加した銃兵隊だ。
深紅に輝く軍服に磨き上げられた軍靴が規則正しく石畳を打ち、頭に乗せた三角帽子が一斉に動く兵士達。その肩には二メートルに及ぶ着剣されたマスケット――最近になって燧発銃と名付けられた――が担がれ、威風堂々の様を見せつけていた。
そんな兵士達の背後を街の子供たちが燧発銃に見立てた木の棒を担いで胸を張り、堂々と行進している。
「どこの世界も子供にとって兵隊さんはかっこいい存在だからな」
前世でも確か自衛隊のカッコよさに心をときめかせたものだ。今思えばその感動が自分をミリタリーオタクに駆り立てたのかもしれない。
そう思うと練兵を兼ねたパレードというのは良いものだ。
幼少期から軍隊に興味を持てばそれだけ志願兵が増えるかもしれない。それに今まで銃兵は納税滞納者の集団であり、一歩間違えばならず者の集まりであった。
そんな者達が一躍ヒーローになるのだから人生の一発逆転を賭けた者も現れるかもしれない。
そうした者達を増やすためにも積極的に広報活動としてパレードは必要だろう。それに第二次ウルクラビュリント奪還戦では落伍者が相次いだので行軍訓練をより密に積ませる必要がある。
そんな事を考えながら城に戻りつくと従者から「アイゼン工房のティターン様がお目見えです」と告げられた。
執務室に向かおうとしていた足を応接室に向け、庭園に面した応接室の扉を開くとそこには一人のノームが居た。
身長が百五十ないくらいのがっしりとした体つきに見事な口ひげを蓄えたその者こそオルク王国の銃砲製造の中心的な存在であるティターンだ。彼の工房は銃砲の試作から燧発銃の量産まで依頼している頼もしい親方だ。
もっとも工房を仕切る親方であるが、その雰囲気は職人というよりナリンキー様のような商人のそれを思わせる。
「ティターンよ、よくぞ参られたな」
「閣下、ご機嫌麗しゅうございます」
よく見ると応接室の中央に置かれたテーブルになにやら小さな木箱が乗っている。土産だろうか?
「して何用だ?」
「まずはこれを献上にあがりました。お納めください」
さっと木箱をティターンが差し出してくる。蓋を開けると上質なシルクの布に包まれた一丁の拳銃タイプの銃が鎮座していた。
黒光りする銃身。丁寧にオイルの塗りこまれたストックには緻密なアラベスク模様が彫り込まれている。
「我が工房の新作です。陛下から注文されていたマスケットの銃身とストックを限界まで切り詰めたモデルで、発火方式は最近確立された火の魔石を使用したタイプになっております。火打石の物に比べ値は張りますが、雨天でも不発率を下げることができる代物で、現在ハピュゼン王国への輸出用として製造しております」
ハピュゼンは魔族国五大種族の一雄をしめる有翼人の王国であり、その名の通り背中に一対の翼を持つ種族だ。内陸ではハーピーと呼ばれ、海辺ではセイレーンと称される彼の種族は飛行能力を有し、鎧も付けずに槍一本で敵陣に吶喊する勇ましい種族でもある。
もっとも軽装で戦に行くのはそのペイロードが圧倒的に少なく、武具を身に着けてはまともに飛行できないからであり、その損耗率は非常に高いという。(そもそも制空目的であれば龍やグリフォンの方がペイロードが圧倒的に多く、耐久性に優れる。もっとも数を揃えるのは至難だが)
「なるほどな。軽量なこのモデルならば連中でも持てるという訳か」
「はい。さすがに五キログラムもあるマスケットと予備の武器や革鎧を着込んで飛ぶのは厳しいと先方から指示されまして。射程を犠牲にしてもよいので軽くしてくれと」
話しぶりからすると重量がネックだが、その性能にハピュゼンが納得しているということか。
もっともハピュゼンだけではなく、コボルテンベルク王国やプルーサ王国に属する小国からもそれぞれの種族に合わせたオーダーが舞い込んでいるのは調査済みだ。
これも全て第二次ウルクラビュリント奪還戦の影響だろう。
「こちらの品はその中からより銃身の工作精度のよいものを選び、銃床に飾り細工を加えた閣下専用の一品でございます」
「よい代物だ。後で試射をしよう」
「きっと閣下の意に適う品となっていることでしょう。さて、本題なのですが――」
手が大きいせいで握りづらい拳銃のそれに取り付けられた撃鉄をカチン、カチンと動かして遊んでいたらいつになくティターンが真剣な面で顔を近づけて来る。
悪いけど髭面のおっさんに顔を近づけられて気持ちが良いという性格はしていなんだ。離れてくれないかな。
「……なにかな?」
「現在、我がアイゼン工房の他に数か所の工房に燧発銃を受注されておりますよね?」
「如何にも」
「その、各工房とも一丁あたりのお値段がばらつくのは、よろしくないと思うのです」
ティターンは顎に蓄えられた口ひげを触りつつ、言葉を選ぶようにゆっくりと話しかけて来る。どことなくプレゼンテーションを受けているような気がする。
「ほぉ。で、なにがよろしくないのだ?」
「価格に差があれば、閣下はお安い物を購入なされるでしょう? そうなれば各工房では閣下の恩寵にあずかろうと価格を安くしだすでしょう。そうなれば低価格化をするため工程を減らし、安価な燧発銃が作られるはずです」
「喜ばしいことだな」
「しかし低価格化とは名ばかりに粗悪な材質の使用や工程数を減らす事で品質の低下も同時に予想されます。他にも各工房が勝手に銃の大きさを変え、小さくすることで低価格の燧発銃が作られてしまった結果、弾薬の互換性が失われてしまうかもしれません。こうした事態はオルク王国――ひいては魔族国鎮護のために燧発銃を開発された閣下の御心に背く行為であると、考えます」
確かに安くなるのは良いが、欠陥品を売られるのはよろしくない。
いくら最優良な性能を誇る兵器があってもそれが稼働しなければなんの意味もないのは前世の歴史が証明している。君だよ、某帝国陸軍の液冷航空エンジンを積んだ某戦闘機君。だから首なしになっちゃんだよ。
「続けろ」
「はい。つきまして工房間で寄合を作り、製品の品質、規格、価格を統制することでより閣下の御心に沿う燧発銃の製造を守ることができると思っております。いかがでしょうか?」
「なるほどな。それならば認め――。あッ……」
待てよ。価格等を統制すると言えば聞こえは良いが、価格を統制されると価格競争というものがなくなるのでは?
そうなれば同業種間の競合がなくなって工房同士が共栄できるだろうが、価格競争をしないということは価格差がなくなってしまい、消費者が不利益を被ってしまう。
要はカルテルを作りたいということか。
うーん。それはちょっとなぁ。いや、でも消費者たって別に民衆向けの品じゃないし、何より品質が下がるのは銃兵の戦力が下がるに等しい。それは俺の悲願である猿獣人への復讐において避けたい。
「あの、寄合は、よろしくない、ということでしょうか? 確かに前大公閣下は寄合の禁止を布告されておりましたが、寄合には無視できない利点がございまして――」
「銃兵戦力の低下は亡国への一歩だ。品質を高められるというのなら寄合を作ることを認めよう」
「お、おぉ! さすが閣下です!!」
消費者へ損害が出るのはよろしくないが、それ以上に復讐に差し支える方がよろしくない。
それにプレゼントをもらっている手前、断りにくいしね。
「ではこちらに寄合の設置をお認めになられたと覚書をいただきたく」
テーブルの死角から革のカバンが取り出され、そこから三枚の書類がテーブルに並べられる。一枚は覚書、二枚面はその写し、三枚目は免罪状であった。それもランクは五ランク中の三。
え? もしかしてこれ貰えるの?
「陛下は熱心な星神教徒と聞き及んでおりますので、免罪状を献上したく」
「おぉ! それは何よりだ」
「――ところでなのですが、閣下のサインが覚書にされればこの寄合――銃砲寄合は全力を挙げて高品質な燧発銃を閣下に提供する所存ですが、裏を返せば寄合に組みしない工房の燧発銃は品質が劣る、とお考え下さい。つまりその、今後は銃砲寄合が製造する銃器のみをお買い上げいただくということでよろしいでしょうか?」
「む? そうだな。粗悪品を買っても金の無駄だ。鉄砲寄合以外からは買わないことにしよう」
「ありがとうございますッ!!」
まるで契約を取り付けたサラリーマンのようだ。
そして契約を煮詰め、世間話をしてからティターンが帰り、執務室でもらったばかりの免罪状を眺めているとノックが響いた。
「閣下。ハピュゼン王国より急ぎの使者殿が参られております。面会なさいますか?」
「ハピュゼン? なにようだ?」
「それが御内密の案件とのことで分かりかねます」
「そうか。まぁよい。応接室にて待たせておけ」
だが扉の向こうの従者から「それが使者殿がすぐに面会したいと仰られ、こちらにお連れしております」と言う。急ぎの案件か? 一体なんだろう。
「――? 通せ」
「失礼いたします」
扉から姿を現したのは可憐な白い翼を背中に持つ有翼人の少女であった。
その軽量的な体をだぼっとした緑色のフロックコートに包み、乳白色の短髪に飛行用ゴーグルをひっかけたその人物には見覚えがあった。
「確か、魔王様主催の夜会にてお見かけしたような」
「覚えて下さり、光栄です。ハピュゼン大公ハーピーロードが娘のシュヴァルベ・ハピュゼンです。父より火急の報せを届けるようにと文を預かっております」
従者が扉を閉めるのを確認するとシュヴァルベ嬢は天使のような顔を強張らせつつ、ベルトに吊り下げられたマップケースから封蝋のされた書簡を取り出す。
その封を破り、内容を検めると――。
「……魔王様がお隠れになられただと!?」
その件につき、早急に会談を行いたい。その旨が書かれていた。